アレクシオスがしばらくイカロスと戯れているのを、男はただじっと見ていてくれた。数十分、あるいは一時間以上。それだけイカロスとの再会はアレクシオスにとっては嬉しいことであり、ありえないと思っていたことなのだ。
じっと。その光景を見ていた男は、あるタイミングでゆっくりとアレクシオスに背を向ける。それと時を同じくして、男と同様に気配を感じ取ったアレクシオスはイカロスを空へと放ち、男の隣に並んだ。
「敵、か?」
「僕はこれでも敵が多くてね。君は戦うことは出来るのかな?」
視線を正面からそらさないまま男はアレクシオスに問いかける。男がここへやってきたのは、ただヘルメス・トリスメギストスの杖が反応を示し、それをそこに出現した者に渡すというのが男の役割だったからであり、アレクシオスがどんな人物なのか。何をしてきたのか何が出来るのかなどは一切知らないのである。
「問題ない」
「そうか。狙いは僕だろうが、自分の身ぐらいは自分で守ってもらわないと困るからね」
男がそう言った直後、木々の間から飛び出すようにして2人の人間が、更にその後ろに続いて2人、アレクシオスと男の方へと突っ込んできた。それを迎え撃とうとアレクシオスが『レオニダスの槍』を構えると、男が余裕そうに声をかけてくる。
「君は気づいてないだろうが、ヒドゥンブレードも用意してあるから是非使ってくれよ」
そう言われて自分の装備を確認して初めて、アレクシオスは男に渡された服がなんなのかを理解した。
白を基調にし、左胸のあたりから背中にかけて覆うのは裏側の生地が赤いマント。首の後ろにはゆったりとしたフードが溜まっており、それを被ることで顔の半ばまでが覆い隠されその正体が見えなくなる。上半身の装飾も相まってきらびやかな見た目とは裏腹に、足元は黒いブーツでシンプルに纏まっている。
そして両の手首、というよりは前腕部。それぞれに覆うように服とは別の革でできた腕甲のようなものがまかれており、その手のひら側に隠されているのは鋭利な刃。
アレクシオスも見覚えがある。かつて、その生涯をアサシンとして生き、平和をもたらし、穏やかに逝った。
教団の中では『最強のアサシン』と呼ばれた男の格好。
それは、言ってみればただの偶然だった。アサシンの伝承が半ば以上途絶えた現代において『最強のアサシン』の名は知られておらず、また彼の格好についての記録もまったくない。
だが、かつてのアサシンの格好と、その使用した武器だけはわずかに伝承されていた。それをもとに男が再現した現代の『闇に潜みし者』の装束。
それがくしくも、かつての『最強のアサシン』に近い形を取ったのだ。
「……ありがたく使わせてもらう」
2人がそう言葉を交わしている間にも敵は迫る。敵も、男も、無用な問答は交わさない。従順なる配下と絶対的な敵の2種類しか持たない男にとって自分に無言で迫りくる相手は敵でしか無く、相手にとっても男は絶対的な平和の敵であり、倒さねばならぬ相手であった。
「散開!」
敵の一人がそう言うと同時に4人のうち先行していた2人が左右に別れ、正面から突っ込んできていた2人が左右に別れ、遅れていた2人が正面から突っ込んでくる。
と。
正面の男のうちアレクシオスの立っている右側の男が、その手のひらから炎の塊を打ち出してきた。
「なんだ!?」
それを横に飛び退いて交わしたアレクシオスは、男の様子を再度確認する。火炎放射器のような武器を持っているようには見えなかった。持っているとしてもせいぜい暗器ぐらいだろうと。そう思えるぐらいには軽装の見た目をしているはずなのに。
得体の知れない攻撃にアレクシオスが警戒を深めていると、脳内に声が響く。
『あれは個性というものだよ』
それは先程まで隣に立っていた男の声で。アレクシオスがそちらに目を向けると男は地面から宙に1メートルほど浮いていた。その眼前に何度も炎の塊が飛来するが、全て男の眼前で何かに弾かれるように爆ぜて消える。
「浮いてる、のか……?」
