ぼちぼちと更新していきます。
異例の入学、それによって私を取り巻く環境は非日常へと姿を変えた。
「あっシンバシさん待ってました! 早速食堂の方へ……ってアレ? よく見たらその髪飾り、会長さん!?」
「ああ、よく気付いたな。アグネスデジタル……実は相談があって来たんだが……」
「会長自らがわざわざ……聞きましょう! 不肖アグネスデジタル、相談に乗らせていただきます……!」
私が登校する前や席を外している隙に、会長が中等部の教室によく足を運ぶようになっていたり……。主な目的はアグネスデジタルとの密会の為。
オープンキャンパスで私がデジちゃんを連れまわした時に意見を交わして以降、自身の持つ夢と近い考えを持った“同志”として話を交わすようになったらしい。
無論それだけの為で高等部の彼女が中等部に乗り込んでいるわけではなく、私のフリをすることで、余り接したことのないウマ娘達との交流の機会を設けるようにしていたとのこと。
……会長が私と入れ替わり中等部の視察に回ること早数十回、会長が声を掛けた生徒が私に話しかけるようになるという好循環が生まれつつある。
編入生が孤立することなく馴染めている事。そして何処かのそっくりさんがオーラを放たずに自然体で同学年のウマ娘達と接しているからか、『シンボリルドルフ』に対しても気楽に声を掛けられる生徒が増えていると、会長は大満足だった。
対して私も、良くも悪くも『シンボリルドルフ』の影響を受けるようになっていた。
異例の全校朝会での発表によって事前に勘違いの芽を摘んでいたものの、それでも会長に関連付けて考える者は居るもので……。
「その眼、いいねえ。自信に満ち溢れたアイツを完膚なきまでに打ち負かしたらアイツも私だけにそんな眼を向けてくれるのかね……」
「この目は元からなんですけど……シリウス先輩」
「……っク、その見た目でんなこと言うなんておもしれえ……!」
「……取り敢えずこの後は約束があるので、また後で……」
シリウス先輩には、初対面でいきなりクイッと顎を持ち上げられた事から妙な付き合いが生まれていた。
元々会長から『絶対に絡まれる』と忠告されていたので、存在を認知していた彼女ではあったけれど、想像していた以上の速さで私の前に現れた。
同じ中等部Cクラスのデジちゃんと、トレセン学園に入学して初めての昼食を食べに食堂に向かう最中での遭遇、あまりに突然起きた出来事にデジちゃんは語彙力を失った。
明らかに自身と会長を重ね合わせて見ていること必至な彼女を前にあまり慌てることもなく返事をしたことから、『面白いヤツ』認定されて事あるごとに絡まれるようになってしまっていた。パワハラに慣れてしまった弊害である。
クリスエスさんも時折無言で見つめてくるようになり、シンボリの名が付く彼女たちからは完全に見分けられるようになっていた。
編入は生徒だけではなく、トレーナーたちにも大きな波紋を広げた。
トレセン学園内に広まっていた『ドッペルゲンガー』の噂は、初夏に入る前のオープンキャンパス頃から爆発的に広まった。
それは食堂に現れた瓜二つの二人を見たウマ娘達や、オープンキャンパスの日だというのにチームリギルの走りを見学しに来ていたトレーナーを中心に発生したものだが、トレーナーの中にそれを信じる者は少なかった。
眉唾物だと、シンボリルドルフの再来が来るのなら是非ともうちのチームに迎え入れたいなどといった感じに、酒のつまみの与太話としてしか一般トレーナーの中では語られず──そして実際に噂の的である会長の口から語られた時には耳を疑って目を疑った。
その日の学校終わりに藁にも縋る勢いで大勢のトレーナーが殺到したのは予定調和の必然だったが、その時にはもうスピカのメンバーに米俵の様に抱えられたその瞬間に夢は潰えたのだ。
練習風景の中に新しくシンバシが混ざり込むようになった事に、情報に乗り遅れたトレーナーたちは膝から崩れ落ちた。
そしてチームスピカ。
ただでさえ所属しているスペシャルウィークとサイレンススズカの活躍が轟き渡っているというのに、次にはメジロマックイーンとトウカイテイオーが、その次にはウオッカとダイワスカーレットという確約された次代の強豪チームにまた新たな加入者が現れたと、スピカは一気に話題の中心に躍り出たのだ。
次のウマ娘とぶつけて勝てないのが決まっているのならその次にぶつけると、自分のチームに所属するウマ娘達と克ち合わせる相手を見極めるために偵察が相次いだのだ。
何せ後ろに控えるのはシンバシだけではない。中等部だろうが高等部だろうがデビュー戦を済ませるまでは一律でCクラス。
三冠を果たしたナリタブライアンの姉であるビワハヤヒデがまだデビューしていないように、ライバルと自分の全盛期を見極めたうえでのデビューをする者もいる。
逆にスペシャルウィークのように、入学早々何も知らない状態でデビューするウマ娘もいる故に、どの位仕上がっているかを見極めることは大事な仕事だった。
