綾小路side
駆け足で濡れた地面を蹴り伊吹と堀北の後を追う。厄介なのは天候だ。天候次第では足止めを食らう可能性もあるし。それに思ったより陽が沈むのが早く、懐中電灯なしでは突き進むことが困難になりはじめているのも不安要素だ。
ただ雨で地面がぬかるんでいるお陰で二人の足跡を追うのは楽だった。懐中電灯で、森の奥に向け光を当てると二人の足跡はどんどん奥に入っていた。前髪から垂れる雨を一度手で払いオレは足跡を追い森に入る。当然視界は一層悪くなる。もはや夜になってしまったと言っていい。不気味な雰囲気さえ漂ってくる。真っ白な自分が育った場所とは真逆の場所、未知なる環境に用心深く進んでいく。
雨の中小さな雑音のように聞こえてくる人の声を耳にし、オレは姿を隠す。
問題なのはオレが見つかること。それさえなければ状況の把握は二の次だ。
どうやら立ち去ったようだ。
念のため警戒しながら近づいていく。するとそこには……。大木の傍で事切れたように意識を失い倒れた泥まみれの堀北がいた。近づこうと思った瞬間、オレ達以外の気配を感じた。
意識を周囲に向けその原因を探す。
「そこにいるのは誰だ!」
オレの存在がバレたなら最悪消すことも仕方がないだろう。木からの返事は馴染んだ声だった。
「さっすが、誰にも気づかれない自信はあったんだけど」
大木の幹に背中を預け、枝に座っている杏樹の姿が認識できた。最悪の手段を取らなくて済みそうなことに安心した。雨で滑るだろうによく木の枝を器用に歩けるななんて感心しながら上を見上げて声をかける。
「……杏樹か、ずっとそこで見てたのか?」
それに対する返事はYes。ついでに先ほどまでの状況の中で重要な部分をかいつまんで話してくれる。
「ーーわかった、オレは堀北をどうにかする。後は任せろ」
「頼もしいね、点呼にいない理由は適当に説明しておくね」
オレは堀北を抱き抱え杏樹と別れる。
「んっ……」
「気がついたか?」
「っ……頭、痛い」
「相当熱が出ているからな。無理しない方がいいぞ」
「どうしてあなたが…ここに?」
寝ていろと言ったのに堀北は熱が上がりそうな勢いでアレコレ思考を巡らしていた。
「やっぱり……私のキーカードを盗んだのは伊吹さんだったわ」
「そうか」
「……私には、もう須藤くんをバカにできないわね」
「24時間隠し続けられるような試験でもないだろう。どうしたって隙ができる」
「誰かに頼ることを知っていたら避けれたことね……杏樹にも何度も忠告を受けていたのに」
本気でリーダーの正体を守り通したかったら心の底から信用できる仲間を頼る必要があっただろう。そうすれば言葉通り24時間体制でカードの存在を守り通せた。特にその相手が杏樹だった場合確実にそれは成し遂げられたに違いない。しかし、堀北は唯一の友達と言えるだろう杏樹にさえ頼らなかった。
情けないと自分に繰り返し小さく呟いていた。
「ごめんなさい……」
オレが無言で考え込んでいると、堀北は謝罪の言葉を口にした。
「なんでオレに謝るんだよ」
「それは…あなた以外に謝る相手がいないから」
うーむなるほど、なかなか考えさせられる一言だ。
「悪いと思うなら、今後は信頼をできる友達を作ることだな。まずはそこからだ」
「それは難しい相談ね…。誰も私のことを相手しないもの」
そんな諦め切った自虐に、むしろ兆しのようなものを感じてオレは笑った。
「笑われても仕方ないけれど、馬鹿にされるのは不愉快ね」
「いや、そうじゃない。お前の中でも仲間が必要だと感じはじめてるんだと思ってな」
「誰も、そんなこと言ってないわ」
堀北の虚な目はオレを見ているというよりはオレを通して他の誰かを見ているように思えた。世の中は一人では生きていけない。学校も社会も、大勢の人間がいて成り立つものだ。
「私一人の力で、Aクラスに上がって見せる。この失敗は必ず取り戻して見せる……クラス全員から恨まれる覚悟はできている。それだけのミスをしたんだもの」
「この学校のシステム上、一人で戦ってAクラスには上がれない。どうしてもクラスメイトの協力が必要だ」
「認めるわけにはいかないのよ。どれだけ厳しくても、それでも……私は一人で……」
「あーうるさい。もうしゃべるな。病人が一人で何を言っても説得力は皆無だ」
オレは抱き上げた堀北を少しだけつよく抱きしめる。
「お前はそんな強い女の子じゃない。残念だけどな」
「なら私に諦めろというの?Aクラスに上がる夢を、兄さんに認めてもらう夢を」
「誰もそんなこと言ってない。諦める必要もない。一人で戦えないなら、二人で戦えばいい。オレが手を貸してやる、ついでに杏樹を引っ張ってきてもいい」
「どうして……?」
「さぁ、どうしてだろうな」
オレは言葉を濁す。程なくして力尽きた堀北は、再び意識を失った。
今しなければならないことは、誰にも悟られずにこいつを運び出すこと。リタイアさせるのは簡単だが、非常用の腕時計の機能がわからない以上リスクは侵せない。急に警報音など鳴らし始めたら目立ってしまう。
「っと…道を間違えたか…危ない危ない」
杏樹は懐中電灯もなく無事ベースキャンプに戻れているのだろうか?