『そうか。君は、個性が出現する以前からやってきたんだな。わかりやすく言えば超能力のようなものだと思ってくれれば良い。今は誰でもそれを使える。それより、前を向いたほうが良い』
言われて視線を戻すと、左右に展開していた敵が近距離まで迫っていた。それにたいしてアレクシオスは、自ら距離を詰める。右手にはレオニダスの槍を。左手には何も構えずに。
と。向かっている男の腕が本来のそれの数倍の長さまで伸び、本体の接触よりも先に迫ってくる。
「超能力……! 何でもありということか!」
“個性”は、超常の力、と言われる通り本来の人間の能力を逸脱した力である。そして基本的には一人一つしか持つことのない力だが、初めて見るアレクシオスにとっては、まさに相手が自由に超能力を操れるかのように思えて。
だからアレクシオスは、相手に何もさせずに決着させる事を選んだ。
警棒のようなものを持って迫って来た腕にたいして鋭く踏み込むと、レオニダスの槍を相手の本体に向かって投擲し、空になった両手でアサシンブレードを起動させて飛び出した刃で相手の両腕を突き刺し、その攻撃を止める。
そして相手の頭上付近まで迫ったレオニダスの槍の力を解放して槍を掴み取れる位置までワープし、頭上から相手を強襲する。そして後ろから首を斬って殺した。
「アームズ! よくも……!」
更に、仲間が殺された炎を放っていた敵にたいしても槍を投擲する。が。今度は警戒していた男の炎で迎撃されて空中で弾き返された。
その槍のもとへとアレクシオスは接近し、構わずに今度は槍を別の方向へと投擲する。レオニダスの槍の力で、その持ち主であるアレクシオスは槍のもとへとワープすることが出来る。であるならば、何も一度の投擲で距離を詰める必要はない。
数度の投擲を繰り返して距離を詰めたアレクシオスは、何やら無線で報告か何かをしている様子だった敵の心臓を貫き、背中側から穂先を掴んで引き抜くという方法で確実に殺害した。
「腕は立つ、ようだね」
そう声をかけられて視線を向けると、男の方も既に相手を始末したようであり、興味深そうにアレクシオスの方を見ている。
「なんなんだこいつらは。テンプル騎士団か?」
「テンプル騎士団、というのが僕にはわからないが、おそらく君が思っている相手であっているだろうね。とりあえず場所を変えて情報交換、ということにしたいのだが……どうかな?」
男の提案に、アレクシオスはためらいなく頷く。絶対的に男が信用できるわけではないが、レイラの言葉通りであれば杖を持っていた男はアサシンの末裔だろうし、発言からしてもアサシンの事を知っている。ならばとりあえずの情報が収集出来るまではついていくのが正解だろうという判断だ。
男の方へ近づいていくと、男は森に向かって歩き始めた。
「“個性”とは一体何だ? 人間があれをやっているのか?」
「それを説明する前に、君がどこから来たのかを教えてもらいたい。どこまで知っているのかがわかれば説明もしやすいからね」
男のその言葉に、アレクシオスは答えるのをためらう。が。そもそも男はアレクシオスが遺構から出てくるのを見ているわけだし、自分の過去を語らなければ問題はないはずだ。
「西暦2018年までは知っている」
アレクシオスがそう言うと、男は興味深そうな表情になった。
「なるほど。西暦2018年、か。では既に300年以上は経っているというわけだ」
「300年も!? 何がどうなってるんだ一体……!」
驚愕するアレクシオスにたいして男は頷き、話し始めた。世界にいったい何が起きたのか。どう変わり始めたのかを。
******
始まりは、中国・軽慶市。そこで『発行する赤子』が生まれたとニュースが広まった。それを皮切りにして世界各地でも何らかの特殊能力、いわゆる『超常』を持つ子供が生まれ始める。
その力によって人は人としての形を失い。力を持つものは持たないものを虐げ。持たない者は持つ者を化け物として蔑み。社会は荒れ、荒廃し。もはや政府すらがその力を失った。
