対魔忍戯作:斬鬼忍法帖   作:天野じゃっく

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その六

 紗世(さよ)が女たちを四人引き連れて戻ってきたのは、夕方六時を過ぎた頃であった。

「お待たせしましたー」

「遅すぎるッ!」

 抗議の声をあげたのはスバルでも凜子でもなく、柚月だった。

 紗世から一人この場を任された彼女は、仲間が戻ってくるまでスバル達を残して勝手に外出するわけにもいかず、暇潰しの用意もしてこなかったので、空腹と暇をもてあます苦痛の時を過ごしたのだった。

「ごめんねえ遅くなっちゃって。みんな部活とかパートで忙しいから」

 いつしか巫女装束からワンピース姿になっていた紗世は、手に提げていたビニール袋をまさぐって、

「はい、お詫びのさけるチーズ」

 と、筒型のチーズを差し出した。

「ちゃっかり着替えてるし…」

 いまだ巫女装束の柚月は不満タラタラの表情でそれを受け取ると、乱暴に包みを剥いて頭からかじり付いた。

「柚ちゃんも着替えたらよかったのに」

「お前が任せるって言うから、あたしはずっとここに居たんだぞ」

「ちょっとくらい席外したっていいじゃない」

 ねえ?と、紗世がスバルと凜子に視線を送ってくるので、とりあえず二人はうなずいておく。

「ったく、冗談じゃねえや」

 ふてくされた柚月はぶつぶつ言いながら、沙世から次々と渡される惣菜パンや駄菓子の類いを消化していく。その様子が笹をはこぶ飼育員と、葉っぱを夢中でくわえるパンダのようでスバルは可笑しかった。

「あのぅ、──」

 このなかでは一番年長らしい女が進み出てきて、

「お腹すいてますでしょう、よろしかったら召し上がってください」

 と、こちらは串団子のみっちり詰まったパックを差し出してくる。飴色のタレにたっぷり浸ったみたらし団子で、受け取った凜子の鼻先にしょう油のあまい香りが立ちこめる。

「ああ、これは、どうも…」

「えっ、いいなあ団子。仲原屋の?」

 双子がプードルのように匂いを嗅ぎとって、両方そろって顔をあげた。

「ちゃんとみんなの分もあるから」

 団地の懇親会みたいな和やかな空気に、ついスバル共々のまれそうになってしまう。

 そうこうしているうちに、部屋の後ろでは高校生になりたてぐらいの幼さの残る二人組がカバンを下ろして靴下を脱ぎ、畳の上に寝転がり出した。その横で、これまた服装の違う二十代半ばの女が、スマホを手鏡代わりに前髪をととのえている。

 本当にこれが怪異に対抗しうる巫女軍団なのだろうかと、実物を見ても疑いの念が晴れない凜子である。と言っても、それは釣り竿入れを抱えて座っている彼女も同じ立場なのだが──。

 ──かくして、横一列に正座して並んだ女たちは千差万別であった。

唯愛(ゆあ)です」

 夏用の制服を着た女の子が言った。

乃愛(のあ)

 学校指定のジャージ姿の女の子が言った。

 唯愛と乃愛は、服装以外は鏡写しのように同じ背格好をしていて、どうやら双子の姉妹らしい。

多恵(たえ)といいます」

 これは先ほど団子を差し入れてくれたひとで、物腰や風貌からして母親然たる大人の女性である。

瑞穂(みずほ)です」

 おじぎをするとウェーブのかかった栗色の長髪がゆったり揺れる、目鼻立ちのくっきりした美女である。

 この四人に、紗世と柚月を加えた六人が“梓巫女”だというが、果たして怪異退治の実力はいかほどか、パッと見では見当がつかない。

「これで、全員?」

「まあ、そう言いたくなるのも無理ないですよね」

 多恵が首を伸ばして、自分を含めアンバランス極まりない集団を左右に見て苦笑した。

 挨拶を終えると、おのおの姿勢を崩して、多恵の差し入れの団子を食べはじめた。

「お茶、いるひとー?」

 急須を持った紗世が声をかけると、全員が手を上げた。

「あの、梓巫女というのは、普通の巫女さんとは違うのですか?」

 凜子が素朴な疑問を投げかけると、

「あんまり変わらないんじゃない?」

 瑞穂が肩をすくめて言う。

「今回みたいな案件もあれば、正月の厄除けとか地鎮祭にも手伝わされるし……お守りやご朱印帳売ったり、在庫管理したり、境内掃除したり…まあ特別ってほどでもないよね」

「ちなみに、私を助けてくれたのも瑞穂さんよ」

 スバルが凜子に口添えした。

「典親さんを見つけてくれたのは紗世さんと唯愛さん、乃愛さん」

「そうだったんですか」

「彼は、すぐ近くの霊園に」

 紗世が言いながら、お茶を淹れた湯呑み茶碗を配る。

「どうもありがとう」

 お茶を受け取るとともに凜子は彼女たちに深々と頭を下げた。

「わたし達が駆けつけた頃には、もう黒い霧のなかにいて手の出しようがなかったの」

 乃愛が残念そうに言った。

「黒い霧?」

「真っ黒な天狗。タコみたいに墨をまいて煙に巻くの。ほんとセコい奴!」

 よほど憎たらしいのか、唯愛は腕組みして吐き捨てるように言った。

「──それと、松永さんは?」

 凜子が聞くと、スバルは首をよこに振った。

「ハヤテを使って探してるけど、いまのところは、まだ」

「言いにくいけど…その、すでに亡くなっているのでは?」

 声をひそめて唯愛が言うと、凜子は、うーん…と首を傾げる。

「だとしたら、すでに本部が見つけていると思う」

 偵察におもむく忍者たちの体内には特殊な発信器(ビーコン)が仕込まれており、一定の条件がそろうと五車の本部へ信号が発信される仕組みになっている。それを受信していないとすると、少なくとも死んではいない──。

