放課後、杏樹は綾小路とだべりながら対策会議が始まるのを待っていた。
「自分が茶柱って名字になったらお茶が好きになると思う? 嫌いになると思う?」
「なんだその質問……オレは嫌いになるな。席を立つたびに『茶柱が立ったぞ!今日はいい日だ』なんて言われてみろ、クララより重い責任を感じなきゃいけなくなる」
「うわぁそれはやだね、でも自己紹介のネタには困らないよ。普段はティーパックを使ってます。とか」
「自己紹介といえば嫌なことを思い出した」
「清隆くんの事故紹介だったもんね」
「一ヶ月前の自分にあったら黄昏てる場合じゃないって忠告したいな」
「そしたら結果は変わった?」
「……いや、確証はないな。変なこと言ってもっとひどい目にあったかもしれない」
『1年D組綾小路くん。烏間さん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』
突然の放送に杏樹は戸惑う。
ささっと教室を抜けたが、突き刺さる視線を感じいたたまれない。まだ道連れがいるだけマシだが。
「清隆くん何やらかしたの?」
「いや、何もやってない。その理論だと杏樹も何かやらかしたことになるぞ?」
「じゃあ今茶柱で遊んでたのばれた?」
「エスパーじゃあるまいし、その程度で呼び出されたら毎日放送の嵐だろ。全校生徒が聞く中で名前を呼ばれるなんて目立つよな」
「大丈夫だよ、綾小路なんて名前いっぱい……いないね」
職員室に到達した。
「清隆くん先声かけて、わたし背中にへばりついてるから」
「嫌な役目をさらっと押し付けないでくれ……そんな自分の容貌を最大限に使った目で見るなよ、わかった。茶柱先生いますか?」
杏樹必殺、上目遣いを食らった綾小路は仕方なく職員室に顔を覗き込む。
「え? サエちゃん? さっきまで居たんだけどな。ちょっと席を外してるみたい中に入ってたら?」
星之宮先生が綾小路に絡み始めた。星之宮先生はBクラスの担任で、養護の先生でもあるが、正直教科担当よりあまり接点がない部類の先生だ。
「名前なんていうの? サエちゃんになんで呼び出されたの?」
「綾小路です、呼び出された理由はさっぱり」
「綾小路くんか〜なんていうかかなりカッコいいじゃない〜。モテるでしょ〜。もう彼女とかできた〜?」
「いえ、あの別にオレモテないっすから」
「ふーん意外。わたしが同じクラスだったら絶対放っておかないのに〜。ウブってわけでもないでしょ? ツンツンっと」
星之宮先生が綾小路のほっぺたをツンツンしているところに茶柱先生が来た。
「何やってるんだ星之宮」
そう言って星之宮先生の頭をクリップボードで叩いた。
「いったぁ。何するの! さえちゃんに会いに来たっていうから相手してただけじゃない」
「放っておけばいいだろう。またせたな綾小路…一緒に烏間も呼んだはずだが?」
「…ちゃんといます!」
絡まれている綾小路を盾に気配を消していた杏樹が綾小路の背中からひょこっと顔を出す。
「あら、女の子もいたのね気づかなかった」
「揃っているならいい。生徒指導室まで来てもらおうか?」
杏樹と綾小路はお互い見つめ合い、そして首を傾げる。
「先生俺たち何かしましたか? ……もしかして不純異性交遊とか?」
「もしそうなら別件でもう一度話すことにしよう。今回は違う理由だ」
「待って清隆くん真顔で冗談言わないで! 先生も乗らないで!」
「で、なんですか、オレ達を呼んだ理由って」
「うむ、それなんだが、話をする前にちょっとこっちに来てくれ」
茶柱先生は指導室の壁にかけられた時計をチラチラ確認した後、指導室のドアを開ける。そこは給湯室になっているようでコンロの上にはヤカンが置かれていた。
「お茶でも沸かせばいいですかね。ほうじ茶でいいですか?」
「清隆くん粉末より茶葉の方がいいんじゃない?」
先ほどの雑談ネタを引きずっている二人はまだお茶にこだわっていた。
