対魔忍戯作:斬鬼忍法帖   作:天野じゃっく

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その十

 町の住民から裏山と呼ばれている小高い丘陵地に廃寺がある。

 瓦屋根は鮮やかな緑の苔に覆われ、漆喰の剥がれた壁面をツタが這い、境内には群生する一メートルほどのススキをはじめ、淡い色のアサガオやアジサイが自由に花開いている。

 もとから住職のいない無住寺(むじゅうじ)だったが、後継ぎが途絶えて廃寺になり、仏像仏具が撤収されてからは管理もずさんになっていって、すっかり町の空白地帯になってしまった。花々の華やかさだけなら植物園のようだが、圧倒的な廃寺の不気味さに寄りつく者はいない。

 そこへ、ふもとのトラロープをくぐり、石段を登っていく五人の僧侶たちがいた。ツルツルの坊主頭が日差しに照らされ、整列する黒袈裟の一団は陽炎のようにみえた。

「本当に、こちらに?」

 後列の僧侶が荒れ果てた境内を眺めていぶかしげに尋ねると、先頭のひときわ年老いた僧侶は黙ってうなずいた。

 お堂からは地鳴りのような低音が聞こえてくる。僧侶たちの足は自然とそちらに向かっていた。

 屋根の抜けたお堂の内部、四方の柱に注連縄を結んでできた結界のなかで、中央に設置された護摩(ごま)(だん)に井桁型に組まれた(たきぎ)からは火柱がほぼ垂直に伸びている。

 祭壇の手前には幼児ほどの大きさの、干からびた白い繭が四つ並べられている。さらにその手前には白衣(びゃくえ)の女たちが四人座して、火の粉に臆することなく汗まみれになって一心に祝詞を捧げている。

「あれが、梓巫女…」

 地鳴りの正体はこの灼熱の祈祷だった。逆巻く火焔と巫女たちの声がひしめく異常な空間で、ふと四つの繭が宙に浮いた。

 僧侶たちは息を呑んだ。と同時に、先頭に立っていた老僧が慌てて振り返り、

「おお、もう見てはならん、見てはならんぞ……!」

 と言って、取り巻きに顔を伏せるよう促した。

 ──四つの繭は小刻みに震えながら火柱の周囲に軌道を描き、やがて吸い込まれるように井の字の真ん中へと落ちていった。

 ボッと音を立てて炎はひときわ大きくなった。

 千度以上の高熱を受けて発光しながら、しかし繭は焦げることも灰になって崩れることもなく、ただ内部にくるまれているモノだけが火に反応して、そのシルエットは悶え苦しむように暴れている。その動きを感知したかのように繭の緋色の外膜は収縮をはじめ、護摩の炎から逃れようとするモノを押さえつけた。

 ──やがて火バサミによって取り出された四つの繭は、茶褐色の細長い古木(こぼく)状に変容していた。

 四つはそれぞれ細長の桐箱に収められた。箱と蓋は、柚月の手によって、これまたテープ状に裁断された()()()らしきもので周囲を完全に糊付けされた。

 巫女たちの一斉に脱力する様子から儀式が終了したのだとわかった。振り返った巫女のひとりが、入り口から遠巻きにうかがう僧侶の集団をようやく見つけた。

浄胤(じょういん)さん」

 と、汗をぬぐって笑顔をみせたのは年長者の多恵(たえ)であった。

「暑いところ、わざわざ……」

「皆さん、ご無事ですかな」

 骨格標本になめし革を薄く貼りつけたような、細身でやや小麦色の、老年ながらいまだ気骨のある浄胤和尚は深刻そうな顔色で言った。

 すでに奥にいる三人の巫女たちは汗を吸った白衣を脱ぎ捨てて、インナー姿のままお堂の一角に置かれたクーラーボックスから、かち割り氷の袋を取り出して、首筋に当てたり素手で氷をむさぼっていたりする。いずれの目も「見りゃわかんだろ」と言っている。

「なんとか健在ですわ」

「よろしかったら、こちらを……」

 浄胤の後ろに控えていた比較的若い見た目の僧侶が、麦茶のペットボトルの詰まった結露まみれのビニール袋を差し出した。他の三人もゼリー飲料や缶詰、非常用の羊羹(ようかん)、棒状のバランス栄養食の箱などを供物のように携えている。

「まあ、みなさま、どうもありがとうございます」

「我々に出来ることは、せいぜいこのぐらいですから」

 浄胤和尚はどこか寂しそうに笑うと、

「なにを仰いますか、むしろ()()()()()()()

 多恵は首を振ってこたえた。

 僧侶たちの渡された四つの桐箱は、ひとつずつ彼らの手によって手際良く風呂敷に包まれた。和尚はその様子を見届けると口を開いた。

「さて、ここで皆に、今日この山寺を訪問した理由を伝えておこう」

 詳しくは知らされていなかったのか、僧侶たちはハッとして地面に膝をつき、浄胤和尚を見上げる姿勢をとっていた。

「なぜ今まで黙っていたかというと……まぁ、これは至極単純な理由でな。ここまで引っ張ってきて巫女の方々と顔をあわせてやれば、挨拶した手前、男として尻尾を巻いて逃げるわけにもいかなくなるだろう……。という、わたしの浅知恵なのだ。勤勉な弟子達の中でも、とりわけ頭の柔らかく口の堅いお前たちに尻込みされたのではかなわんからな」