「ここ以外で、だれかに保護されているのかも」

「交番も、署のホームページにも、それらしい人のことは載ってなかったけど」

 と言いながら、瑞穂は食べ終わった串を片手で折って捨てる。

 スバルは当時を思い出して神妙な顔つきになる。

「松永さん、目をやられたって言ってたけど激しい幻覚を見ていたようで、ハンドル握ってたから私には手の施しようがなかったけど、見たことないくらい暴れて…」

「おそらく雀女(すずめ)の鱗粉のせいでしょう」

 と、多恵は言った。

「スズメの鱗粉?」

「"夜導怪(やどうかい)"の雀女は、毒蛾を従える幻術使い。正面から挑むのは無謀と言えます」

「あの、率直にお尋ねしますが、その夜導怪とは何ですか?」

 いまのところ凜子を含めた対魔忍勢は、スバルがハヤテを通じて送った情報──事故車両のドライブレコーダーが記録していた“イタチ女と思しき影”しか知らないから、敵の情報についてはまったくの無知と言っていい。

夜導怪(やどうかい)は、この地域に棲んでる妖怪たちのことです」

「昔から『夜導怪に夜道で出くわすと真っ暗闇に連れ去られる』なんて言われてるけど…まあ子ども向けのおとぎ話よね。明るいうちに家に帰れ、夜遊びするな、はやく寝ろっていう教訓よ」

 唯愛は鼻で笑った。

「昔ばなしが、どうしてイタチ女や幻術使いに?」

「それは分からない。私たちも節分みたいに毎年やってるわけじゃないし。ただウン百年に一度、とんでもなくヤバい奴が()()らしいのよ」

()くって、どこから?」

 窓辺に近い瑞穂が、窓の外の遠くにそびえる壁のような山陰を指差した。

「あそこ──武洸山(ぶこうさん)から」

「山から妖怪……聞いたことない」

 スバルも凜子も対魔忍だから、魑魅魍魎(バケモノ)に対しての知識はそれなりにある。が、それでも夜導怪という存在は初耳だったし、五車の本部も同様に実態を把握していない。とすると、文献にも記されていない、有史以前の存在ということか──。

「──あのさあ、さっき本部って言ってたよな?」

 不意に、柚月が割って入ってくる。

「こんなとこで団子食って話してるってことは、警察じゃないことは確かだろうけど、やっぱどこかから派遣されたんだろ?本部ってのは役所?猟友会とか?」

 スバルは鼻頭をぽりぽりかきながら、

「仲間というか、うーん、チームというか。個人で動く人もいるにはいるし…」

 と、ぎこちなく返答したが、案の定、納得できる柚月ではない。

「あんた達、ほんとになにも話せないんだな」

 幸いにも、彼女の表情に怒りの感情はなかった。

「ごめんなさいね」

「いや…こっちもゴメン。よくよく考えたら、話を遮ってまで聞くようなことじゃなかったよな」

 柚月は照れ隠しに笑った。歯切れの悪いスバル達に対する猜疑心は薄らいでいるようだが、どうやら二人と腹を割って話せないのがもどかしいようで、とびきり正直な娘だけに曖昧な返事には我慢ならないらしい。

「──柚月さんの思ってることが正しいわ。これから命がけの仕事をするのに、素性の知れない人間と組むのはバカのやることね」

 スバルは自嘲気味に笑って、

「きっとこのわだかまりは今後も解消されないままだと思う。でも、どうか私たちに力を貸してほしい」

「…………」

「こんなバカな無理難題──いくら素性を隠したところで、私たちがどこの人間か、だいたい見当はつきそう」

 凜子と、巫女の年長組がフッと笑った。柚月にはなにがおかしいのか分からない。

「心配しないで、スバルさん。なにより大事なのは、一刻もはやく夜導怪を(はら)うこと!」

「素性なんてなんだっていい。同業者ってことでいいじゃない、ねえ、柚ちゃん」

 多恵は年長者らしく優しく微笑みかける。柚月もわずかながら笑い返してうなずいた。

「同業者か……わたしも今度から巫女を名乗ろうかな」

 凜子が腕組みしながら言った。

「説明する手間が省けるから?」

「そう。いつも言い訳に苦労するんだ。それに釣り人はどうも(ガラ)じゃない」

 短パンの下の、足を覆うアンダータイツをつまんで苦笑いした。

 やがて夕空が深い青に染まり、月が輝きはじめた。

「もうすぐね」

 窓辺に立つ瑞穂が言った。

「奴らのことだから、わたし達や二人の存在を()()()()()いるはず」

「ここに来るでしょうか」

「もう来た」

 凜子の言葉に、すぐにスバルが返した。彼女の眼は片方で和室を見ながら、もう片方で町を見下ろしていた。

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