綾小路side
「きおたかくん、もーかえってもいい?」
「あぁこっちの話はもう終わったし、軽井沢も少しは落ち着いてるだろ。一人で戻れるか?」
「もちろん。だいじょーぶだよ」
「……質問すること自体間違ってたな」
返事をしたあとうつらうつらとしながら千鳥足で歩いていく杏樹に安心できる要素は一つもなかった。
「平田、オレは杏樹を部屋まで送っていくから先戻っててくれるか?」
「わかった。よろしく」
平田から了承をもらってオレは軸が定まっていない杏樹の体を支えるように横に並んで女子部屋に向かう。この役割に名乗り出たのは純粋な善意だ。彼女がいないと発覚した平田とこんな無防備な状態の杏樹を二人きりになる状況を避けたかったわけではない。
「きおたかくん見過ぎ〜。まぁ男の子だもんね、もっと見してあげよーか?」
「……ボタンを閉めてくれ。ほら、足を動かさないと部屋にもどれないぞ?」
「ちゅーする?」
「は?」
「えーしたかったんじゃないの?」
「頼むから自分の可愛さと破壊力を自覚してくれ。もっと自分のことを大切にしろ」
「んー」
「……わかってないだろ」
会話にならない会話をしながら女子部屋の前にたどり着いたときオレのHPが残っていたことを褒めて欲しい。あと一回攻撃されたら死ぬ。
「明日、杏樹は龍園のところに行ってあの件について取引きしてくれ。できればついでに一日中はりついてCクラスがどれくらい進んでるか探っておいてほしい。堀北からの情報だとまだまだ動きづらい」
「んー、わかったぁ。きおたかくんは? 明日なにするの?」
「オレは軽井沢の件を片付ける」
「どーやるの?」
「今の杏樹に言っても頭働いてないだろ? 終わったら教えるから明日に備えて早く寝ろ」
「わかった。じゃー、おやすみ」
そう言って杏樹がドアノブに手をかけた。オレも自分の部屋に戻ろうとすると杏樹が小さく「あっ」と呟いたのが聞こえた。
「どうしーー」
後ろを振り返ると襟元を掴まれ前屈みの姿勢にさせられた。その後すぐに頬に柔らかく温かいものが触れた。
「おやすみのちゅー忘れてた。おやすみ」
杏樹はそのまま部屋に入っていってしまった。残されたオレはその場でただただ立ち尽くしていた。しばらく今誰も廊下に出てきていないことにすごく感謝することくらいしかできなかった。
「はぁーーまじかよ」
やっぱり平田に任せなくてよかった。
◆
試験のインターバル日。オレは杏樹に今日は一日龍園の様子を探っておいてくれと伝え軽井沢から遠ざけた。正直この計画に杏樹を組み込むと軽井沢の逃げ道につながるし、巻き込みたくない。
まず平田に連絡をし、さらに平田から軽井沢をこの場所に呼び出してもらう。
『軽井沢さんと午後4時に約束を取り付けたよ。真鍋さんのIDを送るね』
そんなメールが平田からきた。
『でも、僕はもうこれ以上嘘で手を貸せない。軽井沢さんを悲しませないでほしい』
「悲しませないでほしい、か」
オレがやろうとしていることを知れば平田は激怒するかも知れないな。でも最終的に問題にならなければいい。
『あの、ちょっといいかな』
そんな当たり障りのない一言。所謂裏垢から真鍋に連絡をとる。
『誰?』
『同じ相手を憎む仲間、とでも名乗っておこうかな』
『意味わかんないんだけど、こう言う嫌がらせやめて』
『実は同じクラスメイトとして、日頃から軽井沢さんに手を焼いてるの。だから一緒に協力して彼女に復讐しない?』
しばらく共感を得るための会話を続ける。そして最後に一言送って画面を閉じた。
『軽井沢さんを呼びつける。そこは電波も届かない普段人が通らない場所を見つけたの』
あとは真鍋達の手腕を拝見させてもらうだけだ。
「何よ、携帯通じないじゃない……杏樹について来て貰えばよかった。朝からいないし……」
時刻が4時に迫ろうかというころ、フロア唯一の扉が音を立てて開いた。Cクラス3人組ともう一人大人しそうな子、あれが諸藤だろう。
「な、なんであんたらがここにいるのよ!?」
「あんたがここに入ってくのが見えただけ。お付きの子はいないんだね、残念。あ、ちょうどいい機会だから紹介してあげる。この子がリカ。軽井沢さんは覚えてる?」
