ミッドナイトヴァンパイアーズ   作:悪しき政党

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始まり

 18世紀半ば、英国で最初の産業革命が起こった。

 

 それを皮切りにフランス、アメリカ、ドイツ、ロシア、と様々な国でも産業革命が発生し、蒸気機関の開発、紡績業の発展などなど、人類の生活は便利で豊かなものへと変貌を遂げた。

 

 しかし、妖怪や悪魔といった非科学的で不確かな存在は科学技術の進歩により、存在そのものが否定されていき、人ならざるものの力はみるみるうちに弱体化。その存在を維持できなくなってしまうざまだ。

 

 このままだといずれ消えてしまうだろう。

 

 

「我々はまさに風前の灯火、風が吹けば消えてしまうような存在だ。

 だが、我々は誇り高き悪魔である。そんなことがあっていいのか? 否、あってはいけないのだ」

 

 彼女は語る。静かに、だが力強く。

 

「風を起こし、火を消すのは我々だ。

 強大な死の嵐を作り、数多の人間の、生命の灯火を消し去ってきたのは他の誰でもない、我々ヴァンパイアだ!」

 

 彼女は握り拳を作り聴衆に訴える。

 

「……だが今はどうだ? 少し風が吹けば、我々はいとも容易く消えてしまうほど小さく、ちっぽけな火だ。

 あぁ…なんとも屈辱的だとは思わないか?」

 

 彼女は肩を落とし、悲しそうに聴衆に問いかける。

 

「……大きくしなければならない」

 

 彼女はポツリと言葉をこぼす。だが聴衆には聞こえる大きさの声で。これもパフォーマンスの一環に過ぎないからだ。

 

「世界中を焼き払う大きな火へ。我々は大火に戻らなければならない!」

 

 彼女の演説は次第に熱を持ち、その熱は聴衆へと伝播する。

 

「我々の恐怖をもう一度、

その身をもって思い知らせてやる! 

 我々の力をもう一度! 奴らの眼前に叩きつけてやる! 

 世界中の人間を喰らい尽くし、この世を支配してやる!」

 

 彼女の言葉一つ一つが熱を持ち、一言発せられる度に聴いている者達の心を揺らし夢中にさせる。誰しもがその言葉に耳を傾け、次の言葉を待つ。

 

「世界は常に、我々誇り高き吸血鬼(ヴァンパイア)の手の中にあるのだ!!」

 

 その瞬間、聴衆の熱は最高潮に達し、あちこちから大地を揺らすほどのけたたましい歓声が沸き起こった。彼女の演説はその場にいる者全てを熱狂させ、()()()にさせた。

 

「これから行われるのは「戦争」だ! 我々が世界の覇者となるための最初の戦争となる! 

 征くぞ諸君! 目指すはかの東方の地──」

 

「──幻想郷だ!!」

 

 

 

 ▽

 

 

 

 妖怪の山の麓にある湖は、昼間にも関わらず深く、そして濃い霧に包まれて薄暗く、不気味な空気が漂っている。

 通称、霧の湖。ここは妖精や妖怪が数多く集まり、人間は近寄ろうとしない、いわば人ならざるもの達のたまり場だ。

 

「なぁルーミア。アレ、なんだと思う?」

 ふわふわと中に浮く、透き通った青の髪に、青のワンピース、そして背中には氷像のようなキレイな羽を生やした幼女は、漂う霧の中を指さしながら問いかけた。

 

「んー? 霧のせいでよく見えないからよく分かんないな。でもあれは―」

 ルーミア、と呼ばれた少女は退屈そうな表情を浮かべ、浮遊する真っ黒な球体から姿を現した。

 月のように黄色の髪には、赤のリボンが良く似合う。白黒の洋服に黒のロングスカートの幼い風貌の少女は霧の中に目をこらす。

 

「あ、あれは? なに?」

『あれは』と、ルーミアが言いかけたその言葉を、チルノの背後からおずおずと尋ねたのは、緑の髪をサイドテールでまとめ、水色のワンピース、背中に虫のような、だが美しい羽を持つチルノやルーミアと同じくらいの年齢の見た目の少女、妖精達からは「大妖精」と呼ばれている。

 

「あれは―」

 

 ぼんやりと“()()”のシルエットが、霧に映し出される。それは少女たちよりもはるかに大きく、ゆっくりと動いている。

 やがてそれが、霧の中から徐々に姿を現す。

 

「船だ」

 

 木造船が霧を掻き分けその巨体を晒す。

外の世界から忘れ去られてここへ流れ着いたのだろうか。

 

 船体はあちこちが腐敗し、浮いているのが奇跡と言えるほど朽ちていた。大きな帆はボロボロで、穴だらけ。もはや役割を果たしていない。

 

 それでも船は水上に浮かび、ゆっくりと霧の湖を航海する。

 その姿は、さながら喜望峰近海を彷徨う幽霊船、フライングダッチマン号さながらだ。

 

 船体のデカさに圧倒されるチルノたち。

 大妖精に至っては、チルノの服をギュッと掴み、

後ろに隠れるようにして怯えている。

 