そんな中で、力を悪用し人々を傷つける犯罪者“
そして人々は、その超常の力が身近なものとなり、忌み嫌い、恐れ恐れられ、争う理由にならないようにと願いを込めて、その力を“個性”と名付けた。
先程アレクシオスに男が行ったのは、そのことである。
「その個性というのは……具体的にはどの程度の力なんだ? 何が出来る?」
「まちまちさ。例えば君が相手した2人は腕を伸ばす個性と手から火の塊を打ち出す個性だった。僕の方に向かってきたのは、放電する個性と、腕を増やすことの出来る個性だった。個性とは超常の力。つまりこれまでの法則が一切通用しない。だからどんな力があってもおかしくはないよ」
個性とは即ち、何でもありの力である。言ってみれば、『これより強い力は出現しない』『ここが上限だ』というようなラインなんて存在しない。世代よって一定の傾向はあれど、それより先が現れてもなんらおかしくないのが個性というものだ。
「じゃあ、あんたの個性は?」
「僕かい? 僕は個性を奪い、与える、という個性だよ。奪った個性は自分で使えるし、与えれば与えた相手が使えるようになる」
「……本当になんでもあり、ということか」
そう言って考え込むアレクシオスに、今度は男の方が話しかける。
「君の力は、個性ではないのか?」
「……あれは槍の力だ。俺にしか使えないが、槍が無ければ俺には使えないから槍の力というのが一番正しい」
「そうか……。そう言えば名乗っていなかったね。僕はオール・フォー・ワンと呼ばれている。君はワシ使いで、良いのかな?」
「オール・フォー・ワン? 変な名前だな」
はっきりと。そう言える人間というのは、もはやこの世界には存在しないだろう。だからこそそれが、男、オール・フォー・ワンにとっては新鮮で、思わず笑ってしまった。
「ははっ。そう言われたのは随分と久しぶりだよ。君がワシ使いと呼ばれているように、僕もあだ名だ」
「そうか。俺はアレクシオスだ。ワシ使いでもアレクシオスでも好きな方で呼んでくれ」
互い名乗りあった2人は、軽く握手を交わした。
「今世界がどうなっているのか知りたい。インターネットのようなものはあるか?」
「あるよ。世界が崩壊したと言ってもそれは随分昔の話だ。今はある程度安定している」
「ありがとう。それと……あんたもアサシン、つまりあんたの言うところの『影に潜みし者』、ってことで良いのか?」
アレクシオスがそう尋ねると、男は首を横に振る。
「残念ながら、『影に潜みし者』は既に途絶えているんだ。話だけは聞いているが、超常黎明の混乱の中でね。僕は僕で自由にやっている状態だよ。できれば、君からそのアサシン、とやらについて聞いてみたいんだがね」
「あんたアサシンじゃないのか。それは、困ったな」
アサシンとは。影に潜み。人々の間に潜み。知られることなく役目をまっとうする存在でなければならず。アサシンではない者にアサシンについて話すことはあってはならないのだ。もちろんアレクシオス自身はアサシンではなく、また違った形で役目を背負っている。ただ、アサシンではないもの相手には協力を頼みづらいのも事実だ。
だが、そのアレクシオスの懸念を見て取った男は状況を説明する。
「途絶えている、と言っても教義や過去の歴史については、というだけだ。少なくとも、自由のために秩序を破壊する、という信念は伝わっている」
そんな話を。今後どうしていくか、あるいはどういう思想が必要か。そんな話をしながら歩いていく2人の行く手には先程の敵が乗っていたであろう桟橋と。その上に浮かぶ黒い靄のようなものが待ち受けていた。
本文中にもある通り、本作内でのオール・フォー・ワンは、多少自分で好き勝手にしたり勝手な解釈を適用している部分はあれどアサシンの末裔であり、その意思も継いでいます。
アレクシオスの戦闘の部分はオデッセイのスキルのラッシュアサシンを参考にしています。今後の戦闘もこんな感じでスキルやモーションを参考にして書いていきます。