コミュ障ぼっち、ガイアを行く   作:犬西向尾

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幕間 状況説明

こつこつこつと規則正しく音を刻みながら一人の男が廊下を歩く。

中々見栄えがする男だ、身長は180半ばほど、手足は長い。

細長い眼鏡を着けていて、表情は常に酷薄さを感じさせる笑みを浮かべている。

濃い灰色のスーツの上から茶色のコートを羽織り、それなりに鍛えられた身体を包んでいた

 

しかしその恵まれた体格も決して見た通りというわけではなかった。

その身を飾るいくつかの虚飾を剥がせば、そこそこ程度の身形になる。

手の長さこそ自前の物であるが、

スーツの肩回りには少々時代遅れな程に詰め物が入れられていて、肩のラインは四角く、

履いている革靴の底も普通の物より厚い。

中に着ているシャツやベストは奇妙なほどに生地がしっかりしたもので、

これらを脱がせば一回り身体が小さく見えるだろう。

肩と胸板の重厚感を失えば、どうしても迫力が落ちる。

これらは細身の身体を意図的に大きく見せるコーディネートだ。

しかしこれらは男としての見栄えだけを求めたものではない、必要なものだった。

少なくとも男はそう信じていた。

 

肩回りには綿と共に【呪殺】を防ぐ札が何枚も詰められており、

呪殺による即死を防ぐ簡易的な装備となる。

厚い靴底には靴の機能を阻害しない程度に粘土状になった【傷薬】が詰められ

いざという時の備えになっている。

シャツとベストはこれこそ霊装の本命であり、悪魔のフォルマを素材にして作られた物だ

現代的な素材とは作りが違うのも致し方ない事だろう。

ネクタイピンを飾る小さな貴石は魔法防御を上げる細やかな霊装であり、

袖口のカフスボタンは各種ストーンを更に加工した物で、切羽詰まった時の攻撃手段だ。

その眼鏡も不得意にしている霊視を助ける為の物であり、同時にいくつかの耐性を付与する

これ以外にも指輪等大小さまざまな霊的なアイテムを身に着けていた

大きめのコートはそれらを違和感なく隠すためのものでもある。

見た目も重要だ、舐められる、それだけでリスクが発生し得る仕事を男は生業にしている。

 

こういった物を必要とする世界に男は身を置いていた。

男は山田と呼ばれている、偽名である。

 

 

やれやれ、ようやく人心地ついた気になります

近頃は日本でも異界でも何でもない所から悪魔が湧くようにもなりました

そのためよっぽど信頼できる拠点でもなければ休まる気がしません

例え自分がレベルを30を少し越えて、湧くのがまだ低レベルの悪魔であっても、です

ましてや今日、自分が訪れた場所を考えれば下手な異界よりもなお気疲れするというもの

その気疲れする所に向かう事になった原因との会話、それを思い浮かべた。

 

 

 

【半終末】になってから暫くした程度の頃の話だ

禿頭のリーダーが言いだした。

 

「俺はな、メシア教の天使どもを殺してぇんだ」

「殺せばいいじゃないですか、誰の許可も要りませんよそんな事」

 

突然何を言い出すんだと思った、唐突な殺意の告白なんていりませんよ。

競馬新聞を読みながらした私の雑な返答を気にもせずリーダーは続ける。

 

「元々日本には天使が少なかった、だから殺す経験を積めた奴は限られている

日本じゃ気儘に天使が湧く異界なんて中々生まれねぇ、信仰的な地盤がほぼねぇからだ。

俺には天使との戦闘経験が欠けている、これは良い事じゃねぇ」

 

その言葉にふむと考える。

リーダーの言う事はその通りである、日本の野良の異界で天使が発生する事は稀で

その稀な異界も発生が確認でき次第、速やかに攻略し消滅させている。

危険だからだ。

メシア教の教会近くの異界では発生する事もあるらしいが、こちらは論外と言って良い

メシアンになるか洗脳でもされなきゃ好き好んで行くような場所じゃない。

他に天使との戦闘がある機会は日本神話の悪魔が封印された異界の解放の時ぐらい、

その時に異界の番人をしていたボスクラスの天使との戦闘が発生したと聞く

とはいえその天使との戦闘は確実を期すために少数精鋭で行われ、我々には無縁だった。

 

「まあ確かにそうかもしれませんねぇ

とはいえ天使との戦闘経験であれば模擬戦でも積めるのでは?

探せば熱心なメシアンになった転生者もいますし

日本メシア教にも天使を召喚した方は居られるようですよ、彼らと交流なさっては?」

「何で将来の敵に情報を垂れ流さなきゃいけねぇんだよ」

そうですねぇ。

 

【半終末】からは露骨にメシア教は【ガイア連合】への布教(侵食)を進めてきた

被害に遭うのはガイア連合の構成員やその身内、のみならず転生者すら入っている。

そして究極的に転生者が【ガイア連合】と信仰のどちらを選ぶかの確信を誰も持てていない

よって将来の敵と見做し備えるべき、とリーダーは思っている。

いつかはメシア教とそれに与する転生者を討つ日が来る、そういう話だ。

 

もっとも私としては転生者がそうなった時に信仰を選ぶか怪しいとも思っている

果たして信仰に殉じての殺し合いを【俺たち】が出来ますかね?