 しかし、それとは反対に、チルノはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように目をキラキラ輝かせている。

 

「ね、ねぇチルノちゃん、ルーミアちゃん。今日は別のところで遊ばない……?」

 と、弱々しくチルノとルーミアに話しかけるが、当の本人はもうその気になってしまっている。

 

「行っくぞー! 冒険だー!!」

 チルノ探検隊ここに結成。

 

 満面の笑みで拳を天に突き上げるチルノ。

 まさに意気衝天。熱烈士気が天を衝くチルノを、

止めれる者はもはや居ない。

 

 だがその一方で大妖精は、今にも泣き出しそうな顔になり、意気消沈。行きたくない。本当は絶対に行きたくないが、一人にされるのはもっと怖いのでなんやかんやでついて行かなきゃいけないんだろうな、と大妖精は諦めた。

 

 ルーミアは「わは〜」と言うだけで、特にこれといって何もない。乗り気なのか乗り気じゃないんだかいまいちさっぱり。

 三者三様のリアクションをとったところで、チルノ探検隊は出立し、霧の中へ消えていった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 空挺部隊。

 輸送機やパラシュートを用いて敵地へ降下を行い、要所の占領または撹乱などを主任務とする歩兵部隊のことである。

 

「こちら第一空挺部隊、高度3000mに到達。目標高度まで残り500mをきった。どうぞ」

 

 紫の長髪にドアノブカバーのような帽子に薄紫のパジャマ? を着た少女──パチュリー・ノーレッジは手元にある金属製のコップに向かって話しかける。

 勘違いしないで欲しいが、別に彼女は狂ってるわけではない。

 

「こちら我々第二空挺部隊現在高度2700mを通過しました。どうぞ」

「こちら第三空挺部隊、高度2400m付近です。どうぞー」

 

 ただの金属製のコップに見えて、実は特殊な魔法がかけられており遠距離での通信が可能となっている糸電話のようなもの、通称『ワイヤレス糸電話』。

 

 ワイヤレス糸電話からはパチュリーに次いで、空気を切るような雑音と共に『第二、第三空挺部隊』を名乗る男の声が聞こえてくる。

 

「こちら空挺部隊総合指揮隊長パチュリー・ノーレッジ、目標ポイントに到達しだい順次降下を開始せよ。どうぞ」

 

 淡々と言葉を吐き、与えられた任務をこなす。

 自身に与えられた任務。それは人里への奇襲攻撃を行った後に占領、そして橋頭堡を築くことだ。

 人里を占領することで幻想郷全土への攻撃が行いやすくなる。この戦いにおいてかなり重要な作戦の一つである。

 

 そしてパチュリーは人里を占領するための手段として、直接人里に降り立ち攻撃する着上陸作戦を立案、現在それを実行している最中である。

 

 手元の高度計を横目で確認、目標高度に到達したことを確認すると後続の者達に手で合図し、その場で静止すると、もう片方の手に持つワイヤレス糸電話に向かって言葉を吐く。

 

「こちら第一空挺部隊、目標高度に到達。これより降下を開始する。どうぞ」

 

「了解。ご武運を。どうぞ」

「コピー、ご健闘をお祈りしています。どうぞー」

 

 こちらが淡々とした声を送ると、同じく淡々とした声で帰ってきた。

 別に彼らと面識がある訳でもなく、今日会ったばかりの奴もいる。心のこもった返事なんて返ってくるわけがない……そもそも心があるのかさえ不明だ。

 

 眼下では雲が割れ、月の光に照らされた人里が現れた。やはり深夜ということもあり人っ子一人いない。まぁ当然か。

 

 後ろをちらりと振り返ると、同じく眼下に広がる光景を夢中になって眺める兵士たちの姿があった。

 

 ある者は息を荒らげ夢中になって目を凝らす。

 またある者はこれから起こることを想像し、下品に涎を垂らす。

 

 その軍隊に有るまじき光景に内心ため息をつきつつも、自身がやるべきことを開始する。

「諸君傾聴せよ。我々はこれより降下作戦に移行する、作戦内容は出発前に話した通り──」

 

 最近読んだ小説を思い出しながら言葉を選び、それっぽくしていく。指揮を上げるにはこういうのが良いのだとさ。

 

「片っ端から喰いつくせ。あそこは諸君らの俎上、思う存分食らいつけ。各員降下開始!」

 

 言い終えると、待ってましたと言わんばかりに一目散に降下を始める。

 

 第一空挺部隊とは言ったが、彼らに航空機もパラシュートも必要ない。なぜなら彼らは吸血鬼、背中に生えた蝙蝠の羽を羽ばたかせ、自由に空を舞い、獲物目掛けて降下する化け物だからだ。

 

 一気に降下していく化け物達(フリークス)を冷たい目線で眺めながらポツリと呟く。

「……まるで豚ね」

 

