「なるほど。これは社会が大きく変わるわけだ」
オール・フォー・ワンの拠点を出てから半日ほど。東京という日本の中心都市を見学がてら見て回ったアレクシオスは、近くのカフェに入っていた。
半日で見たのは、アレクシオスがこれまで見たことの無いもの。異形異質の力を用いて犯罪を行おうとする者たちと、これまた異形異質の力を用いてそれを成敗する者たち。犯罪を行おうとする者たちをヴィランと呼び、それを成敗する者たちをヒーローと呼ぶ。それが、インターネットから仕入れた知識だった。
「ヒーローとヴィラン……。アメコミの世界だな。それを法制化したのか」
ヒーロー、と。そう呼ぶ存在は超常以前から確かに存在していた。創作の中で。創作の中だからこそ許されたそれを、この超常という異常事態の中で、社会は正常なものと認めた。
タブレットを探せば様々な情報が見つかっていく。そんなものはWikipediaや掲示板など一般に公開されている情報で十分だ。だがだからこそ、そこに何かしらの意思が混ざっていないかなど、情報の正確性や隠された事実など見なければならないことも多い。
そして得てしてそういう情報は、インターネットの濁流には流れていないか、流れていたとしても見つけ出すのが困難な場合が多い。だからアレクシオスは、自分の足でそれを探すのを好んでいた。
「よし、行こう」
この夜を科学で殺した現代において、夜というのは過去と比べてむしろ影に動く者たちが暗躍する時間である。かつてのそれは完全な暗闇として潜むものすら排除していたが、今は適度に潜むことの出来る闇が広がっているのだ。
カフェを出たアレクシオスは、その足で夜の街へと繰り出す。見て回るのは、一般人の中でも一部の者しか利用しないような夜の街に、明らかに表の明るさから切り離されたような暗い路地。そして、隠れ家的なバーやクラブ。そうした場所は、かつてのアサシン達も好んで隠れ蓑としていた場所だ。現代のヴィランという存在が日陰者であるなら、そうした者たちの隠れ家としても利用されている可能性が高い。
夜半になっても途切れぬ人並みの中をくぐり、フラフラとした足取りで絡みやすい人間を演出して比較的暗い場所を歩いていく。
ただ、そういう場所こそ犯罪が起きやすいというのはヴィランを取り締まる立場であるヒーローも承知していることであるため、夜の街や人通りの少ない通りなどでは見回りのヒーローとも数度すれ違った。時折不穏な気配が現れたものの、見回りのヒーローの接近によって消えていってしまった。
とはいえ。そうしたヒーローの見回りも、完全に路地に入ってしまうと途絶え。代わりに明らかな不良少年といった風体の少年たちがたむろしていたり、表の人間では無い風体の人間とまれにすれ違ったりしていた。
そんな中をゆっくりと歩いていたアレクシオスに、頭上から声がかけられる。
「そこのフードの男。とまれ。動くな」
声に対して、アレクシオスがフードの下から頭上を見上げると、壁と壁の間に張られている電線の上に、一人の男が乗っているのが見えた。
「なぜだ? この先に何かあるのか?」
「お前、見ない顔だな。そこから先は表の人間の踏み込んで良い領域じゃない。おとなしく引き返した方が良い」
「ふむ」
そこでアレクシオスは思案する。男の言葉はすなわち。このさきにはヴィランの集まる何かがあることを示していた。ならば。進むしか無い。
「俺は表の人間ではない、と答えれば先に進んでも良いか?」
「……お前がヴィランだとでも?」
「そういうわけでもないさ。ただヴィランに興味を持っている。取材、のようなものだな」
あながち間違いでもない。まさしく、ヴィランの立場からどのように社会が見えているか、何故ヴィランとなったのか、ヒーローに関してどう思っているのか、という情報を集めるために、ヴィランの中に入り込んでみようとしているのだ。
と。直前まで頭上の電線の上に見えていたはずの男の姿が忽然として消えた。直後アレクシオスは、背後からの気配に前方に飛び込みながら背後の空間をレオニダスの槍で切り裂く。確かな手応えがあった。
「ほう……。確かに表の人間ではないな。それに腐った偽善者でもない」
「瞬間移動、の個性か?」
「そんな大したものじゃない」
アレクシオスの問いかけに男は背を向けて路地の奥に向かって歩き始める。ついてこいと、その背中が言っているのに気づいたアレクシオスは、黙ってその背中に続いた。
「合格か?」
「最近偽善者どもの詮索がうるさくて敵わん。警戒するのも当然だ」
「そのあたりも詳しく聞きたいんだ。とにかく今の社会に疎くてな」
アレクシオスの雑談に、男は答えることなく口をつぐむ。男の役割は、この先にあるヴィランたちの酒場のマスターから依頼された警備であり、他のヴィランとの問答は役目ではない。必要ないことはしない主義なのだ。
やがて、他のヴィランとすれ違いながら歩いた2人は、屈んでやっと通れるぐらいの高さの扉の前で足を止める。
「この先だ」
「地下に潜っている、というわけか」
「中には別の警備もいる。奇妙な真似をしてみろ」
「わかってるさ。じゃあな」
男の言葉を途中で遮って、アレクシオスはその扉を押し開く。通った後の扉は、小さな音とともにピッタリと閉じてしまった。更に、アレクシオスがしばらく歩くと後ろで壁が動いて通路が塞がれていく。
アレクシオスを逃さないため、というよりは。
「ルートが毎回変化するのか。こったつくりだな」
外部からの侵入者を防ぎ、また密偵が入った場合にもさらなる侵入を防ぐためのからくりだろう。大都会の地下に、どうやってこれほどまでの施設を作ったのか、というアレクシオスの疑問はしばらく後に解決されることになる。
暗い通路沿いに進んでいくと、やがて奥まった位置に看板が出ているのが見えてきた。短く『Bar』と。それだけが書かれている看板が指し示す先には、コンクリートを打ちっぱなしの廊下と比べて幾分か飾られた扉がある。
その扉を開いてアレクシオスは、室内へと入った。
室内はいわゆる普通のバーのような様相を呈しているが、それなりにいる客はほとんどが、普通とは言えないような見た目をしていた。奥の方には、それぞれに下顎と両肩が異様に発達した2人の大男がカードで遊んでおり。
入り口付近の机を占領しているのは、全員が似たような剥き出しの歯を書いたマスクをしている10人ほどの男たちの集団だ。
他にも、仮面をつけ妖艶なドレスに身を包んだ女性や、シルクハットを目深に被ったタキシードの男など、数名の客がカウンターやテーブルで酒を嗜んでいたり、数名で話したりしている。
そんな中に、アレクシオスは一人踏み込んだ。一見全く気にしてない素振りをしながらも、室内の全員がアレクシオスの方へと注意を傾けているのがわかる。
ここはヴィランが集まる場所。ヒーロー達は一枚岩だが、ヴィランはそうではない。ヴィランがヴィランを攻撃することだって普通にありえる。ここはそれを禁止している集会場ではあるが、それでも。ヴィランたちは、自分の身は自分で守らなければならないのだ。
「ウイスキーをロックで1杯」
「はいよ」
カウンター席についたアレクシオスは、バーテンダーに注文し、注文が届くまでの間、他のヴィランたちの様子を伺っていた。
そして。ウイスキーで唇を濡らした後、マスターに向かって話しかけた。