コミュ障ぼっち、ガイアを行く   作:犬西向尾

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第二部16話 ドイツ編1

 

リーダーたちがうちに来てからそう日を置かずに、俺たちはドイツへと飛んだ。

 

 

 

「あなた方に神のご加護があらん事を」

いかにも聖職者然とした人物の、ありきたりでありながら誠実そうなその言葉に礼を言う

「ありがとうございます、私たちもあなた方の武運長久を祈らせていただきます」

この人たちの為に祈る神を俺は持たない、その神の加護を祈るのも変な話だろう

そういう事でこういう言葉になった、向ける言葉として正しいのかはわからない。

俺のその言葉にその老紳士、いかにもな正装をした聖職者のような人

そして事実【メシア教】の聖職者であるその人は頷くように言った。

 

「ありがとうございます、私たちは何よりそれを必要としておりますので」

最後に握手をする、長々と続いた挨拶はようやく終わった。

「プレスター・ジョンの騎士団」の団長である俺と【メシア教】の聖職者との挨拶が。

いや本当、プレスター・ジョンってなんなんだよ……。

なんとこの名前はリーダーによる物では無く、適当なチーム名と偽名を名乗ると伝えたら

目の前の聖職者が推してきたチーム名らしい、ないわー。

 

 

 

現地の要人との挨拶が終わり、用意された部屋に戻ったら聖女ちゃんがいた。

誘ったら聖女ちゃんも参加してくれた、知らない人だらけにならなくて助かった。

「お疲れ様です、団長」

聖女ちゃんが表面上は丁寧な、その実ニヤニヤとした目を隠そうともせずに俺を労う。

この人は俺がああいうの苦手なのわかってて、もう……。

ましてや相手は【メシア教】の連中、こっちは散々嫌な汗かいたのに。

 

「大したことはないさ。

参謀、何なら次は君が団長をしても私は一向に構わないと思っている。

次の機会があるかは知らないがね」

「まあ、それは大変ですわ。でも私ごときでは務まりません

その時が来たらぜひまた団長に頼らせていただきませんと!」

次は勘弁してくれ……口で勝てる気がしないなぁ。

リーダーが言う所の「ちょっとした修学旅行」中、俺が団長を名乗るのと同じように

聖女ちゃんも参謀を名乗っている。

 

今回、俺たちは参加者全員が偽名の類を名乗る事にしている

普段から偽名を名乗ってる人もいるがそれとは少々事情が違う

この「プレスター・ジョンの騎士団」中限定での偽名だ。

【メシア教】に個人を特定できるような名前を出すのは不味かろうという判断だった。

それと同じ理由で、顔の認識をずらすお札も全員に支給された。

最近では【メシア教】が【俺たち】への取り込みの勢いが増しているらしく

そんな連中に個人として隙と利用価値をなるべく見せないように、という事だ

悪魔と同じような扱いだが悪魔よりも性質が悪い、何せ気軽に排除できないからな。

気が付いたら【メシア教】の人間が親戚になっていた!という事すらあるらしい、怖い話だ

ちなみに俺たちが名乗る役職名兼偽名はくじ引きで決まった。

役職名団長はこういう挨拶のような面倒を押し付けられる、事前にそういう説明があった

どうせ引かないだろ、と甘く見てたらこれだった。

こういう時に俺の霊感は働いてくれない、働け。

 

 

脱いだ外套を<ライコー>に渡してから椅子に座り、周りを見ながら聞く。

「それで、副団長たちはどこにいるんです?」

用意された部屋は別に俺の個室というわけではない、

団全体での話し合いに使う為の大き目の部屋だ、そこに聖女ちゃんしかいなかった。

他の人たちの式神もいない、今は俺と<ライコー>と聖女ちゃんだけだ

聖女ちゃんのシキガミは部屋の外で扉を守っていた。

 

「副団長は今回行動を共にする「新チュートン騎士団」の人間との話し合いを、

その他数名は観光と言ったところです」

観光、ね、あまり穏当な雰囲気は感じない。

おそらく「前線にあるメシア教の拠点」に対する観察と言った意味合いだろう。

この【メシア教穏健派】の拠点には大聖堂がある

大聖堂、【俺たち】にとっては【カテドラル】と言った方が通りがいいと思う

俺たちが今いるこの街には【メシア教穏健派】が握る【カテドラル】があった。

興味深く思えるはずだ、【カテドラル】を観察できる機会なんてそうはない

メシア教が特に力を入れて作った【隠しシェルター】の類でこそないが

この【カテドラル】もまたメシア教の技術で整備された【シェルター】である。

 

ここはドイツ中部、チューリンゲン州の都市、エアフルト

攻略目標であるヴァルトブルク城から60キロ近くも離れている街。

そして【メシア教穏健派】が治める都市。

そこに俺たちはいる。

 

 

「ところで参謀、周りに人がいないんだから口調作らなくても良いと思うんですけど」

「えー良いじゃん雰囲気出るんだし、私、団長の偉そうな口調好きだなー」

途端に聖女ちゃんの空気が軽くなりケラケラ笑う。

何言ってんだこの人。

偉そうな口調には理由がある、副団長つまりリーダーに

「人前では舐められないように偉そうな感じでやってくれ」と言われたのだ。

偉くなった事がないのでどうやれば偉そうになるのかが全く分からなかった。

口調だけでもそうしている、他の人もそれに付き合ってくれた。

俺たちが自称騎士団で本来は団長でも何でもない事、相手も知っている事なんだがな

あまり意味がないと思うがこういう事をやっている。

 

「あなた、どうぞ」

「うん、ありがとう」

淹れたての温かいお茶を<ライコー>から受け取り、一口飲み息を吐く

茶やコーヒーの香りはストレスを和らげると聞いて持ち込んだのだけど多分正解だった。

ホッとする。

「参謀さんもどうぞ」

「ありがと」

もう一口、今度は味わってお茶を飲み、落ち着いた所で聞く。

「で、副団長の話に俺は加わらなくていいんですか、一応団長なんですけど」

「良いっぽいわ、向こうも副団長ポジの人とのお話し合いらしいし」

実務者協議かな?

