対魔忍戯作:斬鬼忍法帖   作:天野じゃっく

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その十二

 隙間だらけの廃寺はよく風が通り抜けるので、日射しさえ遮れば意外とどうにかなる。──というのは一晩とちょっと滞在した秋山凜子の感想で、基本的に朽ちたお堂のなかは暑くて湿っぽくて虫が多い。

 ささくれ立った床板にレジャーシートを敷き、キャンプ用のマットや寝袋を置いて、梓巫女たちは朝方から昼過ぎまで眠る。と言うより、いくら疲れていても昼間の酷暑に叩き起こされるのである。

  凜子とスバルはそれなりの訓練を積んでいるから文句のひとつも漏らさないが、梓巫女の紗世と瑞穂は毎回うんざりしたように汗を拭っているし、多恵は異様に蚊に好かれるから蚊取り線香の火を決して絶やさない。「合宿みたい」と言ってはしゃいでいるのは乃愛と唯愛の姉妹と、柚月くらいのものである。

 夕方、天井から吊り下げた十畳用の巨大な蚊帳(かや)のなかで八人は輪になって座っていた。中央には発光するLEDランタンと、包帯と絆創膏で手当てされた松永蔵人の寝姿があった。

 夜導怪の幻覚に苦しむ蔵人は多恵らの介抱によって一旦は落ち着いたものの、日が沈む頃になって再び表情に苦悶の影がさしてきた。ときおり「やめろ。来るな」と()()()()を繰り返すのをみるに、やはり体を蝕まれているようだ。

「夜導怪の影響が強まってきているのね、呪いの元凶をどうにかするしかない」

「例のお焚き上げで?」

 スバルが聞くと、柚月がうなずいた。

「その都度、火を起こして一匹ずつ厄を祓っていくのは結構手間がかかるものね」

「叩いて、包んで、焚く。餃子みたいなもんだわさ」

「ほかに夜導怪を始末する方法はないの?」

「ない」

 と、紗世はキッパリと言い放ち、直後にいや待てよと腕組みしたあと、

「──と言うより、他の方法を知らない。祓いの儀式として教えられたシステムだから、私たちもそれを踏襲するだけ」

「前例そのものが少ない、っていうのもあると思うわ」

 多恵が言った。

「夜導怪と面と向かって張り合おうなんて、よほどの命知らずでもない限りは、何とも。──というか、そうした連中は返り討ちに遭ったと考えるのが妥当だろうな」

 柚月は笑った。

 そうか、と話を聞きながら凜子はうなずきつつ、内心、首をかしげた。──夜導怪を封印し、神仏として祀ることに意味があるとしたら、対魔忍(われわれ)の行動が巫女たちの儀式に水を差すことになりはしないだろうか。

「とにかく、今夜の狙いは雀女(すずめ)一択というわけ」

「都合よく雀女だけを相手にするのは、だいぶ厄介そうね」

「それについては妙案がある。──こちらから呼び出すの」

 紗世は、ずいと身を乗り出して言った。

「呼ぶ?」

「雀女の呪いを、雀女本人に逆流させる」

「そんなこと出来るの?」

「人を呪わば穴二つ。──言葉が本当なら、相手に呪いをはね返すことも難しくはないはず。幸か不幸か、松永さんの中には雀女の呪いがまだ生きている。これを利用させてもらう。仮に効果がなくとも、私たちがそうやって挑発すれば向こうだって無視はできない」

「要するに、呪いをリダイヤルする、ってことか?」

「折り返す、じゃない?」

「それで……相手に私たちの存在をアピールして、誘って、どうやって倒すの?」

 唯愛が核心に迫ると、紗世は目を泳がせて、

「まあ、あとは出たとこ勝負、というか……」

 なあんだ、と乃愛はわかりやすくうな垂れた。

「肝心なところが漠然としてるじゃないの」

「それは後で考えとく。──なぁに、いざってときは柚ちゃんに()()()して運んでもらうわ」

「無茶言うな、こっちゃ宅急便じゃねんだ」

 紗世の提案はどことなく頼りなかったが、ほかに思い浮かぶ戦法もなかった。

 日没から日の出までの九時間あまり、にわか雨のように降って湧いては過ぎ去っていく夜導怪には、捕食や繁殖といった目的もなく、行動パターンを捉えられずにどうしても梓巫女たちは後手に回ってしまう。相手の出現位置を限定させて迎え撃てるとしたら、これは絶好の機会といえる。

 儀式を行うにあたり梓巫女が総出動するということで話はまとまった。スバルと凜子は蔵人のお守りのために待機するように言われたが、実際のところ、仲間とはいえ部外者に儀式を見せることには(はばか)りがあったものと思われる。対魔忍が一般人に忍法を軽々しく披露するようなものだから、スバルも凜子もこの指示に反対することはなかった。

 

