コミュ障ぼっち、ガイアを行く   作:犬西向尾

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第二部12話

 様々な捧げもの(主にマッカ)を八足台の上に載せ、脇には瓢箪を置き

 清めた身体と服装で祈りながら祝詞を唱える。

 

「高天原に坐し坐して

 天と地に御働きを現し給う龍王は

 大宇宙根元の 

 御祖の御使いにして

 一切を産み一切を育て

 萬物を御支配あらせ給う

 王神なれば……」

 

 やはり祝詞は便利だ

 基本的に定型文で、これさえ唱えておけば良いというのは安心できる

 一句ずつMAGが吸われていく感覚を味わいながらそんな事を思った。

 だが全部が全部定型文で済ませるのは少々問題がある

 

「~~天界地界人界を治め給う

 龍王神なるを

 尊み敬いて……」

 

 本来ならこの後に「眞の六根一筋に御仕え申すことの由を~」と続けるのだが

 ここは省略する、言っては何だが龍神に仕えたいなぁ、なんて気はさらさらない

 嘘を言うくらいなら素直に省略して置くべきだ。

 

「~~祈願奉ることの由を聞し食し

 六根の内に念じ申す

 大願を成就なさしめ給へと

 恐み恐み白す」

 

 この祝詞は雑に要約すると「凄い龍王様!俺の願いを聞いて!」くらいの意味の祝詞だ。

 それを唱え終え二礼二拍手した。

 一瞬空が白く光り、場のMAGが集まる奔流が生まれる

 俺の身体からMAGは更に吸い取られる感覚を感じた、そして収まり姿を現す。

 それに向かい一礼した、この礼も省略したいな、頭をペコペコ下げるのは趣味じゃない。

 現れたのは白い大蛇の姿をした悪魔だ、それが宙に浮かび俺に向かって言う。

 

「ワレは龍王【ミズチ】なり!ニンゲンよ、ナニヨウか!」

 

「MAGとマッカ用意したんで川と池を作っておいてくれ、こんな感じで」

 大まかな設計図というか概念図のようなものを見せて山の方と異界の南端の方を指す

「オマエ!もう少し龍王を敬え!ワレ、ミズチぞ!」

 俺程度に召喚されるレベル20程度の【ミズチ】を敬えって言われてもなぁ。

 安全のためにレベル低めに更に弱点付きで召喚した俺が言うのもなんだけど。

「すまんが俺はご利益があってからありがたがるタイプなんだ。

 そういうのは俺に恩を着せてから言ってくれ」

「マッタク!大和の民はコレダカラ!オマエラは昔からソウダ!」

 昔から日本人はそんなもんだ、悪く思うな。

 

 龍王【ミズチ】、女神転生では大体30代か40代ほどのレベルで中盤に出てくる悪魔だ

 耐性は氷結や水に強く、火に弱いことが多い。

 大蛇の姿をしたそこそこ強力な悪魔だ。

 日本の神だ、字としては「蛟」の字が当てられているがこれ自体は中国から伝わった漢字で

 1000年経てば龍になる力ある蛇、もしくは龍の幼体の事を指す。

「海千山千」という言葉の由来ともいわれる。

 日本の「ミズチ」を指す字としては「当たらずとも遠からず」位には良い字だと思っている

 

「ミズチ」は水神である。

 伝承においては「暴れてたら生贄に討たれた」程度のやられ役だが名前が良い。

「ミズチ」に使われているチという言葉は、力、霊、血、茅を意味する説があり

「ミズチ」は「ミズ+チ」で水の称え名である可能性もあるのだ。

 またチは蛇を意味する、蛇はその姿から川に見立てられ水神とされる事が多い生き物だ

 名を読み解けば「水の霊」「水の蛇」「水の力ある神」程度のニュアンスになるか。

 水神、川の神に相応しい良い名前だと思う。

 掛け詞(ダブルミーニング)も含めて読み解けば、だけど。

 この【ミズチ】に川と池を作って貰う、水神だからな。

 

 

