英雄を屠るもの   作:アママサ二次創作

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第2話 ワシ使いの役目

「……あんたは?」

 

 ワシ使いと呼ばれた男が警戒の視線、というよりは怪訝そうな視線を目の前のスーツの男へと向ける。

 

 男が手にしているのは、ヘルメス・トリスメギストスという杖で間違いない。あるいはそのレプリカである可能性もあるが、いずれにしろ、彼はかつてそれを手放すとき、渡す相手に必ず破壊するようにと伝えた。それが別の者の手に渡って存在しているということ自体がありえないのだ。少なくとも、手渡した相手はともかく、常に男を見続けていた杖の創造主たる女性には未来が見えていたはずである。そしてその女性は、男がそれを手渡した相手こそが、全てを終わらせる、と。そう言っていた。

 

「話の前に、まずはこれを。君もいつまでも裸というのは心地よいものではないだろう」

 

 そう言って男が放ってくる袋を確認すると、中には下着から何か一式揃えられたような衣類が入っていた。取り敢えず服を着ろと。そう言いたいのだろうが。

 

「背を向けていてくれるとありがたいんだがな?」

「おっと、これは失礼。ではそうしておくよ」

 

 ワシ使いの言葉に、スーツの男はゆっくりと背を向ける。男が完全に背を向けたところでワシ使いは袋から衣類を取り出し。

 

 そして一瞬の後に、スーツの男の後ろを取り、その首に手をかけた。

 

「おや、何か僕が気にさわったことをしたかな?」

「なぜその杖を持っている」

 

 男の質問に、ワシ使いは男の持っている杖こそが問題だと、異なる問の形で突きつける。それにたいして、リラックスした状態で男は答えた。

 

「この杖は君に渡すためのものだ。僕には使えない」

「何?」

 

 男の答えに、ワシ使いは眉をひそめた。自分がその杖の守り手であった時期は、既に終わりを告げた。であるにも関わらず、杖を自分に渡すと、目の前の男は言っている。理解ができない。

 

「信用できないならば、こうしよう」

 

 そう言って男は杖をその場に突き立てると、ワシ使いに背を向けたまま歩き出し、少し離れた場所で立ち止まった。

 

「これで少しは信用できたかい?」

 

 そう言う男に答えず、ワシ使いは服を着ないまま、目の前に突き立てられたヘルメス・トリスメギストスの杖を手にする。

 

 そして、視界が光に飲み込まれた。

 

 

 

******

 

 

 

『守り手よ。いや、そなたの役目は果たされている。今はなんと呼ぶのがふさわしいだろうか』

 

 眩い光に目を閉じたワシ使いは、響いたその懐かしい声に目を開く。

 

「あんた……アレシア……」

『ワシ使い、と。そう呼べばよいか?』

 

 白く染まった空間でも更にほのかな光を放っているイスの女性、アレシアの言葉に、ワシ使いは首を横に振った。

 

「イカロスはもういない。今はただのアレクシオスで良い。それよりこれはどういうことだ? 俺は死んだはずだぞ。それとも俺のしらない何かがまだあったのか?」

 

 ワシ使い、改アレクシオスがそう問いかけると、アレシアと呼ばれた女性の反対側から別の声が響いた。

 

「あなたを呼んだのは私よアレクシオス」

 

 その声に後ろを振り返ると、別の女性が、アレクシオスにとってはつい先刻会ったばかりの女性が立っていた。

 

「レイラ……」

「久しぶりねアレクシオス」

 

 久しぶり、と。その言葉にアレクシオスが怪訝そうに眉をひそめるとそれにレイラが苦笑した。

 

「色々あったの。色々。あまり時間は無いけれど、まずはその話をしてもいいかしら」

「……ああ」

 

 アレクシオスが頷いたのを確認して、レイラは簡単に事情を説明し始めた。自分がヘルメス・トリスメギストスの杖をアレクシオスから受け取った後、何が起きたかを。

 

 アレクシオスから杖を受け取った後、自分が別の場所、北欧で別のイスの秘宝を発見し、暴走していたそれを停止させるためにアニムスダイブを利用しながら秘宝を停止させたこと。

 その後も、他の秘宝を巡ってテンプル騎士団の後継であるアブスターゴ社と争いながら各地の秘宝を眠らせていったこと。

 

 そしてその過程で、それまでは一切存在が確認されていなかった、神話にすら残っていなかった秘宝がテンプル騎士団によって発見され、それが起動されたこと。

 

 その影響で世界の全てが変わったこと。

 

 そしてその後、杖が力を失い自分も死に行く中で、後を託す存在としてアレシアと相談した結果杖に残滓の残っていたアレクシオスを選んだこと。

 

 大まかな状況の説明をした後、レイラはアレクシオスに今後どうしてほしいのか、という話を始める。

 

「つまり、レイラが出来なかった役目を俺がする、ということか。詳しく教えてくれ」

 

