「隈ができてるな杏樹」
龍園は杏樹の目元を指先でなぞる。
「はぁ、ほんと悪趣味。おかげで寝不足なんだけど?」
「まぁ昨日の夜は楽しかったからな」
明らかに機嫌が悪い杏樹を女子部屋まで龍園は送り届けた。
現在の時刻、午前2:30
ーーー
昨日の夜11:00。
結局嫌だと言った部屋に呼ばれて、仕方なく入るとそこにいたのは龍園のみ。他の男子は追い出されたらしい。何をされるか警戒しながら杏樹は備え付けのソファに腰を下ろした。
そして聞かされたのは2個の音声。録音の中身はその日の堀北綾小路と杏樹の会話と櫛田と龍園の会話だった。
「櫛田にここまで言わせる理由はなんだ?」
聞かされた内容をまとめると櫛田の要求は堀北を退学させることと杏樹の好感度をとことん下げることだった。
「桔梗ちゃんとは普通にクラスメイトなんだけどなぁ。どうすればいいと思う?」
「せいぜい今回の試験ではターゲットになってないことにでも安堵しとくことだな」
「ひどい、守ってくれないの?」
「櫛田以上の価値があれば守ってやるよ。時間はまだたっぷりあるんだ、いい情報持ってこれるよな?」
ーーー
杏樹は睡眠をとらないとダメな部類の人間である。睡眠時間4時間の杏樹の判断力は3だ。ちなみにMAXは100である。
午前の集まり、始まる前から脳死状態だった。10分でも寝ようと綾小路の隣に座る。
「清隆くん肩貸して」
「肩?」
「寝不足なの」
「あぁ」
杏樹は綾小路の肩に頭を乗っけて目を閉じた。多分試験開始には起こしてくれるだろうと期待して。
杏樹が夢の中にいる時。
「ねぇ綾小路くんちょっといいかな?」
一之瀬が綾小路に話しかける。
「どうした一之瀬?」
「杏樹ちゃんについてなんだけど、どんな子なの?」
一之瀬は綾小路の肩でスースー寝ている杏樹を見つめながら言った。
「どんな子というのは?」
「んー、私のこの間会った時のイメージと全然違うっていうか……もっとこういうの積極的な子かと思ってたんだけど……」
「あー、こういうのは苦手な部類なんだろうな」
「こういうのって?」
「これは本人から言ったほうがいいのかもしれないが、杏樹にその気は無さそうだから言ってもいいだろう。あんまり口外はしないで欲しい」
「うん」
「杏樹はその時に1番関心があることを中心に生活を送る傾向があるせいでその他のことに関して疎かにしがちなことがある。これはたぶんそういう気質なんだろう。今回の干支試験は杏樹にとって参加する意欲があまりないのか、それ以外のことに気を取られてるのかオレにはわからないが……。司会をやってる一之瀬には悪いと思ってるが強制できるものでもないしな。今は無理だが午後なら何かBクラスがアクションを起こすんだとしたら話くらいは耳を傾けると思うぞ」
杏樹としては起こしてくれることを期待していたのでそんなことを言われるのは不本意だが、綾小路は1時間寝かせるつもりらしい。まぁそれは仕方ない、綾小路は杏樹を10分で起こすのに成功した経験がないのだ。経験則的にも寝るなら1時間は寝させるベキだというのが綾小路の中で染み付いている。
「なるほどねぇ。あの時の興味はストーカーだったってことかぁ。じゃあ綾小路くんは杏樹ちゃんがこの試験に積極的に参加してくれるにはどうすればいいと思う?」
「あー、なんだろう。でも、ちょっとでも普段と違うこととか、面白そうなことには興味があるぞ。杏樹の苦手なことはルーティンワークだ」
「じゃぁ今日の午後は張り切って準備しよっかな」
「まぁとりあえずこの午前の1時間は保育園の昼寝の時間とでも思って許してやってくれ」
「綾小路くん意外と毒舌なんだね」
「そうか?」
「杏樹、起きろ」
取り残された教室で杏樹と綾小路二人なのを確認して杏樹は話始める。
「……ん、ありがと。あれ? みんなは?」
