対魔忍戯作:斬鬼忍法帖   作:天野じゃっく

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その二

 二人は森の中を並走しながら、不二典親が前方を見て、松永蔵人は横走りしながら後方を警戒している。

「さっきのはなんです?魔族ですか、それとも妖怪?」

「わからん、誰かの手先のようではなさそうだし、野良にしては利口すぎる。会話も出来るようだが話が通じるとは思えんな」

 松永蔵人はすこし間を置いて、

「アイツの間合いには一歩も踏み込めなかった」

 彼の弱音を笑うことはできない典親である。手裏剣の腕にはある程度自信のある彼もまた、時速数百キロで飛行する手裏剣を弾き落とした怪人の剣技に度肝を抜かれたし、悔しいから言葉にしないだけで、いまも全身に痛いくらい鳥肌が立っている。

「そしたら、“草”もアイツに?」

「全滅だ。あいつが自供した、これは事件だ」

 それを聞いた典親は、なんてこった。と呟いた。

「あんなバケモノ、どうしろってんですか」

「落ち着け、俺たちの仕事は偵察だ」

 その後のことは本部が決める。諜報員が消え、その原因が判明した今、彼らの目的は生還することである。

 木々の間を縫うように駆け抜けて田園地帯に出た二人は、耳元の小型無線機(インカム)に手を当てた。

『スバル、見てるか?』

『追手はいないようです』

 三人目の忍者、烏丸(からすま)スバルが応えた。二人にはスバルの姿が見えないが、スバルには二人の姿が見えているらしい。

『お前も()から見たか?』

『ええ、ハヤテも怯えてました』

『偵察終了、スバルは(バン)で撤収。十分後に翔丸(しょうまる)トンネル前で合流しよう』

『了解』

 山ぎわは夜明けの色に染まりつつあった。住宅地と街灯の小さな灯りがみえてきて二人はほんの少しだけ安堵した。

「そういえば、あいつ自分のことを“夜導怪(やどうかい)”の笹浪(ささなみ)と名乗った」

「ヤドウカイ…そんな組織、聞いたことない」

「なにかしらの集団を指す言葉のようだが、笹浪とやらが自分をその内の一人であると言っていたところをみるに、ひょっとしたら他にもあんな奴が───」

 松永さん。と、ふいに不二典親がさえぎった。

「ここで二手に分かれましょう」

 松永蔵人もその言葉になにやら気づいたらしく、

「追って来たか?」

「近くにいます。こちらを見てる」

 典親の視界のすみに動くものがあった。三十メートルほど先──鉄道の線路に沿って横にのびる架線の上に、黒いシルエットが浮いていて、それが曲芸者のように、しかし架線を微塵も揺らすことなく留まっている。はじめは看板かバルーン広告とでも思っていた典親だったが、その影から笹浪に遭遇した時のような、背筋を刺すような強烈な()()()()がした。

 二人は勘付いたのを悟られないよう、顔を動かさずに話し続ける。

「笹浪か?」

「大きさが違う。目測ですが、一・八か…高くても二メートル前後」

()けるだろうか」

「身軽そうな奴だ、自分が陽動(さそ)います」

「相手が単独とは限らんぞ」

「どちらかがスバルと合流出来ればいい」

「……両方とも駄目だったら?」

「その時はスバルだけ逃げ延びたらいい」

 典親の目は本気だった。

 わかった。と松永蔵人は頷いて、二人は息を合わせて別方向に駆け出した。

 走りながら典親は影のほうをちらと見た。案の定、影は架線の上を綱渡りするみたいにして追ってくる。とはいえ、自分と相手とは依然として三十メートル程の間隔があり、この間合いを取り続けていれば敵の出方にも容易に対応できるし、なにより手裏剣の技が光る距離だ。

 影は架線をのばす門型の電柱まで差しかかると、それを踏み台にして勢いよく跳んだ。典親の余裕は一瞬で消えた。月のない夜空を墨色の尾を引いて飛んでくる影は、ちょうど陸上選手が走り幅跳びするような姿勢で、三十メートル以上を跳躍したのだ。

「野郎ッ」

 典親は空中の標的めがけて棒手裏剣を三本投げた。対する影からも金色の光がみえた──錫杖(しゃくじょう)という、先端に金の輪がいくつもついた杖が、シャリランと涼しげな音を立てた。