なんて余計なことを考えていた時、足場の土が不運にも崩れ落ち体がバランスを崩した。一人であればどうとでもなるが、残念ながら両手は堀北で塞がっている。とっさに堀北を庇い、体を丸めるがなす術もなく傾斜を転がり落ちていく。
落ち切った直後の記憶がはっきりしない。痛みは背中だけなことから抱えている堀北は守れたのだろう。
「…しくじったな」
意識を失った堀北を今度はおんぶし、真っ暗な森の中懐中電灯一本で進んでいく。体に打ち付ける雨が容赦無く体力を奪いにくる。何より背中の堀北から伝わってくる熱が尋常じゃない。
仕方なく、周囲で大きな木を探しそこの下に堀北を横たわらせる。
体調の悪い堀北は寒いと感じているのか時折身を縮こませるようにして震えている。少しでも負担が軽くなればと、オレは胸に堀北を抱き寄せ、ただ静かに時をまった。
今頃杏樹はベースキャンプだろうか、いい感じのアリバイを作ってくれているだろうか、と考えていると堀北が目を覚ました。
「どうして、あなたが? 私は……?」
一時的に錯乱しているのか、少し前のことが思い出せないようだ。オレは簡潔に経緯を説明する。
「そうだった……思い出したわ」
「そろそろ6時だ、堀北。辛いと思うがリタイアするべきだ。体がもたないだろう」
「それはできない。私のせいで30ポイントも失うわけにはいかないもの。私は軽井沢さん達に強く当たってたのよ? バカみたいじゃない。それだけじゃない。私はキーカードを盗まれてしまった。わかるわよね?」
「Dクラスは50ポイント失うことになる」
「私をおいてあなただけでも戻って。そうすれば、ひとまず私の点呼不在だけで済む」
「それでどうするつもりだ?」
「明日の朝までに、なんとか一人で戻って見せる。点呼の時だけ我慢すれば、きっとリタイアはなんとかなる」
「じゃぁ遠慮なくおいていくぞ。このままじゃクラスメイトにも責められるからな」
そんなことは万が一にも杏樹のおかげでなさそうだが、堀北が知るはずもない。
「…ええ。それが正しい判断よ。すべての責任は私にあるわ」
冷たいオレの判断に対しても、的確だと褒める堀北。弱り切った自分自身を恥じるのみだ。人に頼れない性格も難儀なもんだ。
「明日の朝、本当に一人で戻ってこれるんだな?」
「当然でしょ、リタイアの選択肢は私にはない」
不屈の闘志を燃やすのは勝手だが、それで負けてちゃなんの意味もない。
「なぁ、どうして今絶望的な状況に追い込まれているんだと思う?」
「私の怠慢が招いた、失態。それだけ」
「違うな、まるっきり違う」
「行って。あなたを仲間だと思うからこその、私のお願いよ、訂正するわ。……今のはなかったことにして」
「いや、そこが一番なしにしちゃいけない部分だとオレは思うけどな」
「いいの。私は、一人でっ」
急に体を起こしたことは、やはり堀北にとって負担だったようだ。
すでに気を失っている。
「自分の意思でリタイアしてもらった方が楽だったんだけどな。杏樹の言う通りになったな」
この強情なお姫様は最後まで試験を投げ出そうとしなかった。立派だ。そう、立派だと思う。
けどな、残念だが堀北、一つ決定的に間違っていることがある。今この瞬間だけ本心を語ろう。
オレはお前を仲間だと思ったことはないし、クラスメイトとして心配したこともない。
この世は『勝つ』ことがすべてだ。過程は関係ない。
どんな犠牲を払おうと構わない。最後にオレが『勝って』さえいればいい。
お前も、平田も、いや、全ての人間がそのための道具でしかないんだよ。
ここまで堀北が追い込まれたのは自分の責任じゃない。そうなるようにオレが加担した、そして唯一気付いていたであろう杏樹は結局オレを止めなかった。
だから自分を責めるな。お前はオレの役に立ったということなんだよ。
懐中電灯をを照らしながら、ぬかるんだ道をすすむ。
「やっぱり近かったか」
堀北を抱えたオレは浜辺へと辿り着いた。海には船が浮かび上がり明かりが灯されている。
「ここへの立ち入りは禁止だ。失格になるぞ」
「急患です、すぐに休ませてあげてください」
「彼女はリタイアということでいいんだな?」
「それで問題ないです。ただ一つ確認させてください。今はまだ8時前ですから、彼女の点呼は無効ですよね?」
「ギリギリそうなる。だがお前はアウトだぞ」
「わかっています。それともう一つ、このキーカードをお返しします」
ポケットから取り出したキーカードを教師へと渡した。
「じゃあオレは試験に戻りますので」
これでDクラスは堀北のリタイアとオレの点呼不在で合計35ポイント失うことになった。
四巻書き途中なんですが超長くなりそう。
もしかしたら15話くらい行くんじゃないだろうか。
お付き合いください。