まあ出なくていいなら良いや、正直【俺たち】じゃない人と関わるのがどうにも苦手だ

悪魔の方が楽なんだよなぁ、こちらの感情をMAGで察してくれるし利害がはっきりするし

 

俺がここの偉そうな人と長々と挨拶している間の話を聞く。

「今のところ判明しているのが「新チュートン騎士団」

ちょっと戦力として数えられないレベルって事ね、多分その辺りの話し合いだと思うわ」

戦力として数えられない?城攻めしようって集団が?

事前情報では「それなりに戦力になる」とメシア教側が言っていたはずだが。

 

 

【ガイア連合】では一般的なレベルの表記はその外ではまだ一般的ではない

その為、外の勢力では人の強さについて曖昧な表現になる事がままあると聞く。

これは今後、世界に【悪魔召喚プログラム】が広がる事で解消される問題だとされている

【COMP】の【アナライズ・アプリ】を通じてレベルとその基準が世界に広がるのだ。

 

 

「レベル12のマジックユーザー、使えるスキルは【ハマ】だけ。

レベル10の【テンプルナイト】もどき、他レベル一桁前半がぞろぞろと8人ほど

【デモニカ】や【COMP】持ちは見た限り無し」

アナライズした限りだけど多分これで全力、と無表情で聖女ちゃんが言う。

天使の、それも数的主力である【エンジェル】のレベルはおおよそ10前後だ

それを考えると彼らの行動は確かに少々冒険的な物を感じる

積極的に天使と戦うのだから、もう少し余裕があるレベルだと思っていた。

 

「霊装の方はどうです?」

「簡易だけど一応聖別された剣を持っていたわ、4人くらい

銃器の類はなし、持ってても【対悪魔用】じゃない普通の銃だと思う」

……ちょっと厳しくないか?

 

「元々まったく計算に入れてなかったから別に良いんだけどさー

ここまで弱いとちょっと途惑うわよねぇ、なんかあったのかしら」

まあそうですね、一体どういうつもりなんだろ。

 

 

 

団長という名称の割に司会というか議事進行係になったような感じがする。

「では報告をお願いします」

俺のその言葉に部屋に集まり席に座った8人の中からまず山田さんが報告を上げた。

優先度が低い順らしい、事前に報告する順番を決めたと聞く。

「報告します、ここの【カテドラル】、規模の割に霊的防御力が弱いです。

予想としては都市防衛の為に【聖水】を供給しすぎて、施設の清掃に回せていないからかと

大体どこの宗教施設も【穢れ】たらその能力をじわりと落としますからねぇ」

頷く。

【聖水】を撒けば一部の野良悪魔避けが出来ると聞いた覚えがある、予想としては妥当だ

そして【聖水】の生成は聖職者系統では基本的な技能と言っても構わない

作れないという事はないだろう

それを他に回した事できちんと【穢れ】を掃えないならそういう事もあり得る

なるほど、つまりこの【穏健派】の拠点は十分に【霊地】を活かせる余裕がないと。

次に、同じように観光に回ってた人たちが発言する。

 

「報告します、天使の姿はそれほど見られませんでした。

典型的な【穏健派】拠点の特徴と合致します」

 

「報告する、周辺の避難民を受け入れたのは事実かと、大規模なテント村を確認した

やる事がない連中は寝そべるか祈ってる。

現金は機能していない、マッカも含めて出回っている様子はない、物不足だと解釈した

乾パンのような物が出回っているのを見た、これが現金代わりだと思われる」

 

「報告、ぱっと見た限り栄養状態と衛生状態は良くないようです

栄養失調気味に見える人が多く見られますし、都市の上下水道が機能していないようです

街路樹も切り倒されています、飲料水確保のための燃料に使われたんだと思います

根本的にこの拠点で支えられる人口以上を抱え込んでるように見えます、あかん奴では?」

 

そして最後に聖女ちゃんが纏めた。

「つまり、規模こそ大きくても普通の穏健派の拠点であると言えます」

 

「特に、問題はなさそうですねぇ」

山田さんの言葉に各々顔を見合わせ頷く、特別な要素は特に感じない

【カテドラル】がある、と言っても多少霊的な防御力と霊地としての力が強いだけだ。

警戒するようなものは【メシア教穏健派】ぐらいしかない

奇妙な程恵まれているようにも、リソースを変な所に集中してるようにも見えない。

うん、何事もないならそれで良いな、どうせ長居する街というわけでもない。

【ガイア連合】の支部と比べたら防御力等に大きな不満を感じるが、

それは【ガイア連合】の技術力と霊地が揃っての事、外に出て求めて良いものではない

下水くらいは何とかして欲しいものだがそれも今の世界では贅沢でしかないのかもしれない

排水とかどうなってるんだろ、下水が逆流でもしたら病気も流行りそうだが……。

そしてこんな状況でも治安面での不安が出て来ないのが【メシア教】という宗教の強さか

良くやっている。

……穏健派の作戦が上手くいけば、この拠点も多少はマシになるんだろうか。

 

 

