綾小路side
満天の星空が、視界に広がっていた。行き場を求めて彷徨っていたオレがたどり着いたのは、船外のデッキだった。
「これはすごいな……」
本や映像で見るのとは桁違いの規模であり、美しい光景だ。大都会では見ることのできない夜景。
杏樹は見たことがあるのだろうか? たぶん一緒に見たとしたらとなりで図鑑の役割を果たしてくれるだろうな。ギリシャ神話なんかも添えて。
デッキの上は少数ではあるが男女が手を取り合ったり、肩を組んでいたり同じ星空を見上げているのがわかった。なんだか少し虚しい。明かりがほとんどないため顔までは窺い知れないが、他人の恋愛事情なんてどうでもいいので興味はない。ただ、そんな二人組だらけの中で、一人だけで星を見上げる生徒もいた。
「……いやいや」
ここで声をかけて一緒に星空を見ませんかなんてナンパまがいなことはできない。ただ、どんな子なのだろうかと少し興味を持った。
「あ、れ? 綾小路くん?」
「その声は櫛田か?」
闇から浮かび上がってきたのは櫛田だった。驚いた顔でオレを見ている。
「一人、か?」
「なんとなく眠れなくて、綾小路くんは? 杏樹ちゃんとか堀北さんいないの?」
「今日は一人だ。というかいつも一緒にいるわけじゃない」
誰も待っていないなら構わないだろうと櫛田のそばによる。
お風呂から上がってまもないのか、ジャージ姿の櫛田は近づく異性をノックアウトさせるくらいの効果があるんだろう。オレも耐性がなければうっすら香る石鹸の匂いに顔を赤くさせていたかもしれない。
「寒くないか?」
「大丈夫、それより綾小路くんは一人なの?」
そうだと頷くと、櫛田はちょっと嬉しそうに笑った。
「二人とも独り身だね。ちょっと肩身が狭かったから嬉しいかも」
「……」
ここで杏樹だったら良い返しが思いつくのかもしれないがもちろんオレにそんなこと言えるはずもない。ここで変なことを口走る前にさっさと退散するのが吉だろう。
「えーと、とりあえずオレは先に戻るから」
「もう帰っちゃうの?」
「眠くなってきたしな」
バリバリの嘘だ。かけらも眠くない。
「そっか、それじゃまた明日。おやすみなさい綾小路くん」
「お休み櫛田」
別れの言葉を交わし、情けなく退散しようと背中を後ろに向けようとした時だった。
「待って!」
少し大きめの声を上げ、何を思ったのか櫛田がオレの胸元に飛び込んできた。寒空の下、ジャージ越しとはいえ、人肌の温もりを感じる。杏樹よりやわらかい。
「くく、くし、櫛田? ど、どうしたっ」
こんな不測の事態に当然オレはパニックになり慌ててしまう。理解不能な展開だ。この距離感はおかしい。
「ごめん、なんか急に、その……一人きりになるのが寂しくなっちゃったのかも」
そんなことを胸元で囁かれてしまう。ボクサーのストレートを顎に一髪もらったように、脳はクラクラになりそうだ。そこからさらに数十秒、櫛田は無言でオレの胸元に顔を埋め続けた。しかし突然呪縛から解き放たれたかのように慌てて距離をとる。
「ご、ごめん。私その、急にこんなことして……おやすみなさい!」
暗がりで櫛田の顔は見えなかったが、たぶん焦った顔をしていたんじゃないだろうか。そしてこうとも推測してしまう。龍園と待ち合わせか? と。
杏樹からの情報を聞いていればそう疑いの目でみてしまうのも仕方がないだろう。
「あー、びっくりした……冷静になると喉が渇いてくるな」
船内の一階の自販機で何か買おうと一階に向かうと自販機近くのバーで奇妙な組み合わせを見つけた。茶柱先生に、星之宮先生に、真嶋先生だ。この区画は立ち入り禁止されているわけではないが、お酒関係の施設ばかりのため生徒はほとんど寄り付かない。まぁ杏樹の初デートはここだったぽいが。
「ーーそれよりどういうつもりだ、チエ」
「わ、何よ急に」
「通例では竜にクラスの代表を集める方針だろう?」
「私は別にふざけてないわよー。確かに成績と生活態度では一之瀬さんが一番だけど本質はその数値だけで測りきれないもの。それにサエちゃんだって烏間さん外してきたじゃん、お互い様だよ〜」