アイデンティティを掛けての殺し合い、その結末は凄惨なものと相場が決まっていますが。

それを【俺たち】で行う?いやはや、それはなんとも……

私はもう少し仲間を信じたい所ですが、それも難しい事なんですかねぇ。

 

ガイア連合はかつて日本メシア教に対し

【日本メシア教への過激な侵略や迫害の禁止、さらには信仰の自由】を契約で保障した

日本神話の悪魔を解放し、日本の霊地を管理するのに必要な対価だったからだ。

彼らの有形無形の協力にはそれだけの価値があった。

しかしながら契約なんてものはいくらでも穴を見出せるもの

その儚さを知っているからこその彼らの動きと見るべきで、

そしてそう【ガイア連合】が解釈しても構わない、と思って彼らは動いたと考えるべきです

他勢力に対する思想的な浸透、これに意味を求めないのは無理でしょう

自分たちに好意的になるように、そして手切れとなった時に【ガイア連合】を割る為に

いくらでも使い道が生まれるのが信者というもの。

何なら信者を使ってのクーデターくらいなら期待していてもおかしくはありません。

 

私たちはお互いに、握手しているその手を離した時の事を考えている

それにしては握る手の力がいささか強すぎる気がしますが。

 

 

「何にせよ今後に備えて天使との戦闘経験を積みたい。

過激派との戦いもいつ過熱化するかわかんねぇからな

その時に未経験者じゃ格好が付かねぇ

出来れば組織立って動いているような連中が良い、ただの野良じゃダメだ。

それなら海外遠征という事になる、今ならまだ優位に戦える。

戦場を選んで、せっかくだから他にも何人か誘ってやろう」

なるほど。

一気に捲し立てたその様子を見ると、もうある程度考えた末での話のようです。

「場所は【北米大陸】ですか?」

私のその言葉に、ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らしてからリーダーは答えた。

「それも考えたが、有力候補じゃねぇな」

おや?

 

 

今の【北米大陸】、具体的には合衆国は極めてホットな場所だと言われている。

【半終末】直後から過激派、プルート、邪神に三分割された状態という評価が一般的だった

その中で穏健派は東部を中心に中央部の端程度までは拠点単位での生存が確認、

救助、救援を求む強い声が上げられていた。

しかし徐々に通信は途絶、彼らが残した情報からそれらは死んだもしくは死につつある、

そのように認識されるようになる。

補給はなく、通信設備すら壊れ、悪魔が湧く環境で孤立しているとなれば

その判断は妥当だと誰もが認めるところだろう

穏健派が死ねば合衆国はまともな人間が死に絶えた地になる、そのように判断されていた

そしてそれはもうなったか、まだなっていないかの違いでしかない、と。

それが変わったのはガイア連合有志による【北米打通作戦】

これによって戦況が大きく変わったからだ。

 

【北米打通作戦】、そう呼ばれるようになった活動がある。

元々はそう大した話ではなかった。

まず、各勢力に対し物資とインフラの差を見せつける事で対メシア教戦線を纏める

いわば「協調の為の砲艦外交」とでも言うべき【ガイア連合】の外交政策があった。

砲艦外交なのは、当時は極めて貴重だった終末仕様の船舶を使用するからである

それによって世界中を海運で繋げ【ガイア連合】の力が外に及ぶことを示す

運ぶ物は彼らが必要とし【ガイア連合】より購入した各種物資とおまけの支援物資だ

力と富、その二つを見せつけて各勢力を、特に神話勢力と穏健派を仲介し仲違いを防ぎ

「あいつらは嫌いだが【ガイア連合】がここまでするなら、まあしょうがねぇか」

と各勢力が言い訳出来るようにするための外交政策だ。

【ガイア連合】の対メシア教勢力の事実上の盟主としての立場がそれを行わせた。

力を見せつけねば対話も出来ないのが悪魔であり、勢力というもの

ある程度の協調をするのであれば、その見せつける力もそれなりでなければならない。

 

これに便乗した者たちがいた

家族や友人といった親しい者が【半終末】時に海外に取り残された転生者だ。

彼らはただ自分たちが海外に助けに行くだけでは【ガイア連合】からの支援を受けられない

それどころか止められかねないという状況から、この外交政策を利用することを思いついた

そして人員を取りまとめ、その現場の人間として立候補した。

彼らは世界中に物資を配りあるいは運び出し、時には各勢力の仲介者となる立場を利用して

海外に取り残された自分たちの近しい者たちを探し出す機会を得たのだ

彼らのその積極的な活動は実を結び、それなりの成果を得る事となる。

もちろん、全てが上手く行ったわけではなかったが。

 

その最大の難所が、日本と様々な意味で繋がりが深い先進国であるが故に

転生者にとっての救助対象が多く残された国、アメリカ合衆国だった。

 

西部は過激派に、中央部はプルートに、そして東部はクトゥルーに侵された地

この地では流石に生き残っていないのではないか、そういう意見も当然上がった。

しかし【ガイア連合】有志は【北米大陸】打通の意思を固める。

東はマサチューセッツ州、西はカルフォルニア州まで、

あらゆる敵を排しながら邁進し目的を完遂する事を決意したのだ。

彼らの目的、「親しい者の救助」の為にその足を止めない事を決めた。

そして湯水の如く【ガイア連合】からの物資を溶かしながらも、

残存した穏健派勢力を、悪魔によって保護された領域を、現地民覚醒者が守る集落を

それらを部分的に接続させる事に成功、貴重な協力者と友好勢力を生み出すに至る。

合衆国において小さく弱くても人類の生存圏が確かに出来上がった。

これによって当初は「リソースを投じるだけ無駄」と目されていた合衆国に価値が生まれた

【過激派】が治める合衆国西部、それに対する橋頭保としても見る事が出来るからだ。

それによって【ガイア連合】からの支援が増加、更なる快進撃へと繋がる

今では【北米打通作戦】の大詰め、【メシア教過激派】が抑える東海岸の港町

その攻略作戦発動が秒読み段階となった、そう噂されている。

東海岸の港湾設備が安全に使えれば、今よりも容易に物資と人の移動が出来るようになる

合衆国の生き残りは孤立から解放され【ガイア連合】が構築した物流網と繋がるのだ。

 

