「マスター。ちょっと聞きたいんだが」
「なんでしょうか」
カウンターの向こう側に1人で立っている人物は40代ほどの、細身をバーテンダー用の制服に包んだ男性だ。穏やかな顔つきでアレクシオスの言葉に答える。
「ヴィラン、ってなんだ?」
「……ふむ。何やら事情がありそうなご様子ですね」
アレクシオスの発したヴィランという言葉に、室内の緊張が一気に高まる。ここにいる客たちは、自分がヴィランであるということを正確に認識している。だからそれを、この場でわざわざ口にするのは、何らかの意図があるとしか思えない。
「これといった事情があるわけじゃないさ。ただ……今現在のヒーローのあり方とかヴィランのあり方とか。個人的に調べたいと思っててな」
「なるほど……そういうことですか。でしたら、私はお力になれそうにありません。私はただのバーテンダー、ですから」
「なるほど。不躾なことを聞いてすまなかった」
「いえ、ご希望に添えず申し訳ありません」
こうすることで、バーテンダーはただ店を経営しているだけ、という体裁を取ることができる。ヴィランの集まる店としては当然の対応だ。
マスターとの短い会話の後。アレクシオスが次の酒を頼んでいるとその後ろに立つ気配があった。それに気づかないふりをしてアレクシオスは、そのまま酒を楽しむ。
「おい、あんた」
そんな様子にしびれを切らしたのか、後ろの気配の1つが話しかけてきた。
「ん?」
あえて今気づきましたと言うようにアレクシオスはゆっくりと振り返る。後ろには奥の方の席でカードを遊んでいた2人が立っていた。
「遊びに来たのなら帰れ。ここは堅気の来ていい場所じゃねえぞ」
「それとも、何か集めたい情報でもあるのか?」
席を立って振り返ったアレクシオスの正面に立った2人は、それぞれの異形化した部位を見せびらかすようにアレクシオスを威圧する。
「俺は堅気の人間じゃない。集めたい情報があるってのはまさにそうだな」
「ほう? なら言ってみろ」
アレクシオスの集めたい情報という言葉に、2人は僅かに殺気立つ。日本中に、こうしたヴィランたちが影に潜みながら生活するためのスペースというのは存在する。それらは外界からの干渉を拒み、ヴィランたちの生活を支えてきた。
だが近年。そうした場所はどんどん失われつつある。
表で暴れるヴィランの数が少しずつ減りつつあり、必然ヒーローのターゲットがこうしたヴィランの集まる場所へと移りつつあるからだ。
ヴィランの側とて、全ての私生活を隠蔽し完全に影に潜むようなものはあまりいない。普段は表の世界に住処を持っており、ヴィランとして何かをするときだけ闇に潜る者も多い。そのため、ヒーローが本気を出して探し始めると見つかる可能性が高いのである。
今室内にいる殆どのヴィランには、アレクシオスがそうしたヒーローの調査班の1人に見えていた。
「あんたらは、なんでヴィランになったんだ? 何をしてヴィランと呼ばれるようになったんだ?」
「あ゛? ふざけてんのか?」
「俺は本気だ。社会の本質を見抜くためには、それぞれの言葉の定義をもう一度見つめ直す必要がある」
2000年も生きて。何が正義か何が悪か。時には正義と正義がぶつかり、暴力と暴力がぶつかり。そうやって人の社会は続いてきた。形の見えぬ言葉が社会を作り、そこでまた新たな戦いが生まれる。
そうした戦いの真の意味を。真に進むべき道を見極めるには、今一度自分の目で社会を見つめ直さなければならない。
飄々とした様子のアレクシオスに対しヴィランたちが毒気を抜かれた表情をする中、傍観していたマスターが口を開く。
「お客様、店内での揉め事はご遠慮願います」
先程の穏やかな空気と似ていながら、内部に秘められた刃の切っ先が覗くような声。それを聞いたヴィラン達は、気まずそうにアレクシオスから顔をそらした。
「……悪い。ヒーローかと疑った」
「ああ、そういうことか。俺の方こそ紛らわしい話をして悪かったな。せっかくだから酒の1杯でも奢らせてくれ。ついでに話を聞かせてくれるとありがたい」
「そりゃあ、断るわけにはいかねえな」
アレクシオスの酒をおごるという言葉に、ヴィラン達の表情も明るくなる。
ここまですべてが、アレクシオスの狙い通りだ。
あえて疑われるような言葉を口にし。絡んできた相手を上手く丸め込んで話を聞く。相手に警戒心を一度持たせてから失わせることで、最終的な状態を良いものにする。
そもそもこんな場でヒーローがあんな不用意な発言をするわけがない。むしろ。
カウンターから2人が座っていた席に移動したアレクシオスは、2人とポーカーをしつつ男たちの話を聞いた。彼らの話によると、彼らは人を傷つけるのが目的でヴィランになっているわけではないらしい。
ただ、2人とも同じ会社に入社したのだがそこで盗難事件があった際社内で唯一の異形であった2人に罪が着せられ、更にその影響でまともな職につくことが出来ず露頭に迷っている中で、とある男にヴィランとしてやっていかないかと誘われたらしい。
そもそも社会というのはまだまだ異形に厳しい部分や偏見も存在するので、表で生きていくのは困難に感じていたそうだ。そこに裏での仕事、と。渡りに船というわけである。
「お、っと。悪いな。もうそろそろ時間だ。またいつか話でも聞かせてくれ」
そう言ってアレクシオスは、男たちに電話番号を渡す。男たちもアレクシオスに番号を返してくれた。実際はまだまだ時間は大丈夫であるし聞きたいこと、特に2人に仕事を持ってきた相手というのには是非会いたかったのだが、耳が気になったのだ。
席を立ったアレクシオスはマスターに支払いを済ませた後バーの出口に向かう。入口付近を占領していた団体は既にいなくなっており、代わりに1人の女性が座っていた。アレクシオスはその女性の側を通り際にふらつき、彼女にぶつかってしまう。
その際にスマホを落としてしまい、拾おうと彼女の近くでしゃがみこむ。
「――――――」
そうして再び。
アレクシオスの言葉に席を立って後を追ってきた女性が地下から出たときには、アレクシオスの姿は既に夜の闇に紛れて消えていた。
あまり細かすぎる描写はせずに簡潔に……と意識しすぎると簡潔になりすぎますね。難しい。
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