早速始まる堀北による勉強会。
杏樹はさっさと帰る支度をして、教室を出ようとしたところを首ねっこ掴まれた。もちろん掴んだ正体は堀北鈴音だ。
「え? わたしも勉強会出るの?」
「もちろんよ。あなたの点数は赤点近くだったじゃない」
集まったメンバーは堀北、綾小路、櫛田、沖谷、須藤、山内、池。合計杏樹含め8人となっていた。
堀北の目標は全員50点以上だそうだ。そう言われると点数だけ見れば杏樹も点数に足りていないから参加するべきなのかもしれない。
「今度のテストで出る範囲をある程度こちらでまとめてみたわ。テストまで残り二週間ほど、徹底して取り組むつもりよ。わからない問題があったら、わたしに聞いて」
渡された問題に杏樹は目を通す。これくらいなら暗算でできるレベル。
須藤が隣で苦しんでいるのを横目に杏樹は目視で問題を進めていく。周りが必死に連立方程式を須藤に教えて気をとられている間、杏樹は綾小路の隣の席つまり端っこの席につき目を閉じた。だんだんとリンゴとみかんの二次方程式について説明している声が遠くなっていく。
ちょうど今の時間図書館のこの位置はいい感じの日当たりなのだ。
目を開けたときにはなぜか赤点組は消えていた。
「おはよう?」
「杏樹熟睡だったな、ちなみに須藤たちはちょうど堀北と揉めて出て行ったところだ」
「んー、それは大変だ」
「杏樹は今から勉強するか?」
「社会手伝ってくれると嬉しいかも、問題出し合いっこしよ」
「じゃぁミシシッピ川河口部では沿岸流が弱く、自然堤防が海側に伸びて何ができた?」
「鳥趾状三角州、ニューオリンズ付近だね。じゃぁ中国南部に溶食作用によって岩塔が林立する奇観が見られるがその地名は?」
「コイリン、カツラにハヤシだな」
綾小路と杏樹が呑気に問題を出し合っている間、櫛田と堀北はなにかを話し合っていた。
「ーー堀北さん、こんなんじゃ誰も一緒に勉強してくれないよ?」
「確かにわたしが間違っていたわ。もし、今回あの人たちに勉強を教えてうまく赤点回避できてもまたすぐに同じような窮地に追い込まれる。これは実に不毛なことで、余計なことをしたわ」
「それってつまり、どういう?」
「足手まといは先に脱落してもらったほうがいいってことよ」
「そんなのって…ねぇ綾小路くん杏樹ちゃん二人からも何か言ってよ」
「堀北がそう決めたんなら、それでいいんじゃないか? まぁあいつらを切り捨てたいとまでは思っていないけど、オレ自身教えられるような人間じゃないし、どうすることも出来ないからな。結局は堀北と似たもんだ」
櫛田は杏樹にも目を向けたが杏樹は何も言わなかった。というか、聞いていなかった。もし無理やり一言を求められていたとしたらカツラにハヤシと答えていただろう。
「……じゃあ3人ともまた明日」
櫛田はテーブルから去り3人が残された。
「ご苦労だったわね、勉強会はこれで終了よ、綾小路くんだけは理解してくれたわね。あなただけはあの下らない人たちよりは幾分かまともということかしら。もし勉強が必要なら特別に教えてあげるけど?」
「遠慮しておくよ」
杏樹もそれに同意する。なんなら自分がみんなに教えればいいのでは? と一瞬思ったが、書くことができない分、パソコンを繋がなければいけない、がそれができる場所は限られているから現実的ではないだろう。自分からこの特性について話す気はない杏樹は適当に本を何冊かとり、貸し出し手続きをするためにふたりと別れた。
この学校での一人の時の過ごし方はもっぱら本を読むことだ。読んだことがある本と同じくらい読んだことのない本がある。特に物語系はあまり触れてこなかったので新鮮で面白いのだ。お姫様が出てくる話はあまり好きではないけれど。
みんなの勉強は順調に進み中間テスト一週間前になった頃だった。
「テストの範囲が変更になったって連絡がきたの」
櫛田によって範囲変更を伝えられた。クラスは阿鼻叫喚。杏樹は特に気にすることなく歴史の教科書を音読していた。すぐに杏樹うるさいと言ってやめさせられたが。
そこで杏樹は今この場にいない綾小路に電話をかけてみることにした。
「もしもし清隆くん? もしかして暇だったりする?」
「いや、オレも一応これから勉強会に参加する予ーー」
「今日行かないって鈴音ちゃんに聞いたけど? 今どこにいるの?」
「食堂」
「もし違ったら無視してくれていいんだけど、わたしは今なら1万ポイント出せるからそれこみで交渉していいよ。よろしく、じゃあ」
杏樹は一方的に電話して切った。
『過去問』これを杏樹は考えていた。過去問を買ってしまえば、赤点回避は格段に楽になる。資格試験や入試などで過去問演習という勉強法がある以上、過去問での対策というのはとてもテストにおいて有効な方法である。まずは基礎を固めるべき人間が多すぎるためただこれからのクラスのことを考えたら手に入れなくてもいいかなとも考えていた。
が、綾小路の今日の不自然な動きを見てもしかして自分と同じことを考えているのではと思ってしまったのだ。思ってしまったからには行動するしかないだろうってことで一応連絡してみた。
一方その時綾小路と櫛田は食堂でぶらぶらしていた。
「誰からの電話だったの?」
「杏樹から1万ポイントの臨時ボーナスもらった」
「え、どういうこと?」
「ついてきたらわかる。すみません、先輩少しいいですか?」
綾小路は櫛田の質問に適当に答え、お目当てのポイントが不足していそうな先輩のもとに歩いていく。
見分け方は山菜定食を食べているかどうかだ。
杏樹みたいに普通とは違う味覚の持ち主ではない限り、学生で山菜定食を頼む人は少ないだろうという推理のもとの判断だ。
過去問を交渉し、ありがたく杏樹のポイントを使わせてもらった。杏樹と綾小路はほぼ過去問について話すことはなかった。ただ、『茶柱先生が試験範囲変更した割には平然としてるのはなんでなんだろ?』みたいな話をかすったくらいだ。綾小路が過去問を狙っているとか、過去問が毎年ほぼ同じとかそういう話は一切していない。
綾小路は杏樹の考察力を改めて実感した。どこでその驚異的な能力が身につくのか……。杏樹には自分の思考回路すら理解されているのでは、いや、たまたまだろう。そんな考えが綾小路の頭を巡った。
テスト前日、櫛田が先輩にもらったものとして過去問が配られた。残すはこれで暗記するのみ。
皆試験にはほとんど万全で挑んだ。