 <ピクシー>たちが来て俺の疑似異界の大改修が行われる事となった。

 まずは居住地を作るために空間を広げる。

 いつまでも家に住まわせてリモコンやスマホを隠される生活を続けるつもりはないのだ

 最近は<カブソ>と一緒になって相手のせいにしてしらばっくれるから困る

 途中で半笑いになるのが出てきて犯人が分かるのだ。

 まずは<ピクシー>たちの住む所を作る。

 そして疑似異界内にそれなりの数の悪魔がいるならその管理を徹底させねばならない

 まかり間違っても勝手に異界の外に飛び出て他人様に迷惑を掛ける、

 なんて事はあってはならない。

 ただ契約書でそれを完璧に防げるような強制力がある契約をするのは出来れば避けたい。

 強い強制力がある契約書はあれはあれでお高いのだ、何せシキガミ製だ。

 それを使わないのであるなら多少の事はしないといけない。

 という事で俺自身の「異界の主」としての立場を濃く、強くする

「異界の主」として異界をしっかり掌握し、異界の出入り口をがっつり管理するのだ。

 そうすれば俺の異界内限定であれば、

 <ピクシー>たちも猫たちもそこそこ自由に過ごしてもいい状態になる。

 契約で強く縛るよりもそちらの方がいいだろう、多分。

 そして空間の拡張、「異界の主」としての俺の確立、この二つを解決させる方法はある

 そのためにもまずは疑似異界に対し抜本的な解決を図る必要があった。

 疑似異界の空間的な限界が近いのだ。

 

「疑似異界」を作る技術は「人工異界」を作る技術、その途上で生まれた派生技術だ

 疑似異界の本質は【異界】であり、異界を扱いやすくするためにいくつかの機能を削り

 異界としては発展途上で不安定な状態であえて固定させたもの、らしい。

 そしてその空間には実質的な拡張限界がある。

 半端な存在だからあまり規模を大きくして利用とはいかないらしい。

 この辺りは俺は門外漢だから良くは知らない。

 異界専門の業者(修行僧)の人は「疑似異界は異界の卵を卵として使ってるような物っす」

 というなんだかわかるようなわからない説明をしてくれた。

 その異界の卵である疑似異界が育てば当然、人工的な異界となる

 その「異界の主」に俺はなる。

 

 

「えーっと、じゃあ確認するっす」

 作務衣姿で、形の良い見事な禿げ頭を光らせながら業者の人が言う。

 禿なのは普段は修行僧をしているかららしい、

 この人は異界関係の技術の専門家で、度々うちの疑似異界の拡張をしてくれた業者の人だ。

 普段は勉強や修行をしながら生活し得た技術を活用して働く、そんな【俺たち】の一人だ。

 こういう人たちはそこそこいる、ちなみに修行僧だからと言って頭を剃るルールはない。

 様子を窺っていた<ピクシー>の何匹かがあの頭を叩きたくてうずうずしてるのが見えた

 気持ちはわかる。

「それはやめなさい」

「えっ」

「あっすみません、こっちの事で……」

 

「異界の作りとしては「四神相応」っすね?」

 頷く

 異界の中心を家に定め西側に異界の入り口を移し、【道】とした

 そして家の北に「妖精の丘」を作り、その更に北に【山】を作った

 その山を水源として【川】が東側に弧を描くように流れ、南端に【池】を作る。

 ちなみに畑は中央から南に掛けての区画になる。

 東に流水、南に湖沼、西に大道、北に丘陵

 これによって東洋ファンタジー好きなら誰でも知っている【四神相応】の形が成る。

 余談だが麻雀でお馴染みの東南西北の順はオカルト的にはそこそこ意味がある順である

 これはその方位が象徴する季節、春夏秋冬の順でもあるのだ。

 そしてそれぞれの方角が1234の数字が当てられ、慣用句としても使われた。

 また日本でお馴染みの東西南北は太陽が上る東、太陽が沈む西、太陽が通る南、最後が北

 という序列説がある、これはこれで太陽神を最高神とする日本らしい考え方だ。

 まあ単に、日が昇るだけで方角が分かりやすい東と西が真っ先に来ただけだと俺は思うが

 この手の話しはどれも胡散臭い話だから好きなのを好きに採用してこじつけて良い。

 世界と方位は概念的に関わりがある言葉、程度に思っておけばいい。

 

 この「四神相応」を配する事で異界として確立させ、異界を結界とし明確に内と外を分ける

 

 

