5月二週目がスタートした頃、須藤以外は概ね真面目に教師の話に耳を傾けていた。
池や山内も騒いでいない。
一方須藤は堂々と居眠りをしていたが、誰にも咎められていなかった。クラスポイントを増やす術が見つかっていない以上誰も厳しく言い出せないようだ。
綾小路が突然奇声をあげた。
杏樹は思わず後ろを振り返る。
「どうした綾小路、いきなり声をあげて。反抗期か?」
「い、いえ。すいません茶柱先生。ちょっと目にゴミが入りまして」
目にゴミが入ったらあんな声を出すのかと杏樹は不思議に思ったがツッコミはしなかった。
授業が終わりもう一度杏樹が後ろを向くと綾小路は堀北に詰め寄っていた。
「やっていいことと悪いことがあるだろ! コンパスはやばいぞコンパスは」
「ひょっとして怒られているの? 私」
「腕に穴があいたんだぞ穴が!」
「なんのこと? 私がいつ綾小路くんにコンパスを刺したの?」
「いや、だって手に持っているだろ」
「気をつけて。あなたが居眠りをしてそれが見付かれば間違いなく減点よ」
「ばんそこいる?」
「ありがたく受け取るよ」
杏樹は絆創膏に精一杯の哀れみをのせて綾小路に渡した。
こちらでわちゃわちゃやっていると平田がクラスに呼びかけた。
「茶柱先生が言っていた通り、テストが近づいている。赤点をとれば即退学という話は全員理解していると思う。そこで参加者を募って勉強会を開こうと思ってるんだ。今日の5時から2時間やるつもりだよ。参加したいと思ったらいつでも来て欲しい。もちろん、途中で抜けても構わない。僕からは以上だ」
何人かの生徒が駆け寄ったものの、池、山内、須藤は結局平田の元にはいかなかった。そして堀北、綾小路、杏樹も平田の元には行かなかった。
「綾小路くんお昼、ひまよね? もし良かったら一緒に食べない? あなたのお友達の杏樹もいるわよ」
「堀北からの誘いは珍しいが、杏樹を人参にしないでくれ、なんだか怖いぞ」
「別に怖くはないわよ。好きなもの奢ってあげるわ」
「やっぱ怖いな、なんか裏があるんじゃないか?」
綾小路はなんだかんだ食堂に来て、好きなものを注文した。
「で、杏樹は山菜定食なんだな」
「うん、これ意外と好きなんだよね」
脂っこいものを食べるよりは山菜定食の方がヘルシーだし、堀北のおごりなどただより怖いものはない。
「早速だけど二人とも話を聞いてくれる?」
「嫌な予か……はい」
「私たちが今からすべきことを話し合おうと思って。平田くんが勉強会を開いてくれたようだけど、赤点を取りそうなメンバーが参加する気がないじゃない? 気になったの」
「あいつらはなぁ平田とは疎遠というか仲良くないからな」
「つまりこのままだと彼らは赤点の可能性が高い。そしてAクラスに上がるためにはマイナスポイントを取らないことは大前提で、プラスポイントを集めることが必要不可欠でしょう? 私はテストの点数がプラスに結びつく可能性もあると見ているの」
「もしかしてーーーーお前も平田みたいに勉強会を開くってことか?」
「えぇ。そう考えてもらって差し支えはないわ」
「今までのお前の態度を見てたらコペルニクスも驚きだ、杏樹もそう思うよな?」
「うん、鈴音ちゃんに何かが取り憑いているって道端の占い師に言われたら思わずですよね! って言っちゃうレベル」
杏樹はそう例えたが、別に本心からそう思っているわけじゃない。杏樹的に堀北は自分のためになるのなら人に手を差し伸べられる人だと認識しているので想定範囲内である。
「まぁお前がAクラスに行きたいという熱い思いは伝わってきた。ただ正直須藤たちに勉強を教えるのは一筋縄ではいかないと思うぞ。赤点を取る生徒は大抵人より勉強することが嫌いだ。それにお前は初日からクラスメイトから距離を置いただろ?友達なんていらないと思っている人間のもとに集まる奇特なやつはいないぞ」
