ミッドナイトヴァンパイアーズ   作:悪しき政党

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大冒険のはじまり

 真夜中の霧の湖は絶景だ。

 空を遮るものは無く顔を上げるとそこには満点の星空が広がっており、湖面を覗いてみれば満月が反射し、水面にはもう一つの夜空が存在していた。

 このような絶景は世界中を探しても、見つけることは出来ないだろう。

 

 誰もがその景色に感動し、その光景を目に焼き付けようと必死になるであろう美しい湖に、今夜は、今夜だけは異質なものが浮いていた。

 

 それは木でできており、巨大で、今にも沈んでしまいそうなほどにボロボロだ。

「幽霊船」、まさにその言葉がふさわしいだろう。

 

 湖の畔に漂着しているように見えるが、船の錨は下ろされている。よって漂着物ではなく、これは何者かの意思によってこの場所に停泊しているということになる。

 

 では一体誰が? なぜこんな場所に? なんために停めているのか? 

 疑問は次々に湧いて出てくるが、それを確かめるためには薄気味悪い船の中に入り、得体の知れないこの船の船長に聞かなければいけない。

 

 誰がそれをするのか? 

 きっと誰もしないだろう。

 もしそれをやって見せようとするのはきっと余程の「バカ」か「怖いもの知らず」だ。

 

 なら彼女たちがやってのけるだろう。

 両方の特性を兼ね備えている彼女たちが……

 

 

 

 ▽

 

 

 

「待ってよぉ……」

 今にも消えてしまいそうな弱々しい声で懇願するのは、虫のような美しい羽を生やした少女

 ──大妖精だ。

 

「いっちばんのりー!」

 大妖精に反比例して遠くまで響きそうな逞しく、少女特有の高い声を上げたのは氷の羽を生やした少女──チルノ。

 

「結構高いのなー」

 船の甲板に着くやいなや周囲を見渡し、外から見た時よりも意外と高いことに驚いたのか、呑気な声を出したのは赤いリボンを頭につけた少女──ルーミア。

 

 彼女ら三人──チルノ探検隊は霧の湖で見かけた巨大船を、暇つぶし感覚で探検しに来たのだ。

 

 二人から少し遅れて甲板に上がった大妖精。異様な雰囲気に少し、いやかなり怯えているようでチルノの背中にくっつき、おそるおそる甲板を観察する。

 

 甲板上には太いマストが2本立てられており、それぞれ上からボロボロになりたなびいているだけの使い物にならない帆が垂れ下がり、木でできた床には壊れた樽や木箱やらが所々に落ちていた。

 

「ん──……特に何も無いなぁ」

 ズンズンと前に歩いていくチルノは、そこら辺に落ちている木の破片やらを持ち上げてみたりしながら残念そうに呟いた。

 

「食べれそうなものもないなー」

 チルノの隣を呑気に歩くルーミアもチルノと同じく残念そうな声色で口を開いた。

 

「この船ボロボロだし……食べ物は無さそうだよ?」

「そっかぁ……」

 大妖精が可能性を提示すると、ルーミアはガッカリしたように項垂れた。

 

「……あっ!!」

 突然チルノは歩みを止め、前を指さし声を上げた。

 あまりにも突然のことだったので大妖精はビクッと跳ね上がり、チルノの背中に隠れるようにして体を縮めた。

 

「見て! あそこにドアがあるよ!」

 チルノが指さした先には丸い窓がはめ込まれているドアがあった。

 

 三人はそこへ駆け寄ると窓から少しだけでも中が見えないか覗き込む、が窓はホコリや苔やらなんやらでひどく汚れており中がまったく見えなかった。

 

「何も見えないね……」

「何も見えない……」

「真っ黒なのだー」

 三者三様のリアクションをとると一歩引き、作戦会議を始める。

 

「中に入る?」

「え、えぇ……もうちょっと外を見ない?」

 チルノが中に入ることを提案すると、少しだけでも怖くない方を行こうと、甲板を探索することを提案する。

 

 結局お互いの意見は拮抗し、最後の決断をルーミアに委ねることにした。

「ん〜、私はどっちでもいいな〜」

 のらりくらりと曖昧な返事をするルーミア。

「でも……」

 そう呟いたルーミアの、次の言葉に耳を傾け注目する二人。

 

「食べ物があるとするなら中だよな〜」

 この言葉が意味すること、それ即ち……

 

「中へ突入だー!」

 チルノの意見が可決され、中に入ることが決定された。この時大妖精は「そんな……」と、泣き崩れた。

 

 

「それじゃあ開けるぞ……」

 話し合った結果、二人はチルノから少しだけ距離を取り、チルノがドアを開けるというフォーメーションになった。

 

 大妖精は、このドアを開けた先にはお化けがいて、開けた瞬間にそれが襲いかかってくるのではないか、と思っていた。

 鼓動はかつてないほど早くなり、冷や汗が頬を伝い顎の先へ流れ、服の上に落ちて染みを作った。

 

 ルーミアは、きっとこのドアを開けた先には山のようにお肉が積まれているに違いない! 