 ため息をつくと自身もゆっくりと降下を開始した。やるべきことはまだまだたくさんある。

 親友である彼女から下された、命令という名のワガママをこなさねばならない。

 夜はまだまだ始まったばかり。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 日は沈み月が昇る。

 恐怖の夜が来た。

 化け物たちの夜が来た。

 

 静かに降り注ぐ月の光を浴びながら、化け物達は悠々と夜空を我が物顔で飛び回り、目に付いたものを手当たり次第に貪り食う。

 

 いたいけな少女の首元にかぶり付き、柔らかいその肉を噛みちぎり、年老いたよぼよぼの男を、シャチが獲物で遊ぶように天高く放り投げ、その様を嘲笑う。

 

 地獄のような光景を、一人の少女は幽霊船のマストの上から眺め、そして顔を顰めた。

 

 その少女にはコウモリのような羽があり、ドアノブカバーに見えるがナイトキャップを被り、薄いピンクを基調とした服とスカートを身に纏っている。服に一切の汚れなく、このオンボロな船とは不釣り合いな見た目だ。

 

 その時、少女の紅色の瞳に爆炎が映る。

 暴れ回っている化け物の内の一人が家々に火をつけたのか、小さな集落から大きな炎が上がっている。さらにはその炎上した家屋から若い男が悲鳴を上げ燃えながら飛び出した。燃えながら地面に転がる男に、糞に集るハエのように化け物達がにじり寄る。その後のことは……想像に難くない。

 

 少女の眉間により一層シワが集まる。

 

「吸血鬼の尊厳まで奴らは喰ってしまったのか……あれではまるでただの食屍鬼(グール)。誇りも、威厳も無い」

 

 少女の声には呆れと怒りが宿っていた。

 少女は唇を強く噛み締める。

 

 

「ここにおりましたか。レミリアお嬢様」

 つい先程まで自分しか存在しなかった空間に、自分以外の声が耳に飛び込んできた。

 

 名前を呼ばれた少女──レミリアは、後ろを振り向いた。

 そこには銀色のボブカットに二つの三つ編み、そして白のカチューシャを着け、青と白の俗に言うメイド服を着用した女性が立っていた。短いスカートの裾からチラリと太ももが覗いている。

 メイドの胸元にたつ二つ小高い丘と、自身の胸元に広がる平原を見比べこの世のありとあらゆる不平等を心の中で嘲笑った。レミリアの拳に力が入る。

 

「どうかしましたか?」

「……いえ、なんでもないわ。それより、用件は何かしら?」

「パチュリー様より言伝を預かってまいりました」

「そう。読み上げてちょうだい」

「はっ」と威勢のいい返事を返すと、懐から1枚の羊皮紙を取り出した。

 

 なにか連絡をする時は、羊皮紙に書いて伝える、と予め決めておいたのだ。

 

「では読み上げさせていただきます……」

 一つ咳払いをした後、力を込めた声で読み上げ始めた。

 

「『第一空挺部隊着上陸作戦成功! 速やかに戦闘行動に移行する!』とのことです」

「ついに始まったか!」

 それは開戦を告げる報告だった。

 親友からの伝令に、レミリアは喜びを隠せず、その幼い見た目からは想像できない、凶悪で邪悪な笑みを浮かべた。

 

「……それにしても、パチェったら、意外と乗り気じゃない。最初はぶつくさ言ってたくせに……」

 

 先程の伝令からしてもかなりパチェは乗り気のようだ。いつもなら「降下に成功したわよ」くらいの反応なのに、今回は「第一空挺部隊着上陸作戦成功!」だなんてカッコつけちゃって。さては最近読んでた小説の影響だな? 

 

 とにもかくにも士気があるのは良いことだ。この調子で頑張ってもらいたい。

 

「あ、まだ続きがありました」

「続けてちょうだい」

 

 手で催促すると咲夜は再び咳払いをし読みあげ始めた。

 

「『追記:新しいプリンは冷蔵庫の下から3番目のとこに、レミィの手の届かないところに置いてあるからね。これはレミィには言っちゃだめよ』

 ……あ」

 

 全文を一言一句間違わずに読み上げた咲夜はしまった、というような声を上げたあとバツの悪そうな顔をした。

 

「どうりで……どうりで見つからないわけだ……最近、おかしいと思ったのよ……」

 レミリアは深くため息をつくと、顔を手で隠し首を横に振った。

 そんなところにあったのか……! 

どうりで見つけられないわけだ……! 

 

 っていうかその羊皮紙にそんなどうでもいいことを書くな! さては意外と余裕だな!? 

 

「……まぁいいわ。それよりもお腹が空いたわ、今日の夜ご飯は何かしら?」

「きょ、今日は腕を振るってステーキをお作りしようと思っております」

「あら! それは楽しみね、期待してるわよ。

 あ、デザートは例のプリンね」

「かしこまりました、この完全で瀟洒なメイド

 十六夜咲夜に、是非ともお任せ下さい!」

 二人の体がフワリと浮き上がり、風でたなびく

 ボロボロのマストの下へとゆっくりと降りていった。

 

 そして、二人の姿が船内へと消えた時、遠くの方で再び爆炎が上がった。

 戦争はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

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