汝、新橋の皇帝の神威を見よ   作:アあゝ

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『ようこそ』

 

 

「まずはお疲れ様、良い走りだったな」

「ありがとうございます」

 

 松岡さんの励ましの言葉に礼を告げる。

 此処はチームスピカの部室。トラックの観覧席から切り上げて、今はチームスピカのメンバーとクリスちゃんたちと共にスピカの部室に訪れていた。

 

 部屋を見渡してみたら本来は合流する予定だったからか、部屋の奥に置かれたホワイトボードにはでかでかと、

 

 

『歓迎!! ようこそチームスピカへ!!!』

 

 

 と書かれている。隅っこには可愛くデフォルメされたスピカのメンバーが描かれていて華やかだ。

 流石に飲み物や悪くなりやすそうなものは冷蔵庫に入れたみたいだが、部屋の真ん中にあるテーブルにはたくさんのお菓子と空のコップ、そしてお菓子以上にたくさんのニンジンが置かれている。

 

 なんか悪いことしちゃったなあ……。

 

 

 会長たちとはクールダウンがてら暫く談笑した後。

 元々チームリギルが貸し切っていたコースを使わせてくれたリギルのメンバーとトレーナーの人にお礼をした後に解散をした。

 

 最後に会長に、

 

 

『──後世可畏。シンバシルドルフ、君の成長に繋がる全ての物をトレセン学園は揃えている。その総てを糧として再び私の前に立つ時を待っているよ』

 

 

 そう告げられてから別れた。

 最初から彼女の眼にはお見通しだったのだろう、速さに憑りつかれた私の考えなど。

 ……まあ技術を磨くために学校に通うなんて当たり前のことだけど。

 

 それでも彼女の言葉に私の心が熱くならないわけが無い。自分の走り狂いな本能は今すぐにでもと心の中で暴れまわっている。

 彼女はこう言ったのだ。「次はもっと強くなってから来い」と。

 

 もう一度言うが熱くならない訳がない。

 ウマ娘になってからの短い時間、シンボリルドルフという名を聞かない日はなかった。

 ……まあそれは自分の見た目のせいでもあるけれど、それでも彼女が凄いことはわかった。

 シンバシルドルフが病むのも理解できる位には。

 

 強さか、人柄か、全てのウマ娘の頂点に立っているといっても過言ではない影響力を持つカリスマ。そんな彼女に目を付けられたんだ、私は。

 

 

「自分の不足を強く実感しました……」「──ーぁ、耳が、耳が……」

「レース未経験者にあんないい走りされちゃあ、オレたちの努力が形無しなんだよなぁ」

 

 

 自意識過剰になっていたと無意識のうちに耳がへたり込む。

 その言葉を聞いてローポニーテールのボーイッシュなウマ娘、ウオッカがそうぼやいた。同意するようにツインテールの子、ダイワスカーレットが続く。

 

 

「そうよ! 私たちみんなスピカの未来の後輩にかっこいい所見せたがってたのに、今じゃ震えあがってるんだから!」

 

 

 部屋の中にいるスピカメンバー全員の耳が跳ねる。

 

 

「────っ! 嗚呼、むり……」

「べ、別にカイチョーがあんなイキイキした姿を久しぶりに見たからって……」

「違いますわ! メジロの者として恥じない在り方を見せようと……」

「そ、そうですよ! けっして先輩風を吹かせたかったわけじゃ……」

 

 

 弁解。

 後輩から尊敬される先輩になりたかったのだと言葉の節々から露骨に伝わってくる。

 一人言葉の用途を間違えている気もするが、その気持ちはよくわかる。

 

 松岡さんの傍に立つ少女を見る。

 ズボンを握って立っているクリスちゃん。

 一日中トレセン学園に居たから、小さい体には堪えるみたいで明らかに口数が少なくなっている。

 

 私が今日諦めないでシンボリルドルフに追いすがれたのはこの子の存在があったからだ。

 

 ギンシャリボーイ。奇しくもその名前を持ったウマ娘に私は憧れて、憧れられている。

 だからわかる、憧れの姿に追いつきたいという気持ちと憧れとして輝き続ける自分になろうと努力する両方の気持ちが。

 

 

「えっと、頑張ってください! 先輩!」「……これは、夢? いや現実!? あたし一体いつ天国(ヴァルハラ)に!??」

 

 

 近々私もチームスピカの一員になるのだ。先輩には礼儀をもって接することに異議はない、というか自分と違って、小さい頃から夢に挑戦し続けているこの子たちに敬意を持たないはずもなく。

 切磋琢磨しあうチームの仲間になるのだから喜んで先輩風に吹かれよう! 