「烏間は特性上、綾小路とセットにしただけだ。合理的配慮の一環だ」
「その綾小路くんもさぁ……まぁいいけど、二人とも兎っぽいもんね、ぴょんぴょんって感じだし」
「星之宮の発言はもっともだが、何か引っかかることでもあるのか?」
「個人的恨みで判断を謝らないでもらいたいだけだ」
「やだ、まだ10年前のこと言ってるの? あんなのとっくに水に流したって」
「どうだかな」
「私は本当に一之瀬さんは学ぶべき点があると思ったから外しただけ。サエちゃんが綾小路くんを気にかけてるのは気になるけど、ただの偶然なんだから。島の試験が終わった時綾小路くんがリーダーだったことなんて全然気にしてないから!」
「そう言えば、烏間と言ったか? 茶柱、あれはこの法則に説明の時点で気づきかけていたぞ」
「なんだと?」
「自己紹介の方法を尋ねてきた。ニックネームだけ言うのでいいのかとな」
「まぁ烏間は特殊な部類の生徒だからな、うちのクラスでも評価は一番高い。本来ならAクラス行きの生徒だからな」
「惜しいな、うちのクラスに入っていたらAクラスは安泰だったのだが」
「渡さんぞ」
この数分で何個か重大な情報を得てしまった。まず、一之瀬はオレの様子を探るために送り込まれたこと。優待者にはやはり法則があり、杏樹が気付いている可能性があること。そして名前に関することということ。収穫としては十分すぎる、オレは気づかれる前にさっさと退散することに決めた。
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「軽井沢に関する情報が欲しい」
またもやいつメン3人で作戦会議だ。いつメンなんて言ったら堀北に変な顔をされるので杏樹は口に出すことはないが。
「軽井沢さんなら、杏樹が一番知ってるでしょ」
「恵ちゃん? 可愛くって優しくって面倒見るのが得意な子」
「それは耳タコだ、こんな感じで主観しかない意見ばかりなんだ……」
堀北は杏樹を見て眉間にシワを寄せた。
「どうしてこんなに杏樹は振れ幅がひどいの? 鋭いこと言ったと思ったらすぐあほになるんだから」
「で、どうなんだ?」
「あなたが心配することはないでしょう、余計なお世話でしょうけど彼女の行動に理由なんてない。気にするだけ時間の無駄よ」
「堀北、一方的に他人の見方を決めつけるのは良くないぞ」
「決めつける? どういうこと?」
「お前は軽井沢を協調性のないわがままなやつだと思っているかもしれないが、あいつにもちゃんと長所があることを認識してるか?」
「彼女に長所なんてあるの? 私には思いつかないわ、強いていうなら杏樹の子守?」
「人間を見る時、人はまず外見から情報を得る。そして次に会話や行動で内面を図ろうとする。だがそれも結局表面的なものでしかない。表と裏を使い分けている」
「軽井沢さんもそういう面があると?」
「ほとんどの人間が持っているものだ。自覚してないかもしれないが堀北にだってある」
「それで軽井沢さんの長所って?」
「恵ちゃんの長所はね、イケてるって思われるところじゃないかな」
「どういうこと?」
「恵ちゃんは、容姿もよし、かっこいい彼氏もいる、流行りも完璧、遊びも誘う頻度が多い、フッ軽。この子といたら自分も居心地のいい位置に居させてくれるかも? って思わせるのがうまいの。だから恵ちゃんにはいっぱい友達ができるし、何かあっても周りに守られる。まぁ恵ちゃんは他にもいっぱい良いとこあるんだけどね。例えば面倒見のいいお姉ちゃんって感じとか、秘密は守るし、人の気持ちがわかる所とかね、わたしより2ヶ月年下だけど」
「おぉ、急に話す気になったな、そう。オレも似たようなことを思ってた。軽井沢には『場を支配する力』がある。主導権を握る術を持っているだろ、クラスでの立ち位置がそれを物語っている」
「それで? 軽井沢さんを仲間にでも引き入れるつもり??」
「……さて、どうしたもんか」
綾小路の中では軽井沢の件は保留になったようで、兎や竜グループの現状そして高円寺の裏切りについての話しに戻っていった。