【邪神・クトゥルー】の召喚、そして【ICBM】による【プルート】召喚によって

人類の手から喪失されていたと思われていた【北米大陸】

その人類社会への部分的な復帰が果たされようとしていた。

【ガイア連合】の【俺たち】からしてみれば、「ついでに」ではあるが。

 

 

「自分たちが必死になって戦っている所に呼ばれもしないのに物見遊山で押しかけて、

「戦いたくて来ました」なんて宣う連中、そんなの反感食らうだけじゃねぇか

その戦力がどんなに役に立とうとな、失礼すぎる、趣味じゃねぇ」

これは他の場所でも同じ事だがな、とリーダーは鼻を鳴らして言う。

なるほど、しかしそういう事ならば

「では、他に活発に活動している海外支部も?」

「おうよ、【俺たち】の誰かが頑張っているのを茶化すような真似はしたくねぇな

それ以外ならまあどうでもいいが」

これは困った、この禿、どこに行こうとしてるんです?

今は【ガイア連合】としての活動でない限り、海外での活動は支援されないんですが。

何かあった時に独力で賄うと?それで渡航許可が下りますか?

 

「そういう訳でしばらく戦場選びに精を出す。

【俺たち】の邪魔にならん所で、ちゃんとした過激派天使が相手、

しがらみを生みにくい攻勢的な動きが良い、防衛戦は嫌だな、守る者を意識しちまう

倒せる範囲の有象無象の天使がワラワラいるような所が良い」

我が儘ですねぇ、そう都合良くありますかね

「そこまで拘るのは最初の数回だけだ。

上手く行けば以降もツアー化するつもりだからよ、失敗したくねぇだけだ

それで【俺たち】に対天使経験を積ませる、いつかは傭兵するのも悪くねぇな」

やりたい事は分かりますが、やりたい理由は分かりませんね

特に儲かるような話にも聞こえませんし、

とはいえ私としては付いて行くだけです。

 

 

 

そんな会話が有ってしばらく経ち、唐突に「悪いが長崎に行って欲しい」と

全く「悪いが」という感情が読み取れない顔で言われて

事情も知らずにメッセンジャーボーイよろしく使い走りされて帰って来たのが今。

多分、何か計画中の遠征と関係あると思うんですよねぇ、これ。

そうじゃないならわざわざ私を長崎の【メシア教穏健派】の教会になんて行かせませんよ、

【メシア教】嫌いのあの人が。

 

「私です、失礼しますよ」

PT名義で一時的に借りている支部の会議室に入る。

答え合わせが始まると良いんですが。

 

 

 

私が使い走りして預かってきた分厚い手紙を手に取り、読んだリーダーは

「悪文だな……何か食うか」と疲れたように言った。

 

支部内施設限定ルームサービス、「軽食セットA」

大き目の日替わりおにぎりが二つ、唐揚げが一つ、卵焼きが一切れ、沢庵が二切れ

それとインスタントのカップ味噌汁が付いたメニューです、これでお値段298円。

円ですから実質無料みたいなものです、カップ味噌汁の味も悪くはない。

その味噌汁の最後の一口を飲み終わってからリーダーが話を切り出した。

「旅行先が決まった、ドイツだ」

どうでも良いですけど、遠征だったり旅行だったりで名称が不安定なのは不便ですねぇ。

何か適当なのを考えましょうよ

 

「まず状況の説明からする、何度もする話だから適当に聞いていいぞ」

はいはい、ちゃんと聞きますよ。

 

 

メシア教穏健派ドイツ支部に所属する一人の【司教】が不満を抱えていた。

何の不満か、それはドイツ内の穏健派の各拠点、各戦力の有機的な運用が出来ない事である

その歴史的な経緯から【一神教】の勢力が強かったドイツでは、

当然のように【メシア教】の勢力もまた強く、その中で穏健派は優位を得ていた。

しかしその「勢力として大規模である」という優位が【終末化】に伴う設備の不全、

物流の遮断、不足する物質、限られた戦力、独立性が高い各【教会】と【教区】

そして抱え込みすぎた避難民によって全く活かされていないという状況にあると認識する。

 

この事態を見過ごせず【司教】は【穏健派ドイツ支部】が強い統制力を発揮する事を提案

支部中央に強大な権限を与え、あらゆるリソースの管理、集中を主張する。

「効率的な防衛戦略の為の指導体制」と銘打ち、指揮系統の統一と一本化を強く訴えた。

この提案は【司教】級の聖職者で構成された協議会によって否決される事になる。

特に各【教会】と【教区】の独立性を脅かす形になるその提案に否を突き付けた形となった

 

【司教】はこの結果にドイツ支部指導部に深い失望感を抱く事となる。

「せめて自分を危険思想であると断じ処分するくらいの力強さが欲しかった」と。

そして危機感を持った、「このままではあらゆる面で非効率的に摺り潰されてしまう」と

また協議により物事を決定する体制での判断の鈍さを憂いた。

【司教】はドイツ支部を効率的に運用出来る「個人」の存在を待望するようになる。

 