「ちゃんと「四神相応」は機能してるっすね、次は……」

 そこで今回の「異界化、異界拡張」の為に使った金額の中で

 そのかなりを占めてる「アイテム」を箱から取り出す、こぶし大の五つの玉だ。

 それぞれ青(緑)、紅、黄、白、黒の五色になっている。

 この玉が思っていたよりも俺の貯金を吹き飛ばし、少しでも消費するマッカをケチるために

【ミズチ】召喚による川と池の造成を行おうという気にさせた。

 全部業者さんに任せると結構良い金額を取られるからな。

 このアイテムは「五色の玉」だ、もちろん女神転生においてこんなものは登場しない。

 技術部に発注したものだ、安心と信頼のブランドの【ガイア連合】製である。

 ネタに走らない限り間違いなく世界最高峰のブランドだ。

 発注したらそれほど日を置かずに届けられてびっくりした。

 

 五行思想は万物を五つの属性に分け、それによって世界を解釈する思想である

 そうであるから金属もまた五行で解釈され属性を付けられた。

 この五色の玉はそれぞれ、鉛、銅、金(マッカ)、銀、鉄で出来ていて

 日本の古称では青金、赤金、黄金、白金、黒金とも言う。

 そしてそれぞれ、木、火、土、金、水の属性に当てられるものだ。

 これらを五行的に正しい方位に安置させ、異界内のMAGの流れ等を管理させる

 その為の霊具だ、よく見ればびっしりと細かく魔法陣等が刻み込まれている。

 この術式自体は俺でも理解できる程度の物なんだが、さすがにそれを物に刻むのは無理だし

 ただ刻んだだけでは霊具として機能するものでもない。

 この辺りはきちんと技術を修めた人に作って貰わないとどうにもならない。

 中間管理職として五虫を配する事も考えたのだが継続的にMAGがかかるから断念した。

 その代わりにこの霊具を導入したというわけだ、機械化は雇用を殺すのだなぁ。

 

 この異界の維持の負担を和らげるために「五行」を活かして効率よく異界を維持し整える。

 俺が持つ【クシナダヒメ】様からの「五穀豊穣の加護」もこれで更に使いやすくなるはずだ

 この異界では、という但し書きが付くが。

 五行において中央を意味し万物を育成し保護する性質を象徴する「土」属性

 これを意味する「黄金の玉」を俺の家に置き、「異界の中央にある家の持ち主である俺」を

「四神相応の地の中央に位置する存在」であると解釈させる。

 これでこの異界において俺は五行的には「黄竜、麒麟」相応の存在と見立てられ、

 皇帝(支配者)の象徴もしくは支配者そのものとなる、はずだ、上手く行けば。

 

 

 四神相応で異界と外を隔てる、五行を異界内の属性等の調整に採用する。

 大まかに言えばこの二つを行い、両方のシステムで俺を「異界の主」と定義付けた。

 ここまでやれば十分【管理異界】として【ガイア連合】からも認められるはずだ。

 これらが想定通り働けば俺の「異界の主」の座は盤石なものとなる。

 四神相応を意味する土地を何者かに占拠され冒され、玉を破壊され、

 中央(家)を攻め取られでもしない限りは揺るがないだろう。

 まあ家とその周辺の支配者だ、地主というか何というか、その程度の存在だな。

 広いのが自慢で人口密度は低いし。

 それでもとりあえずこれでもう仲魔の居住空間は気にしなくていい、

 異界内の仲魔は俺の許しなしには外に出る事は出来ない、十分な異界だ。

 

 なおこの異界化だけでは霊的な作物を育てる畑は増えない、

 疑似異界に留める負担が無くなっても単純に規模が大きくなった事で

 微妙にMAGの消費量は増えてしまった。

 畑は今後のレベル上げでMAGの余裕が出来れば順々に増えていくことになる。

 その場合はもう空間を広げる必要はないので一反木綿に畑を増やしてもらうだけで良い。

 

 

「しっかしアレっすね、四神相応結界で五行の流れもきっちり。

 鬼門に妖怪退治の源頼光の神社とか、ちょっとした霊的要塞っすね」

 最後に安置した「黄金の玉」がきちんと機能しているか確認しながら業者の人が言う。

 神社じゃなくて祠です、とわざわざ訂正するのも面倒だから話を進める。

「もう疑似異界じゃちょっと厳しかったですからね」

 疑似異界は異界へと成長する流れを強引に止めることにそこそこMAGを使う

 これは疑似異界の規模が大きくなればなるほど多くなる。

 当初は雑に丘と森の分の空間を拡張して門番を置くだけにするつもりでいたら

 この業者の人に「MAG負担がいよいよやばいっすよ」と忠告されたのだ。

 それで最終的にきっちり異界にする事にしたというわけだ。

「でも個人でここまでやる人は珍しいっすよ、正直ドン引きっす」

 まあうちは畑作やってるしなぁ、厳密には個人というわけでもない気がする。

 俺のサマナー業と農業(?)に使うための設備と思えば。

 