「だからあなたたちに話しているんじゃない?幸い綾小路くんが親しくなった人たちでしょ?」
「は ?おい。まさかーーーー」
「彼らはあなたたちが説得すれば早い。友達というありがたい存在だから問題はないはずでしょ? そうね、図書館に連れてきて。勉強は私が教えるから」
「おまえ無茶言うなよ。当たり障りのない平坦な道を歩くオレにそんなリア充真っ青な行動ができると思ってるのか?」
「できるできないじゃない、やるのよ」
「根性論か、堀北がAクラスを目指すのは自由だがオレを巻き込むなよ」
「食べたわよね? わたしの奢りでスペシャル定食」
「人質はオレの胃袋の中ってことか……」
「櫛田さんと結託して嘘でわたしを呼び出したこと許したつもりないのだけど?」
「え?なにそれなんの話?」
「杏樹は知らなくていいことよ」
「……あの件は責めないって言っただろ。今更持ち出すなんてずるいぞ。別にちょっとオレは櫛田との仲を取り持とうとしただけじゃないか……」
「責めないと言ったのは櫛田さんに対して、あなたは別よ。頼んでいないこと今後することはやめることね。はいこれわたしの連絡先、何かあったら連絡して」
「いや、櫛田には頼まれたんーーーー、いやなんでもない。オレが悪かった」
堀北の眼差しに耐えきれず、綾小路は折れた。
「杏樹、協力してくれ」
「えっ……うん隣にいるくらいなら」
断る気満々だったが綾小路のあまりにも必死な目に思わずそう口走ってしまった。
放課後、杏樹は綾小路の横にぴったりくっついていた。
「絶対わたしに任せてどこか行かないでね? これは清隆くんの仕事だからね?」
杏樹としてはあの類の(女の子好きを表に出す)人間への好きベクトルは0または負だ。
「っ、わかったからもう少し離れてくれ」
「最初は須藤くんからかな?」
「……無視しないでくれ」
「須藤ちょっといいか? 今度の中間テストどうするつもりだ?」
「そのことか。わかんねえよ、勉強なんて真面目にやったことねぇし」
「お、そうか、じゃあ丁度いい方法があるぞ? 今日から放課後、毎日勉強会をやろうと思ってるんだ。参加しないか?」
「本気か? 学校の授業ですらめんどくさいのに放課後も勉強なんかやってられっか。それに俺は部活もあるからな。無理だ無理。第一お前が教えるのか?点数よくなかっただろ」
「それは堀北が教えてくれるから安心しろ」
「堀北? あいつのことはよくわかんねぇしな。断るテスト前に一夜漬けすればなんとかなるだろ」
案の定須藤は勉強会をすぐに断ってしまった。
「池、なぁーー」
「パス! 須藤に行ってたこと聞こえてたぞ。勉強会? 嫌だねそんなの、大抵なんとか乗り越えてきたから大丈夫さ」
池はそのままフラッとどこかに行ってしまった。
「使えないわね」
「……堀北、今聞こえたぞ、なんて言った?」
「使えない、そう言ったの。まさかそれで終わりなんて言わないわよね? 杏樹もただ突っ立っているだけじゃ事態は良くならないわ」
「そんなわけないだろ。まだオレには425の手が残されている」
「なんで25×17?」
「625手あったのが200手ほど失ったってことだ」
「なるほど」
「杏樹がちょーっと犠牲になってくれたらみんな喜んで勉強会に参加するそう思わないか? 例えばテストで満点とったら杏樹と一日デートとか」
「わたし清隆くん一筋だから」
「それは照れるな」
「茶番はいいわ、早急にまともな解決策を見つけて頂戴」
綾小路は杏樹の社交性を評価しているし、男子からの人気もすごく高いことももちろん知っている。
杏樹が乗り気ならやってもらおうとも思っていたが、どうもそういう気分ではないらしい。
それを無理強いするほど綾小路もその役目を杏樹にやらせようと思えなかったようだ。そこで櫛田に頼もうと方針チェンジをした。櫛田ならいいのか?と思ったがまぁいいんだろう。