 

「よくありそうな話ですねぇ、しかし聖職者が独裁者を望みますか」

「続けるぞ、ここから方法論と歴史の話になる」

歴史ですか?あまり好きじゃないんですがねぇ

 

 

ドイツと信仰を救う、【司教】はその事に囚われる事となる。

そしてある日、天啓が下った。

「ドイツ(支部)を束ねる強き【王】を選定すれば良い」と

 

「王を選定する」と言えば真っ先に思い浮かぶのは「アーサー王伝説」だろう、

石に刺さった剣を抜く事で王として選定される物語はあまりに有名なものだ。

しかし残念ながら「アーサー王伝説」の本場はイギリスだ、ドイツではない。

選定はドイツの霊的地盤、価値観や歴史に相応しい事例や謂れでなければならない。

そして見つけた、【司教】は狂喜乱舞する事となる。

 

「我々には【ジャンヌ・ダルク】がいる」、側近にそう語ったという。

 

 

「いないと思います」

「いちいち茶々入れんじゃねぇよ」

 

 

【ジャンヌ・ダルク】は「ドンレミ」という小さな村から生まれた。

百年戦争の折、「神の声」を聞いたと確信した【ジャンヌ・ダルク】は村を飛び出し

戦い、勝利し、フランス王の戴冠を見届ける事となる。

その後戦場で捕縛され異端審問に掛けられ、異端者として火刑に掛けられ死んだ

その時19歳だったと伝わる。

 

かくして【ジャンヌ・ダルク】という名の哀れな少女は歴史上の人物となる。

そして歴史上の人物への評価はその評価を下す者の観点、思想によって変わるものだ

それらはその時代の流行り廃りに容易く影響されてしまうものでもある。

事実、【ジャンヌ・ダルク】という偶像への評価と扱いは歴史上何度も変わっている。

 

今はもうさほど顧みられない古い【ジャンヌ・ダルク】観が二つある

一つは王党派と呼ばれた者たちによる評価だ

「神は正統なる王の為に聖女を選び遣わせた」

もう一つは所謂自由主義者、あるいは無政府主義者とその当時は呼ばれた者たちによる物だ

「神は自らが主である事を知らしめる為に何でもない民衆の少女を選んで遣わした」

 

これは聖女としての【ジャンヌ・ダルク】の立脚点についての話である。

前者であれば主体はあくまでも「神にその正統性を保障された王」であり

【ジャンヌ・ダルク】という聖女はその王の為の一本の長剣でしかない事となる。

後者であれば【ジャンヌ・ダルク】の存在は「神が民を見ている証拠」となり

神の手に掛かれば王の正統性を争う戦いも一本の藁の如き物で薙ぎ払う事が出来る

そしてそれは、長きに渡る戦争で傷つき苦しむ民の為に行われた。

そういう言論へと繋がる。

神が認めた王の証明の為の【ジャンヌ・ダルク】か

神の愛と力の証明の為の【ジャンヌ・ダルク】かの違いと解釈をしてもいい

これらの論は最終的に革命とナショナリズムにより幕を閉じる事になるがここでは省く。

 

そして【司教】はこう解釈した

「【ジャンヌ・ダルク】が認めた【王】であればこそ神も認められた」と

聖女【ジャンヌ・ダルク】こそが主体であるという考え方を示した。

【司教】は【ジャンヌ・ダルク】を「王を選定した聖女」と見做したのだ。

敗北を飲み込まんとしていた後の王を救い上げるだけの力が聖女にあったと見た。

もしかしたら本来の【ジャンヌ・ダルク】は素朴な少女でしかなかったかもしれない。

しかし今や世界的に有名である【ジャンヌ・ダルク】であれば、

事実としてそのような力が芽生えていても何も不思議はない、【司教】はそう信じた。

 

 

「仮にフランスに王を選定する聖女がいたとして、ドイツには何も関係ないのでは?」

「そこはそれ、理屈と膏薬は何処へでも付くという奴でなぁ」

熱いお茶を口にしながらリーダーも困ったような顔をして説明を続ける。

 

 

当時、「ドンレミ」という村があった、ジャンヌ・ダルクの生まれ故郷だ。

この村を含む周辺の領土のいくらかは少々特殊な成り立ちでフランスと関わっている。

まず、この「ドンレミ」はフランス国王の直轄地という訳ではなかった。

「バル伯爵」、ジャンヌ・ダルクの時代であれば「バル公爵」という貴族の所領である。

しかしながらこの「バル公爵」は分かりやすい「フランス貴族」ではない。

この公爵はその隣国「神聖ローマ帝国」の貴族でもある。

元々は、という言葉が付くわけでもジャンヌ・ダルクが生まれる前の話でもない、

ジャンヌ・ダルクが生まれた時代でもそうであった。

「バル公爵」としてはフランス貴族であり、

それとは別の爵位で神聖ローマ帝国の貴族もしていた、といった方が妥当かもしれない。

 

王と貴族、それも諸侯の関係とは、一口で言い表す事が難しい微妙なものだ。

時代と力関係と建前で在り方も運用も随分と変わる。

この「バル公爵」が、「神聖ローマ帝国」にとっての売国奴という訳でも

そしてその逆に「フランス国」にとっての反逆者という訳でもない。

「バル公爵」は、自家とその所領の多くを「神聖ローマ帝国」に所属させながらも

マース川以西の所領の一部をフランスの名目上の封土として差し出した

そういう歴史になっている、西暦1301年頃の話だ。

この「バル公爵領」のフランスに属す側の領土に「ドンレミ」は存在した。

 