────そんな、全ての者に混乱を齎した朝会から始まったトレセン学園の二学期は、多分に波乱に見舞われながらも無事に終わりを迎えようとしていた。
「あっ、シンバシ! 今日の練習メニューは自習だって! よかったらボクと併走しない……?」
シリウスシンボリから逃げた先での知った顔との遭遇、相手はトウカイテイオー。
スピカの面々とは皆一様に仲良くさせてもらってはいるが、その中でも取り分け良く接していたのはテイオーだった。
会長に似ているから。それが一因、ドッペルゲンガー事件を起こしたこともあり当初は苦手意識をもって距離をとって観察されていたのだが、何時しか彼女の方から声を掛けてくるようになって今ではこんな感じに馴染んでしまった。
……多分練習であまり会えない会長の代わりとして妥協したんだろう。
「いいんですか? だったら是非!」
「……うぅ~~~~ん、むず痒いよぉ~!! もっと崩してっていったじゃん! もう一回!!」
同じ中等部同士堅っ苦しく先輩後輩なんて言いっこなし! と言われはしたものの。癖と呼ばれるものは直そうと思ってすぐに直せるものでも無いから癖なのだ。
何せ、この口調は社会に出てから染みついた処世術でもあるわけで、ウマ娘の本能で変わった部分を除いた自分の中の数少ないアイデンティティーを崩す事は、自分が自分ではなくなる気がして気が引けていたのだった。……崩した方が年相応だからいい事なのかもしれないけれども。
とはいえメジロマックイーンやシンボリルドルフの様に名家として礼儀作法を学んだわけでも無い。自分がどうなるかというのも、シンバシルドルフには関係のない事。
来るかどうかもわからない『シンバシルドルフ』の中身が帰還を果たした時の為、そして何よりも目の前でいたずらっぽく笑みを浮かべたトウカイテイオーの寂しげな姿を見たくは無かったから。
私は年甲斐もなく年相応な声を上げた。
「ん゛ン……、本当に!? 私嬉しいよ、ぜひ一緒にやろう!? 今日も頑張ろうね!????」
「うわあ……」
悍ましいものを見たと言わんばかりにジト目を浮かべるトウカイテイオーに、負けじとジト目を送り返す。
……正直なところ、自分もキツイと思っているのだ。
「っ……無理したのに……」
「ごめん、会長の顔と声でそんなしゃべり方するって、ダイブ難しいんだね……。崩すって言ってもカイチョーみたいな話し方でいいよ」
「すまない、やはり私は会長の口調よりも通常の口調の方が好調で、長時間この調子だと不調になる兆候があるんだが」
「い~ややっぱりその口調だよ、練習終わりはちみー奢ってあげるからさ! 今日一日そのままにしてみてよ!」
「ええ~っ、でも「お願い! 先輩命令!!」……わかりまし「ん~?」……わかったよ、テイオー」
「よろしい! じゃまた後でね~!」
良い落としどころ、だったのかもしれない。
お互いに傷跡も浅い結論を導き出し、すっかり機嫌をよくした様子のトウカイテイオーは去ってゆく。
「……あんなに懐かれるようなことしたか、私は?」
頭の上に疑問符が乗っかって耳が潰れる。
辻無理難題を浴びせかけてきたテイオーは、まるで盆休み頃に現れる手のかかる甥っ子姪っ子の様だ。
スキージャンプペアに参加できる年齢のではなく、成長して活発になった頃位の年齢の。
そう思い始めるとなおさら強く刻み付けられていくもので、決して嫌なわけではないが何処かむず痒い気持ちになった。
(私も急がなきゃな……)
トウカイテイオーが去った方向を暫く眺めた後、約束を思い出し食堂へと向かった。
色々巻き込まれたから昼食の時間は短いぞ。
。 。 。
「すまないデジちゃん、……待たせてしまったかな?」
「また会長さん!? ……って今度こそはシンバシさんでしたか! いいえ滅相もない! デジたんも今ちょうど来たところです!」
「その様子だと……会長にあったのか?」
「それは……ハイ、ここだけの話なんですけれど、一般のウマ娘ちゃんたちの為のレース大会で解説を頼まれまして……」
「へえ!興味深い。ランチを食べながら話を聞いても?」「どうぞどうぞ」
そう言って対岸の席を差し出すデジちゃん。
彼女が席を取ってくれていたお陰で、お昼時で混雑しているカフェテリアでも遅れてやって来れた。
軽く礼を言いながら席に座り、箸を手に取った。
──今日のランチはCセット。
彩の良い和食が味わえる、お気に入りのセットだ。ちなみにウマ娘基準で小盛り。
「それでは早速、と言いたいところですケド……、お聞きしたいことが有るのですがよろしいでしょうか」
「構わないが、畏まってどうかしたか?」
「会長さんみたいに威厳のある口調、瓜二つな事もあってとてもお似合いなんですが……、いつも喋り方を崩さないシンバシさんに一体何が!?」
「まあ……、些細な事だよ」