「確認終わりました、オッケーっす!」

「ありがとうございました」

 この業者さんが今日来たのはこの異界がきちんと設計した通りに出来ているかの確認、

 それと、

「じゃあこちらの書類をお願いするっす!」

 いくつかの手続きのためだ、野放図に異界を作っては【ガイア連合】が把握しきれない

 それでは霊脈の管理等に支障が出る。

 そこで異界版の登記のようなものを作り、管理異界として登録するのだ。

 

 居間でその書類を書き込みながらちょっと困った

「あの……」

「なんすか?」

「この異界名ってどんなの付ければ良いんですか」

「なんでも良いっすよ、異界の名前なんて。

 世の中には割ととんでもない名前の異界もあるっす」

 それが困るんだ、変な名前にして笑いものにされたくない。

 それに名は体を表すと言う、水は方円の器に従うとも言う。

 その存在を表し在り方を願い、あるいは定めるのが名付けだ。

 だからどんなものにも名付けは大事だと思う。

 まあそれのせいで<シロ>の仲魔に名付ける許可を<シロ>から貰えなかったんだが。

 ここはびしっとした名前を付けたい感が……。

 とはいえ格好付け過ぎて中二病っぽいのもそれはそれで、こう、痒くなる。

 困っていたら突然<カブソ>がニュっと顔を出してきた。

「怪奇!猫屋敷!はどうニャ!」

 却下

 ちょうどお茶を運んできた<ケットシー>からお茶を受け取り礼を言うついでに聞いてみる

「<ケットシー>はどう思う?」

「妖精異界ではどうでしょう?住人の半数以上が妖精ですから」

 うーん、ピンと来ない。

 

 結局その後、面倒くさくなったらしい業者の人が

「もう「源氏の家」とかで良いっすよ、源氏さんのお家なんだし」とか言いだし

 俺も考えるのに疲れて、まあそんなもんで良いかなとなって適当に決まった。

 こうして「中規模管理異界<源氏邸>」が生まれたのである。

 業者の人は帰った、<ピクシー>たちが「禿の人帰っちゃった」と残念そうにしている。

 その呼び方はやめなさい。

 

 

 どうやら上手く行ったようだ。

 異界内を<ライコー>と<ユキ>と一緒に歩く。

 MAGの流れに変な所は感じない、時間の流れや気圧や気温も普通だ。

 異界化で物理法則が変わり過ぎると多少の対策をしていても機械がまともに動作しなくなる

 それが不安だったが、この分なら今してある対策で大丈夫だろう、

 家電の買い替えは多分しなくていいな、良かった。

 家から東に進み川沿いに北上しながら山の方を目指す、川沿いに雑草が生えていた。

 道中、川を見ながら歩く、水が澄んでおり【清流】がしっかり出来上がっている。

 それに思っていたよりも立派な川だった、もう少し小さい川を想像していた。

 川の太さは30メートル位ありそうだ、流れはそこそこ早い、そして

「川に魚がいるな」

 魚には詳しくないから見ても何の魚かはわからない、食べられる魚かな。

 あの【ミズチ】は良い仕事をしてくれたようだ、魚が勝手に生えてくるなんてありえない

 川の神として川の幸を頂いたのだと思う。

 ミズチを祀ってる神社はあったかな?機会があれば賽銭の一つもしたい。

 <ライコー>は川を見ながら言った

「休みの日は上流の方で釣りを楽しむのも良いかもしれませんね」

 そうだな、そんな休日も平和で良いかもしれない。

 

 異界北方に出来た山に着く、山と言っても大きくはあるけどそれほど高くはない。

 その山に入り川の上流まで歩く

 この山は全体がお椀のような形をしており、所謂「カルデラ湖」のような形を成している

 火山があるわけではないから形だけのものだ。

 この湖から水が流れ川を成している、山全体が天然のダムみたいになっている。

 いやそういう風になるように作ったのだから人工物か?

