入学式が終わり、杏樹はソワソワしている綾小路に話しかける。
「清隆くん、この後どうするの?」
「あーコンビニに行ってみようと思ってる」
「わたしもついてっていいかな? 外では行ったことないんだよね」
「今時コンビニに行ったことないって珍しいな」
「そうなの?」
「いや……たぶんそうなんじゃないか?」
この場に他に人がいれば絶対につっこまれたであろうその会話はスルーされてしまう。
杏樹はこれまでネット通販が基本であり、行ったとしてもショッピングモール。
コンビニやスーパーはどれも目新しいのだ。
コンビニについて中を覗いてみると堀北がいた。
「……またしても嫌な偶然ね」
「そんなに警戒するなよ。と言うか、お前もコンビニに用事だったのか」
「ええ、少しね。必要なものを買いにきたの」
杏樹は店内を見渡し、商品のラインナップを確認していく。コンビニには食料だけでなく、細かな日用品まで売っているらしい。
「ーー女の子って、シャンプーとかにはこだわると思ってた」
「それは人によるでしょう? お金はいつ必要になるかわからないもの。それにしてもあなたが自己紹介の場に残るのが凄く意外だったわ」
「事勿れ主義だからこそ、ああ言う場にはひっそり参加するもんなんだよ。堀北こそ、なんで自己紹介に参加しなかったんだよ。みんなあの場で友達を作っていたぞ?」
「説明した方がいいかしら? 自己紹介したからと言って仲良くなれる保証があるわけじゃない。むしろ自己紹介によって何か確執が生じるかもしれない。それなら、最初から何もしなければ問題は起こることはない違う?」
「けど、確率的に言えば自己紹介をした方が仲良くなる可能性は高いだろ」
「その確率はどこから導き出したものなのかしら? 仮にあなたの言う通りだとしても、結果あなたは誰かと仲良くなれる可能性を見出したの?」
「う……杏樹なら仲良くなったぞ?」
「それは自己紹介をする前に彼女が動いてくれたからでしょう。つまり自己紹介=友達が作りやすいと言う仮説は立証できないのよ。そもそも私は言った通り、友人を作ろうと思っていない。だから自己紹介をする必要もなければ、その場にいて自己紹介を聞く必要もないと言うこと。これで納得してもらえる? それより、あなた友達ならあの子をどうにかしてあげなさい」
堀北が杏樹の方に視線をやる。杏樹は陳列棚に自らが金属探知機になったかのよう商品をガン見しながら平行にゆっくりとずれている。ちょうど綾小路達が話している間に2mほど進んだようだ。
「杏樹はコンビニは初めてらしい」
「初めてでもあんなふうにはならないでしょ。このまま放っておいたら日が暮れるわよ」
「意外と杏樹のこと気にしてるんだな。本当は仲良くしたいけど人見知りで話しかけられないってやつか?」
「本当に失礼な人ね。あんな不審な行動をとられたら誰だって気になるわよ。何、あの子お嬢様か何かなの?」
「いや、そういう類のことは聞いてないな。でもそうなのかもしれない」
「はぁ、こんな人たちとクラスメイトとはこれから3年苦労することになりそうね」
一列全部見終わった杏樹は綾小路達のもとに質問しに戻ってくる。
「ねぇ清隆くん、これって全部適正価格?」
「そういうのはオレの専門外だ堀北に聞いてくれ」
「特に違いは感じられないけど……どうしてそんなことを聞くの?」
「んー、日用品の値段とかあんまり詳しくないんだ。う○い棒が10円とかは知っているけど」
「あなた今までどうやって過ごしてきたの?」
「学校(大学、研究室)と家を行き来(車で送迎)? たまに旅行(学会、授賞式)にいったり?」
「はぁ……その生活をしててなぜ一般常識が身に付かないのかしら?」
「んーなんでだろう?」
「なあ、これどういうことだろうな?」
綾小路が指したのはコンビニの隅に置かれた一部の食料品や生活用品。
一見他のものと同じに見えるが大きく異なる点が一つだけあった。
「無料……?」
堀北も不思議に感じたのか商品を手に取る。
「普通のコンビニにはこういうものはないの?」
「割引はあっても無料はないわ。しかもこれら全部見切り品ではなさそうね。ポイントを使いすぎた人への救済処置、かしら。随分と生徒に甘いのね」
「学校にはなんのメリットがあるんだろうな。これだけの大金を持たせて」
「そうね……敷地内にある施設だけでも十分多くの生徒は集まるわけだし、無理して学生にお金を持たせるなんて、必要性があるとは思えない、学生本来の目的である勉強が疎かになってしまうことだって十分あるはずなのに」
「でもお金は頑張らないと減っていくんじゃないの?」
「どういうことだ? 10万毎月振り込むって先生が言ってただろ?」
「え、聴き間違えたかな……先生は毎月生徒の評価によってポイントを振り込むって言ってた気がしたんだけど……?」
「つまり杏樹は毎月10万もらえないかもしれないと言いたいの?」
「逆に頑張れば10万以上もらえるんじゃないかな? そう聞こえたけど……二人とも顔怖いよ?」
「あなたのこと少し舐めていたかもしれないわ。その制度なら今のところの疑問が全部解決するもの。怠けたら支給額が減らされる。多くの生徒が学校の基準を満たさないから国の支出はそれほど多くない……ありえるわね」
「つまり、真面目に授業を受けろということか」
「たぶん?」
「極力無駄遣いを避けた方がいいことに変わりはないわね。むしろそうする必要が出てきたわ」