対魔忍戯作:斬鬼忍法帖   作:天野じゃっく

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その四

『国道で車炎上。ケガ人なし。

 九日未明、S県T郡の国道二九九号芦ヶ窪(あしがくぼ)付近にて、車が炎上しているのが発見された。

 県警によると、九日午前四時ごろに「横転した車が道路上で燃えている」と通報があった。

 炎上した車両はワンボックスタイプのワゴン車で、積載品や車体側面に描かれたデザインから社用車と思われるが、運転手の消息および車の所有者の身元は確認できていないとのこと。

 車体の損傷具合や現場に残されたタイヤ痕などから、県警は事故と事件の双方から捜査を進めると発表した。』

 

 ──この記事は新聞の地方面の片隅にひっそりと掲載され、またその日の夕方から、全国ネットのワイドショーはニュースとニュースの隙間を埋めるための小ネタとして、この珍事を消費した。

 ネット空間においては、運転手不在というミステリーを良いことに様々な憶測が立てられた。

 強盗、ひき逃げ、動物の仕業といったシンプルなものから、ヤクザの抗争、自動車メーカーによる内部告発者抹殺、メディア全体がグルになった政治家の不祥事揉み消し説。

 オカルト界隈からは、土着の妖怪精霊または未確認生物のいたずら説、宇宙人による地球人誘拐(アブダクション)説と、奇抜な考察が次々と発表されたが、いずれも一般大衆の反応は冷ややかなものであった。

 この出来事は瞬間的にこそ話題となったが、どの媒体でも半日と経たずに忘れられていった。

 膨大にある日々のニュースに埋もれていったせいもあるが、横転した自動車が乗り捨てられただけの話にそれ以上の興味を示さなかったこと、続報がパッタリと止んでしまったことが原因であることは間違いない。

 一方で、とある町のとある一家が、近所に挨拶もなく一晩のうちに夜逃げ同然のかたちで姿を消してしまった件は、なぜか地方新聞にさえ掲載されることはなかった。せいぜい近隣住民たちの井戸端会議に花が咲いたくらいのもので、三日もすると、ついに誰の口からも語られることはなくなった。

 不気味なほどに生活感のこびりついた空き家は、ガレージも庭も車も、その一切を塵ひとつ残すことなく綺麗に取り除かれ、『売地』の看板だけが立つ更地になった。

 おぞましい怪異と対魔忍との死闘の痕跡はなく、渇いた風が砂を巻き上げるのみである。

 

 

 東京都千代田区──立法、行政、司法の主要施設が集中し、大手新聞社や大企業、金融機関の本社が軒を連ねる。まさしく日本の脳幹であり心臓部である。

 霞ヶ関エリアにある内務省庁舎にて──山本信繁(のぶしげ)をのせて降下していたエレベーターは途中階で停止した。

 ドアが開いて、秘書とともに入ってきたのは、内務副大臣の長田(おさだ)だった。

「おや…」

 山本をひと目みるや副大臣は背筋を伸ばした。

「山本くんか、久しいなあ」

「これは、ご無沙汰してます、長田さん」

 副大臣と一官僚とでは肩書きに天と地ほどの差がある。当然ながら先に挨拶すべきなのは山本の方なのだが、そうする前に副大臣のほうから歩み寄ったのは、この山本という男の特異性にそうせざるを得なかったからだ。

「きみが直接足を運ぶとは、珍しいこともあるものだな」

「自分が出来ることといえば『行脚(あんぎゃ)』くらいのものですから」

「なにをまた、そんな謙遜を」

 長田は苦笑した。

 ──山本信繁は元海上自衛軍の三等海佐で、軍を除隊したのち内務省の官僚となった。

 『台湾危機』と呼ばれる米中の軍事衝突と、それに端を発する日本の国土防衛任務において多大な武勲を立てた彼は、本来であれば今ごろ巡洋艦の艦長か、はたまた将官クラスの地位に就き、艦隊の指揮をとっていても不思議ではない。

 なぜ彼が、自衛軍の出世コースを外れて、公共安全庁の調査第三部(セクション・スリー)という、活動内容も不明瞭な怪しい部署に身を置いているのか長田副大臣には理解しかねるが、省庁内に彼を軽んじる者は一人としていない。