 お椀の横にいくつか穴を開け、水が吹き出して滝を作っている感じをイメージすればいい。

 水が落ちる所、そこが川の上流だ。

 その滝を下から見上げている一匹の<河童>がいる。

 

「どうだ?調子は」

「ワルクハナイ、水はキレイで循環シテイル、浄水機能も問題ナイ」

 

 <河童>が答える、いや俺はお前の調子を聞いたんだが……。

 この<河童>は【ミズチ】の置き土産だ。

 川のメンテナンスをしてくれる、ついでに俺が川を汚したら文句を言ってくる役目らしい

 四神相応結界の東は【清流】でなければならない、川が穢れた結果、結界が死んだら困る

 だから川とついでに池のメンテナンスを行う係が必要だった

 当初は川を管理するための専用の式神を購入しようかと思っていたのだが、

【ミズチ】がこの<河童>をくれたおかげでその必要がなくなった。

 北の山から流れた水が川を作り、南の池まで流れ着き、その水が最終的には山に還る。

 そういうシステムになっており、川のメンテナンスは重要だった。

 

 まあ調子を聞いて自分の調子を答えないなら、問題はないって事だな

 それにしても

「中々に絶景だな」

「カルデラ湖」から水が吹き出し川を作る

 なるほど、こうなると言葉では分かってはいたが実際に見ると大違いだ。

 岩肌から飛び出た水が何条も水流を作り、滝壺に流れ込み続ける。

 辺りには水が速度を伴って降ってくることで飛び散り

 雲のような、霧のようなものが発生している。

 こういうのを瀑布と呼ぶのだろうか、涼しい清らかな空気を感じる。

 そして水が大量に流れる音と霧、この二つが雰囲気を生んでいる

 ここが自然に作られた地形と環境であれば観光地になれたかもしれない。

 いやそれは無理かな?観光地になっている滝は結構あるから競争相手多いし。

 そんなことを思いながらしばらく眺めていた。

 

 あっそうだ、思いついて河童に声を掛ける。

「お前は【ミズチ】の使いなんだろ?

 じゃあ今も繋がりは持っているのか?」

 <河童>は少し考えた後で

「持ッテイルがそれがドウシタ?」

 なら良かった

「じゃあ後でお賽銭を渡すから【ミズチ】に渡しておいてくれ。

 川の幸である魚を寄越してくれた礼だ」

 俺は今綺麗な風景を見て気分が良い、これは良い滝だ

 この辺りは時間が立てば草木が生い茂り、より綺麗な場所になるだろう。

 うん、良いじゃないか

「ワカッタ、渡してオク」

「よろしくな……良い滝と川だな」

「ワレもそうオモウ」

 

 

 南に進む、歩いていて思ったが今のうちの異界は結構距離があって周るのが面倒だな

 何か車や乗り物を……あっ駄目だ、さすがに車はまともに動かないし

 終末対策をした車両は超高級品だ、自宅内の移動の為に買うような値段じゃない

 そのうち何か適当なのを考えよう。

 一緒についてきた<ユキ>が歩くのに飽きて少女に変化しておんぶをせがんできた。

 俺の手を引いてから両手を上げ万歳している、俺の首に手を回すための手というわけだ。

 しょうがないなぁ、そう思い背負おうとしたら<ライコー>が

「私が背負います、良いですよね<ユキ>さん?」と言って持って行った

 別に<ユキ>一人で疲れるような身体はしていないんだが、俺だって覚醒者だし……

 <ライコー>は優しいな。

 

「妖精の丘」に着いた、と言ってもまだこの丘は土を盛っただけの丘だ

 土が盛り上がり円形をしている。

 ここが「妖精の丘」らしくなるのはこれからだ。

 そして「妖精の丘」に足を踏み入れたと同時に唸り声と共に大型犬が向かってくる

 <ピクシー>の群れの中に一匹だけいた<カーシー>だ。

 全体的に暗緑色をした犬だ、ちょっと前に戦った【ヘアリージャック】位の大きさかな

 厳つい顔をしていたがこちらを確認したら一気にその顔が緩んだ。

 すっと音もなく宙を飛ぶように駆け寄って来て、俺たちに向かって口を開く

「主様、主様!ボク強い?ボクかっこいい?」

 強いよかっこいいよと言うと喜んで尻尾を強くパタパタ振っている。

 うーん、これは間違いなく犬!尻尾振ってるし!