「続けてください」

俺のその言葉に、副団長として何やら語り合ってたらしきリーダーが発言する。

「新チュートン騎士団の副団長から非公式な要請があった、

「城攻略後は二日ほど防衛に協力して欲しい」との事だ」

いまいち分かっていない表情をこの場にいる人たちが浮かべる

俺も良くわからない。

元々、ヴァルトブルク城の攻略後は何日間か滞在し、

城を奪い返しに来るだろう周辺の天使の撃退をする予定だった

それは相手にも伝えてあるはずで、なのにわざわざ言う意図が良く読めない。

リーダーが説明を続けた。

 

 

我が新チュートン騎士団にヴァルトブルク城を維持、防衛をするだけの力はない。

これは悲観的な予想もしくは意志力の欠如ではなく、

事実としてそれを果たす能力が欠けていると思って欲しい、と言われた。

 

ヴァルトブルク城はかつてその周辺を統治した伯爵の居城であり

数々の逸話、伝説を生み、そして一神教にとって無視できない事績を生んだ城である。

そしてそのような歴史を持つ施設と土地は自然と霊地としての力を帯びてくる

土地の在り方や霊脈とは別に人々の持つ概念が霊性を帯びさせるのだ。

力あるものが握れば、ヴァルトブルク城は「テューリンゲン州支配の象徴」にもなり得る

そしてそのような城の攻略に成功しても、早晩奪い返しに来るだろうと予想された。

それを防げる力を新チュートン騎士団は持っていないのだという。

 

攻略後、ヴァルトブルク城は破却する。

周囲には簡易の結界を張り、見張り台を作る。

新チュートン騎士団は城に居を移さず、その麓の町「アイゼナハ」を拠点にする

そして城を破却するための時間、ヴァルトブルク城の象徴的な物を持ち出すための時間を

我々にいただきたい、そのように言われたらしい。

 

 

「つまり「城の防御力をあてにしてたのにそれが無理なら帰るわ」されたら困るから

それはしないでくれ、って事だな、ささやかな話しだが人命に関わる懸念だ。

一応保留にしたが別に構わねぇな」

なるほどなぁ、見た事もない城の防御力なんて誰も気にもしてなかった。

占拠したばかりの拠点の霊的な機能なんてどこまで使えるかわかった物ではないし

こう言っちゃなんだが、そんなはっきりしない物は頼るに値しない

その拠点にどんな隠れた罠があるかわからないという理由もある。

霊的な防御力が欲しくなったら一旦引いて適当な所に陣地を構えるつもりだった

ヴァルトブルク城の周辺にはそれが出来る場所が数か所存在した。

 

「副団長、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか。

そもそもなんでこんな弱小勢力が拠点取りに動いたんでしょうか?」

聖女ちゃんが挙手して発言する、「何でこんなレベルの人たちが」という疑問だろう

それに対してリーダーが答える。

「質問に答える。

まず、現地民においてレベル12と10はそれほど弱いわけじゃねぇ

他に一桁とはいえ覚醒者が8人いるってのを考えれば纏まった戦力と言える。

だからこそ干されていたわけだが」

新チュートン騎士団は一神教系の霊能組織で、【メシア教】とは敵対する関係だったらしい

正しく言えば敵対していたのは【メシア教過激派】という事になる、

メシア教が割れた後は【穏健派】とは協調という事になったそうだ

とはいえ長年敵視し、またその力に怯えていただろう事は想像に難くない

思う所の一つや二つはあって当たり前だろう

そしてそれは【穏健派】からすると、

彼らの存在は「自分たちに蟠りを抱えているであろう武装勢力」という事になる。

それを【半終末】になって保護した、そりゃ干しもするだろうなと思う

とはいえこの拠点にそんな事をして良い様な余裕があるようにも思えないが。

そういう不満がここを出て自分たちの拠点を得るという決意に繋がったのだろうか。

 

「元々は新チュートン騎士団はアイゼナハに突っ込み、現地の天使と戦闘、

教会を一つ奪う程度の事しか考えていなかったらしい

その後は都市の生き残りと協力し、都市を取り戻す戦いをするつもりだった」

それがいきなり城攻め?少し急すぎる気がする。

「それを【メシア教】が、支援するから【アイゼナハ攻略】をして欲しい、と要請した。

騎士団は武器と食料の供給を条件に受諾。

【アイゼナハ攻略】後はエアフルトから見て西の警戒線の一つになる予定だった

その後俺らの話に引っ掛かり、城攻めにまで話が膨らむ。

アイゼナハにとってヴァルトブルク城は目の上の瘤、無いに越した事はない」

俺らの存在、彼らにとっては良い迷惑だったのかもしれないなぁ

彼らにとって予定になかった城攻めになるのか

当初の話から二段階も事が大きくなっている

そしてその戦力は、事が大きくなったからと言って変わるものではない。

「こんなところだ、他に質問は?」

「ありません、ありがとうございます」

 

つまりこの拠点は特に問題なし、仮にあったとしても俺たちの後背を脅かすものではない

妙に弱く感じた新チュートン騎士団も、変な事情がある訳でもなかった

総じて予定通りの行動が可能、そういう事で纏まった。

 

「俺たちはこの後、騎士団と共に【トラポート】で一旦ゴータへ行く。

その後はアイゼナハに向かう、世界が歪んでなければ一本道だ

迷う心配はねぇ、安心しろ

今日はアイゼナハを攻略、明日が城攻めだ」

会議はリーダーのその言葉で締め括られた。

 

 

 