「余計なことはしなくていい。黙ってここに入ってろ。いいか、私が出てきていいというまでここで物音立てず静かにしてるんだ。破ったら退学にする」
杏樹も綾小路も反論する前に給湯室のドアが閉められてしまった。杏樹はソファーを指差してとりあえず座ろうという意思を示す。綾小路も頷き2人でソファーに座った。
「まぁ入ってくれ。それで、わたしに話とはなんだ?堀北」
どうやら生徒指導室に訪ねてきたのは堀北のようだ
「率直にお聞きします、なぜわたしがDクラスに配属されたのでしょうか?」
「本当に率直だな」
「先生は本日、Dクラスは学校の落ちこぼれが集まるクラスだとおっしゃいました」
「私が言ったことは事実だ。どうやらお前は自分が優秀な人間だと思っているようだな」
「入学試験の問題はほとんど全て解けたと自負していますし、面接でも大きなミスをした記憶はありません。少なくともDクラスになるとは思えないんです」
「確かにお前は入試成績で同率4位の成績を収めている。2位3位とも僅差。十分過ぎるできだな。面接でも確かに特別注意する点は見つからなかった。むしろ高評価とも言える」
「ありがとうございます、ではなぜ?」
「その前に、お前はどうしてDクラスであることが不満なんだ?」
「正当に評価されていない状況を喜ぶ者などいません。ましてこの学校ではクラスの差によって将来が大きく左右されます。当然のことです」
「正当な評価? おいおいお前は随分と自己評価が高いな。お前の学力が優れているのは認めよう。だが、誰が学力で優秀なやつが優秀なクラスに入れると言った?」
「それは世の中の常識の話をしているんです」
「世の中とここでの常識は必ず一致するわけではないぞ? それに正当な評価されていない状況を喜ぶものはいないと決めつけた発言は早計だな。中には正当に評価されないことをよしとする者もいる」
「冗談でしょう? そのような人間私には理解できません」
「そうかな? Dクラスにもいると思うがな。低いレベルのクラスに割り当てられて喜んでいる変わり者の生徒が」
変わり者の生徒に心当たりがある2人は同時に眉を潜めた。
「説明になっていません。改めて学校側に聞くことにします」
「上に掛け合っても無駄だ。それに悲観する必要はない。朝も話したがクラスは上下する。卒業までにAクラスに上がれる可能性は残されている」
「簡単な道のりとは思えません。未熟なものが集まるクラスをどうやってAクラスよりも優れたポイントをとるっていうんです? どう考えても不可能じゃないでしょうか?」
「それはわたしの知ったことではない。目指す目指さないも個人の自由だ。それともAクラスに上がらなければならない特別な理由でもあるのか?」
「それは……今日のところは失礼します。ですがわたしが納得していないことは覚えておいてください」
「覚えておこう。あぁそうだもう2人ほど指導室に呼んでいたんだ。お前にも関係ある人達だ」
「(逃げていいかな?)」
「(同じ気分だが、オレは退学にはなりたくない)」
「(同意)」
ほとんど死んだ目をしながら2人は口パクで会話する。
「出てこい綾小路、烏間。出てこないと退学にするぞ」
杏樹は綾小路の背中を押し先に行かせる。
「わたしの話を……聞いていたの?」
「話? 何か話しているのはわかったがよく聞こえなかった。なぁ杏樹」
「うん、聞こえてもエアコンの稼働音くらいだったよ」
「そんなことはない。給湯室はこの部屋の声がよく通るぞ?」
「先生なぜこのようなことを?」
この場が仕組まれていたと気づいた堀北は質問をする。
「必要なことと判断したからだ。さて、まず綾小路、お前を呼んだわけを話そう。お前は面白い生徒だな綾小路」
「茶柱なんて奇妙な苗字を持った先生ほど面白い男じゃないですよ、オレ」
「全国の茶柱さんに土下座してみるか?ん? まぁいい入試の結果を元に個人の指導方法を思案していたんだが、お前のテストを見て興味深いことに気づいたんだ。最初は心底驚いたぞ」