 肉! 肉!! 肉!!! 

 そう考えると鼓動はかつてないほど早くなり、ヨダレが滝のように口から流れ服の上に落ちて染みを作った。

 

 チルノは、このドアの向こう側にはとても楽しい大冒険が待っていて、その先にはなんでも願いが叶うボールが……

 なんてことを考えていた。

 緊張やワクワクで逸る気持ちを抑え、首筋を流れる汗を拭った。

 

 チルノがドアノブへと手を伸ばす。

 この場にいる誰もが息を呑み、その時が来るのを待った。

 

 ドアノブまであと5cm……4cm……

 

 心臓の音がはっきりと聞こえる。

 緊張で手がかすかに震えているのが見える。

 

 やはり恐怖心はあるのだろう。

 得体の知れない幽霊船に辺りに漂う不気味な気配。何もかもが異質なもの。引き返すのなら今だ。

 

 だがチルノは決して退かない。

 なぜなら友達がいるから。お互いに心から信頼できる仲間がいるから。

 ちょっとだけ不安でも、ちょっとだけ怖くても、この三人なら大丈夫! 

 

 そう信じてやまないチルノは意を決し、ついにそのドアノブを力強く掴んだ。

 

 

 

「あー……開けちゃうかー、それ……」

 ゾクリと悪寒が背中を撫で、全身の肌が粟立った。

 

 それは恐怖。

 本能が警鐘を鳴らし、今すぐ逃げろと脳が命令を下す。

 だが動かない。否、動けないのだ。

 まるで体が凍ったように、金縛りにあったように、全身の筋肉が金属のように固まり動かない。

 汗が先程とは比べ物にならないほど溢れ出る。

 

 背後から再び誰かが言う。

「お嬢様から言われてるの、『この船に侵入しようとする者は誰だろうと許すな。自分の犯した行いが、どれほど愚行だったかをその死で教えてやれ』ってね……」

 足音が一つ背後から、冷淡な女性の声と共に近づいてくる。

「そう……例えそれが、十にも満たぬ幼女だろうと!」

「チルノちゃん!!」

 その瞬間金縛りが解けたように、大妖精は駆け出した。

 小さな体躯を押し潰さんと恐怖が背中にのしかかる。だがしかし、そんなもの知らないとばかりに大妖精は走り出した。

 

 チルノとの距離はおよそ五メートル。大したことのない、ほんの数メートルしか離れていない。

 だというのに、とてつもなく長い距離に感じる。

 

 背後からは恐怖が追ってくる。

 自分を狙っているのか、あるいはチルノを狙っているのか。

 分からない。

 だが、分からないなりに分かることがある。

 それは──

 

 ──ここで何もしなければ必ず誰かが死ぬ。

 

 そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。絶対に絶対に嫌だ。

 そんな未来を望んじゃいない。そんな運命望んじゃいない。

 

 勇気を出せ大妖精。ここで出さなきゃいつ出すんだ。いつも後ろでビクビク怯えているだけの自分じゃないぞ。今日だけでもいい、今夜だけでもいいから勇気を出せ大妖精! 

 

 チルノへとちぎれんばかりに手を伸ばす。あともう少しで手が届く。

 振り向いたチルノの青い瞳に赤い長髪の化け物が反射していた。大妖精の背後からチルノ目掛け、殺意に満ちたその手を伸ばす。奴の狙いはチルノただ一人。

 

 殺意に満ちた握りこぶしと、差し伸べられた救済の手がチルノの眼前へと迫る。

 先に到達するのはどちらだ。

 

 真夜中の大冒険はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 船体の僅かな揺れがワイングラスに伝播し、小さな波紋を作る。

 それを横目にナイフとフォークを慣れた手つきで動かし、皿の上に横たわるステーキを一口サイズにカットしていく。側面からは鮮やかな赤身がのぞき食欲をそそる。

 一口大になったステーキをフォークで突き刺し口元まで持ち上げその小さな口を開いた。口腔内には鋭く尖った白い歯がズラリと並び、その幼く可愛らしい見た目とは真反対に、凶暴な肉食獣を想起させる。ステーキを口の中へ運びゆっくりと、ひと口ひと口を味わいながら咀嚼する。噛み締める度に肉汁が溢れ濃厚な味が広がる。

 

 ゴクリと食物を飲み込んだ後、次はワイングラスに手を伸ばした。ステムを親指、人差し指、中指、薬指の四本の指で持ち上げ、鼻に近づける。ワインをグラスの中で回し匂いから楽しむ。芳醇なぶどうの香りが鼻腔に広がる。

 匂いを一通り楽しんだあとは少量のワインを口の中に含むと、舌の上で転がした。その瞬間、口の中に深みのあるぶどうの味が広がり、さらに優しい酸味がそれを引き立てる。実に美味しい。

 