 

【カーシー】、名前を分解すると「犬、妖精」で妖精犬とでも訳すのが適切な存在だ

 犬なのは間違いない。

 カーシーはクーシーとも言い、名前からわかる通りスコットランドやアイルランド辺りの、

 つまりケルト文化圏出身の妖精である。

 名前にシー、が付く妖精はその辺りを出身とする事が多い、例外ももちろんある。

 例えば近い地方出身の【ピクシー】ははっきりした名前の由来が微妙に分からないため

「シー」を同じ意味で解釈すればいいのか分からないのだ、何せシーの綴りが違う。

【ピクシー】のシーは単なる愛称説もある。

 こういう偶然でシーがついてるだけかもしれない例があると安直に決めつける事が難しい。

 面倒だから名前の法則を分かりやすく統一して欲しいと思う。

 

 クーシーはその点、比較的由来や謂れがはっきりしている妖精だ。

 クーシーのクーはあの【セタンタ】の成れの果て、かの有名な【クー・フーリン】のクーが

 犬を意味するのと同じで、つまり犬だ。

 あの辺りでは勇猛な戦士の名前に彼と同じように「クー(犬)」が入っているのがいる

 ケルト文化圏にとって犬とは忠実な戦士であり、勇猛な戦士だった。

 クー、という言葉それ自体に戦士という意味がある言葉だったという説もある。

 そういう文化圏から生まれた「妖精の丘を守る番犬」、それが【カーシー】という悪魔だ

 シーと言う言葉が、丘を意味する言葉で、更にその丘に古墳も含まれる事まで考えれば……

 いや、これ以上は考えすぎだな、追っかけた所であまり意味がない思考だ。

 つまり【カーシー】は仕事熱心な良い犬という事だ、それで良い。

 その<カーシー>からの案内を受けながら妖精の丘を歩く。

 聞けばこの<カーシー>、伝承に「妖精の丘を守る番犬、妖精の女性に従う」等があるため

 この「妖精の丘」のおかげでちょっと強くなったらしく、それが嬉しいんだとか

 伝承再現なしの同じ【カーシー】相手なら負ける気がしないとか鼻息荒く言っている。

 そうかそうかなら良かったと頭を撫でてやる、<カーシー>は目を細めて尻尾を更に振った

 どう見ても犬だな、ちょっと大きいけど可愛い、それに毛並みが良い。

 

 

「お兄さん、待っていたホ!」

 丘の上に着いたらフロストが<ピクシー>たちを連れてやってきた。

 待っていた?俺に何か用があったのか?

「植える花や木の種はこれで良いんだホ?」

 ああ、最終確認か、うんそれでいいと思うよ、というか種とか見せられても俺にはわからん

 

「妖精の丘」とその近くに森を作る事になったのだが妖精たちには希望が結構あったようで

 何だか具体的な花の品種や木の品種を言われた、だけど木や花の事はよくわからない、

 そこで予算を決め「この予算内なら好きに選んでいいよ」と決めたのだ。

「ちゃんとお前たちが木や花の世話をするんだぞ」とも言った。

 いくらかのマッカを近頃急速に普及している【ガイアポイント】に換金し

 そのポイント内での購入なら無条件で認める事とした、注文できるようにスマホも与えた。

 今ではそのスマホは、<ピクシー>たちに任せているとお菓子ばかり買う事になるからと、

 フロストが代表して購入係を務め妖精予算と共に預かっているらしい

 この妖精予算というのは今後も<ピクシー>たちの収入の一部が納められ、

 うちの異界の妖精全体の為に使われる予定なんだそうだ。

 <ケットシー>がそんな事を言っていた、ちなみに<ケットシー>も妖精扱いらしい。

 ヒーホーに予算を預けるのは不安じゃないか?と思ったのだが、上手くやっているようだ

 

【ガイアポイント】は【ガイア連合】の系列会社が採用しているポイントカードだ

 円で何かを購入したらポイント還元される他、今回のようにマッカをポイントに変換して

 そのポイントで普通の商品を購入する事も出来る。

 マッカをポイントに出来るという点で人間の文化に馴染んでしまった悪魔からも好評らしい

 マッカを円に換えてもいつ紙切れになるかわからないが、

【ガイアポイント】なら【ガイア連合】の系列会社が使用している限りは価値がある。

 なら安心してマッカを換金出来る、そういう需要なんだそうだ。

 うちの氏神様方にも通販用にスマホを差し上げたのだが、彼女たちも使っているのだろうか

 

「じゃあお兄さんがまず種を植えてほしいホ」

 俺が?

