開始4日目半ばを超えた頃には杏樹は暇をしていた。
Aクラスは戸塚Bクラスは協定を結んだので探る必要なし、Cクラスは龍園か伊吹か金田Dクラスは堀北。
クラスのリーダーをまとめると上記の通り。
これ以上はあちらが動かない限りこちらも動けない。杏樹が今できることと言ったらクラス内のお仕事くらいだ。
そう気を抜いて過ごしていた。
朝早くのテントの中。杏樹は自分のバッグが明らかに漁られた形跡があるのを見てゲンナリしていた。
「杏樹どうしたの?うっわひど、何これ?」
軽井沢が杏樹のカバンを見て唖然としている。それもそうだ、杏樹のカバンの中はグシャグシャになっており、特に下着類の袋が明らかにやぶかれていてしかも一番上にあったであろうピンクが明らかに一枚足りない。
「えーっと、情報量が多いんだけどこれって119番?」
「杏樹落ち着いて、たぶんこれは110番だと思う」
そもそもこの無人島に電話線はない。杏樹だけでなく軽井沢も動揺しているのだ。
「これは窃盗で訴えるべきか、損害賠償を請求すべきか…どうしよっか?」
口はよく動くが何からすればいいのかわからず、ただ二人はカバンを眺めていた。何分立っただろうか、みんなが起きてくる。
「杏樹と軽井沢おはよーって何やってんの?」
杏樹が今の現状を簡潔に話す。続々と起きてきた女子が集まってくる。
「私男子起こしてくる!」
そう言って何人かが男子のテントに向かって行った。
「一体なんだよ、くそねみぃ」
「どうしたの?」
「あ、平田くん悪いんだけど男子全員起こしてもらってもいい?大変なの」
「? わかった、今声かけてきたからすぐ出てくると思うよ」
女子のきつい目が男子を睨みつける。
「こんな朝早くからどうしたんだい?」
「ごめんね平田くん。平田くんには関係ない話なんだけど、どうしても確認しないといけないことがあるの。今朝、その、杏樹のカバンが漁られてたらしくて、カバンの中ぐちゃぐちゃな上に下着の入ってた袋がやぶかれてて枚数が合わないの。それがどういう意味かわかる?」
「え、下着が?」
いつも冷静な平田も思いがけない事態に動揺を見せる。
「今、杏樹完全にショート状態なの。軽井沢さんとか櫛田さんがどうにかしようとしてるけど……」
「え? え? 何、なんで下着がなくなったことで俺たち睨まれてんの?」
「そんなの決まってるでしょ。夜中にこの中の誰かが鞄あさってとったんでしょ。荷物はそとにおいてあったんだから盗ろうと思えば簡単だしね!」
「いやいやいや?! え?!」
池は大慌てで男子と女子を交互に見やる。その様子をみた男子が冷静な声で呟いた。
「そういや池、お前昨日……遅くにトイレ行ったよな。結構時間かかってたし」
「いやいやいや、あれは暗くて苦労したんだよ!」
「とにかく。これすごく大問題だと思うんだけど? 下着泥棒がいる人たちと同じ場所で生活とか不可能でしょ」
「だから平田くん。なんとかして犯人見つけてもらえないかな?」
「それはっ、でも、男子がとったって証拠はないんじゃ。杏樹さんがなくした可能性もあるんじゃないかな」
「疑いたくないのかもしれないけど……とりあえず、自分で下着の袋ズタズタに引き裂くような子じゃないよ杏樹は」
「そうだね、今のは失言だった」
「とりあえず荷物検査させて」
「は? ふざけんなよ。そんなことする必要ないし、断れよ平田」
「ひとまず男子で集まって話し合ってみる。時間をもらえないかな?」
「平田くんがそういうなら……わかった。杏樹にもそう伝えてくる。でも犯人が見つかんなかったら私たちにも考えがあるから」
「女子の言うことなんか無視しようぜ、疑われるとか気分悪いしよ。俺は戦うぞ」
「だよな。俺たちが杏樹ちゃんの下着とるわけないし」