 最初に端的に内容を伝えたレイラに、説明を求める答えをアレクシオスは返す。

 

「そういうこと。あなただけじゃなくて、アサシンの末裔も、あなたがこの杖を手にした以上はいるはず。でも、私にもどうなっているかわからないの。私が死んでから何年がたったのかも、世界がどうなっているのかも」

『我々は記憶の残滓。ここにいるのではなく、あなたに伝えるために残ったにすぎない。あなたが去れば、我々も消える。もはや、かつての遺構の力は失われた。あなたは、新たなる遺構の力が発揮されるのを止めなければならない』

「どういうことだ?」

 

 アレシアの遠回しな言い様に思わずそう返すと、レイラがそれを補足してくれる。

 

「エデンの果実は2グループあったの。あなたや私、歴代のアサシンたちやアレシアが関わってきたのはそのうち1グループだけ。もう1グループはもっと深くに隠れていた。というより1つ目のグループの大半が無力されるか起動されるかが覚醒のトリガーになってたんだと思う。世界を変えてしまったのはそのうちの一つよ。2グループ目のエデンの果実は、それまでとは違う力を持っていたの」

 

 エデンの果実、すなわち、かつて来たりし者、神々、イスなどと呼ばれる先代文明の残した秘宝。アレクシオスもその人生に置いて大きく関わったそれ。だが、2000年以上の生と関わりの中でも、そのような情報は無かった。

 

 そこで少し間を置くレイラに、アレクシオスは先を促す。全く話についていけない状況で、質問するのも無理な話だ。

 

「私達が触れてきたエデンの果実は、支配するためのものだった。それは良いわね?」

「ああ。おおよそわかる」

 

 レイラの問いかけに、アレクシオスも頷く。ヘルメス・トリスメギストスの杖も世界を支配する力を持つ秘宝であるという話であったし、他にもアサシンの末裔たるデズモンド・マイルズが手にした秘宝も人の思考を支配する力を持っていた。

 

「2つめのグループのエデンの果実は、人間を進化させる為のものだったの」

「進化させる?」

「ええ、そう。例えば―――」

『継承者よ、時が来た』

 

 アレクシオスに、実際に何が起きたのかを。世界がどう変わったのかを説明しようとしたレイラだが、そこでアレシアに静止された。

 

「ありがとうアレシア。ごめんなさいアレクシオス。私の口から説明する時間が無くなってしまったわ」

「おい、ちょっと待て。中途半端で放り出すつもりか」

 

 思わず詰め寄るアレクシオスの肩を、レイラを押して少し距離を取る。

 

「これについては、私の口から説明するよりも実際に見たりあなたが蘇った時代を生きている人に聞いたりしたほうが正確だから最後に回したの。それに、秘宝のありかや正体については私も把握できてない。神話にわずかに記録が残ってる程度で……。私にも時間が無かったから。だから、それはあなたにこの杖を渡した人間に聞いて」

 

 不満げながらも、アレクシオスは彼女の言葉に頷く。その姿が白く光に溶けつつあるレイラを見れば、もう時間が無いというのは理解できた。

 

 最後に、消えつつあるレイラはアレクシオスの手に一つの物を握らせる。

 

 身近な柄に、柄以上に長い刃。その軸は古代ギリシアの金属器とは思えないほどに洗練された形状をしており、事実古代ギリシアに作られたものではない。

 そんな、アレクシオスにとって馴染み深い、遥か昔に別れを告げたはずの、相棒。

 

「これは……壊れたはずだ」

「私が修理したの。最後にあなたに残すものをと思って。それと、ごめんなさいアレクシオス。またあなたにこんな役目を押し付けて」

「……そうだな。ようやく役目は終わったと思ったんだが」

 

 深い溜息をアレクシオスは吐き出す。そもそも、押し付けられた役目というのが非常に多い。まず、アレクシオスがレイラに託したことを、こうなっては自分でするしかないだろう。そして、それに加えて新しいエデンの果実の回収、あるいは破壊。これに関しては全て調査し、何が起きるか、何が出来るかを調査するところから始めなければならない。

 

 やることの多さに渋い顔になるアレクシオスに、レイラは言葉を続ける。

 

「きっとあなた一人では困難になるわ。だからまた教団のような組織を作る必要も出てくると思う」

「……アサシンの末裔がいるというなら、彼らと話してみる」

 

 アレクシオスが今後の事を話しながら答えると、レイラは首を横に振る。

 

「そうじゃなくて。あなたが一人じゃないなら、少しぐらいあなたの人生を楽しむ余裕もあるはずよ」

 

 レイラのその言葉に、アレクシオスは目を丸くした。人生を楽しむ、という考えは、アレクシオスの中には無かった。ただ杖の守り手として、そして世界中の争いを調べ、おさめるよう暗躍し。多くの死と出会い、多くの誕生とも出会った。

 

 その全ては、務めを果たすためのことだった。だから、自分の人生を楽しむと、そう思えたことは一度も無かった。少なくとも、最愛の人を失ったあのときから。

 