「ヒーホー!こういうのはその土地の主が一番最初にやるもんだホー!」

 鍬入れみたいなもんかな。

「こういう事はちゃんとやっておかないと

 あとで「この土地を開拓したのは俺だー」って領有権を主張されるホー」

 なるほどなー

 とりあえず渡された何かの種を適当に地面に植える

「あとはおいらたちがやるホ!」

 そういうや否や<ピクシー>たちが花の種の入った袋や球根、

 植木鉢に入っている苗木の奪い合いを始めた

 楽しそうだな。

 

 暇だから<ライコー>と二人で寝転ぶ<カーシー>を背もたれにしてその様子を見る。

 <ピクシー>たちは最初は揉めたようだが徐々に落ち着き、統制が取れてきた

 どうやらまずは今はまだ土を盛っただけになっている「妖精の丘」の緑化から始めるようだ

 丘を中心に種をばらまいている、大量にあった何かの種が凄い勢いで消費されていった

 飛びながら袋を逆さにしてばらまいたりしている、この分なら割とすぐ播き終わりそうだ。

 

 更に苗木も植え終えて将来の森となる場所が決ったらしい

 それらが終わり、達成感を覚えている様子の<ピクシー>たちに声を掛ける

「お疲れさま、ひとまずうちに帰ろう」

 何のために帰るのかわからない<ピクシー>たちに言葉を続ける

「加護を掛けて一気に成長させるよ、この異界はこれから雨が降る」

 それを聞くと<ピクシー>たちは花が綻ぶように笑った。

 

 

 試運転も兼ねて思いっきりMAGを注ぎこんでから<ライコー>に【ジオ】をして貰った。

 しかしどうも思いっきりMAGを注ぎ込んだのは失敗だったらしい。

 今までこの加護を使って起こる雨は「強い風を伴う雨」くらいだった

 今、家の外で吹き荒れている雨はどう見ても「嵐」だ

 こんな事になるなんて……今までとはちょっと勝手が違うのか。

 光のすぐ後に轟音が鳴り響き稲妻を落ちる、強い風が吹き荒れ絶え間なく風を切る音がする

 雨もすごい勢いだ、<河童>はこの雨からの水もしっかり管理出来るのだろうか。

 だけど<ピクシー>たちも猫たちも「風強いねー」「にゃー」とのんびりしている。

 色々心配している俺が間抜けみたいだ。

 この雨の中、突然家を飛び出して行った<シオン>は大丈夫だろうか。

 

 雨が上がった、「妖精の丘」が気になるのだろう

 <ピクシー>たちは我先に争って丘の方へ飛んで行った。

 フロストは付いていくのを諦めて俺と一緒に行く事にしたらしい

 俺の手を引いて「ヒーホー!お兄さん、早く行くホ!」と言ってきた

 しょうがない、付き合ってやるか。

 

 

「五行相生、侮っていたか」

 異界を支える理論、ぐらいにしか思ってなかったがその効果は確かなものだった

【五行相生】、木が燃えて火を生む、物が燃えた後は灰が生まれ土になる。

 そういった何かを生み出す流れの事だ、これが各属性間で循環するのが五行相生だ。

 俺は五行を異界の環境維持のためが一番に来て、それ以外は余禄と思っていた

 それだけ異界の属性、環境が偏る事の害を重視したためだ

 特にこの異界は畑作の為に降雨までしている、放っておけば水の属性が強くなりすぎて

 湿気が高くなりすぎる、泥濘地帯が生まれる、洪水が起こる等の影響が予想された。

 ある意味プランター栽培のような疑似異界とは起こる災害の規模が違うのだ。

 そのため異界内の属性の調和を保つシステムを必要とした。

 そのシステムの理論に五行を採用したのだ、結界の為の四神相応とも相性が良く、

 中央にいる俺に「異界の主」としての権限を与える霊的な裏付けにもなる、便利だった。

 しかし余禄程度に思っていた五行相生の影響は繰り返すが確かなものであったらしい

 