 山本は、自身の知略と人脈(コネクション)、稀代の交渉術と物腰の柔らかさを武器とする、政治家ならまず一番に敵にまわしたくない類いの男である。

 実際、彼に頭を下げられて、首を縦に振らない人間など存在しないと聞く。

「ずいぶんと()()()に骨を折ったようだな。方々で愚痴を聞くぞ?」

「面目次第もございません」

「なあに、噂も七十五日、大衆にとっても良いガス抜きの機会になっただろう」

「はあ、まだ(くすぶ)っているところもあるようですが」

 なかなか言うな。と、長田は口もとをゆるめた。

 エレベーターが停止した。外にまわって秘書がドアを押さえ、次いで副大臣が降りる。

「では、山本殿、ますますのご健勝を」

「失礼します──」

 エントランスを出てすぐのロータリーに、黒塗りの公用車が停まっている。

 山本が近づくと後部ドアが開いて、奥にフォーマルなスーツに身を包んだ女が、片肘ついて窓辺から外を眺めている。

「進捗は?」

 艶やかな黒髪の女──井河アサギは、隣に乗り込んだ山本のほうを見ずに、

「八時間前に、烏丸スバルから連絡が」

「ほう」

 山本が目配せすると、ドアが閉まり、車はゆるやかに発進した。

「『不二は死亡。松永は消息不明。敵は複数の怪異』……と」

「そうか」

 山本は、やはりといった表情でうなずいた。

「烏丸の容態は、無事ということか?」

「ええ、どうやら協力者がいるみたいで」

「協力者?別地区の"草"か?」

「わたし達のあずかり知らない、おそらくは民間の組織かと」

 アサギもそこは不明瞭なようで多くを語ろうとはしない。

「それで、怪異とやらの詳細は?」

「スバルが言うには『夜導怪』と」

 やどうかい。と、単語を繰り返して、一瞬、記憶を探るように車の天井を見つめた山本だが、

「……きみは聞いたことあるか?」

 と、アサギのほうを見た。

「いいえ。しかし、一応、それらしきモノの映像が…」

「映像?」

 山本の真正面、助手席の後部ポケットに端末(タブレット)が入っている。彼はそれを取り出して、動画フォルダの中の最新のファイルを開いた。暗闇を照らして爆進する車の車載カメラの記録映像だった。

偽装用(ダミー)のワゴンか…」

 映像は右へ左へ揺れながら、深々と茂った森を突っ切るように車道を進む。──センターラインの上に立つ何者かの足もとを照らした途端、フロントガラス全体に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、画面が大きく揺れて、気付けば天地がひっくり返っていた。

「どれだ…これか?」

 山本は何度か映像を見返して、事故直前の車道に立つ影の姿を探ろうとする。

「それは標識。ほら、ここ……」

 ふたりは液晶画面に顔を寄せ合って映像を見つめる。

「人か……痩せほそったクマに見えなくもない」

「スバル曰く、風をあやつるイタチ女らしいけど」

「イタチ?」

 一般人なら──まともな役人なら、アサギの言葉を冗談か妄想癖の類いとして失笑しただろうが、山本は違った。彼は「ふむ」とうなずいて、しばらく画面の人影と睨み合った。

監視対象(ブラックリスト)たちの行動は?」

「“門”のモニターには変動なし。各団体も、それらしい行動も声明も一切なし…今のところは」

 こういった怪事件では、疑うべき集団が現状いくつかいる。とりわけ厄介な連中が東京湾の離れ小島に密集しているため、監視の目はつねに光らせている。今回の件もそうした要注意人物らによる犯行かと推理していた山本だが、そこが微動だにしないとなると、いささか先が思いやられる。

「人とも魔族とも違う勢力か……二人やられたとなると、すこし厳しいな」

「でも人じゃないと分かれば、私たちもやりやすい」

 アサギは冷静に言った。

 対魔忍軍の(おさ)たる彼女は──本人は否定するだろうが──偵察隊の安否を聞いて納得するとともに、明らかに憤っている。彼女がずっと窓の外を見ているのは、ともすれば彼女自身が武器を手に前線へ突撃していきそうなほど高まった気持ちを落ち着かせようとしているからなのだろうか。

「意気込んでいるところ恐縮だが、現場に動員できる人数はだいぶ限られそうだ」

「というと?」

「もちろん説得はした…説明できる範囲内でな。だが、どこも渋い顔をしている」

「私たちが何したって言うの?」

 もちろん分かりきってはいるが、大人しく認めたくはないアサギ隊長は、意地悪っぽく山本に尋ねる。

「先日の車両紛失(ボヤ)騒ぎが、霞ヶ関や永田町にも飛び火してな、どこも自分たちに矛先が向くのを恐れている」

「そんなものかしら」

「流言飛語ほど厄介なものはない。程度の低い陰謀論でさえ、ひとたび拡散されれば始末に負えなくなる。火花のひとかけらでさえ余計な火種は出したくないのさ」

「報道管制も、現代(いま)じゃ大して意味ないものねえ」

 アサギは車窓から信号待ちでごった返す交差点を眺めている。行儀よく並んでいる会社員も学生も男も女も、視線は手もとの携帯端末に釘付けである。唯一、群衆のなかで目があったのは、婦人のキャリーバッグから顔を出して舌を伸ばし周囲ををうかがうプードルくらいのものである。

「公安庁調査部の越権捜査は必要最小限にとどめるべき、ときた」

 それは暗に、自分達のお膝元を好き放題に探られて余計な詮索をされては困る。ということである。

「そう言われてもねえ。釘を刺すなら検察庁じゃないかしら」

「真剣に取り合ってはくれまいよ。高級官僚(エリート)たちに魔族だの怪物だのと説いたところで……」

 腕組みしたまま山本は小さく笑った。彫りの深い達観した顔には若干ながら疲れがみえる。

「勝手に動いたらダメなの?」

 と、アサギがぽつりと漏らした。もちろん本気の言葉ではない。しかし、そう言ってしまいたくなるほどに状況は雁字搦(がんじがら)めで、ホトホト嫌気がさしているのだ。

「是非とも、そうしたいところだがね」

 山本も皮肉たっぷりに返事してみせる。

「少数精鋭、もしくは単独、か…」

 アサギはいつしか頬杖をやめて、頭の横にのびるアホ毛を指さきに巻きつけていじくっている。

「やはり無謀だろうか」

「やるだけやってみます。鬼を送る──()()()()()()()()を」

 決然と言ったアサギは、フンッと鼻を鳴らして、

「これ以上、山本さんに頭を下げさせるわけにはいかないものね」

「それはありがたい。正直なところ、大分()()()んだ──」

 ハァ。と、重たいため息をついて、山本は目をつむった。

 よく晴れた昼前、車は首都高速に乗り、都心をはなれて五車地方の本部へと向かう。

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