逆噴射しかけましたが励みになります!
ウマ娘という人間と馬の特徴を併せ持った生命体になってから暫くが経った。
気絶して目を覚ましたら病院にいたことには大いに困惑したけれども、それはあの時声をかけてきた人がついてきていたようで、倒れたところに救急車を呼んでくれたかららしい。
彼女自身、病院勤務でしかもウマ娘だったらしく病院で再び会った時にはとても驚いた。
シンボリルドルフ氏じゃなかったことは本当に申し訳ない……。
病院から特に異常はないということで退院してから数日経ったものの……。
いや~、人間数十年慣れ親しんだものをなくすとどうすればいいかわからなくなるもので……。
新しい電子機器に慣れることができない人の如く、人の耳とアレとは今生の別れとなってしまったことは現実だと受け入れ、新しく世話になることになったウマ耳としっぽには当惑しながらも慣れていくしかない生活を送っている。
しかし逆に二度と会えないと思っていたものに出会うこともできた。
入院時、病院から家族へと連絡をしていたようで、この体の両親が来ていた。
本来のこの体の持ち主に対する申し訳なさと、ご両親に対しどういった態度をとればいいかといった悩みからぶっちゃけあまり会いたくはなかったが、顔を合わせた瞬間そんな考えは紙吹雪のように吹き飛んでしまった。
亡くなったはずの父と母が記憶の中より若い姿で私の目の前に現れたのだ。
今の今まで夢であることを願っていたはずなのに、この時から夢でなければいいのにと思い始めてしまった。
二人は心配していたのだろう、母の目には泣きはらしたような跡が見えるし、父も素振りから平常心ではなかったように見えたが、それはこちらもだった。
聞き覚えのある声色が聞こえるたびに目が潤み前が見えなくなり気が気ではなくなってしまい年甲斐もなく泣きわめいてしまった。
この体の本来の持ち主、つまりシンバシルドルフさんの両親であって自分の両親ではないとわかっているものの、しかし同じように接したいと思ってしまう。
便宜上これからは今までの人生を前世と呼ぶが、前世にお世話になった分、両親には親孝行がしたいと心から思ったのだ。
なんとか持ち直し、担当医の人に診断内容を聞いた後家に帰ることになった。
その道中で何度もウマ娘を見かけたため、自分はこの世界はそういう世界なんだな、と割り切ることもできた。両親に連れられて帰った先も、想像通り幼少期を過ごした懐かしの我が家であった。
言いようがないノスタルジーを感じながらも、そこで私は自分の姿を観察することにした。
鏡を見て姿を改めて確認してみると、なるほど勘違いして声をかけてくる人もいるな、と納得する姿をしていた。
冷静になってみればウマ娘というものには聞き覚えがあった。近頃流行りに流行っていたような記憶がある。
キャラクターをインターネットで時折目にしていて、中にはシンボリルドルフという名前のウマ娘もいた。もし遊ぶような余裕があったのならばドはまりしてもっとこの状況に素直に歓喜ができたのかもしれないと少し後悔の念を覚えてしまう。
自分の姿は記憶の中のシンボリルドルフとほぼ同じだ。少し違う点と言えば覇気を感じない所だろうか。
……濁ったように見える目は自分のせいだと思いたい。
そんなわけで現在、シンバシルドルフとして日常生活を送っているわけなのだけど、型にはまった生活を送っていた影響か、新しく何かをするということに中々踏み切れずにいる生活を送っている。
この体はどう高く見積もっても大学生程度の幼さを感じるので、学生生活は大丈夫なのかという懸念があったけれど、私のことを気遣ってか父さんも母さんもあまり踏み込んでこない。
自分の娘が新橋で倒れてたと聞いて、何かしらの事件に巻き込まれていないかとか悩みとかがあるんじゃないかと考えているのかもしれない。
少なくとも自分ならそう思う。
「母さん、河川敷までちょっと走ってくるよ」
記憶の中の母さんはよく悩んでいるなら散歩でもして来いと言っていた。
自分のことで悩ませているというのは申し訳が立たないし、これからのことを考えるための第一歩として自分について知ろうと思った私は、夕飯の支度をはじめていた母にそう告げる。
「! いってらっしゃい、遅くならないようにね」
「すぐ帰るよ、母さんの料理楽しみだし……じゃ、行ってきます」
心なしか明るい表情を見せた母を尻目に、私は近所にある河川敷へと向かった。
ウマ娘って軽車両扱いなのだろうかという不毛な疑問を浮かべながら数分歩いた先の河川敷に到着した。
「ここは何があっても変わらないな……ん?」
幼少期に私もお世話になった河川敷には記憶とは違い模擬レース場が作られていた。
人だった頃の記憶では、週末に草野球だったりサッカーだったりをする為に人が集まっていた辺りの一画に半ばダートのような芝のコース。
……平日だから人は居ないものの、記憶の中みたいに週末にはウマ娘の子やその家族が来たりするのだろうか? ターフ内には走っていたのだろうウマ娘の足跡が幾つか残されている。
「……凄まじいな、モグラの穴と見分けがつかない」