「妖精の丘」は芝生のような草が覆う草原となった、部分的に花も生えている所もある

 丘の中央には小さな白い花を沢山咲かしている藪が出来上がっていた。

 あれが丘の中心なのだろう。

 そして妖精の丘と北の山の間には「森林」が出来上がっていた。

 その森林の中から青い何かが遠目に見える、青く咲く花でも植えたのだろうか。

 しかし、若木の状態で仕入れて実が成るのにそこそこ時間が掛かった柿の木を考えると

 たった一回の加護の発動と半日で苗木が木になるなんてな。

 森が出来るのは半年くらい掛かると思っていた。

 

「大したものだ」

 丘に足を踏み入れ、丘を綺麗に緑で覆った草原を眺めながらつぶやいた

 考えてみればこの丘は北寄りの中央か中央寄りの北側、とでも評すべき場所にある

 そして五行において中央()が象徴するのは「育成と保護」の概念だ

 五行により「育成」の概念に染まったMAGが流れ込み草木を「育成」した、そういう事だろう

 クローバーを見かけた、生えているのが何の草で何の花なのかもわからないのが多い中

 見知った植物があると妙に安心する。

 フロストに聞く。

「「妖精の丘」はこんなもんでいいか?何か足りないものはあるか?」

「良いホ!素晴らしい丘だホ!困ったらその時お願いするホー」

 そうか、それなら良かった、周りを見渡し少し考える。

 もう少し回るか。

「ヒーホーくん、どこかお勧めの場所はあるか」

「ヒーホー!それなら森に行くホ!多分良い感じだホ!……ヒーホーくんはやめてホ?」

 つれないフロストだ、フロストの頭をぽんぽん叩いてから足を進めた。

 

 やはり森の中から薄っすら見えた青は花の色だったようだ

 森の中を青紫の花が敷き詰められるように咲いていた。

 これがヒーホーくん一押しだったブルーベル、正確には「イングリッシュ・ブルーベル」だ

 名前のベルは鐘を意味するbellからだろうか、

 先の方が反り返った青紫の釣り鐘型をした花が咲き誇っている。

 綺麗な花だ、それが森の中で木と木の隙間を埋めるように広がっている。

 木からも花からも特に力は感じない、普通の木で普通の花らしい。

「良い森だ、綺麗だな」

 それを聞いてフロストは嬉しそうに笑った。

 ところでブルーベルって何かの役に立つのか?花の蜜が取れるとか?

 こんなに植える必要ってあるのかな、いや妖精のする事だ

 綺麗だから、だけでも妖精たちには立派な理由になるか。

 

「ブルーベルが生い茂る森は「ブルーベルの森」って言われるんだホ」

 そのままだな、ブルーベルの森だ

「そしてブルーベルの森には「妖精」が住むって言われてるんだホ!」

 それは知らなかった、なら「妖精の森」に相応しい花の一つって事になるのか

 他に植えた木や草花も何かそういう謂れがあるのかもしれない。

「ブルーベルは本来なら踏んづけるだけで徐々に弱って枯れる儚い花だホー!

 こんなに元気なのはお兄さんのおかげホ!」

 まあ喜んでいるなら良い、

 フロストだけじゃなく<ピクシー>もブルーベルの森を喜んでいる姿が見えた

 楽しそうにくるくる飛び回っている。

 ただ少々甘ったるい匂いがするのがいただけないな、俺は遠くから眺めるだけで良いや。

 

 それにしても<ピクシー>たち、あれだけ色んな木を植えたのに桜はないのか

 今度家の近くに植えようかな、俺はどちらかと言えば桜の淡い色合いが好きだ。

 思ったのだが、植生も土地も季節も何もかも無視してMAGで好きに植物を育てられるのは

 園芸や造園の理想かもしれない。

 こういうの、俺と同じように「豊穣」系の加護を貰った覚醒者の間で流行るかもなぁ。

 

 

 今日はもう歩き疲れた、とりあえずこんなもんで良いだろう

 他に見る所があれば妖精たちから言ってくるはずだ。

「私が植えた林檎の木が立派に育ったから見せてあげるっ!特別よ!」

 そんな事を言う通りすがりの<ピクシー>に指を引っ張られながらそう思った。

 

 


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