 一本を錫杖で、一本を片手で、一本を足で払い落とした影は、一回転して典親を追い越し、着地した。典親と影は、数メートルの距離で対峙した。

 本来ならば二の矢、三の矢を放つべき状況で彼がそうしなかったのは、

「惜しかったのう」

 という、重く渋みのある嘲笑が聞こえたからである。

 悔し紛れになにか言い返してやろうとした典親だったが、相手の姿形に思わず声を失った。

 頭に頭襟(ときん)をかぶり、鈴懸(すずかけ)と呼ばれる法衣に梵天袈裟を重ねている。足に脚絆(きゃはん)、腕に手甲を付け、右手に錫杖を持った姿はさながら修験者といった装いだが、そのどれもが墨で染めたような灰黒色で、夜の暗がりに朧げに浮かんで不気味だ。

 しかし、なにより驚愕なのは、首から上である。

 顔の下半分──顎から鼻筋、耳元まで、黒光りする大きな(くちばし)が生えている。

 まさしく天狗(てんぐ)──カラスの頭がついた(からす)天狗(てんぐ)である。

「それって特殊メイクだよな?」

 典親が相手の顔を指差すと、「フンッ」と鴉天狗は鼻を鳴らし、見て分からんのか。と言わんばかりに胸を張って、否定も肯定もしない。

「ハハ、あんた深夜にコスプレかい。クオリティは認めるけどよ、ウケを取るにはちょっとばかりチョイスが渋過ぎるんじゃねえか?」

「そういうお前は、暗いうちから()()()()の練習か?」

 鴉天狗は自若として言った。

「オレは…お(まわ)りさ。お前みたいな不審者がいないか見て回ってたワケ」

「なるほど。最近の役人はこんなものを使うようになったか」

 鴉天狗の手には典親の放った棒手裏剣があった。手で払ったと思っていた一本を実際には掴みとっていたらしく、典親は改めてぞっとする。

「この針、不愉快な()が混じっているな。お前の氣か?」

 鴉天狗の眼が典親を見据えた。それまでさざ波のようだった妖気が、巨大な波動となって典親に押し寄せた。

「お前のような連中が、まだ残っているということか」

 と言いながら、鴉天狗は棒手裏剣を片手に握り込み、二、三度揉んだあとで手を開くと、パチンコ玉くらいの黒い鉄塊になって地面を転がっていった。

「お前と一緒にいた奴も、お前と同じような(たぐ)いの者か?」

「質問の意味がよくわからないけど…だとしたら?」

「どちらも帰すわけにはいかんな」

 鴉天狗が錫杖を握り直したので、典親も身構える。

「じゃあこっちも聞かせてもらうけど、山のふもとにある家を襲ったのはお前か?」

 典親は自分たちがいま走ってきた背後のほうを指して尋ねた。

「ヤドウカイの笹浪ってゴボウみてえなやつがいたけど、あんたの仲間だろ?」

「笹浪がお前たちを逃すとは思えんな。やはり訳ありの連中か」

 鴉天狗がジリジリと距離を詰めてくる。不二典親も後ずさりしながら両掌のなかに新たな棒手裏剣を潜ませている。彼の服の(そで)の裏側には無数の棒手裏剣が蓄えられており、投擲後すぐに次の手裏剣が手に収まる仕組みになっている。

 脅威の身体能力をみせた天狗を前に、もはや逃走は絶望的だと悟った不二典親は、松永蔵人と烏丸スバルの二人を離脱させるためにも自分はここで天狗を一秒でも足止めするのが得策だと考えた。

 それに、皆殺しに遭った“草”の一家のことを考えると沸々と怒りが湧いてくるし、逃げっぱなしというのも性に合わない。なんとかこの化け物に手裏剣の一本でも植えつけてやりたいと思う典親であった。

 棒手裏剣を握った両手が合わさって、奇妙なかたちの印を結んだ。

「どうした、震えているな」

 鴉天狗が茶々を入れた。

「武者震いってやつよ」

 不二典親の姿が分裂した。総勢十体の残像が横に流れて、瞬く間に鴉天狗を取り囲んだ。

「対魔殺法・白閃(はくせん)流し──」

 残像たちから中心部めがけて一斉に鋭い雨のような光線が放たれた。四方から降りそそぐ棒手裏剣が、鴉天狗を足もとから頭のさきまで隙間なく埋め尽くした。死角の消えた円陣のなかで、脱出も反撃も許すことなく相手を滅する必殺の忍法・白閃流し。