「ねぇリカ、前にあなたを突き飛ばしたのって軽井沢さんであってるよね?」
「う、うん」
「リカに謝りなさいよ」
「は、誰が謝るのよ。あたし何も悪くないのに」
「この状況でも強がるなんて結構やるじゃない。でも私にはなんとなく分かるのよね」
「……何が」
「その異様に怯えた態度、軽井沢さんっていじめられっ子だったんじゃない?」
「っ?!」
「ほら図星じゃない。やっぱりね。なんかそんな感じしてたもん」
「ち、違うし!」
逃げようとする軽井沢の髪を真鍋に掴まれ壁に押しつけられる。
「痛っ、痛い! 痛い! 離しなさいよ!」
「あうっ?!」
「うわ、志保ちょっと今の膝蹴りはやりすぎじゃない? えっぐい」
「ほらリカもやってみなさいよ」
「私はいいよ……」
「私たちはあんたのためにやってるのよ? ほら別に誰もみてないんだから」
「……う、うん。やってみる」
ペチと全く痛くなさそうなビンタをするリカ。
「そんなんじゃダメ。もっと強くやらないと、こうやって」
パンっと高い音を立てて真鍋が軽井沢の頬を叩く。
「や、やめ、やめて……!」
真鍋のを真似するかのようにリカのビンタはどんどん強くなっていく。
「はは……ははっ……楽しい」
「もう許して……」
時間にして10分程度だったが効果は充分だったようだ。満足した真鍋が立ち去ったのをみてオレは部屋へと足を踏み入れる。軽井沢は蹲るように泣きじゃくっていた。オレがきたことは恐怖が先行して気づいていないのだろう。小さく杏樹と呟いているのが聞こえる。杏樹は軽井沢の最後の砦だったのかもしれない。やはり参加させなくて正解だった。
「軽井沢」
「な、なんで……?」
いるはずのない男が、絶対に見せたくない自分の姿をみているとしり慌てる。だが、即座に泣き止むことや何事もなかったように振る舞うこともできない。いつかは泣き止む。いつかは冷静さを取り戻す。その時にオレが立ち去っていれば、何て淡い期待は通用しない。
オレはひたすら待った。
「少しは落ち着いたか?」
「まぁ……」
「平田くんは?」
「お前と待ち合わせがあったみたいなんだが、先生に呼ばれていけなくなったんだ。ちょうど通りかかったオレが伝言役を命じられた」
「ちなみにどうして泣いていたんだ?」
「真鍋達よ……あいつら絶対許さない」
先ほどのことを思い出したのか、軽井沢の体が震えだす。そんな姿は見せたくないのかも知れないだろうが、体に染み付いたトラウマは簡単には消せない。
「あたしが泣いたことは絶対秘密よ。杏樹にも言っちゃダメ心配かけちゃう」
軽井沢の弱みは学校に被害報告が出せないこと。自分の地位や立場を守るために。
「あんたさ、真鍋達に仕返ししてよ。女になら勝てるでしょ?」
「それは無理難題な相談だな」
「真鍋が怖いの? 男のくせに」
「仕返せば終わり。そんな単純な話じゃないのは須藤の件でよくわかってる。いつかことが大きくなって露呈する」
「あたしに泣き寝入りしろって言うの? あいつら……またあたしに色々やるに決まってる」
「……せっかく閉鎖的な学校に逃げ込んで地位まで手に入れたのにな。結局虐められっこの本質は変わらなかったってことだ」
「え、なんでっ、ちょっ何すんのよ!」
軽井沢の腕を掴んで無理やり立たせる。その壁に軽井沢を押しつけ、無理やり目を合わせる。
「お前は今、真鍋に徹底的に虐められた。髪を引っ張られ、ほおを叩かれ、たくさん蹴られた。だから惨めに、情けなく、哀れなくらいに泣いていた。お前は昔から虐められっこだった。だから今度こそは、って決意したそうだろ?」
「ひ、平田くんに……聞いたの?」
「平田はよくも悪くも全員の味方だ。お前も助けるが、他のやつも助ける。寄生するには不十分な相手だったってことだ」
「何よあんた、なんで偉そうに言ってんのよ!」
「偉そう? 当たり前だろ。お前は自分の置かれている状況をしっかり把握した方がいい。今目の前にいるのは誰だ? 平田じゃない、オレだ。お前が隠していたこと全てをしっている。生意気な態度を取ればいつでも暴露できるってことだ」
「何よ、あたしに何がしたいのよ! 体でも要求したいわけ?」
「体か。それも悪くないな」