なんとなく居心地の悪い空気の中、ぼんやりと外を眺める

車の運転席から見える外の風景は変わり映えしないもので、特筆するような物はない。

先ほどまでは畑で、その後は森林の風景ばかりだ。

車外に出て偵察してくれている<シオン>からも何も報告はないから安全に進めている。

となれば何か多少の会話くらい有った方が良いか、こういうのは好きじゃないんだが……

極力意識しないようにしていた、車内にいる身長2メートルはありそうな大男を見る。

背だけがひょろりと高いのではなく、幅も厚みも相応にあるしっかりした体格の大男だ。

剣を佩き、胸に紋章が付いた厚手の服を着て、ごついブーツを履いている。

【俺たち】ではない。

 

「少年、君は今年でいくつだ?良ければ教えてくれないか」

「はっ!自分は今年17歳であります!」

その姿から想像される声より少し高い声で少年が答える、声が若いのだ。

であります、この少年が山口県出身の人から日本語を教わったのでなければ

軍隊調の話し言葉という事になる。

誰がこんな言葉遣いを教えたのか、それとも本人がそういう言葉遣いが適切と思ったのか。

そして17歳?17歳の少年が良く鍛えられた身体で、天使との殺し合いに向かう?

まったく以って嫌な時代、嫌な世界になったと思わざるを得ない

俺が17歳の時など、今となっては全く役に立たない学校の成績で優越感に浸ってた頃だ。

17歳で異国の言葉で会話が出来るならこの少年は将来有望だったろう、それが……

勝手な事を考えた、これも全部【メシア教】が悪い

なんだかもうこの会話だけでうんざりして来た、なんでこんな事してるんだ

とはいえ話を振ったからにはこれだけで終わらすのも不味いと思った。

 

「そうか、若いな」

「恐縮であります」

 

会話が切れた。

大変日本語が上手い、だからこそ会話が成立して、だからこそ居心地が悪い……

前方ではこの車と同じように【一反木綿】型の式神に牽引されてる車の様子が見える。

あちらはずいぶん気楽な様子だ

あっちは【俺たち】だけだもんなぁ、とはいえ割り振り上これは仕方がない事だ。

それに【俺たち】だけで固めたあの車は最前列で周囲を警戒するという役割もある、

遊びで割り振られたわけではないし、いざという時は特に危険な配置だ。

そんな事を逃避気味に思っていると会話が切れたのを<ライコー>がフォローしてくれた。

 

従騎士(エスクワイア)、もう少し肩の力を抜きなさい。

我々はまだ戦場に辿り着いてすらいないのですから」

「はっ!ありがとうございます」

少し肩の力を抜いたかのように見える大男な少年、もしかして緊張していたのか?

いまいち外人の顔は分からない。

 

俺たちは今、リーダーの所持する一反木綿に牽引させた車でアイゼナハへ向かっている。

まともに稼働する自動車という貴重品を使う訳にはいかないので、ある物での工夫だ。

車は現地で調達した。

ゴータからアイゼナハまでは西に30キロほど、徒歩で向かうには距離がありすぎた。

そしてこの同乗者は、新チュートン騎士団の人間だ

見習い騎士だか従騎士だか名乗っていたが、さっぱり頭に入って来なかった

覚醒者なのは覚えている。

向こうの団長に「ぜひ近くで学ばせて欲しい」と頼まれ押し付けられた人だ、

この少年以外にも複数人そうやって押し付けられた

この若い大男が俺の専属という事になっている。

学ばせてと言われても困る、パワーレベリングでもすればいいんだろうか?

所謂パワーレベリングは効率が悪すぎる上にそれで何とかレベルを上げても

スキルの習得には繋がらないせいで「微妙に強さに繋がらない」として

【俺たち】の戦闘要員志望からは避けられる傾向にあるんだが。

 

その後、いくらか話を振ったが弾まず

さほど広くない車の中で、他人と接する息苦しさを感じただけの移動時間だった。

俺が分かったのはこの少年が一神教の敬虔な信徒である事くらいだった

それだけ分かれば十分かもしれない。

 

 

 

アイゼナハの攻略は日が明るいうちに予定通りに終わった。

 

例え教会内というそこそこ有利な場所に陣取っていても

レベル10前後の天使【エンジェル】が多少強化される程度、ボスという程でもない。

手始めに一つの教会を攻略した後は【俺たち】の半数が複数の教会を襲撃するのに分かれ、

もう半分がヴァルトブルク城から援軍が来た場合に備え、都市南側で待機、と

こんな風に戦力を分ける余裕まであった。

前者を教会襲撃班AとB、後者を待機班と便宜的に呼ぶ、今日1日だけ使う呼称だ。

俺と聖女ちゃんのペアは襲撃班Aだった。

十数体出てきた天使を<ユキ>の【マハムド】で纏めて消し飛ばすのは爽快感があった。

この数の天使をその教会で維持してるからこその弱さだったと言って良い

その分、教会から得られる一体辺りのMAGが分散されるからだ。

【半終末】と言えどこの辺りの【GP】はまだそれほど高くない。

だからこそ低レベル天使を召喚する事を優先したのだろう、

【GP】に見合わない高レベル天使を召喚するよりそちらの方が負担が小さいからだ

そしてレベル10前後の天使でもこの地では大きな顔が出来るくらいに強い戦力だった。

十分通用する質があるのだから後は数を用意する、効率的な話だ。

敵は効率を重視する、その効率のせいで人類は効率的に苦しめられるが

同時にそのおかげでまだ人の手に負える敵で済んでいて、まだ勝てる。

これが良い事なのか悪い事なのか悩むところだ。

そして今、俺は

 

「そうかそうか、今まで頑張ったなぁ、どうだ?うちの子になるか?」

猫を口説いている。

 

 