「1時間過ぎたからみんな一回解散したぞ。午後は一之瀬から積極的に話しかけられるかもだから覚悟しておいたほうがいいぞ」
「えっなんで?! というか起こしてよ!」
「杏樹の意見も聞きたいんだと。あとそうは言うがオレの経験上杏樹が10分で起きれることはないからな、そうだろ?」
「……杏樹ちゃん兎さんだから人間の言ってることわかんない」
「……現実逃避してる暇があったら、午後にむけてイメージトレーニングでもしておいた方がいいぞ。一之瀬は鋭いからな」
「がんばるけど、何やるつもりだろう?」
「それはオレにはわからん。そういえばこの寝不足の原因はなんだ?」
「龍園くんに呼び出されて、ボイレコの試聴会とか色々。これそのデータ。今から送るね。これ聞いてわたしと一緒に寝不足になればいいよ」
「とりあえず倍速で聴くことが今決まった」
「うわっ」
午後になりまた教室に戻ってくる。いつもと変わらぬメンバーといつもと変わらぬ雰囲気。デジャブが起こる環境を満たし過ぎている。
「さてとー、話し合いは平行線なんだけどやっぱり私は全員で優待者を見つけ出すための話し合いを持つべきだと思うの」
「またそれか。いい加減成立しないと悟ったらどうだ。俺たちが不参加の状況で優待者を見つけ出すことなんてできるわけない」
「そうでもないと思うけどね。要は信頼関係の問題だよ。そこで今からトランプでもして遊ぼうと思うの! もちろん強制参加じゃないからやりたい人だけでいいよ」
「わたしやりたい!」
杏樹はその提案に飛びついた。一之瀬含め教室内の視線が杏樹に集まる。思ったことを口にそのまま出してしまったようで杏樹は言ったあとに恥ずかしそうにはにかみながら目を左右させた。
「杏樹ちゃんトランプ好きなの?」
「うん、トランプ好きなんだ。ただ家族以外とやったことがないから大勢でやるトランプって憧れだったの」
くだらないと言いかけた町田は杏樹の反応に押し黙った。美少女の笑顔を壊す発言はただの男子高校生には難しいものだ。結局Bの3人とDの4人でやることになった。シャッフルは杏樹が担当させてもらう。杏樹がやりたいと言った瞬間の一之瀬はもう母の笑みだった。
杏樹が手慣れたリフルシャッフルとオーバーハンドシャッフルを繰り返し、カードを配っていく姿はまるでカジノのディーラーだ。今からやるのは大富豪。そのシャッフルから杏樹はトランプの猛者かとみんな予想していたが開始早々その予想は破壊された。
「みんな強いね」
「杏樹ちゃんルールはわかってるんだよね?」
何回やっても杏樹が平民以下になるので一之瀬がそう確認するが、もちろんルールもセオリーも完璧である。ただ1人オリジナルルールである2ターンに一回マーク縛りをして参加しているので難易度が上がっているだけだ。これは杏樹が強すぎてパパが一生勝てないのをママが考慮して杏樹に授けた家庭内ルールである。そんなことその場のメンバーは綾小路を除き気づかないので単純に弱いカモだと思われているが。
「じゃババ抜きにする?」
この一言でババ抜きに変わる。ババ抜きに関しては一部の人の時を除きだいたいどこにババがあるのか杏樹は把握していた。手札の並べ方の癖から視線の先全てを情報にし見事ババを一度も引くことなく上がることができた。ただ一回勝って満足してしまったので残りのゲームは最後の一騎打ちになるまで残るという縛りを設けてゲームに挑んでいた。
「杏樹トランプ弱いね」
「そうかな?」
軽井沢に戦績を心配されるくらいにはダメダメな試合結果だったらしい。杏樹としては目標を達成できたので機嫌が良い。解散となりゾロゾロとメンバーが教室を抜けていく。綾小路が一之瀬と話しているのが見えたが、杏樹はそれへの参加は見送った。
ここで変に関わってしまったら今まで作り上げてきたアホの子が台無しになってしまう。