指先を滑らせ、軽井沢の太腿に触れる。同じ人間とは思えないやわらかな感触。すべすべした肌。自分が知るもの、持っているものとは明らかに違う質感。
「いやっ!!」
足が手から逃げる。それを確認したあと、顎にさらに強い力で拘束して顔を直視させる。
「逃げるな、次に逃げたら今すぐお前の全てを学校中に言いふらす」
「う、ぐ……ぅっ……」
「股を開け」
そう命令すると、軽井沢は大粒の涙を流してゆっくり足を開いた。わざとベルトに手をかけ、かちゃかちゃと音を立てる。それでも軽井沢は逃げない。そして必死に現実を受け入れようと色のない瞳を向け呟いた。
「あたしは認めない……あんたなんかに虐められてるわけじゃない。ただ弱みを握られて滅茶苦茶されるだけ。好き勝手やりたいだけの変態にね! 別にいい。そうやって力でねじ伏せられるのは初めてじゃないから……」
「何をされたんだ。お前の受けた過去の痛みはなんだ?」
「思いつく限り全て。上履きに画鋲、制服に落書き、動物の死骸、暴力……」
「受けた苦しみはそれだけか? 何を隠している」
「な、何も」
一瞬左脇腹に視線を落としたのを見逃さなかった。オレは彼女の制服の上からその部分に触れる。
「や、やめて!」
叫ぶ声は無骨な鉄に囲まれた廊下に響き渡る。その反応に確信を持ったオレは制服を掴み引きずりあげる。綺麗な肌には似つかわしくない生々しい痕。鋭利な刃物で裂かれたような傷が深く残っていた。
「これかお前の闇は」
「う、く、うぅ……!」
「絶望にはいろんな種類がある。お前が体験したそれも、間違いなく絶望なんだろう」
「なん、なんなのよ……あんた……!」
「お前に約束してやれることが一つある。それは、お前をこれから先いじめから守ってやることだ。平田や町田よりもずっと確実にな」
「手始めにお前の不安要素を取り除いてやる」
「これ……」
見せたのは先ほど撮った写真
「向こうに送りつけておけば無茶なこともできないだろう。今後軽井沢に対しての行動の牽制になる」
「オレはただ協力者が欲しいだけだ。今後オレに必要な手助けをして欲しい」
「……わかった」
オレの態度が普段の通りに戻ったのと、軽井沢が落ち着いたのもあって軽井沢は様々な質問をしてきた。
「ねぇ杏樹はあんたのこと知ってるの? 知らないの?」
「大体知ってると思う。逆に聞くが、お前のことはどこまで杏樹は知ってる?」
「この傷まで全て」
「どうして杏樹にトラウマを話したんだ? 誰にも知られないことを望んできたんじゃないのか?」
「もともと気が合って篠原さん達の前みたいに気はらなくて良くて楽だったの。それにお互い見ちゃったから」
「何をだ?」
軽井沢は自分の脇腹を指差す。
「そういうの杏樹から聞いてない?」
「脇腹には何もなかったぞ、こないだできた痣くらいじゃないか?」
「しっかりみてるとかキモ。あーわかったからそんな目で見ないで。水泳の時間一人違う水着だったでしょ、普通の水着じゃ隠せない部分。そういうことよ。あたしが言ったの秘密だからね、杏樹が自分で言ってなかったの知らなかったんだから」
「背中か腕か……その傷の原因も知ってるのか?」
「一年誘拐されてた時についた傷だって言ってた。それ以上はわたしも詳しくは知らない。杏樹はさらっと話すけど、聞けば聞くほど普通じゃありえないことばかりだから。……この学校では普通に楽しく過ごしてもらいたいのに……あんたまで普通な顔して異常だったとか」
誘拐? 初耳の事実に思わず一瞬返答に間があく。
「……恩人にむかって異常とはひどいな」
「恩人は人を脅したりしないでしょ」
「そうだな」
「あんたはこんなことして何を目指してるの」
「オレはオレと杏樹が普通の学生生活を謳歌するために動く。その障害となるものはすべて除去していくつもりだ。そのためにはお前が必要だと判断した」
「……つまり、あたしとあんたの志はだいたい一緒ってこと?」
「重なる部分はあるだろうな」
「同士だとわかったんだ、協力してくれるだろ軽井沢?」
「拒否権はないんでしょ」
「そうだな」
杏樹親衛隊結成。
ここで再度お知らせ杏樹の過去篇のパスワードはnicodeangeloです。よかったら読んでください。