 後ろに控えている従者──十六夜咲夜にその主、レミリア・スカーレットは声をかけた。

「このワインいつものとはちがうわね、一体どこのかしら?」

 

 主の問いかけに、メイドはすぐさま返事を返す。

「これはイタリアからお取り寄せした赤ワインで、『ワインの王』と呼ばれているそうです」

「へぇ〜そうなのね、輸入ラインが確立したらもっと取り寄せてちょうだい。気に入ったわ」

「かしこまりました」

 やり取りを終えて再び規定の位置でスタンバイする咲夜。レミリアは食べかけのステーキへと手を伸ばした、その時。

 

『コンコンコンコン』とドアが四回ノックされた。

 ドアを開けに行こうとする咲夜をレミリアは手で制し、「入れ」とドアの向こうにいる者に一言だけ言い放った。

 

「失礼します」と入ってきたのは二人組の男。

 二人とも薄白い顔色に、やけに豪華な貴族のような服を着ている。

 一人は少し筋肉質な体でやや服が張っている。

 そしてその男の後ろに立つのは少し弱々しい印象を覚える情けない顔の男。前の男の腰巾着、金魚のフンと言ったところか。

 

「なんの用だ? 見てのとおり私は食事中なんだ、さっさと済ませたまえ」

 先程とは変わって少しばかり高圧的な話し方をするのには、頂点に立つものとしての威厳を保つため、そして相手を威圧するという理由があった。

「では、簡潔に申し上げさせていただきます……」

 

 

「レミリア・スカーレット殿の地位を、この私エイブラハム・レブールにお譲り頂きたい」

 

「……おもしろい。続けろ」

 手で催促するとレブールは再び話し始めた。

「あなた様の地位と財産の半分、吸血鬼部隊の統帥権にこの船の所有権、そして館の領有権を頂きたく存じます」

 レブールはよっぽど自信があるのか、余裕たっぷりにいけしゃあしゃあと言葉を吐いていく。

「あぁそれと、あなた様の処遇につきましては──」

「もういい、話が長い。せっかくの料理が冷めてしまうではないか」

 まだしばらく続きそうなので話を遮り、フォークとナイフを持ち直し、まだ暖かいステーキに手を伸ばした。

 

 静まりかえった食卓、食器が擦れる音と肉を食む咀嚼音だけが響き渡る。

「いやあの──」

「このステーキ実に美味い! 特にこのザワークラウトよく漬けられている。いったいどこのだ?」

「私が漬けました。キャベツは美鈴が管理する庭園の一部で作られたものです」

「ほお〜咲夜が! 実にいい塩梅だ素晴らしい……! 後で美鈴にも礼を言わなくてはな」

「あまりにももったいないお言葉……! 過分なお褒めを頂きまして、身に余る光栄に存じます……!」

 ぺこりと頭を軽く下げる咲夜。

 

「ふ、ふざけてんのか!!」

 この場の空気を引き裂くように変に上擦った声とともに、机を勢いよく叩きつける大きな音が響く。花瓶が揺れ、あわや倒れるところだった。

「お、お前……! 今がどういう状況か分かってんのかアァン!?」

 右手をギリギリと握りしめ、白い手袋をはめた左の人差し指をレミリアに突きつける。

「お、落ち着いてください」と後ろから宥められるも効果はない。血色の悪い顔は一瞬にして真っ赤に染まり、怒りで顔を歪ませている。

 

「えーと……なんだっけ? レブールくん……だったか? そんなに権力が欲しいなら頭くらい下げて私の靴を舐めたらどうかね?」

 レミリアのとぼけたようなしゃべり方はますますレブールの神経を逆撫でし、そしてついに堪忍袋の緒が切れた。

「こんのガキィ〜〜ッ! あーもういい!! 生かしてやろうと思っていたが……ここで殺すッ!!」

 

 レブールは懐から銃剣(バヨネット)を取り出し戦闘態勢をとると、後ろにいた従者も続いて拳銃を抜きレミリアに向けた。

 

「お前はもうおしまいだァーッ!!」

 

「咲夜」

 

 

 

 

 

 いったい何が起こったのか。

 それを理解することは出来ないだろう。

 

 

 ほんの刹那の瞬間に頭は宙を舞い、心臓には杭が打ち込まれ、それを自覚するよりも先に死ぬ。

 

「決着は止まる時よりも早くついたようね」

 

 ふと、レミリアの足に何かが当たり、机の下を見てみるとそこにはレブールの頭が転がっていた。

 生前の時と相変わらずに気色の悪い顔面だ。

 それを見るや否やレミリアは、不快そうに蹴飛ばすとゴロゴロと頭は転がり、死体に杭を念入りに刺し込んでいる咲夜の足に当たった。

 

「素晴らしい、血の一滴も垂れていない。パーフェクトだ咲夜」

「感謝の極み」

 

 頭を下げてお辞儀をする咲夜に死体の処理を任せた後、レミリアは楽しみに残していたデザートのプリンに手をつけ始めた。

 

 夜はまだまだこれからだ。

 

 

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