No,4.1
特別試験が終わってから学校側からのアプローチは特になく、船旅を各々楽しんでいる。
杏樹はクルーズ船だろうが学校だろうが似たような休日の過ごし方をしていた。10時すぎに寝る準備を始め、4時すぎに目を覚ます。起きている時間は、タブレットで世界中の新聞を読んだり、ジムで運動をしたり、図書館の本やネットの論文を読んだり、友達とご飯を食べたり。そんな感じのことを繰り返しながら充実した日々を過ごしていた。ただ、船の上では慣れた&酔い止め服用といえども長時間文字を見ていると不調になってくる。そのため効率という点では下界の方が圧倒的に良いが。
そんな他人から見たらそこそこ真面目なクルーズ船での生活だったが杏樹はけっこう楽しんでいた。特に綾小路と一緒にシアターに行ってみたり、カフェで世間話をしたり。なんだかんだ1日の数時間は二人でのんびりと過ごしている。
「清隆くん、今日はどうする?」
今日は趣向を変えようということで、2人は朝早くから廊下の角で待ち合わせをしていた。やっぱり人目があるところで行動すると噂になる。目立つことは求めていない2人にとって噂になることは面倒でしかない。それで人が少ない朝方に会うことにしようという話になったのだ。
「船首の方に行かないか? 朝とはいえど人が集まりそうなレストラン近くとかは避けたいからな」
「そうしよっか。今の時間だったら本当に人いなさそうだしね」
案の定というか船首に生徒は誰もおらず貸し切り状態だった。
「こんな朝早くに出てくる人は流石に私たちだけかぁ。同じ考えの人が数人いてもおかしくないと思ったんだけど」
「まぁ普通、人目を避けるにしても朝より夜の方が人気だろうな。せっかくのバカンスに早起きはしたくないだろうし。オレと同室のやつはオレが物音をたてても起きる気配すらなかったからな、みんなそんなもんなんだろう」
「わたしのところもあと1、2時間は最低でも寝てそうだなぁ」
「女子も男子もそこらへんは変わんないんだな」
「清隆くんは眠くない?わたしに合わせてもらったけどゆっくりしたかった?」
「オレは別に杏樹以外に特別遊ぶ相手もいないし、昼間出歩く必要もないからな。眠くなったら昼寝でもするよ」
「贅沢な時間の使い方だね、わたしもお昼寝してみようかな」
「杏樹の場合、昼に寝たら生活リズムが狂いそうだからやめておいた方がいいんじゃないか。俺の経験上、睡眠に関して杏樹はそんなに器用じゃないことは確かだ」
「そだね、睡眠に関してはあんまり耐性がないからね……元のサイクルに戻すこと想像したら最悪」
杏樹は顔を顰めてそう答える。
「へんな顔だな」
綾小路の手が杏樹の頬に伸びてくる。むにゅっと効果音がなるくらい勢いよくほっぺを掴まれる。
「っひょ……っと!ひおたかふん!!」
「思ったより柔らかいな」
一通りつまみ終えたのか綾小路は手を離す。
「もー急に何? 絶対赤くなったっ」
杏樹は自分の頬を手で包みながらそう訴える。
「悪かった、杏樹が可愛かったからつい、な」
「そう言えば許してもらえると思ってるんでしょ!そうだよ!」
杏樹の一人ノリツッコミに綾小路は微笑する。
「最近杏樹の扱い方がわかってきた気がする」
「……あー、もしかして育成方法間違えた?」
綾小路がコミュ障を自称する割に杏樹に対して飛び出てくる行動一つ一つが杏樹好みに変性していることにようやく気付いたが、たぶんもう手遅れだ。人間とは環境に依存し、学習する生き物だから。杏樹はまぁ自分好みならいっかと諦めたのだった。
「ーーそういえば今更だが、同室のメンバーは誰だったんだ?」
「恵ちゃんとかかな? 清隆くんのところは?」
「平田とか……高円寺とか」
「高円寺くんかぁ」
杏樹が遠い目をする。二人の間に何かあったのだろう。
「聞いておきたかったんだが、高円寺に気に入られてないか? 自分の話しかしないヤツなはずなのに、たまに杏樹の話題が出てくるんだが。まぁオレが聞いても内容は全く理解はできなかったがな」