【アイゼナハ攻略】後、速やかに行う事と決められた事があった

アイゼナハにおいてしぶとく逞しく生き残った方々への周知だ。

本命であるヴァルトブルク城攻略前に、俺たちを【メシア教】だと勘違いした人々が

決死の覚悟で攻撃してきて反撃で皆殺しにしました、では験が悪い

そういう話になり、じゃあ攻略後はこの辺りの人たちを見つけて

「俺たちは敵じゃないですよ~」という周知と、何かあったら嫌だから避難してもらおう

そういう事になった。

どうせ今日はここまでで、城攻めは明日から始まるのだからそれでなにも困らない。

見つけた人数が二桁までだったら今日中にゴータに送り届け、

それ以上だったらひとまずは都市内の適当な所に避難して貰う事となっている。

城攻めが終わるまでの一時的な避難だ

この避難等は新チュートン騎士団の人たちがやってくれるらしい、ありがたい事だ。

 

だが問題があった、アイゼナハの方々は【メシア教】と悪魔から隠れて生活をしている

それを見つけ出すのは骨だ。

これまで度々ゴータまで足を運び「アイゼナハの生き残り」を名乗って

【穏健派】から医療品等を受け取っていた人たちがいたらしいのだが、

その人たちも生活をしている具体的な場所は漏らさなかったと聞く

「騙りではないか?」と思わないでもないが【穏健派】は信じて与えていたらしい。

居るのか居ないのかすら曖昧な人たち、これを探す事になった。

 

 

という事で発見した地元住民の猫(名前はミア、黒、二歳の女の子)を口説いていたんだが

「振られましたね、主の主様」

「振られたんじゃない、あの子には帰る所があっただけだ」

ゆったり歩いて立ち去る黒猫のミアちゃんを見送りながらの会話である。

通訳をしていた<ケットシー>は何言ってんだこいつ、と言いたげな顔をこちらに向けた

ちょっと視線が痛いので<ケットシー>の頭を撫でて誤魔化す。

ま、まあ、最低限の目的は達成できたから……。

具体的には現地の人間が住んでいる所をいくつか聞けた。

 

「という事で参謀、地元住民からの情報を副団長にも伝えるように

これからそこへ向かう」

「了解いたしました」

歩きながらスマホを片手にささっと文面を打ち込む聖女ちゃん、早い。

「団長殿!恐れながら質問します!」

突然大声で少年から話しかけられた、なんだ?

「質問を許す」

「猫の言う事を信じるんでありますか!」

何を言ってるんだ、君は……。

「疑う理由があるのかね?」

俺は猫と種族的に仲が悪くなった覚えはないしあの猫とも因縁を抱えてはいないぞ

特にあの猫は【覚醒】しているから頭も良い、俺とのレベル差も感じてるはずだ

レベルが高い存在から変な恨みを買いたいとは思わないだろう。

ご飯もあげたし。

「はっ?しかし!……」

「どうせ他にあてはないのだ、罠だったとしてもそういう情報を得られるという事だ」

微妙に納得できないようだ、そこでようやく気付いた。

考えて見ればこの少年、【COMP】を持っていないから悪魔との会話が出来ないのか

なら俺が<ケットシー>を間に挟んで行った交渉を理解できなくてもしょうがない

あとでこの少年に【COMP】を一つプレゼントするか。

【俺たち】が現地民に供与しても良い仕様の【COMP】を何台か購入しておいたのだ。

 

最近は【悪魔召喚プログラム】に色んなアプリやパッチが当てられて

【俺たち】仕様と現地民仕様ではっきりと差が生まれてきた

俺の【COMP】にはレベル制限と召喚や契約の数の上限を緩めるパッチを当てている。

現地民仕様ではこれらのアプリやパッチに制限があり、

【ハンターランク】なるランクを上げないと購入する事も出来ないらしい。

【ハンターランク】については詳しい事は知らない。

「現地民覚醒者の労働意欲を刺激するための【現地民向け基本アプリ】」と聞いている。

この少年に渡す事になる【COMP】にも【ハンターランクアプリ】が入っているはずだ。

 

スマホから目を離した聖女ちゃんが顔を上げる。

「団長、副団長との情報の共有を行いました」

「よろしい、行くぞ」

それはそうとこの少年、どこかに押し付けられんかなぁ

【俺たち】でも悪魔でもない人と接すると落ち着かないし

この口調、なんか疲れる。

 

 

黒猫の言った通りの場所に数十人ほどの集団がいた、やはり猫は信じられる。

外から見たら何でもない崩れかけた家に分散して隠れていた。

早速少年が前に出て身振り手振りしながら大声で何やら語り始めた

とはいえその集団は全くこちらの事を信じていない様子だ。

武器こそ向けてはいないが遠巻きに見つめ、いつでも逃げられるようにしている。

いや女子供を逃がそうとしているな?子供の手を引いて足早に去る女性の姿が見えた

男たちが話しを聞くと見せかけて前に出て、その隙に女子供を逃がそうとしているのだ。

こんな世界ではこの警戒心が普通なんだろうな

そして同時に彼らがこんな世界になってもその善性を失っていない事の証でもある。

 

廃墟の街中を進み、ようやく見つけた人々だが残念ながら俺にはドイツ語なんか出来ない

同行していた少年が何やら強い口調で彼らに語りかけているがその内容もさっぱりだ。

ただ少年の言葉に彼らが心打たれた様には見えなかった

それどころか彼らから少々人間不信の気配がする、怯えに近いものを感じた。

こちらも既に応援の人を呼んでいるが、それもどこまで効果があるわからない。

 