 

よくわかりませんねぇ、そんな私の気持ちを見抜いたらしきリーダーが言う。

「日本人に理解しやすい表現だとこういう風になる、細かい所はかなり違うが黙って聞け」

 

「神聖ローマ探題家家老の分家バル家」が「フランス守護職家」と対立、戦争に負け

「バル家」の所領のいくらかを「フランス守護の管轄」だと認めた。

しかし守護の力と名目不足でその所領の没収まではされなかった。

名目上の管轄こそ変われど、依然として「バル家」が治める地である。

以後「フランス守護職家」は「フランス守護の管轄」という事になった領土に安堵状を出し

「バル家」はその領土分の「奉公」を「フランス守護職家」にする事になる。

その契約によって和議が結ばれた、そういう歴史がある。

その後「バル家」は神聖ローマ、フランスの両方に臣属するある種の半独立勢力となり、

明確にどちらの領土と断言出来るほどの強い影響をこの時点の両大名家は与えられなかった

戦国大名の同盟者面する国境の国人衆みてぇなもんだな、そうリーダーが締め括った。

 

 

その当代の「バル公爵」、ジャンヌ・ダルクが処刑される前年くらいに暴動で死んだ。

お家騒動を避けるために複雑な血統を辿って「バル公爵」の本家筋に婿入りした人物に継承

前々からその人物に継承させるための準備をしていた為、速やかなる継承に成功する。

そして1431年、つまり図らずともジャンヌ・ダルク処刑と同年に

その人物が婿入りした先の家の領土と「バル公爵領」で「同君連合」が成立

以後「バル公爵」は本家筋である「ロートリンゲン公爵家」に付属する爵位となる。

「ロートリンゲン公爵家」は大公とも呼ばれる「神聖ローマ帝国」の堂々たる諸侯だ

フランス視点では「バル公爵」自体が丸々「神聖ローマ帝国」の貴族に取られた形になる

1571年、「ドンレミ」は正式に公爵領である「ロートリンゲン公国」に編入され、

フランスからの名実を伴う離脱となった。

その後、フランスによる占領の時期を度々挟むも

1766年まで「ロートリンゲン公国」は「神聖ローマ帝国」の領邦国家であり続けた、

逆に言えば1766年にフランスに併合されて消滅、「ロートリンゲン公国」は滅ぶ。

その時には名を多少変えていた「ドンレミ」もこの時正式にフランスの領土になる。

その後、晋仏戦争や世界大戦で領土の変動が起こるが「ドンレミ」とは関係ないので省く。

 

この「ロートリンゲン」だがフランス風に表記するとこういう風になる

「ロレーヌ」

 

 

「ああ、「アルザス=ロレーヌ」のロレーヌですか

歴史ってのは変なところに繋がりますねぇ」

ロレーヌで思い出しました、確かマリーアントワネットの父方の実家ですね

マリア・テレジアとの結婚の為に手放した所です

自分の扱いが悪い家に婿入りする為に先祖伝来の土地を手放した悲しい話です。

しかし長々と聞いてなんですが、まったく話が見えて来ません

欧州の仲間割れじみたごちゃごちゃした話なんぞ、どうでも良い事なんですが。

そう零すと、心底同感とばかりにリーダーは頷き

「俺もそう思った、おめぇが持ってきた手紙の半分以上がこの辺りの説明だ。

半分くらい焼いても問題なさそうな手紙だな」

ですよねぇ。

「まあそうした歴史的経緯によって【司教】はドイツ人としての使命に目覚めたわけだ」

使命、目覚めると大体ろくでもない事になるものですねぇ。

 

「ドイツ人としての【ジャンヌ・ダルク】を召喚し

ドイツ王を選定させ、ドイツ支部を統一し、【千年王国】をドイツに築く」と

 

 

神聖ローマ帝国はドイツだ、神聖ローマ帝国は【ドイツ人の王(Germaniae rex)】が治めた国なのだから

そしてこれまでの歴史的経緯からどう見ても「ロートリンゲン」はドイツだ

「ロートリンゲン」は歴史的にドイツであった期間の方が長いのだから!

「ロートリンゲン」がドイツであれば【ジャンヌ・ダルク】はドイツ人だ!

【ジャンヌ・ダルク】を召喚し、正しき王を選んでいただく事が神の御心に適う事だ!

【司教】はこのような妄執に駆られる事となる。

 

【司教】はあらゆる伝手、あらゆる手段を用いて【ジャンヌ・ダルク】召喚の術を探した。

無論、その召喚についてドイツ支部指導部からの許可を求めようなどとはもはや思わない。

【司教】級聖職者による協議、などという唾棄すべき旧態依然とした怠惰極まる制度への

信頼が疾うに失われたと確信したが故の行動でもあるからだ。

そしてとうとうその術を見つけ出す。

必要なのは三つ、【ジャンヌ・ダルク】の謂れの地、聖遺物、

そして【ガイア連合】製の【ドリーカドモン】

この三つを揃えれば召喚が出来るという。

早速【司教】は【メシア教穏健派】が所有していた【ジャンヌ・ダルクの遺骨】と

かつてとある事情により【ガイア連合】から提供されていた【ドリーカドモン】を奪取。

そして【ジャンヌ・ダルク】謂れの地である「ドンレミ」の教会にて

【ジャンヌ・ダルク】召喚の儀式を執り行う事を決めたのだった。

 

【司教】、それも覚醒者である【司教】ともなればその影響力、権威は大変なものとなる

彼は自らの弟子、側近、派閥員、同調者を総動員し

数百人の覚醒者という戦力の集中でフランスの「ドンレミ」に進軍、強襲し占領

【大儀式】による【ジャンヌ・ダルク】召喚を企てる。

 

 

 

「なるほど話が読めました、我々はこの突っ込み所の多い【司教】を助けて

召還を妨害しようとする過激派天使と戦闘するのですね?」

「ちげぇよ」

おやおや?