「あーそれは、たぶんあれかな? うん。なんかわたしの本を読んだことがあったみたいで無人島の時、将来研究者としてうちと契約しないか?みたいな話になったの。だからかな?」
「マジか…オレが知り得ない上流階級の話だ……さすがだな……」
「2000万prを在学中に先払いすることが条件。つまり受ければわたしはAクラス」
「ん?どういうことだ?高円寺は4000万pr集めれる算段がついているってことか?」
「なんか、彼が外の世界で動かせるお金は4000万以上。卒業する先輩にポイントを学校より多めの現金と交換することで4000万集めるんだって。賢いよね」
「そういう手もあるのか……高円寺が真面目にやらないのも納得だな、それでそのオファー受けるのか?」
「3年の3学期で考えるねって言っておいた」
「妥当な判断だな、もしDクラスがAクラスに上がっていたらそのポイントは無意味になるだろうからな」
「せっかく清隆くんと同じクラスになったんだから、少しでも長く一緒に過ごしたいじゃない?ね?」
「嬉しいことを言ってくれるんだな」
2人は雑談という雑談を重ねていく。ただの雑談なのに杏樹はその時間が楽しくて仕方がない。
何も気にせず話せる同年代の相手がいることが杏樹にとって心底嬉しかった。雑談のバックグラウンドとなる知識のジャンル、レベルが二人は酷似しているのだ。他の生徒が混ざった瞬間この会話は一気に二人にとっての面白みを失わせてしまう。この時間が永遠に続けばいいのになんて考えてしまうくらいには綾小路の
ただ時間は過ぎるもの、朝ご飯を食べ終えた生徒の話す声が廊下から聞こえてくる。そろそろ戻るかとお互いおもむろに立って現在地から行方をくらます準備をする。
「楽しかった、また明日かな?」
「そうだな、また連絡する」
軽い挨拶をして杏樹と綾小路は廊下に出た後はお互いに背を向け反対に歩き始めた。
綾小路side
無人島でのサバイバルなど青春を謳歌する学生にとっては冷静な判断を失いがちな場であったことは今更言うまでもないだろう。
オレたち男子は基本的に野獣であり、性に飢えた肉食動物だ。ここは全てが揃った豪華客船、嫌なことも忘れられる夢のような旅行の最中。誰かと誰かが恋に落ちても仕方がない。それとなく聞こえてくる噂ではいくつかのカップルが成立したと聞いている。
そしてオレと杏樹が一緒にいることに敏感になる人も増えてきた。Dクラスのメンバーは普段の様子を知っているからか特に問題はなさそうだが、他クラスの視線が少し厄介だ。まぁ杏樹の容姿は言わずもがな目立つし、憧れの的だ。そんなところに普通の男子が仲良くしていたら自分にもチャンスがあるのではと思っても仕方がないのかもしれない。
ただ、杏樹の隣にそいつらがいるのをオレは想像できなかった。
いや、想像したくなかったのかもしれない。
今気がかりなことは何もそれだけではない。それはオレを取り巻く環境が確実に変化してきていることだ。つまり不本意ながら入学時からの目論見は大きく軌道修正を強いられることになっている。
『卒業まで外部との接触を強制的に絶ち外に出るのを禁止する』
その校則だけが目当てだった。ところが『ある男』が無理やり外の世界から接触を計ろうとしている。
その兆候があると担任から告げられた。あろうことか、担任はAクラスを目指すための協力をしなければオレをこの楽園から追放すると脅してきた。
だが、いつまでも担任の思惑通りに動くつもりはない。必要な情報を揃えつつ、場合によってはこちらから仕掛けることも検討していく必要があるだろう。頭の中で悪魔がささやく。やられる前にやればいいと。辞職に追い込む手はいくらでもあるだろう?と。
そんな物騒な考えは本当に一瞬、すぐに平和主義者のオレらしく平常心を取り戻す。
「はぁ。オレに地軸を動かすだけのパンチ力があればな」
そうもすればこんな小さなことに悩むことなく堂々と生きていけるのに。こんなことを言うなんて、杏樹の癖がうつったかもしれない。
ここからが難しい……筆者のない頭を絞って執筆していきます。