 紗世、柚月、瑞穂の三人が、街中のとある空き地に儀式場──四方に突き立てた青竹にしめ縄をつないで四角い陣を形成したもの──の設置を始めたのは夜遅くになってからだった。

 梓巫女たちは知らなかったが、偶然にもこの土地は、この物語の発端である全滅した“草”の潜伏地で、公安庁の手引きによって秘密裏に引き払われた場所であった。 

 瑞穂が回転する赤色灯を見つけて「やば」とつぶやいた。案の定、四駆のパトカーが近づいてきて、ヘッドライトが更地のなかの三つの影を照らした。制服姿の警官が二人降りてきた。

 浅見由衣と部下の男は、巫女達──といってもTシャツに短パン、首にタオルを巻いてビニールサンダルを突っかけているだけの、暴走族だってもう少しマシな格好をしてそうな不揃いの女子たちに顔をしかめた。

「あのぅ、こんばんは……」

 当然、浅見由衣は声をかけてくる。

 酔っ払いオヤジや屁理屈オンナ、若者の暴走グループには決して物怖じしない浅見巡査部長でも、真っ暗な空き地で、ばかに神道じみた本格的な祭壇をつくる女子集団は初めてだった。

 はたして彼女達は不良なのか。不健全だと言ってしまっていいものか、どうか。──とにかく不審であることに疑いはない。

「……みんな、なにしてるの?」

「これですか。これは、あの、地鎮祭(じちんさい)の支度です」

「は、なんて?」

「地鎮祭です。家建てる前に、ご祈祷を捧げるヤツです」

 地鎮祭。という言葉を聞いて、浅見はようやく彼女たちが神職の関係者だと理解した。

「じゃ、巫女さんなのね」

「そうです。こんな格好だけど」

 紗世はエヘヘと笑った。

「もう九時過ぎだけど、いまから?」

「いまは前準備です。夏祭り前に済ませるってことで、夕方ごろになって急に決まりまして……」

「神主さんか宮司さんだか、なんか知らないけど、責任者の方は?」

「いえ、儀式自体は明日なので……」

「あなた達に任せっきり?」

「祭場を建てるのは、ウチら下っ端巫女の仕事ですから」

 柚月が横から割って入って、ヘラッと笑った。

 浅見の後ろに控える部下の男はというと、大変だねぇ。と、こちらは瑞穂とささやかに談笑している。

 やや間があって、「ふぅん」と、浅見は返事をした。正直、そういった"しきたり"に関して浅見にはよく分からなかったし、そういうものだと言われてしまうと、そういうものなのかと納得するしかない。

「とりあえず、三人とも名前を教えてくれるかな」

 浅見は持っていたクリップボードを渡して三人に書類を書かせた。三人にもそれが形式的なものであることはすぐにわかった。

 二人の警官は儀式場と更地をライトで照らしながらしばらく歩いたあと、

「ま、夜だし気をつけて帰んなさいよ。虫多いし」

 と、言い残して、再びパトカーで巡回をはじめた。遠くに消えるエンジン音を背中に柚月は「ありゃもっかい見に来るな」と溜息混じりに言った。

「根掘り葉掘り聞かれなかっただけ良しとしようじゃない」

 残りの巫女に連絡を入れると、数分足らずのうちに多恵の運転する軽自動車が、双子といくつかの道具を乗せてやって来た。

「急げ、ポリが見回ってる」

「ポリって。柚ちゃんったらヤクザみたいなこと言うね」

 やがて巫女装束の六人が儀式場を囲んだ。

 柚月が鼓《つづみ》をたたき、紗世が横笛を静かに吹き、双子がそろって弓の(つる)を爪弾く。瑞穂が大幣(おおぬさ)──棒の先端から白滝のように紙垂(しで)を伸ばしたものを()()()()に揺らして祝詞をとなえる。多恵が小さな鈴を房なりにつけた楽器──神楽鈴(かぐらすず)を片手に厳かな足取りで舞う。

 神に奉納する舞踊──神楽(かぐら)は全国各地に数あるが、敵性妖怪に向けた舞いというものがあるだろうか。この奇妙な闇のセッションを夜の更地で見かけたら、きっと多くの人がまず自分の目を疑い、そこにいる巫女たちが実在する人物であると知るやいなや、心底、戦慄したことだろう。

 しかし彼女たちは至って真剣だった。真昼の熱波を含んだ夜の空気が打って変わってピンと張り詰め、氷結した。梓巫女の神楽は間違いなくある種の霊的力場を形成していた。

 

 秩武山中の奥深く、獣も近寄らない闇溜まりから顕現した夜導怪・雀女(すずめ)は、はやくも自身を呼ぶ呪詛の響きを感じとっていた。

 ──霊山の眷属たる我の名を呼ぶとは、なんたる無礼か。

 足もとの土から無数の蛆が湧いて、丸い背中を裂いて瞬く間に真紅の羽をもつ成虫となり、雀女をのせた蛾の大群は空高く飛翔した。その一群は風に吹かれる夜雲と、雲に乗る天女のようにもみえた。