「ちょっといいか?」
帰り支度をしている櫛田に綾小路は声をかける。
「珍しいね、綾小路くんから話しかけてくれるなんて」
「喜べ櫛田。お前は親善大使に選ばれた。これからはクラスのために尽力してくれ」
「え、えーっとどういう意味かな?」
堀北主催の勉強会について綾小路は説明する。
「この勉強会を通じて堀北と仲良くなれるかもしれないし、そう思ってさ」
「仲良くはなりたいけど、そういう心配はいらないよ? 困っている友達がいたら助けるのは当たり前じゃない?だから手伝うよっ」
「じゃぁ頼む。櫛田がいれば百人力だ」
「あ、でも一つおねがい聞いてくれる?その勉強会私にも参加させて欲しいの」
「は? そんなことでいいのか?」
「うん。私もみんなと勉強したいし……その勉強会杏樹ちゃんも参加するんでしょ?」
「あぁその予定だが、杏樹のことも気になるのか?」
「体育とかではたまに喋るけど、大体軽井沢さんか綾小路くんといるから話しかけるタイミング見逃しちゃって連絡先交換できてないんだよね」
「確かに、杏樹はよく軽井沢のとこ行ってるな」
「で、勉強会は明日から? そしたら今日中に連絡しておかないとね」
「よろしく頼む、須藤たちの連絡先は知ってるか?教えようか?」
「大丈夫だよ~。みんな連絡先知ってるから。私がクラスで登録してないのは、綾小路くんと杏樹ちゃんと堀北さんだけだったり、率直に聞くけど、綾小路くんはどっちと付き合ってるの? 杏樹ちゃん? 堀北さん?」
「ど、どこの情報だよそれ。堀北とはただの隣人、杏樹は友人1号だ」
「クラスの女子では結構噂になってるよ? 杏樹ちゃんが喋る男の子って平田くんと綾小路くんくらいだし、堀北さんは綾小路くんと杏樹ちゃん意外とはあんま話してるとこ見たことないし」
「残念ながら二人とは甘いストーリーはないな」
「じゃぁ問題ないってことだね。私と連絡先交換してください」
「喜んで」
その日の夕方杏樹のもとにグループ通話がかかってきた。メンバーは言わずもがな綾小路と堀北。
「ちょっと綾小路くん? さっきのメールどういうことかしら?」
「簡潔に書いたつもりだぞ? 良かったな3人全員参加予定だ」
「そこじゃないわ。櫛田さんがなんで関わってくるの?」
堀北の櫛田に対しての否定的な態度を諭すように綾小路は説得を続ける。
「自分のことを嫌いな人を側に置いて不快に感じないの?ごめんなさいテスト範囲の絞り込みに時間がとられているの。そろそろ切るわね」
そう言って一人グループ通話から抜けてしまった。
「清隆くん桔梗ちゃんと仲良くなったんだね」
「櫛田はみんなに優しいからな。杏樹と属性も似てるし」
「そうかな? 桔梗ちゃんとは違うと思うけど……」
「杏樹も櫛田もうちのクラスからしたらアイドル的存在だぞ?」
「じゃあユニットくんだら儲かるかな? 清隆くんには特別に握手券融通してあげるよ」
「そういうとこは櫛田と違うな」
「えへへ、で、どうするの清隆くん? このままだと勉強会空中分解疑惑だよ?」
「悪手なのはわかっているがとりあえずこのあと櫛田に電話してこっちでどうにかすることにする」
「意外と桔梗ちゃんが抜け道思いついてるかもだからそこに期待かな?」
「……抜け道?」
「ん、勉強が苦手な赤点じゃない人を一緒に連れてくるとか、ね。じゃあ桔梗ちゃんが寝ちゃう前に早く電話かけたほうがいいよね?」
「なるほど、そしたら櫛田も勉強会に参加できるか。そうだな今から電話をかけよう」
「じゃあちょっと早いけどおやすみ清隆くん」
「あぁおやすみ」
杏樹はベッドに携帯をほっぽり出して、自分も倒れ込む。今まで友達と通話なんてしたことなかったし、おやすみを言い合える日が来るとは。
こういうのが『普通の高校生活』っぽいってやつか。この学校に来れたことに感謝しながら眠りについた。