 ──が、しかし、黒い針山からは「ククク」と、喉を鳴らして笑う声が聞こえる。

「この虚空丸(こくまる)、舐めてもらっては困る!」 

 突如として、針山の隙間から墨を溶かしたような濃厚な黒い霧が猛烈に噴出した。

「絶技・墨天陣(ぼくてんじん)──!」

 不二典親の残像たちが黒い霧に包まれると、みな一様に口もとを押さえ、喉や胸まわりを掻きむしって苦しみだした。倒れ伏したそばから残像は消えていき、最後には本体である不二典親ただひとりが濃霧のなかで喘いでいる。

 宙を覆う濃霧──その正体は、五センチにも満たない黒い羽毛だった。

 鴉天狗・虚空丸から放たれたおびただしい量の体羽(たいう)は、目鼻口から喉、気道を通って肺にまで侵入し、不二典親のあらゆる行動を封じた。彼が自身の忍法のために感覚を研ぎ澄まし、超精密の分身を展開させたのが仇となった。十人となった典親は十倍に膨れあがった苦悶を一身に引き受けることになってしまった。

「惜しかったのう」

 血の涙をながす典親のすぐ後ろで虚空丸の声がした。典親は反射的に背後に向かって腰の短刀を抜いた。それよりはやく虚空丸の錫杖が振り下ろされ、典親の左鎖骨を砕き、肩口から脇腹にかけて袈裟がけに切り裂いていた。

「ぐぅッ!」

 生物のように霧がサッとひいた。地面には体を裂かれた黒いテディベアがひとつ、不様に転がっていた。

 虚空丸は無傷だった。彼はたしかに不二典親の忍法・白閃流しの十字砲火のなかにいた。だが彼の絶技・墨天陣(ぼくてんじん)によって撒き散らされた体羽は、堅牢なベールとなって虚空丸自身を取り巻き、棒手裏剣の猛攻を防弾チョッキのごとく受け止めたのだった。

「主命のためなら勝てずとも命を投げ出す…忍者とはかくも哀れなものよ」

 ──ふと、真横をビュッと風が過ぎ去って、虚空丸は十メートルほど跳びあがった。電柱の頂上に着地し見下ろすと、数十メートルはなれたところに三つの人影がある。道の真ん中に一人が仁王立ちし、その左右に和弓を持った二人が──矢を番えていない、弓の弦だけを引いた奇妙な格好で立っている。

「荒魂よ、控えられませい!」

 凛とした声が響いた。中央に立つ人影が発した。

「ぬ、女か……」

 鴉天狗は眼下の相手を睨みつつ、東の地平線が明るくなるのを感じていた。

「女風情が、我らに指図するか!」

 カッと睨みをきかせる異形に対して、臆することなく一人が弦をはじいた。ビュンッ、と音を鳴らした弓は、もちろん矢を番えていないので何も飛ばすことはない。──しかし、虚空丸は空間を震わせて直進する()()()()()()()()をたしかに感じた。

 とっさに跳んだ虚空丸の右肩を、稲妻のように射抜いたものがあった。

「き、貴様ら、(あずさ)巫女(みこ)──!」

 打って変わって驚愕の声を上げた鴉天狗は、すぐに二本目の矢が来ると感知したのか、体を宙空に溶かし、黒いシミとなって霧散した。

 ながく張り詰めた静寂ののち、三人の人影──少女たちは、ついに「ふぅ」と、一息ついた。

「やりましたよ、私たちだけで退治できた!」

 弓をはじいた少女は得意げに言った。

「追い払っただけ。また戻ってくる」

 もう一人の弓を構えていた少女が釘を刺す。天狗に警告した少女もまた、表情は晴れない。

「でも、しっかり当てたよ、私。ふたりも見てたでしょ?」

「あんたの()()が足りないから逃したんじゃないの。先代ならあれで仕留めてた」

「ならそっちに譲ってもよかったのよ!」

「やめなって、二人とも。それより──」

 三人の足もとには不二典親がいた。鴉天狗が姿を消したのと同時に、彼の体を覆っていた黒い羽も風化したように粒子となって崩れ去っていて、あとには袈裟斬りにされた典親が倒れているだけである。

「死んでる?」

 一人が男の首筋に指先を当てて、やがて頷いた。

「ってか、誰?」

 三人は若い男の傷だらけの顔を覗きこんだ。町の人間ではないことはすぐにわかった。

「バイカーじゃない?ツナギ着てるし」

天狗(あいつ)が見えてたってことは、()()()?」

「誰でもいいよ。このままにしておけない──」

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