芝を抉って走り抜けたのだろうその痕跡は人以上の力を行使していることを表していた。
それにしても今回に限って言えば近くに誰も居ないのは好都合だった。
私の見た目は無敗の三冠ウマ娘のシンボリルドルフ氏とほぼ同じと言っていい。自惚れならどれほど良かったか。
キャラクターとして知っているだけの私が一目見ただけでそう思うほどなのだから、現地の人にとってはそれ以上の物だろう。
新橋で目覚めた時には結構な衆目を浴びて少し騒動になってしまったようなのだ。
どこかでシンボリルドルフ氏に出会った際には迷惑をかけてしまったことを謝りたいと思っている。
私にとっても、シンボリルドルフ氏にとっても得にはならない。
ターフ内に入った私は慣れない仕草で構えを取る。
ここに来た目的は一つ、自身の身体能力の把握だ。
ウマ娘が馬と同じく走ることを得意としていることは知っているし、心のどこかで走ってみたいという本能が沸き立っている。着ている服は家にあった動きやすそうなジャージである。
この身体になってからずっと脱力した状態を維持してはいるが、内心どこかで全力でこの鬱憤を発散したいと思っていたのだ。
足に力を込めて踏み出そうとして、瞬間脱力した。
やば……ストレッチ忘れてた。
「いっちにーさんしー」
社会人になってスポーツから離れて何年だろうか、あまりに重要なことを忘れていた。怪我だ。
スタートダッシュで力を込めすぎてブチッとなる事や腰を痛める可能性がある。
ウマだし、確実に一馬力はありそうなこの身体では尚更だろう。
……これでよし、と。
ヒヤリと変な汗をかきながらも、ストレッチを済ませてまずは軽くジョグでターフを走る。
──体が軽い。
以前の身体が運動不足すぎるのとすこし不摂生気味だったのもあるだろうが、確実に今の方が速く走れている。
そして、芝であるにも関わらず足下があまり気にならなかった。
ちゃんとした靴を履いて走ったらどれだけ良いタイムが出るのか若干楽しみでもある。
さぁ、いよいよ全力疾走してみようじゃないか。
「ふっ……!」
走り出した瞬間に理解する。
これがアスリートの見る世界なのかと、ヒトだった頃嫌いだった運動会の徒競走、なぜ熱くのめりこめるのか疑問だったけれど今ならわかる。これは楽しい!
速さの程度には違いがあれど今になってようやく知った。
前傾姿勢になりつつも速度を上げていく。芝の感触を味わいながら、脚を回転させる度に加速していく感覚。
風を切る音が心地よい。
「っ!!」
直線を走りながら回転のギアを上げる。景色が流れて行く様を見る余裕まであった。
まるでルーフの吹き飛んだ自動車かバイクに乗ったかのような感覚に陥る。これがウマ娘の視点なのか……。
いや、それだけじゃない。
自分の中の何かが叫んでいる。
『まだ足りない』と。
まるで全力を出せない自身の代わりに、託すようにもっと先へ、さらに上へと叫び続けている。
今の私では満足出来ないらしい。ならば私にも見せてくれよ、私の本気と言う奴を!!
「うおおぉぉぉ!!!」
タメを作って一気に爆発させるように地面を踏み砕くつもりで蹴り込む。
その勢いのままコーナーに突入し、減速しないように回転をかける。
コーナーで速度が落ちたとしても、そこからもう一度加速すれば問題はないはずだ。
そんな考えで駆け抜けてみるものの、思ったよりもコーナーでのスピードが落ちない。
むしろ、加速している気がする。
どうやらこの体は想像以上に化け物のようだ。
コーナーを抜けて走り出した地点への、最後の直線を走り抜ける頃には流石に息が上がり始めていたが、しかしまだまだ余力はある。
このまま更に速度を上げて行こうじゃないか。
「はあああ!!!」
肺の中の空気を全て吐き出しながら叫ぶ。
飛び出た声はその場に置き去りになって自分の耳には届かない。
もっと早く、もっともっと速く! 私の体はまだこんなものではないはずだろう!?
限界を超えても構わない、出し尽くせ! 出せるものは全て出してしまえ!! 終わりが見えてきた所で今まで溜め込んでいた力を解放した。
「これが、っ限界だあぁぁ!!!」
最後の最後まで絞り尽くすようにして振り抜いた右足からは、確かな手応えがあった。
「はぁ……はぁ……」
走り抜けた後、その場に座り込んで呼吸を整える。
「なんなんだコレは……」
思わず声が出てしまう程に充実した時間だった。
全力を出した後の疲労感はクセになるな。……流石に疲れたけど。
もしサラリーマンのままだったら一生味わうことのなかったスピード感が私を狂わせる。
楽しかった……。
思わず走ることを生業にでもしようかと思うほど楽しかった。
明日も走りに来よう、と決めて今日は家に帰ることにした。
。 。 。
「うわあぁ……!」
一人の幼いウマ娘が河原の堤防の上からシンバシルドルフの走りを見ていた。
「どうしたんだ? 嬉しそうな顔して」
「パパ! あのね! なんかすごい人がいたんだ!」
「すごい人かぁ……、またここに来れば会えるかもしれないな」
「うん!」
栗毛の髪のウマ娘の瞳はキラキラと、私の去った方向をじっと見ていた。
「今日のご飯何が良い?」
「おすし!!」