語調を崩さない人物と思われても無理はない、何せ学生を卒業してから何年ものブランクがあるのだ。
寧ろいきなり砕けたら心が耐えられない、何時かは氷解していくことを信じ、慣らし運転で行くのがいつしか自分の方針になっていた。
トウカイテイオーに今日一日この口調でいろと言われた事を伝えれば、デジちゃんの脳裏に何か物語が造り上げられる。
「チームリギルとチームスピカ、常に共には決していられないまさにロミオとジュリエット! まさかテイオーさんはシンバシさんに会長さんを重ね合わせて……? ほわあぁ……むり、尊い……」
「多分違うと思うが……。まああの子の為になるならそれでもいいさ」
語彙力を失っているアグネスデジタルを前にそう呟き、料理を口に摘み入れた。
トウカイテイオーがデビューしたのは今月の始め、そして今週末の日曜日には次のレースが控えている。
デビュー時には一番人気で快勝したものの、それでも勝負である限り何が起こるかはわからない。次のシクラメンステークスを前に緊張していない訳が無いのだ、同じチームのメンバーとして出来ることはしてあげたかった。
「醜態を見せてしまってごめんなさい……! ちょっとデジたんには眩しすぎたようです……」
「……サングラスはあるぞ」
「お借りします……、あっ見えました。……でもやっぱりそっくりですよね~! このアタシの目をもってしても雰囲気と眼鏡が無かったらわかりませんでした……」
「伊達だけどね」
「ほえ~~」
そう言って腰まで伸びた髪をまとめ上げて髪の裏に隠された眼鏡の柄を頭から外す。
机に置かれたシンプルなデザインの眼鏡を見てデジちゃんは興味深げに声を上げた。
「私と会長と見分けやすくするために買ったんだが、これがまた使いやすくてね。走るときの泥や風除けになって目が乾かないんだ」
「レースでも使う、と……もしや眼鏡を活かした勝負服を考案していたり……?」
「……いや全く」
デジちゃんの言葉に私が気まずい声を漏らせば、とても残念そうな声が帰ってくる。
勝負服という文化に馴染みが無いというべきか、自分自身を着飾る事に抵抗があるというべきか……。
眼鏡に関しても泥除けに便利ではあるが、万能ではない。いざとなったら外すくらいで行きたいというのが自分のスタンスだった。
「でも……確か会長さんって私服の時は眼鏡してませんでしたっけ」
「ああ、プライベートだと逆になるんだ。入学早々に会長自らが府中にあるお勧めの用品店を紹介してくれてね……まあ、その時にはもう伊達眼鏡は用意していたから本人には了承を得てこんな形になったんだ。学外では眼鏡が逆転するよ」
会長の眼鏡について、情報通であるデジちゃんが知らない訳もなく。見分けるための眼鏡が効果を為さない事を目敏く指摘してきた。
眼鏡以外にもプライベートなら服装が判断材料に……ならないかもしれない。彼女の服装は学生とは思えない落ち着きを纏っていたし。
「その時の話も、……ッ聞きたい! 聞きたいけども時間が無い……! うぅ~~~っ!!!!! ……アタシの話に戻りましょうか」
「……また今度話すよ」
「ぜひ!!」
死ぬほど名残惜しそうにしながらデジちゃんは食い下がった。
デジちゃんがどういうウマ娘かは良くわかっていたが仕方ないのだ、後十分もしないうちに午後の授業が始まる。
「……大分話の腰を折っちゃいましたね。年明け早々に多摩川にあるコースで草レース大会があるんです」
「多摩川って、すぐそこの?」
「ハイ、一般のウマ娘ちゃんたちの晴れ舞台としてアタシも前々から目を付けてたんですけど、今年はURAが運営に関わるようになったみたいで……」
「それで運営に携わる会長から声が掛かった、と……」
多摩川の河川敷。
そこはトレセン学園の生徒にとっても、それ以上に私にとっても関係が深い場所だ。朝練としてサイクリングロードを走ることもあれば気分転換に散歩することもある。
私ががむしゃらに走っていたのもここであり、初めてトウカイテイオーと出会ったのもここだ。
それにトレセン学園には寮があるにもかかわらず、未だ自宅通学の私にとっては通学路のこの道。
草野球やサッカー、ラグビーなどのスポーツができるスペースのことは知っていたが、草レースができる場所など知りようも……。
──いや待てよ。
思い当たりは一つあった。東京競馬場や学園のコースと比べるとあまりにも小さいコース。
一周1200メートルに届くかどうかの馬場状態悪のほぼダートコース。
私が最初に走ったあの場所、走る喜びだけで何も考えずに駆け回ったあの場所。
クリスちゃんとひたすら走ってたあの名前も知らないグラウンドのコースだ。
「それって、ここから十キロくらい離れた所だったりはしないか?」
「おお! 良くお分かりで……。そうです! そこで行われる大会はその名も多摩川グラウンド草競バ大会、通称……」
「コスプレステークスです!」