「しかし逆にこの【司教】を攻撃するのは少々惜しくはありませんか?」

【司教】の領土欲も歴史解釈も政治思想もどうでもいいですがその戦力は惜しい。

雑魚が少々群れた程度なら気にする必要はありません、

ですが数百人の覚醒者となれば喪失すればそれに見合った影響が出るでしょう。

数に優れる【メシア教穏健派】と言えども消えてしまっては困る戦力だと思いますが。

下手しなくても【穏健派ドイツ支部】全体の十分の一くらいになるのでは?

まさか穏当に、「話せばわかる」なんて話でもないでしょうに。

 

「今までの話の多くが【過激派】を騙すための欺瞞情報だからだ」

「はっ?」

「考えてみろよ、仮に【ドリーカドモン】なんか持っててもメシア教なんかにやるかよ

あのメシア教にだぞ?どんな事情があってもそんな事しねぇよ」

胡散臭い物を見るように手にした手紙を眺めるリーダー。

言われてみればそこは納得できます、納得できますが……

「ならどうしてこんな変な設定を作ったんです?」

「これくらい人類が愚かなら安心して天使が引っかかるって事らしい

人の愚かさに限度がねぇ事については歴史が度々証明してるからな」

なんと、まあ。

 

 

【メシア教穏健派】ドイツ支部には【半終末】以来の悩みがあった。

機能不全化しつつある【シェルター】の設備と、多すぎる避難民の存在だ。

これによる負担で崩れかける組織を多少なりとも支えるべく彼らは計画を練った。

その計画は【再配置計画】と呼ばれる。

 

【再配置計画】、雑に言えば【メシア教穏健派】ドイツ支部が抱える人員と資材の再編成だ

【メシア教穏健派】ドイツ支部が最大の人数の避難民を養えるようにするために

覚醒者、機材、装備、そして避難民たちを最適な割り振りをする事を立案する。

労働力さえあれば物資の生産が出来そうな【シェルター】には労働者に成りえる避難民を、

浄水設備が壊れた【シェルター】には浄水出来る悪魔と契約した覚醒者を、

技術者を求める【シェルター】には必要とする技術者を、

そして覚醒すれども訓練未了な覚醒者には訓練施設を有した【シェルター】へと、等々。

あらゆる面で効率面を重視した再編成を行い、長期持久体制の確立を図る。

それが【再配置計画】の狙いである。

 

そして計画は練られた、効率面を可能な限り追求したそれは見事な物であった。

必要な所に必要な人員を回し、支えられる人数の最大化が図られていた。

維持そのものが非効率になった【シェルター】の放棄すら含んだそれは

必ずしも理想論だけで練られた物ではないという事を如実に語った。

だが問題があった、そのような大規模な人員の移動をどのように行うというのだ?

無論、覚醒者の中には【トラポート】持ちがいる、【トラポート】持ちの仲魔もいるだろう

しかしながら万人規模では済まない数の避難民である。

これを僅かに存在する【トラポート】持ちで賄うのは不可能であると常識的に判断した。

【トラポート】持ちは常日頃から酷使されている人材でもある。

【トラポート】を使って運ぶ事が出来るのは覚醒者と緊急を要する物資だけだ。

無理をしてそこまでであり、それ以上の事は出来ない。

そして多くの避難民は非覚醒者であり稼働する車両を用意できない以上、

徒歩で移動する事になる。

悪魔が湧き、天使が人々を襲うこの世界を。

現実的ではなかった。

 

【再配置計画】はそもそも「再配置する手段がない」という点で机上の空論だった。

その、気持ちばかりが先走った計画が情勢の変化で日の目を見る事となる。

 

 

「情勢の変化ですか」

「合衆国東海岸の港町、その攻略から得られた情報だ」

 

合衆国東海岸の港町もその多くが順調に攻略され、周辺海域が安定化した

これによって【北米打通作戦】は一つの区切りを見せる事となり

合衆国に渡った【俺たち】が徐々に帰国する事となる。

当初の目的を達成できた者もそうでなかった者も。

 

「その攻略した港町の中に【過激派】が押さえていた街がいくつかあった」

らしいですね、敵が【邪神】だけではないのが彼の地の難しいところです。

「その街の【過激派】天使たちの中に中ボス程度の、

ボスでこそねぇが雑魚ではないくらいの連中がいた。

そいつらが妙に欧州にある教会や聖堂を肩書にした名乗りを上げていたらしくてな」

ほぅ。

「【過激派】の事情は知らねぇが、

欧州方面の天使どもを引っ張ってきて港町防衛に使った可能性が高い。

そしてとんでもなく消耗をしているはずだ、ほぼ殲滅戦になったらしいからなぁ」

ほぅ!

中ボスクラスであればそう易々と補充は利かない、そう期待しても良いですよね?