歩いた街並みを思う、道路は至る所が剥げていて攻撃魔法の跡があった

天使以外の悪魔もそれなりにいたのだろう、その攻撃跡の種類は多い。

建物の多くは崩れ、いかにも廃屋と言った有様であり中には火を放たれたらしき家まである

これは人か悪魔かどちらがやったのかすらもわからない。

飲食店やスーパーの類は完全に荒らされた状態だった、缶詰一つ落ちていない

それこそ彼らのような生き残りが食糧を回収したのだと思う。

笑える事にレジから現金まで無くなっていた、これは人がやった事だろう

その店内で所々に見つかる弾痕や武器の跡から人間同士の戦いもあった事が伺える。

街中では暴力の痕跡が色濃く残っているのに死体はまったく転がっていない、

それは悪魔が喰らう。

その悪魔も多少見つけた、殆どが【ゾンビ】や【ガキ】で知能は低く交渉の余地はない。

文字通り「話にならない」存在だ。

 

この【ゾンビ】の殆どは死体や人の感染からの変化の【ゾンビ】ではなく、

最初から悪魔として顕現した【ゾンビ】だった、こういうのには【リカーム】しても無駄だ

そんな【ゾンビ】があちこちでうろちょろしている

街自体が【ゾンビ】がいるのが当たり前の街になってしまったのだろう

悪魔としての【ゾンビ】が自然に湧くくらい属性が寄ってしまったのだ。

遠くに着弾した【ICBM】による呪術的霊脈汚染、そして人の認識とMAGがそうした。

 

「終末らしい街」、そんな風にすら思った。

こんな環境じゃ易々と人を信じる事なんて出来ないよなぁ。

 

 

「団長、私たちはもう十分働いたと思います」

埒が明かない話し合いに見ているだけで疲れた様子の聖女ちゃんが言う。

彼らに伝えるべき事はもう伝えたのだから自分たちは撤収しよう、そう言いたいのだ。

内心で同意する。

そうだな、あの様子なら俺たちに攻撃を仕掛けてくるって事もないだろう。

見た所数人覚醒者がいる、多分この集団を守っていた人たちだ、その彼らも

悪魔を連れ、武装をした見慣れぬ存在である俺たちに先制攻撃を仕掛けて来る様子もない。

覚醒によって得た力の万能感に身を任せず、理性的に身を律してるのだと思っていい

それなら懸念していた様な事故は起こらない、こちらの事を避けるはずだからだ

これだけ分かれば満足すべき成果だと言っても良いはずだ。

 

「じゃあ撤収しま」

すか、と声を出そうとしたら、そっと逃げる人たちの中から一人の老婆の姿が見えた

黒猫のミアちゃんがその横を歩き時折見上げ、老婆を気遣っている様子が見える。

そういえばあの猫には場所を聞く時に「悪いようにはしない」と言っていたな……

ここはあの猫が気に掛ける人物がいる所で、それを俺に教えたのか。

猫の事だ、きっと普段からあの老婆からご飯か何かをもらっていたのだろう。

「悪いようにはしない」、俺のその言葉を信じたのか、あの子は……。

「どうかした?」

言いかけて止まった俺を気にした聖女ちゃんがこちらを見つめた。

「ちょっとする事を見つけました」

……しょうがない、少し手間をかけよう、猫の分の義理だ。

 

 

「<ライコー>、今回は雨は降らさなくていい」

頷く<ライコー>、雨で体を冷やして体調を崩されても困るしな。

住民の方々の家の近くにちょっとした畑のようなものを見つけた。

多分、成長が早い作物か何かを育てているんだと思う

これをきっかけに居場所がばれるかもしれないが、人は食えなくても死ぬ

そういう判断だろう、理解できる。

その畑にシャベルで小さな穴を掘り、いざという時の為に持ち込んだ種芋を埋める。

俺は「何かあって帰還が遅れた時の食糧係」としての役割も期待されていたので

こういうものを持ち込んでいた。

 

柏手を打ち頭を下げる

結界で何か区切ったりするのも面倒だ、この程度で良い。

どうせ大した広さでもないし何でもない普通の作物だ、力任せでどうにでもなる。

埋めたばかりの、縦に三分割になるように切った種芋があった辺りの土にMAGを注ぎ

【五穀豊穣】を祈った。

 

小さな芽が出てきた、その芽が徐々に大きくなり太くなる。

水があった方が良いだろうと感じた、<ホレのおばさん>を召喚する事にする。

こんな事もあろうかと増えた召喚枠に入れておいたのだ。

「【召喚】<ホレのおばさん>、芋が育つように水をやってくれ」

初めての召喚がこんな用件ですまんな、そんな事を思った。

現れた<ホレのおばさん>は何も言わずに水を生み出し、畑に撒いた。

 

ぐんぐん育ち、芽の高さが20センチほどになる、多分普通なら間引きとかする時期だ。

それを無視して更にMAGを注ぎ大きくする、もはや芽でなく立派な草と言った姿になる

葉が大きく、青々としている。

更に育ち、少し紫がかった白っぽい小さな花を咲かせ、散る

そして早回しするように青々とした草が黄色く、枯れかけたような元気のない姿になった

??

感覚的にはこれで良いらしい、じゃが芋ってこんな状態で収穫するの?