池、山内と続く。綾小路はもっと杏樹本人のことを考えてあげられないのか? なんてまったくがらにもないことを考えている自分に自分で驚いていた。
「僕も君たちを疑うつもりはない。けど、それじゃこの問題は解決しないと思う。身の潔白を証明するためにも、堂々と荷物検査に応じた方が良さそうだね。もちろんまずは僕から開けるよ」
当然ながら彼のカバンにはそれらしきものは見つからなかった。
「仕方ないな……」
平田の行動に影響を受け、次々と男子がテント前から荷物を引っ張り出してくる。
「クッソむかつくよな、無条件で男子が疑われるなんて理不尽すぎるぜ」
「ま、こうなったら堂々と身の潔白を証明して見返してやろうぜ」
山内は鞄を掴み立ち上がろうとしたところで、ピタリと立ち止まった。
「どうしたんだよ」
「あ、いや」
「春樹?」
「おい、さっさと行こうぜ」
「もしかして、お前が盗んだんだったりして」
「ばっ、ち、チゲぇし」
そう言って山内は荷物を押さえる。
「お前まさか、カバンみしてみろよ」
「……あっちょ?!」
山内の鞄を池奪い取り中身を見ると中には可愛らしいデザインの男子にはサイズ的にも柄的にも機能的にも絶対着こなせないものが堂々と入っていた。
「お、俺じゃねぇって! なんか勝手に入ってたんだよ!」
「お前さぁその言い訳はないわぁ」
「知らないんだってまじで! なんで俺のカバンに!?」
「見苦しいぞ春樹、平田たちに説明しようぜ」
「綾小路ぃ!お前だったら違うって信じてくれるよな?」
「犯人だとしたら一番上に入れとくなんて間抜けすぎるが、それだけじゃ証拠にはならないな」
「おい早くしろよ!」
急かされる声が他の男子から聞こえてくる。
「とにかく隠すしかないな今は」
「隠すってどこに?! なんもないだろ!」
「ポケットにでも入れておくしかないだろう」
「じゃぁ綾小路任せた!」
そう言って山内は下着を素早く綾小路の手に押しつけた。
「……は?」
「お前が隠した方がいいってんならそうしてくれよ、な?」
「いやそれはーーーー」
「今行く!」
「おいおい、マジかよ……」
綾小路は冷や汗を流す。仕方なく、ポケットに突っ込んで平田のところに向かった。
「ーー全員調べたよ、でもやっぱりなかった」
「本当に?」
「うん、間違いないよ、犯人は男子じゃない」
「ポケットとかも確認してもらってもいい?さっき山内くんたちこそこそしてて怪しかったじゃん」
「わかった。それで女子が納得するなら。だけどこれで見つからなかったら、もうこれ以上男子を調べ上げるのをやめて欲しい」
綾小路は死んだ目で死刑宣告を待っていた。
「ごめんね、すぐ終わらせるから」
綾小路と平田の視線は一瞬交錯したが、特に何も言わず女子の方に振り返った。
「綾小路くんも持ってないね」
「どうして言わなかったんだ平田」
「やっぱりポケットに入っていたのは下着なんだね?」
「あぁ」
「杏樹さんの下着……綾小路くんが盗んだの?」
「いや、違う」
「僕は信じるよ。君はそんなことをする人じゃない。でもどうしてポケットに?」
聞かれたことは素直に答える。
「そっか。尚更君じゃないね。下着を返すのは僕がやろうか?それとも綾小路くんに任せても大丈夫かな?杏樹さんと一番仲がいいのは君だからね」
「……問題ない」
杏樹なら話したら理解してくれるだろうし、たぶん。
そもそも綾小路が嘘で自分が盗んだと言ったとしても、杏樹は女性の新品の下着セットを別日に渡してくるような子である。そういう多様性はちょびっと世間からの目が痛いもんね、わかるよとか言いながら。それくらい信頼されてる自信はある。それで良いのかは別として。
「ーーだけど、これで悪いことにこのクラスに犯人がいる可能性が高くなったね」
「雲行きが怪しいな」
「男子は信用できない、このまま同じ空間で過ごすなんて絶対無理」