 なにを仰いますか。と、僧侶たちは小さく笑った。

「では白状しよう。──その桐箱のなかにあるのは、言うなれば“怨霊の木乃伊(ミイラ)”」

「………」

「こちらにおわす梓巫女のことは先日話した通り、今世に現れた怨霊──荒魂(あらみたま)をいさめる、大変重要な役目を背負った方々である」

「………」

 お堂の奥からは、蚊取り線香の煙と制汗剤のクールミントの混ざった香りが風に乗って漂ってくる。

(わざわ)いをもたらす荒魂は、やがて福をもたらす和魂(にぎみたま)へと転ずる。この箱の中のものが護法神として復活なされる日まで、我々の手で(まつ)り、祈祷をつづけるのだ。──これまでの修行はこの時のためにあると心得よ」

 僧侶たちは眼前の桐箱と浄胤和尚とを交互に見ながら、しかし狼狽える様子はなく、師の言葉を受け止めるとただ静かにうなずくばかりであった。

「この浄胤の、残り少ない今生のすべてをかけたお願いじゃ」

「なにが起きたとて、もとより覚悟の上でございます」

 僧侶のひとりが真っ直ぐな目を向けて即答した。

「荒ぶる御魂にこそ仏の道を説いてみせようではありませんか。これぞ法師の誉れ!」

「実のところ、この世界の一端に触れることができて打ち震えておりましたわ」

 ハハハッと僧侶たちは高らかに笑った。

 やがて立ち上がり、何食わぬ顔で膝についた土ほこりをはらう彼らの達観ぶりに、このやりとりを遠巻きに眺めていた巫女たちは内心驚いていた。

 たしかに彼らはれっきとした僧侶だが、怨霊だの神様だのと、こんな途方もない話を唐突にされて易々と飲みこめる人が、果たしてどれほどいるのだろうか。──

「では、よろしくお願いします」

「たしかに承りました」

 多恵と浄胤和尚は、お互いうやうやしく頭を下げたあとで、

「巫女の皆さまもご武運を……入り用のものがありましたら、何なりと仰せつけください」

「そのときは甘えさせてもらいますわ」

 と、微笑みあった。

 結局、僧侶の一団は草履を脱ぐこともなく、そのまま踵を返して、読経とお(りん)の音を響かせながら境内を去っていった。

 

 一方その頃、お堂の裏手では、烏丸スバルと秋山凜子が色褪せた浜縁に二人並んで腰をおろしていた。着ているTシャツと短パンは、地元の百貨店で調達してきたものである。

「松永さんを見つけたかも」

「本当ですか」

「正確には体内発信機(ナノ・ビーコン)らしき反応ね。かなり弱いけど」

「場所は?」

「ここから南西に五、六キロ離れた、烏羅山(うらやま)ダム周辺」

「意外と近いですね」

土忍(モグラ)は厄介よ。岩もコンクリも金属もすり抜けるし、電波の届かない深くまで潜ったまま浮かんでこない、なんてこともあり得る」

「松永さん自身が顔を出してくれないことには、確かめようがありませんか」

 凜子はウンウンと首をひねりながら、

「……ハヤテの姿を見たら、さすがに気付いてくれるのでは?」

「そう思ってしばらく飛んでみたけど、反応はなかったな。──そのうち観光客に見つかって追い払われちゃってさ、トビのツラいところよね」

 スバルは苦笑しながらハヤテのほうを見た。

 離れた木陰にとまるハヤテは、すこし前に松永蔵人の捜索を終えたところで、スバルが与えた鶏のササミを大事そうに脚のあいだに抱えて、ときおり二人のほうをうかがいながら味わうようについばんでいる。

「ひょっとしたら、雀女(すずめ)とかいう怪異(ヤツ)の幻術がまだ効いているんだと思う」

「そしたら私が行って、引っ張ってきます」

「気を付けて。愚図るようなら二、三回小突いてやってよ」

 スバルは彼女に探知器(ロケーター)を手渡した。

「松永さんは二回りほど年上の先輩なんですが……」

 関係ナイナイ。とスバルは手をひらひらあおいで笑った。

「あとで言われるのは私なんですからね」

 お堂の正面にまわって石段をおりると、下からあがってくる学生服姿の双子と鉢合わせた。

 凜子と目があった乃愛(のあ)が、手に提げていたスーパーのレジ袋からなにか取り出して彼女にパスした。箱入りの棒アイスの一本だった。

「どこ行くのー?」

「ちょっと、人に会いにね」

「オトコ?」

 やめい、と、すかさず姉の唯愛(ゆあ)が妹を小声で叱ったが、

「まぁ、そんなところ……」

 と、凜子はフフと笑いながら涼しい顔してすれ違うので、双子は唖然として見送るばかりであった。

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