 闇夜の地上に発光する六人の人影があった。──発光していたのは気のせいだったかもしれない。しかし、彼女の目にはひときわ存在感を放つものであり、そうした人間をみると本能的に癪にさわるのである。

「巫女どもがっ!」

 夜雲の一端が速度を増して、羽をもった蟲の一軍がクラスター爆弾のように地上に降り注いだ。蟲たちが地面に食い込み、潰れ、体液を撒き散らし、一帯に毒の飛沫を蔓延させた。──間髪入れずに雀女自身、筋斗雲とともに六人をまるごと押し潰した。メシャっ、と細かい抜け殻の砕けるような音がして、地面をたたく羽から鱗粉が土煙のように逆巻いた。

 が、そこに梓巫女たちはいなかった。そして上空からは気づかなかったが、地面はそこだけ半径三メートルほど、すり鉢状に傾斜がついていた。そのクレーターの底には、粉々になった三方(さんぽう)という木組みの台座と、人型の紙片が円形に並べられているばかりであった。

 その紙片の意味を察したのか、ふと我に返ってふたたび飛翔しようとした雀女だったが、その時、彼女と彼女を取り巻く濃霧のような蛾の群れは激しい痙攣をはじめた。

「グ、ギギギ……」

 シャリラン、と水のように澄んだ鈴の音が聞こえた。重なり合って響く金属の音色は、怪異の全身に聖なる波紋となって浸透しその身を縛りつけた。

 やれっ!と、暗闇から声があがった。放物線をえがいて二本の火矢が──どちらも矢じりのかわりに先端に手持ち花火を巻きつけたものが──すり鉢のなかに飛びこんだ。地面に一瞬、光輪が煌めき、次いで爆炎が雀女を包み込んだ。ギャオッ、という童女の甲高い悲鳴をかき消すほど、空気を揺さぶる激しい爆発だった。

 ──雀女が松永蔵人に幻をみせたように、梓巫女は“呪い返し”によって怪異の目に虚像をうつしてみせた。本物の儀式場と巫女たちは、たしかに同じ更地の十数メートル離れた場所に平然と立っていた。しかし、三方にそなえた六つの紙片と松永蔵人の分身──血を吸った包帯を包んだものとが呪術的な(デコイ)となって作用し、怪異の感覚を惑わせたのである。

 頭に血ののぼった雀女は、ガソリンをたっぷり吸わせた()()のなかに飛び込んだ。「飛んで火に入る夏の虫」を見事に体現してしまった。──のみならず、気化した燃料とミクロサイズの鱗粉とが連鎖的な燃焼反応を起こし、粉塵爆発めいた破壊の嵐となって彼女を襲った!

 その衝撃と熱波に、罠を仕掛けて点火した梓巫女たちさえも驚きの声をあげた。

「……やっておいてなんだけど、これは消防法に触れる気がする」

「何言ってるの、ちょっと派手な野焼きよ」

「野焼きってキノコ雲とか出るの?」

 怪異にとって爆発や火炎といった化学反応がどのような作用をもたらすのか。──この世に形となって現れたものだから、ある程度の効果は期待できよう。実際、降ってくる火の粉と灰は、火柱に焼け散った蟲たちの残骸であった。

 柚月が手早く紙サイコロを投げて、純白の狛犬を二匹召喚した。

「それ、引っ捕らえい!」

 白い影が走った。灼熱のクレーターの底の、炭化して子犬ほどに縮こまった童女の全身を、のっぺりした一枚の布になった狛犬たちが、ちょうど産まれたての赤ん坊を()()()()に巻くように包み込んだ。楕円形のそれから短い足が四つはえて、よちよちと主人のもとへ戻りはじめた。

 

 一件落着、誰の目にもそうみえた。一人をのぞいて。

「多恵さん?」

 それぞれが顔を見合わせるなかで、神楽鈴をもった多恵だけが直立不動でいるのに瑞穂は違和感を覚えた。多恵は首と腕を不自然に伸ばし、腹話術師が膝の上に座らせる人形のように虚空を見つめている。

「どうしたの?」

「雀女を解放しろ」

 多恵の口が開いた。しかし、その声は低く、錆びれた男のものであった。

「だ、誰っ──」

「おっと、動くな」

 声は、弓を引こうとした双子と、足もとの鞘袋から長巻を取り出そうと屈んだ瑞穂を制止した。紗世は多恵の白い首筋が、五本指の形にニュッと凹んだのを見た。雀女の幻術か?いや、そうではない。──彼女の背後に何者かがいるのだ。

「弓を引いたり刀を抜いたり、笛でも吹こうものなら、この女もあわせて鳴くことになる。断末魔をな」

 ケッケケ、と喉奥から搾りでる醜悪な笑い声とともに濃厚な妖気がそこから立ち昇って、巫女たちは水を打ったように静まり返った。夜導怪はもう一体いた──!

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