 

 

この情報を受け【穏健派ドイツ支部】は動く事となる。

まずはドイツ内の【過激派】天使たちへの諜報並びに偵察を実施、

その存在が確認されていた幾人かの有力な【過激派】天使の活動がない事を確認した。

合衆国の港町防衛に駆り出され消滅した可能性があると認識する。

これによって【再配置計画】の発動を求める声が高まった。

低レベル天使であれば【穏健派ドイツ支部】が誇る【テンプルナイト】で十分戦えるからだ

しかしまだ足りない

極少数でも高レベルの天使が活発に動けばそれは多大なる被害を意味する。

この機会を活かすために【穏健派ドイツ支部】は陰謀を企んだ。

 

【穏健派ドイツ支部】内に潜伏している【過激派スパイ】、隠れ過激派に偽情報を流し

それによって可能な限り敵戦力を誘引、その間に一度に移動を済ませるという計画だ。

その敵戦力を誘引するエサが【司教】の戦力と【ジャンヌ・ダルク】だった。

 

偽情報上の計画では、

「ドンレミ」を占領した【司教】は数日間に渡る大儀式を行う事となっている。

この大儀式中に【過激派】が妨害、儀式に必要な聖遺物並びに【ドリーカドモン】を奪う、

そのように【穏健派ドイツ支部】は予想した。

更には聖遺物と【ドリーカドモン】を奪う為に「ドンレミ」の戦力を薄くすると想定する

「儀式が終わる少し前に聖遺物と【ドリーカドモン】を持った同志が合流する」

と偽情報上ではなっており、ただ【司教】たちを襲うだけでは何も手に入らないからだ。

故に【司教】たちは比較的楽に「ドンレミ」攻略に成功するだろう。

そして「ドンレミ」は包囲される、数百人の覚醒者を殲滅できるだけの戦力が集まるはずだ

それによって戦力と耳目をフランスに集め、ドイツを手薄にさせるのだ。

なおこの数百人の覚醒者の殆どは見せ札であり、

上手くいけば包囲される前に【トラポート】による脱出が出来る手筈になっている。

 

そして聖遺物と【ドリーカドモン】の偽造は【ガイア連合】に依頼された

まず偽造だとばれる事はないだろう。

 

【穏健派ドイツ支部】の理想では【過激派】は欲をかいた結果、

【穏健派ドイツ支部】の抱える人員を壊滅させる好機を逃すという事になっている。

 

 

「そう上手く行きますか」

鼻で笑ってしまう、眉唾な話だと思いました。

偽情報で誘導、それによって生まれる隙を活かす

聞けば中々凝った話に聞こえますが

敵が自分の思うように動いてくれなければ大打撃という痛い話

ギャンブルにしてももう少しマシな話をしていただきたいんですがねぇ

ギャンブルには夢がないと面白くないのですが、夢だけなら見る価値がありません。

私のその反応にリーダーは苦笑いを浮かべて言う

「上手く行くように努力はしているらしいがな」

そりゃそうでしょうよ。

 

 

「ところで聞いていいですかね?」

「なんだ」

「多くが欺瞞と言いましたがどのあたりは本当なんです?」

「【司教】が変な物を召喚しようとしていた辺りは本当だ。

元々は【カール大帝】の召喚を企んでいたらしい、【シャルルマーニュ】とも言う。

もっとも、召還術の方がお粗末で大したもんは召喚できそうになかったらしいが」

何やってるんですか【司教】

強い王かもしれませんが今のご時世に使える存在なんですか、それ。

いや、待て、確かカール大帝は聖人認定されていましたね、なら役に立たない事も……。

「【復活したカール大帝による千年王国建国】を計画していたら、

【穏健派ドイツ支部】内で察知されて潰されて、良い機会だから再利用されたって話だ。

過激派のスパイもその【司教】の側近らしい。

世の中、何が役に立つかわかんねぇな……」

まったくですよ。

 

「まあ、【穏健派ドイツ支部】の目論見が上手く行こうが行くまいが

俺たちにはあんまり関係ねぇ事なんだが」

「どういうことです?」

「【穏健派ドイツ支部】は作戦を成功させるための一環として

話をある程度【北欧神話勢力】に流して【過激派】攻撃の好機だと嘯き、

自分たちが抱え込んでいる「一神教系非メシア教組織」たちには

「拠点を得られる好機だぞ」と煽った、後者はまったく事情を知らねぇらしいが」

事情も知らずに好機とか言われて動きますか、追い込まれてますねぇ

煽った、と言いますが実際はもっとえげつない事をしてそうな気がします。

「これで【過激派】の対処能力をパンクさせるつもりなのさ。

上手く行けば皆で楽しい、上手く行かなくても自分だけが痛いんじゃねぇって話だ

だからこんな手紙みたいに、こちらにも情報を流すし紹介もしてくれる」

バシッと雑に手紙を指で弾きながら言った。

そして、と一拍置きリーダーは言う。

「俺たちが関わるのはこの「一神教系非メシア教組織」だ。

こいつらの城攻めに関わる、良い機会だからな

元々は街攻めだったが俺たちが関わるなら城攻めに変更するそうだ」

なるほど。

 

 

胡散臭い手紙をテーブルの上に放り、リーダーが邪悪に笑いながら言う。

「俺たちがやる事は単純だ、現地で速やかに城を攻略する事。

それだけで俺たちは突出した存在になる」

突出ですか?

「穏健派の作戦はおそらく失敗する、凝り過ぎた作戦なんてそうそう成功するもんじゃねぇ

過激派は順当に避難民や覚醒者を蹴散らす、その後に俺たちの存在が目に付く

奪われた城を取り返しに戦力を集めるはずだ、これを討つ」

普通なら御免被りたいシチュですねぇ、それ。

蟻に群がられる砂糖の気分、で済めば良いのですがそういうレベルではないんでしょ?