 そんな心意気で口から出た言葉は思わぬ相手に直撃した。

 

 

「──あたしの生涯に、一片の悔いなし……ガクッ」

『!?』

 

 

 場が騒然とする。大なり小なり先輩と呼ばれたことに反応していた中で倒れたウマ娘に、困惑交じりの声が漏れる。

 そのウマ娘はデジちゃん。──アグネスデジタルだった。

 さっきから気配を消して脇役に徹していた彼女は安らかな寝顔を浮かべている。

 

 

「デジちゃん!?」

「──ひぅッ、あたしの事を呼ぶウマ娘ちゃんの声……? ああ、天使のウマ娘ちゃんでしたか……」

 

 

 ガクリ。起こすために駆け寄って、体を抱えながら声を掛けるとすぐ意識を取り戻したが、状況を確認した途端また魂が抜ける。──だめだ。

 この子をこの部屋の中で無事に起こすにはウマ娘の私では無力だ……。

 

 ──そうだ、ウマ娘じゃなかったら普通に起きるのでは!? 

 

 

「松岡さん……はだめだ、沖野さん!」

「応!」

「なにやってんだ? ゴルシちゃんを差し置いて」

 

 

 今にも眠ってしまいそうなクリスちゃんが傍にいる松岡さんではなく、手の空いている沖野さんに声を掛ける。

 快い返事が返ってきたその時、チームスピカの部屋に第三者が乱入してきた。

 

 

「ご、ゴルシ……!」

 

 

 

。 。 。

 

 

 

 さっきまで置かれていた菓子やニンジン類が片付いて、代わりと言わんばかりにテーブルの上には料理が置かれている。寿司や刺身といった海鮮料理だ。部屋の中はやや磯臭い。

 午前中に松岡さんと電話していた時に乱入してきた葦毛のウマ娘、ゴールドシップが釣ってきたマグロが使われている。

 

 ゴルシちゃんは混沌とした状況の中にもっと深い衝撃を齎した。

 彼女はドでかいクーラーボックスを抱えてやってきたのだ。松岡さんのスマホを片手に。

 茫然としている中で放った彼女の自己紹介は強く脳裏に刻み込まれている。

 

 

『んぁ、シンバシじゃん。 アタシはゴールドシップ、ゴルシちゃんって呼んでいいぞよ。なあなあおめー天然派? 養殖派?』

 

 

 皆が固まっている中、唯一メジロマックイーンさんが「どういうことですの!?」と突っ込みを入れ、その言葉で解凍された自分は訳も分からないまま天然派と答えた。

 何故かその言葉に気を良くしたゴルシちゃんはクーラーボックスからマグロを取り出し、振舞われることになった。

 

 デジちゃんはゴルシちゃんが捌いたマグロの頭を目の前に置かれたことで無事に再起動を果たした。

 沖野さんが恐る恐るみんなが抱えていた疑問を投げかける。

 

 

「ゴルシ……、このマグロ一体どうしたんだ……?」

「え? ボギンスカヤとコベレフにゴルシちゃん号貸す代わりに貰ってきた」

「誰ですの……?」

 

 

 誰? 

 

 ボギンスカヤとコベレフとは誰なのか、ゴルシちゃん号とは一体何なのか、高価そうなマグロを一尾丸ごと貰ってくるなんてどんな貸し借りなのか。

 ……わからない、いやわからないほうがいい気がしてきた。その先は虚無だ。

 現実逃避気味に皿に盛りつけられたマグロの刺身を箸で取る。

 どの部位なのかはわからないが、さっきまで釣ったばかりの状態だった赤身は新鮮そのものだった。

 

 

「あ、おいしい!」

「おっ! うれしいこと言ってくれるじゃねえか! アタシも釣った甲斐があるってもんよ!」

 

 

 適度に醬油を漬けて口に含ませた赤身は、とろけるような口当たりでとても美味しい。

 自然に漏れた言葉を皮切りにみんなも食べ始める。とても好評だ。

 ゴルシちゃんは嬉しそうに何か言っているが、全力で聞き流す。

 

 

「トレーナー、部室そのまんまだったけど、なんかあったのか? それで間に合ったけど」

「そうか、ゴルシは知らないもんな。シンバシがシンボリルドルフとレースしてたんだよ」

「ほぉ~ん、同キャラ対戦?」

 

 

 違うが。

 

 

「でもそれにしちゃあ良い顔してんな。チームスピカも安泰か?」

「是非とも来てほしいが、引く手数多だろうなあ」

 

 

 確かにチームリギルのトレーナーの人──東条さんをはじめ、あの場にはトレーナーが何人もいた。実際に何人かには声を掛けられている。

 選択肢はいくつもある、でも自分としてはチームスピカに一番惹かれていた。

 

 クリスちゃんから始まった松岡さんとの付き合い、そして沖野さんと出会ってスピカのウマ娘達に出会えた。

 