そういうもんなのかな。

 

 

いつの間にか場が静まっていた、こちらを遠巻きに見る人々の中にいる少年に呼びかける。

「少年!」

「は、はいっ!」

慌てて駆け寄ってきた少年に言葉を投げかけた。

「収穫は少年に任せる、出来た芋は全て彼らに与えるように」

「了解しました!」

返事と同時に少年は芋の茎に飛びつきぐいっと力任せに引っこ抜こうとする、千切れた。

今度は少し穴を掘ってから根を掴むように引っこ抜く、

少し土も巻き込んで引っこ抜かれ、ジャガイモが収穫された。

 

歓声が上がった。

 

 

 

夜、燃えるものがないのに燃え盛る奇妙な焚火の前で座っている。

魔性の火だ。

物が燃える時のぱちりぱちりとした音がない焚火というのは風情に欠けるものだな

そんなどうでも良い事を思いながら揺れる火と影を見る。

「お手柄だったな、団長」

インスタントコーヒーを飲みながらリーダーが俺にそんな事を言った。

リーダーは酒ばかり飲んでいる印象があるが野営中は控えるらしい

この場には現地の人たちがいないからか、いつものぶっきらぼうな口調だ。

安心する、この人に敬語で話しかけられると妙に落ち着かないのだ。

リーダーの近くに<ワン太郎>がいない、その事に少し違和感を覚えた。

今日に限らず、しばらくは敵の動きを察知出来るかが俺たちの生存に関わってくる。

そのため<ワン太郎>含む偵察が得意な式神や仲魔の何人かは

城の見張りや敵の予想進路上へと偵察に行っていた。

 

「お手柄、なんですかねあれ」

あの後、何故か大きい畑まで連れ出され散々芋を量産する事になったのだ、その事だろう

それで信用を得られたようで更に周辺の生き残りが集まりまた芋を作った。

話しを聞いてくれる程度の関心を集めたかっただけだったのだが

途中から纏わり付かれて離してもらえなかった。

最後の方は芋以外の見た事がないような野菜類まで作った。

戦闘よりもMAGを消費している。

あんなに使うならもうちょっと効率を考えたやり方を……いやそこまではしなくていいか。

たっぷりの芋や野菜を背景にした説明はそれまでとはまるで違った説得力があったらしい

現地民の方々が「この街の天使が討たれた」という事を理解してからも大変だった

喜び走り回り、抱き合う人や泣いている人までいた。

よっぽどの害悪を振り撒いていたんだろうなぁ、あの天使ども。

滅んだ街並みを見ればわかる話だが。

 

「お手柄だとも、おかげで面倒な話にも殺し合いにもならなかった。

良い気分で晩飯を食って寝れるってもんだ」

まあ、ならいいです、そう返答するとリーダーは去って行った。

 

 

「ニャーン」

ぼんやりと焚火を見ていると<シロ>と<ホレのおばさん>が帰ってきた。

「おかえり」

伸ばした手に軽く頭を摺り寄せて、それで満足したのか<シロ>はどこかに行った。

「<ホレのおばさん>も悪かったな、手間だったろ。飴いるか?」

俺の言葉に<ホレのおばさん>は手で飴を断ってから、ヒッヒヒと笑う

「別にいいさ、これくらい。

たまには人に感謝されるのも悪くないからねぇ」

<ホレのおばさん>には現地民の人たちの貯水タンク等への給水をお願いしていた、

<シロ>はそれの護衛だ、この場にはいないがあの少年と一緒に周っていたはずだ

生きる上で水は必要なものだ、感謝は十分されただろう。

 

「しかしあれだね、この街の人間はあんたの事を「聖ゲオルク」ではないか、と言ってたよ

ゲルマンの地で旅人が豊穣を齎したならまずは「ヴォーダン」じゃないのかねぇ」

<ホレのおばさん>のその言葉に苦笑してしまう。

【聖ゲオルク】は竜退治の聖人だ、

捕らえた竜で民を脅して改宗させた伝説で有名な聖人で、農民の守護聖人としても伝わる

この聖人を由来にした人名、地名、国名まである、今でも人気がある聖人の一人だ

名前そのものが古い言葉で「大地で働く者」という意味があり農夫の事を指した。

加護を使って芋や野菜を作った事がそれを思わせたんだろう、

とはいえ【聖ゲオルク】は芋とは関わりがない人物だ、じゃが芋は新しい食べ物だからな。

そして【ヴォーダン】は言わずと知れた北欧神話の主神【オーディン】の事である。

【オーディン】のドイツ風の呼び方が【ヴォーダン】だとされている。

有名な神だ、俺的には「北欧神話版スサノオ」と言った印象だが

この理解の仕方であっているかは少し怪しい。

どちらにせよ、偉大な存在である事には変わりなく

俺程度じゃなぞらえる事すら恥ずかしい存在だ、関わり合いが無さ過ぎて反応にも困る。

 

「ヴォーダンは一神教の影響で死と戦争の神としての色合いが強くなったからな

北欧神話の方で豊穣神と言ったらまずはトール、あとはフレイヤ辺りが有名じゃないか」

恥ずかしいので話を少し逸らす。

「そうかねぇ、私にとってはヴォーダンは豊穣と嵐の神なんだけどねぇ」

【ホレのおばさん】も【オーディン】もどちらも【ワイルドハント】を率いて、

つまり冬の嵐と共にやってくる存在として伝わる

そして両者ともその暴風の後に豊穣を齎すのだ。

<ホレのおばさん>からすれば【ヴォーダン】もご同輩と言った感覚になるのかもしれない

俺が【オーディン】を「北欧神話版スサノオ」という印象を持っているのもこういう所だ。

ただの悪天候の神ではない。

 

「じゃあ私は帰るよ、次もこういう仕事が良いね

あんまり切った張ったは好きじゃないからさ、お婆ちゃんだしね」

【COMP】を操作し送還しようとするその手を一瞬止める

礼を言わねばならない事があった。

「ああそうだ、この外套、良い感じだよありがとう」

俺が今使っている黒い外套は、<ピクシー>やフロストたちが作った糸を

<ホレのおばさん>が織って布にして、それから作った外套だ

外国に行くと伝えたら急いで用意してくれた。

温かく着易く、【毒耐性】と【氷結耐性】を持つ、思っていたよりも良い物だった。

外套の表面を撫でるとどこかひんやりした質感をしている。

 

「止してくれよ、それは急場拵えの品さね。

次は娘っ子たちにもっと仕込んでちゃんとした物にするから、礼はその時にしておくれ」

<ホレのおばさん>は不機嫌そうな顔をしながら送還された。

<ホレのおばさん>とは徐々に打ち解けてきた気がする

その代わり最近じゃあんた呼ばわりになってきたが

 

 

 

夕食前の、そして本日最後の会議を終えて一息つく

会議というより情報共有と意識の統一の場という方が近い気がする。

いや会議というのはそういうものなのか?