やはり女子からそういう意見が出てきた。
「でも、男女別れて行動するのはちょっと問題じゃないかな。試験はもう少しで終わる。だからこそ信じ合い、協力しないと」
「……それは、そうだけど。でも下着泥棒と一緒は嫌」
軽井沢や篠原が全力で拒否をする。
「男女で立ち入り禁止スペースを作るのは? ここに線を引いてこっから先は男子厳禁」
「んだよそれ。俺たちは身体検査も荷物検査も受けただろ?」
「どこに隠してるかなんてわかんないじゃん!」
「んなに疑うんならお前らでテントでもなんでも動かせよ。俺たち手伝わないからな」
「あーそう、じゃあ結構。手伝うフリして荷物漁られたらたまったもんじゃないものね」
「ねぇ平田くん。杏樹のためにも手伝ってもらえる?」
「……わかった。僕が手伝うよ。時間はかかるかもだけどそれでいいかな?」
「ありがとう、平田くん。よかったね、杏樹……杏樹?」
「アルミ粉かニンヒドリンかシアノアクリレートかレーザーか…」
指紋の取り方をつぶやいている杏樹は、仕方がないがいつもと違いぼんやりとしている。
「ちょっと?!杏樹が壊れたっ」
「ちょっと待って。あなたたちに異議を唱えるわ。特に軽井沢さん」
「何よ堀北さん。今の話に不満はあったわけ?」
「男女で生活区画を変えるのは構わないわ。犯人が見つかっていない以上、その可能性が高いからそれは間違いじゃない。だけどわたしは平田くんを信用してないもの。つまり彼が下着泥棒である可能性は除外できない。その彼だけが特別に女子のエリアに入って構わないルールは納得できない」
「平田くんがそんなことするわけないでしょ」
「それはあなた個人の考えでしょ?」
「平田くんが犯人なんてことは絶対にない。彼氏どころか、まともな友達もいないあんたにはわかんないかもしれないけどね?」
「何度も同じことを言わせないで?彼一人じゃ納得できないって言ってるの」
「じゃあ平田くん以外に信頼できる人っている?」
「僕も人手があった方が助かるんだけどダメかな?」
すかさずヒートアップしそうな堀北と軽井沢を止める平田。
「で、でも平田くん以外信頼できる男子なんて…」
「じゃあ俺が!」
「力仕事っつたら俺だろ」
さっきまで喧嘩していたのはなんだったのか池が立候補する。それに続いて須藤も名乗り出る。山内も俺も手伝うとかなんとか言っている。
「じょ冗談でしょ? 堀北さんこんなやつら入れるなんて、盗んでくださいって言ってるもんじゃん。それともこいつらでいいわけ?」
「そうね、日頃の行いから考えると全く信用できない。だから私なりに熟考して犯人じゃない人物を選定したつもり」
「誰よそれ平田くん以外いるの?」
「綾小路くんよ」
綾小路は思わず口をぽかんと開ける。
「……んんー、まぁ確かに杏樹的にもそっちの方がいっか」
「綾小路あんたが変なことしたらその分杏樹の評価が下がるんだからね? いい?」
先ほどまで堀北を睨みつけていた軽井沢や篠原は急にきつい態度を緩めたた。杏樹はみんなの変わり身の早さに目をパチパチ瞬きする。
「え? なんで?」
「はいはいいいから、杏樹はぴったり綾小路にくっついてなよ?それが今日の仕事」
「だから何を? え? みんな???」
鞄を漁られたことが発覚した時とは別ベクトルで混乱する杏樹を置いて、なんだかいろいろ決まってしまった。しかもいつの間にかさっきまでの険悪な雰囲気が薄れている。
「清隆くんこの状況はどういうこと?」
「それはオレも聞きたい」
「ほら綾小路早くテント移動すんの手伝ってよ」
女子たちの荒い人使いにゲンナリしながらも綾小路は言われた仕事を着々とこなしていった。杏樹はというと、ひたすら綾小路の後ろにへばりついているというなんとも情けないことしかしていなかった。というかみんなが許してくれなかった。