 魚の匂いで目を覚まし「おいしいね!」とこちらに笑みを浮かべながら椅子に座って海鮮丼を食べているクリスちゃん。

 お互いに同じ刺身を狙ってしまい、じゃんけんで所有者を決めようとしているダイワスカーレットさんとウオッカさん。

 刺身の美味しそうなところを目利きして優雅に食べているメジロマックイーンさん。

 全ての海鮮料理を山盛りに積み上げて美味しそうに食べているスペシャルウィークさん。

 寿司を食べながら黄色い飲み物片手に時折ちらちらとこちらを見てくるトウカイテイオーさん。

 自分よりもみんなの食べる光景を見てお腹一杯になっているデジちゃん……あ、また倒れた。

 そしてゴルシちゃん。

 

 

 

 部屋の奥に変わらず置いてあるホワイトボードの文字に目を惹かれる。

 偶然の出会いから生まれた連鎖で連鎖で私はここにいる。その現象を表す言葉を私は知っていた。

 ──運命。

 皆に手を振って注目を集める。

 

 

「沖野さん、スピカの皆さん。私、このチームに入ってもいいですか?」

 

 

 みんなが目を見合わせる。

 デジちゃんはこの後に起こる事を予想して待機状態に入った。

 

 答えはとうに決まっていたようで、全員の目が自分に向く。喜色を込めたクリスちゃんと松岡さんも加えたチームスピカの18の瞳が自分を貫く。

 満面の笑みを浮かべたクリスちゃんが「せーのっ」と言うと同時に全員が息が吞む。

 

 

『チームスピカへようこそ!!』

「っ! よろしくおねがいします!」

「ああ……三女神さま、この場所に連れてきてくれてありがとう……」

 

 

 精一杯の感謝で発した言葉は歓迎の声に掻き乱される。

 それでもよかった、自分の想いはチームスピカに伝わり、スピカの総意を一身に受ける。

 無事チームスピカへの所属が決まった私は、飛び込んできたクリスちゃんを抱きとめ笑顔を浮かべた。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園生徒会による全校朝会。

 各チームで夏季合宿が行われた夏休みが終わり、二学期が始まって初回の朝会。

 毎週月曜日に行われるその朝会は、前期と同じように執り行われていた。

 会長であるシンボリルドルフの言葉を除いて。

 

 

「今日は全生徒に対する連絡がある、編入生に関してだ」

 

 

 体育座りで静聴していた生徒たちにざわめきが走る。編入生? こんな時期に? なんで朝会で紹介するの? そんな疑問が大いに含まれた言葉の応酬が館内で響き渡る。

 そしてそれは会長の横に立つ副会長、エアグルーヴの一喝によって静まり返った。

 

 

「諸君の疑問は大いにわかる。まずは順に追って説明しよう、彼女は前期期間中に私がスカウトした。入学準備をこの夏季休暇期間中に行った結果、この時期になったわけだ」

 

 

 納得する生徒は多かった。

 トレセン学園に編入してくるウマ娘は多い。地方のトレセン学園だったり海外だったり、飛び級だったり。

 決して珍しくはない頻度でウマ娘がやってくるのが中央トレセンなのだ。

 

 それでも解せないのは朝会で紹介するという事。

 普通ならその子が入学するクラスだけで行うハズの事をなぜするのかと疑問に思う者は多かった。全校生徒に奇異の視線を向けられるなんていじめのような行為をして、会長にはいったいどんな思惑があるのか……? 

 一部のウマ娘達は勘付いていたが黙っている。朝会なので。

 

 

「彼女にも了承を取っている、トレセン学園内の生徒会業務に支障が出るからだ。本日以降、私に関する公的な文書などは、生徒会室前に置かれた箱に投函する形でいこう……では、来てくれ」

 

 

 壇上に立つ会長が手招きをする。

 全校生徒の注目が袖幕の先からやってくる編入生に向いた。

 

 

「シンバシルドルフです」

 

 

 威風堂々。

 余りに自然に現れたその姿に誰もが一瞬目を疑った。

 壇上で依然オーラを放ち続ける会長の真横に立つもう一人の会長。

 シンボリルドルフとは真逆にオーラは一切発さず、それどころか吸い込んでいる錯覚さえするその姿は、お互いに同じ制服を着ているからかもうどっちがどっちか分からなかった。

 

 これが始まり、新たなライバルの誕生。

 驚愕の渦の中で只のイロモノではないと勘付く者もいた。

 

 段ボールで作られた学生帽を被る珍しい髪色をしたウマ娘。

 対して見た目は奇抜ではないが、如何にも不良です、という雰囲気をした黒鹿毛のウマ娘。

 

 いずれ競い合う時のことを考えて二人は一様に笑みを浮かべた。

 

 

「ちなみにシンバシルドルフは中等部だ」

 

 

 その可能性は今この瞬間潰えたかもしれない。

 二人は同じように項垂れた。

 

『中等部!!????』という全員の総意が混ざったどよめきが館内に再び響き渡る。

 今回はエアグルーヴも何も言わない。

 こうして混沌の中、シンバシルドルフの学園生活は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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