「仮に成功してもやる事は変わらん、穏健派の作戦は過激派の戦力を削る類のもんじゃねぇ

なら、ちょっと待てば戦力を率いてぞろぞろとやってくるはずだ

拠点を奪われた失点を取り戻しにな、地獄のような戦いになる、それが良い」

そういうもんですか。

敵は最低でも「自勢力の拠点を陥落させる事が出来る敵」に勝てる戦力を集めるでしょう

中々にヘビーな戦いになりそうです、今のうちに回復アイテムの備蓄でもしておきますか

それとも【蟲毒皿】の方ですかね。

「もし敵戦力が集まり過ぎて勝てそうにない場合はどうします?」

私のその質問にリーダーは即答する。

「戦闘前に逃げる、霊地の支配権を奪われる前なら【トラポート】の妨害は出来ねぇ

俺たちにとって城に価値はない、捨てる。

何らかの事情で【トラポート】出来なくても逃げる事は変わらん、拘る意味はねぇ」

ふむ、得る物はあくまで戦闘経験、そういう事ですか。

 

 

話が一段落して、冷たい麦茶をグラスに注ぎ口にする。

ひんやりした麦茶が心地良い。

まあつまり【メシア教穏健派】の作戦が上手く行かなくても困らないって事ですか。

ならどうでも良い話になるんですよねぇ

長々と怪文書染みた話を聞いて損した気になりました

その話もどこまで本当なのか怪しいものだというのですからなおさらです。

会議室内に散らばった情報収集の結果の書類や書き留めを片付けながらリーダーが言う。

 

「俺の目的は【穏健派】を助ける事でも「一神教系非メシア教組織」を助ける事でもねぇ

どうせ俺らじゃ戦況に決定的な影響は与えられん、数が足らねぇからな。

だから狙いは程々に勝てる戦場で、過激派天使との戦闘経験を積む事

そして参加者がなるべく良い気分で帰る事だ」

良い気分ですか?

「嫌な思いをさせねぇって言い方の方が正しいかもしれん。

使命感や決意、そういった物が生まれるような戦場にはしない事だ

軽い社会科見学程度の気持ちでやりたい、だから影響が大きいような重要な戦場も避ける」

少し恥ずかしがるように宙を見上げリーダーが言う

「そうだな、こんなのを想像してみろ」

 

 

戦いを終えた後、自分たちが意図せずに助ける事となったモノを眺める【俺たち】

そこでは人の営みと日常があり、こんな世界でも前を向いて生きようとする人の姿があった

年を取った父母を見捨てられず手を引いて逃げていた若者

子供に自分の分の食べ物を与えてしまい痩せつつある母親

少しでも家族にマシな環境を与えようと身を粉にして働く男女

薄汚れ、空きっ腹を抱えた未来ある少年少女たち。

自分が去れば明日をも知れぬ人たち、苦労しながらも何とか今日まで生き残った人たち

そんな人たちが自分に気づいて口々に言う「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」

救われていないのにまるで救われたような顔で言う

「あなたのおかげで助かった」

 

 

「良く分かりませんが」

何を言ってるんです?

「分かんねぇか……

つまりだな、こんな状況になるとたまに「俺が守らなきゃ」「俺が少しでも良い生活を」

そんな風に思っちまう奴が生まれんだよ、それを出来る力が【俺たち】にはあるからな」

そんなもんですかねぇ、私には分からない話ですが。

どうでもいいじゃないですか

「それを振り切って、つまり自分の幸せを犠牲にしない事が

他人を見捨てる事だと感じてストレスになる奴がそこそこいる」

まあそういう人も中にはいるのかもしれませんね

それが私ではない事だけは確実ですが。

「この手のストレスを浴びて、使命なりなんなりに目覚めたらそれは不幸だ。

勝手に不幸になる分には良いが、俺が関わってそれは勘弁してもらいてぇ

だから終わった後の事を任せられる誰かがいた方が都合が良い

その方が後腐れなく去れる」

甘くなりましたねぇ、昔はもう少し雑だった気がしますが。

 

なるほど、ところで気になった事が。

「それならどこぞの神話勢力への援軍に行くってのはダメだったんですか?

条件的には大差ないですし、いつでも援軍求めてますよ」

私のその言葉にリーダーは渋い顔で禿頭をガシガシ掻いてから言った

「最初はそのつもりだった、具体的には【インド神話勢力】だ

あそこなら戦場に困らんし勝った後は押し付ける事ができる。

保護した人間の面倒は悪魔どもが喜んでみるだろうよ」

でしょう?

それに日本の悪魔という伝手もあります、インドとは縁がありますからね。

「も……源氏の奴の話を聞いてな、それで【インド神話勢力】は没になった」

源氏さんの話ですか、彼は特に情報通には見えませんが

私の知っている現在の彼は霊薬を納品している事くらいです

生産側に転向する気ですかね、それはそれで良い選択だと思いますが。

「まあそれは良い、気になるなら本人に聞け」

本人?

 

「これから上に企画書を提出して渡航許可を貰いに行く。

それが通ればあいつを誘う、その時でも良いし

誘いに乗るならいくらでも聞く機会はあるさ」

それで話は終わった。

 

 




ドイツで「ジャンヌダルクはドイツ人だ」なんて言い出す人は多分いないと思います
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