試験最終日。
杏樹は点呼後すぐからキャンプを離れて誰もいない砂浜に寝転びながらトランシーバーと睨めっこをしていた。このトランシーバーが役立つとしたら今日。DクラスとBクラスのリーダーを突き止めたCクラスのスパイ二人が龍園にそれを伝える無線を待つ。
何時間も待機していた。途中で雨も降ってきたが、雨宿りをすると死角が広くなる。夏だからいいかと、杏樹は濡れながら待っていた。
すると急にジジっと通信が入る音がシーバーから聞こえ始めた。ボリュームをあげ、集合場所を聞き取り、またトランシーバーのボリュームを下げて移動を開始した。
集合場所は幸い砂浜からの方がAクラス所有の洞窟より近いはずだ。
杏樹は森に生えている木や岩をふんだんに利用し、フリーランニングで目的地まで進んだ。普通に移動するよりもはるかに時間がかからない上に、見つからずに動くことのできるこの走法を教えてくれた父に感謝する。
目的地に着くと龍園であろう赤い髪の毛が見えたので慌てて視野に入らなそうな気の枝にのる。
雨のおかげで音が響かないのでバレる心配は無いが、逆に声が聞こえづらい。なんとか龍園の視界に入らないルートで近づき、大体真上を確保する。そのころには葛城も到着していた。その場にいるのは葛城、龍園、伊吹、金田の4人。杏樹としては、もしかしたら一之瀬も来るのでは? と思ったがそんなことはなかったらしい。
「…物のようだな」
杏樹は葛城の真上の木に腰を下ろした。そして彼の手元を見ると多分Dクラスのカード。つまり綾小路の想定通り伊吹に盗まれたということだろう。
「これで納得……たか?」
「し ……よくD……潜入でき……」
「いつまで……ねえよ。白か黒かの判断はでき……ろ? ……間抜けだな」
「坂柳……ましかない。ここで決断……にリーダーは無理……」
葛城が去ってもまだ杏樹はその場に残り続けた。そして伊吹と龍園がAクラスとの契約内容を話すのに聞き耳を立てる。なるほど、備品をこれからのプライベートポイントで取引をしたのか。
杏樹は点と点が繋がっていくのを実感する。
伊吹が移動し始めたので木を伝いながら後を追う、数本の太めの枝を渡り歩いた先には堀北が倒れていた。伊吹がクラスカードを堀北の手に握らせる。
「葛城が……約束……守るのは確かなの? 破られる……性は?」
「そこらへんは……カバーしている、その可能性は……い」
二人が去っていったのを確認して降りようとしたところ、倒れている堀北のもとに綾小路が駆けつけた。
「そこにいるのは誰だ」
鋭い目を綾小路は杏樹がいる木の上に向ける。
「わお、誰にも気づかれない自信はあったんだけど」
「……あぁ杏樹か、ずっとそこで見てたのか?」
「やっぱり運命的な出会いができたね」
木の上と下で話を続ける。AとCの契約内容について聞いたことをそのまま伝える。
「わかった、オレはとりあえずこれから堀北をどうにかする。想定外の雨だこのままでは本当に危ないかもしれない」
「じゃぁ点呼にいない理由は適当に説明しておくね」
堀北が誰と話してるの? なんて言ってたのを無視して杏樹は点呼の場所まで走る。
雨にぬれて夏なのに体が思ったより冷えたが、得たものも多かった。あとは綾小路がうまくやってくれることを期待するだけだ。
心の中で堀北に謝りながら。堀北への罪悪感、それに伴う無力感を意図的に増大させる。こういう自己のマインドコントロールは10歳の時から慣れっこだ。
『わたしは鈴音ちゃんが一方的にやられているのを見ていたのに何もできなかった。止めもせずただ見ていた。そのせいで鈴音ちゃんが倒れてしまった』
これを基に辻褄を合わせていく。
「杏樹びしょ濡れじゃん?! どこいってたの?」
軽井沢は姿が見えない杏樹を探してくれてたらしい。見つけたことに安堵の表情を見せるがそれも束の間、杏樹の表情を見て固まる。
「あのねっ……鈴音ちゃんが、わたし何にもできなかった……鈴音ちゃん伊吹さんが下着盗んだってっ、気づいたらしくって雨の中いっちゃって……もともとそこまで体調万全じゃっ、なかった……のに、それで倒れちゃって、わたしがもっと早く、気づいてれば……リタイアしたくないって……クラスのためにフラフラだったのにっ」
異常を感じたのか駆け寄ってくるクラスメイト。
「落ち着いて杏樹ちゃん、とりあえずテントはいろ?」
クラスのメンバーがたくさんいる中で杏樹はきれいに涙を流した。櫛田が杏樹の背中を撫でながらテントまで誘導し、他の女子もタオルを持ってきたり飲み物を持ってきたりと献身的に世話してくれて、杏樹は落ち着きを取り戻す。
「……ごめ、ん。みんっな、もう大丈夫だ、よ」
「何があったのかもう一回詳しく教えてもらえるかな杏樹ちゃん?」
「うん……雨の中鈴音ちゃんが慌てて走ってくのを見かけたから何事かと思って、ついてったの。そしたら……走ってる先に伊吹さんがいて、鈴音ちゃんが杏樹の下着盗んだのあなたでしょって言ってて、伊吹さんもそれを認めたの。……でもその後すぐに伊吹さんが攻撃を仕掛けてきて、鈴音ちゃんそれに当たっちゃって雨の中倒れて……、駆けつけたんだけど……すごい熱で、今は清隆くんに運んでもらったの。……たぶん熱凄かったから清隆くんがリタイアのとこに連れてったと思う、もともと体調があんまり良くなかっただろうに、わたしのために、クラスのために……動いてくれたのに……わたしは……」
杏樹はいつものように話そうとしているのだろうが、時折涙がこぼれ落ちている。
声も途切れ途切れだ。普段の杏樹からは考えられないまとまりのない拙い話し方に異常さを感じさせる。
それがこの話の真実味を増す。
「杏樹ちゃんは悪くないよ、泣かないで」
「私たちまんまと伊吹さんに振り回されてたってことじゃん」
「そうだったんだ、堀北さん裏で犯人探してくれてたんだ」
「私ら結構堀北さんに強く言っちゃったから謝んなきゃ、てかそれなら男子にも謝んないと不味くない?」
「確かに、完璧冤罪だったもんね」
下着泥棒の件でピリピリしていたクラスの雰囲気が犯人発覚と堀北の身を張ったファインプレーにより元に戻るのを杏樹は感じていた。