そう言って茶柱先生が綾小路の解答用紙を並べていく。
「英語50点数学50点理科50点社会50点、今回の小テストも50点。これが意味することがわかるか?」
「偶然って怖いっすね」
いくら先生が意図的を主張しても綾小路は偶然という主張を貫きとおしていた。
「あなたはどうしてこんなわけのわからないことをしたの?」
「いや、堀北。さっきから言ってるがこれは偶然だっての。隠れた天才とかそういう設定はないぞ?そう言うのは杏樹の得意分野だ」
「ひょっとしたら綾小路はお前より頭脳明晰かもしれないぞ堀北」
「勉強好きじゃないですし、頑張るつもりもないですし。だからこんな点なんですよ」
「この学校を選んだ生徒が言うことじゃないな。まぁお前の場合別の理由があるのかもしれないな」
「なんですか別の理由って」
「詳しく聞きたいか?」
「やめておきます。聞くと突然発狂して部屋の備品を破壊しそうなんで」
「そうなれば綾小路、お前はEクラスへ降格だな」
「そんなクラスありましたっけ?」
「喜べ、退学ってことだ。まぁいい。次に烏間についてだが……聞いているか?」
杏樹は3人が話していることに特に興味はなく、今日の晩ご飯はカレーにしようかなとか、隠し味ってどの程度料理に影響を及ぼすんだろう?なんてどんどん脱線していた。そのせいで返事の代わりに出てきた言葉がおかしかったのは言うまでもない。
「巷の隠し味ってどこまでが研究されてるんでしょう?」
「何を言ってるんだ……まぁいい。烏間に関しては別件だ、二人は烏間と仲がよかっただろう?」
「私は彼女とは席が近いだけで仲がいいわけではありません」
「そんなはっきり言わなくてもいいだろ堀北。オレは仲良いですよ……だよな杏樹?」
「うん、仲いいよ?」
「じゃ、もう堀北は戻ってもいいぞ。まぁお前も仲がいいと言うなら残ってもいいが」
堀北はもう用済みだと言わんばかりの扱いをされたが、元から出ていくつもりだったのだろうすぐに一礼して退出した。
「で、本題だがテスト一週間前のノートのコピーを烏間にあげる仕事を担ってくれないか?」
「どういうことですか? オレそんないいノートとってないですよ?」
「試験期間以外は教員の板書ノートをコピーするなどで対応していたんだが、テスト期間となると情報漏洩の観点からなかなか原本を渡すわけにいかなくてな。もちろんコピーは職員がやるからポイントなどは一切かからない」
「そもそもどうして板書を?」
「烏間、話してないのか?」
「いやぁ急に言われても? って感じかなって、でもノートを頼むにはきっちり話とかないとかぁ。……あのねわたし文字がうまく書けないの。平仮名とカタカナ、アルファベットはゆっくり書いたら大丈夫なんだけど、漢字とかは書くの時間がかかる上に反転したり余計な線書いたりして。だから合理的配慮で板書はもらって、テストは別室でPCを利用した試験って感じの対応をとってもらってるの」
「それならこないだの小テストはどうしたんだ?」
「がんばった」
「なるほど気合か」
「綾小路はあまり驚かないんだな」
「まぁ別に文字が書けないことはオレにたいした影響を与えないんで」
「つまり板書に協力してくれると?」
「断る理由もないですからね、ただクオリティは求めるなよ杏樹?」
「ありがと清隆くん」
綾小路は杏樹の特性について話を聞いたものの特にそこまで何も思わなかった。まぁ代筆くらいならしてもいいだろうくらいのレベルだ。杏樹が文字をかけるようにサポートしろとか言われなければ杏樹との仲を変える理由も特に見当たらなかった。むしろこんなことで不仲になってしまったらオレは今からボッチ生活を強いられてしまう。
一度得た快適空間を奪われるなんて地獄でしかない。
「よし伝えるべきことは伝えた、わたしはもう行く。ここは鍵を閉めるからさっさと出ろ」
2人は廊下に放り出された。
「清隆くん、私たち結局なんのために鈴音ちゃんの話を聞かされたの?」
「謎だな」
2人で肩をすくめ合っていた