「あなたに役目を押し付けることになるけど、これは私とアレシアからのあなたへの贈り物でもあるわ」

 

 レイラがそう言うと、その隣にアレシアが並び、アレクシオスに微笑を浮かべて頭を下げてくる。

 

 アレクシオスの役目は、神の、かつて来たりし者の血をひいているという理由によるものだった。血脈というのは、本人に避けられるものではない。だが彼は、その役目を十分に、そして見返りを求めることなく果たした。例えそれに世界がかかっていたとしても、それは報いられなければならない偉業である。

 

 だから、第2の人生を。杖から解き放たれ、アサシンとしての役目はあるものの自由な人生を。そんな思いが、アレクシオスの復活を望んだレイラとアレシアにはあった。

 

 2人のその心遣いがわかり、アレクシオスも小さく笑う。

 

「必ず、役目を果たすと約束しよう」

 

 アレクシオスがそう宣言すると同時に、空間が、アレクシオス自身を含めて光に飲み込まれていく。もはや光に飲まれ、全てが見えなくなった時、最後にレイラの言葉が響く。

 

『あなたへの贈り物はもうひとつあるわ。楽しみにしていて、アレクシオス』

 

 

******

 

 

「おかえり。なるほど、杖を手渡すとはそういうことだったか」

 

 再度回転しながら現れた視界にアレクシオスが頭を抑えていると、そうじっとそれを見ていた男が声をかけてくる。男の視点から見れば、アレクシオスが杖を掴んだ直後吸い込まれるように姿を消し、杖だけがその場に輝きながら浮いていたという状態であった。そこから再び飛び出すようにしてアレクシオスが出現したのだ。

 

「これで、僕に敵意が無いと認めてくれたかな」

「……とりあえずは。手荒な真似をしてすまなかった」

「警戒心は『影に潜みし者』に最も必要なこと、だろう?」

 

 『影に潜みし者』。アレクシオスは知らないが、エデンの果実の起動とその後の超常黎明、混乱によってテンプル騎士団にも、そしてアサシン教団にも大きな混乱がもたらされた。その中でそれぞれに大きな影響を受け、伝承されてきたものを喪失したり、組織として変質したりしているのである。

 

 とはいえ、その名前からアサシンを指していることは容易に推測できた。

 

「……この杖は、昔は強力な力を持つ秘宝だった。俺はそれを託した相手に、確実に破壊するように依頼した。だから……あなたがこれを奪ったのかと邪推した」

 

 アレクシオスの言葉に、男は興味深そうに頷く。

 

「ふむ……。深い話はまた私の家に移動したあとでどうだろうか。取り敢えず、そろそろ服を着たらどうだろう」

 

 男の言葉に、自分の身体を見下ろしたアレクシオスは罰の悪そうな表情になって杖を突き立てて手を離し、左手に持っていた槍の穂先も地面に置いて先程男から渡された服に手を伸ばす。

 その直後。アレクシオスの手から離れた杖が上から順に塵となり、風に吹かれて消え始めた。

 

「これは……!」

 

 杖の消失に、思わずと言ったように男が声を出すが、アレクシオスは落ち着いた表情でそれを見つめていた。

 

「この杖は既に役目を果たした。もう力は残っていない」

 

 だから消えるんだ。

 

 そう言い終える頃には杖は殆ど残っておらずただ塵の山が杖の刺さっていた場所に残っているのみで。そしてその塵の中から光り輝く物体が飛び出し、アレクシオスの目の前まで浮かび上がった。

 

「なんだ……?」

 

 2人が困惑の目で見つめている間にも、その光の塊は形を変え始め、やがてその中から一羽の鷲が現れた。その鷲はアレクシオスの顔を見つめてにサンド羽ばたいた後、方向を変えて空高く舞い上がっていく。

 

「まさか、イカロス、イカロスなのか!」

 

 先程まで落ち着いていたアレクシオスが、今度は表情に隠しきれない喜びを浮かべて飛び上がった鷲を目で追う。遥か遠くまで舞い上がってしまったが、アレクシオスの常人離れした視力をもってすればそれが遥か昔に寿命で逝ってしまった相棒のイカロスであるというのは明白であった。

 

 喜びを抑えられないアレクシオスは、急いで男の用意してくれた服や装備を全て着込む。その見た目すらもアレクシオスには懐かしいものであったが、イカロスとの再会を急ぐアレクシオスはその事に気づかないまま全てを装備し終える。

 

 そして、懐かしい。2000年以上たっても忘れていない指笛をならした。

 

 それを聴いた遥か高空を飛んでいた小さな点がすぐに降下を始め、そのままアレクシオスのあげた前腕にとまった。ゆっくり手を伸ばしてその顎を撫でると、かつてのように心地よさそうに目を細めている。

 

 一人で長い時を生きた孤独なアレクシオスのところへ、最も時をともにした相棒が帰ってきたのだ。

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