オール・フォー・ワンが部屋を去った後。取り敢えず卓上に残されていた食事を食べ終えたアレクシオスは、再び扉がノックされる音を聞いてそちらに顔を向ける。部屋の主であるオール・フォー・ワンは既に出かけてしまったかおらず、黙ってその扉を見つめていると静かに扉が開いた。
「失礼します、アレクシオス様。主より世話を仰せつかっております。私黒霧と申します」
そう言って恭しく頭、であろう部位を下げたのは、黒い靄のようななんとも言えない存在感を持った人物であった。
「あー……あなたのその靄みたいなのも個性か? あの島からここまで運んでくれた人、であってるよな。どうやったんだ?」
「はい。私の実体はこの靄のような部分です。詳しいことについては説明しかねますが……」
そう言って頭を下げた黒霧は、2つの端末を持ってアレクシオスのところへと近づいてきた。それは見た目上は西暦2018年と全く変わらない、大型のタブレットとスマートフォンだった。
「こちらの端末を情報収集のために差し上げます。こちらは連絡用です。主と私の連絡先が特別に登録されておりますので、決して紛失されませんよう」
「ありがとう。外出と、それにそこの扉の先なんかは勝手に行っても良いのか?」
「ここは特殊な立地にありますので、都市部などへの外出に際しては私に連絡をいただければお連れします。また現在の通貨もある程度お渡しします。屋敷内も自由にしていただいて構わないとの主の指示です」
言ってみれば至れりつくせり、と言ったところだろうか。自分達の拠点に引きずり込んだアレクシオスを拘束しようとはせず、情報も表面上は惜しげなく提供しようとしている。街に出ることも自由にさせてくれる、ということは情報を都合良いように制限しようとしているわけではないというのも理解できた。
「至れり尽くせりだな。ありがとう」
「それが主の指示ですので」
アレクシオスの感謝の言葉に、黒霧は慇懃無礼に頭を下げる。彼はあくまで主の指示をこなしているに過ぎず、アレクシオスを丁寧に接待しているのはオール・フォー・ワンの方針なのだ。
そして黒霧は、彼自身の言葉を続ける。
「主は……」
「うん?」
「主は、誤解を受けやすいお方です。一般的な倫理観も欠如している部分がかなりあります。ですが、主がいるおかげで救われている者がいるのも確かです」
黒霧が語るのは、配下から見た、魔王オール・フォー・ワンの姿である。オール・フォー・ワン自身の人を食った口調や行動からは見て取れない部分も、配下からすれば見えるところはたくさんある。
「私自身、かつてはヒーローとして。即ち主の敵としての道を歩んでおりました。ですが今は、主の道にも道理がある、と理解し従っております」
オール・フォー・ワンは、その方針も憧れも含めて基本的に暴力や力によって配下を支配する事を好む。だからいちいち彼自身の考えを説明などしないし配下への細かい配慮など払わない。言ってみれば彼もある種の暴君だ。だが、近い位置で見ていると外からは見えないものも見えてくる。黒霧はそれに理解を示していた。
一方黒霧の言葉を聞いたアレクシオスは、違うところに興味を示す。
「ヒーロー……それがオール・フォー・ワンの敵、か」
「どちらが悪い、というわけではない、と私は考えておりますが……だからこそどちらが折れることも出来ないでしょう。ですが」
そこで一歩アレクシオスへと距離を詰め、その隣に跪いて黒霧は続けた。
「主は、あのようなお方です。様々な事を力で解決しようとなさるお方です。だからこそ、主は独りです」
「つまり……俺に彼の友になれ、と?」
「友になれ、とは言いません。ただ主と同じ目線で隣に立てる者がいるだけで、主の大きな力となるでしょう」
黒霧の言葉に、アレクシオスは少しのためらいの後頷いた。紀元前のギリシアから西暦2018年まで。様々な敵と戦ってきた。中には人智を超えた、神話の怪物たちも多数存在した。オール・フォー・ワンから感じられる気配は、それらと比較しても十分に強力なもので。
だからこそ敵を前にしてもあれほど余裕を見せることが出来たのだろうし、これほど余裕な態度でアレクシオスを歓迎してくれているのだろう。
だからこそ、彼と同じレベルに立てる者がいないというのも理解できる。
だが一方で懸念もある。
「彼と同じ目線で世界を見れるように努力はする。だが、おそらく彼と俺の方針はどこかで食い違っている。絶対に対立するとは言わないが、道がどこまでも同じわけではない。だからこそ彼の進む先はこの目で見届けたいと思っている」
力によって支配から自由になることを望み続ける彼に対して、自分は秩序と自由の調和を目指そうとしている。そこには確実に差がある。だから、同じ道を行くことはない。
「それで十分でございます。主に存在するのは、敵対する者と私を含めて服従する者ばかりですから」
だが、それでも黒霧にとっては十分であった。
黒霧はそう淡々と伝えると、ついていた膝を地面から離し、再び直立した状態へと戻る。私人としての黒霧の言葉は伝え終えた。後は役目をまっとうするのみだ。
「他にも、必要なものがあればなんなりとお申しください」
「あー、じゃあ取り敢えず服を用意してもらえないか? アサシンの装束と言ってもこれは目立ちすぎると思う」
「何かご要望がありますでしょうか。無ければこちらでその装束と同様の特徴を備えながらも、よりシンプルで都市部に溶け込めるものも用意しておりますが」
「用意してるなら最初からそっちが欲しかったな」
「主は派手な物を好みますので」
「なるほど。じゃあ服をすぐに用意して欲しい。それと通貨を。その後街に出たい」
「かしこまりました」
長き時を越えて。時の流れの中に消えたアサシンが、胎動を始める。目覚めのときは、まだ、先のことになるであろう。
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「これぐらいシンプルだと都市部でも目立たないな」
「お褒めいただき光栄です」
食事の後アレクシオスが邸内の別の部屋で黒霧から受け取ったのは、黒のフード付きのロングコートにシンプルなシャツとインナー、暗色系のズボンであった。見た目としてはアサシンであるが、使用されている服は全て現代仕様のものとなっているため完全に人混みに溶け込むだろう。見た目としては産業革命期のロンドンで活躍していたアサシンの格好が一番近い。
「数日外出する」
コートの各部にまとめたアサシンとしての暗器類に加えて、受け取った通貨やタブレットを小さなバックパックにまとめたアレクシオスは黒霧にそう告げる。
「承知しました。ですが主が戻られた場合には何か連絡差し上げるかもしれません」
「そのときはすぐに戻る」
その後黒霧のワープによって見送られ、アレクシオスは都市部へと旅立っていった。
一方邸内に残った黒霧だが、戻ってすぐの扉のところで一人の少年が部屋の中を覗いているのを見つけた。自分が世話をしているもうひとりの相手であるその少年に、黒霧は腰をかがめて目線を合わせる。
「死柄木弔。何か御用ですか?」
「……あの人は?」
「外出されました」
黒霧の答えに是とも否とも答えることはなく、少年は重たい足取りで去っていく。その位置年前から変わらない後ろ姿に、黒霧はこれもまた解決出来ないかと、大きなため息をついた。