その会議の場で仕入れたいくつかの事に思考を巡らせた

例えばそれはこの街の生き残りの合計が【半終末】前の街の人口の1%にも満たない事や

他の人が遭遇し撃破した【過激派】の覚醒者の存在の事だ。

生き残りの住民からの聞き取りで判明した事だがその覚醒者は元はこの街の住民で

天使に捕らえられ洗脳されて【神の戦士】とやらに成り果てていたのだという。

天使はこの街で度々【人狩り】を行っていて、その殆どが帰ってくる事はなく

その数少ない例外は全て洗脳され【神の戦士】と化していたと聞いた。

また街中にいた【ゾンビ】の数が少ない事から、

城の天使の戦力予想がいくらか上方修正される事となる。

湧いた【ゾンビ】や【ゾンビ】と化した人々を【ハマ】が得意な天使たちが狩り

それによってMAGが回収され、城に蓄えられた可能性が高いと見込まれたのだ。

人も【ゾンビ】も、天使の糧にされる。

 

【半終末】後の世界とはなんて破滅的なんだろうか、そんな益体もない事を思ってしまう

今更、本当に今更な話だが。

 

 

とはいえ、悪い事やうんざりする事ばかりが報告されたわけではなかった。

生き残った住民の避難が無事完了した事や、

何人かまだ蘇生が間に合う住民の死体が見つかり、後で蘇生をする事が決まった事、

それと住民に覚醒者の割合が多かった事などは良い事だったと思う。

確か、覚醒者が5人くらいに猫と犬が一匹ずつだ。

数百人しかいない母数の中でこの人数は大したものという事になる

この地が霊地の近くという事が良い方に働いたようだ

霊地の近くにいると覚醒しやすいのだ、その代わりそういう地は悪魔も湧きやすい。

他には「新チュートン騎士団」なるドイツで名乗るには変な名前の連中も

「実力はともかくとしてその戦意に不足はなかった」と会議の場で評されていた。

具体的にどういう働きをしたのかは知らない

だけど俺が何人か【リカーム】をする必要が生まれた位に彼らが頑張ったのは確かな事だ。

まあ実力なんてもんは適当に悪魔を殺していればある程度までは付くものだから

「戦意に不足はない」なら十分な評価と言っていいと思う。

 

こんな世界で、心折れずに前に出る事が出来る人たち

俺にとってその存在を認識出来た事は悪い事ではなかった。

きっとこういう人たちの中から英雄が生まれるのだ。

 

【穏健派】の予定通りに進んでいるならもう【司教】が「ドンレミ」に籠っている頃合だ

エアフルトで挨拶したあの聖職者も、避難民を守りながらどこかに移動しているはず

上手く行って欲しいものだ、こんな世界で無駄に消耗して良い戦力も命もあるもんじゃない

そんな事を思わせられた。

 

 

「あなた、タオルです」

「ありがとう」

野営中に風呂に入るわけにはいかない、熱い湯で温めたタオルで顔や首元を拭うのが精々だ

貴重な水を、というサバイバル的な話ではなく防具を脱ぐ事を避けるという話だ。

<ライコー>からタオルを受け取り目元と顔を拭く、これだけで幾分疲れが取れる気がした

肉体的な物ではなく精神的な物だろう。

「<ジャックランタン>はどうだ、なにか問題起こしてないか?」

「大丈夫なようです、真面目に働いていますよ」

ならよかった。

異界に湧いた<ジャックランタン>を火の係として召喚したわけだが、正解だったようだ。

この<ジャックランタン>、うちの異界内でも同じような事を仕事にしていたらしく

主に<ピクシー>たちからやれ芋を吹かせ、林檎を焼け、湯を沸かせ

そんな事を言われて仕事をしている間に見事

【<火加減上手の>ジャックランタン】という個性獲得に成功していた。

ちなみにレベルは9、個性とは、アイデンティティとは強さによるものではない

そんな事を確認する事になる。

目の前にある焚火も<ジャックランタン>によるものだ、

他の人の所も周って火を提供している。

 

<ライコー>も温かいタオルで首筋を拭う、その白い首筋をなるべく見ないようにしながら

俺の膝を枕にしてうとうとしている<ユキ>の頭を撫でた。

どうでも良いけどこの子、人に化けた時は髪は白くないんだよな、毛は白いのに。

艶のある美しい黒髪だ、<ライコー>が嫌がる<ユキ>を度々風呂に入れ手入れしていた。

明日が本番だ、<ユキ>の【マハムド】が活躍するだろう、頼りにしてるぞ。

そんな気持ちを込めて少女の姿になっている<ユキ>の頭をもう一度撫でた。

 

 

 




確実に再び登場しない人物設定
黒猫のミアちゃん
レベル1 スキルなし
黒猫、雌、2歳、ストレスと栄養不足で毛並みが悪い
ドイツのとある村の黒猫の末裔
ワイン樽に座ればワインを美味しく出来る力を持つがその事は本猫も知らない
主人公は「小さい頃にミアミア鳴いていたからミアなんだろうなぁ」と勝手に思っているが
聖母マリアから取られた由緒ある名前である
猫にはどうでもいい事だけど
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