汝、新橋の皇帝の神威を見よ   作:アあゝ

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出会い

「おはよう!」

「おはよう、飯は?」

「大丈夫! ありがとう! じゃいってきます!」

「……俺もランニング始めようかな……」

 

 

 週末の早朝。朝五時、休日ということもありすべての物事の動きが緩慢になった朝。

 そんな時間帯に一人活発に家を飛び出していくウマ娘の姿があった。

 それなりに物音を立ててしまったからか父も目を覚まして、大きなあくびをしながらも見送ってくれた。

 

 

 

 規則的に呼吸をしながら今日も今日とて河原への道をひた走る。

 ターフを全力で駆け回った日から数日、走るたびに満足どころか“また走りたい”という思いが募り続け、今では毎日のように走るようになっていた。

 社会人だったころの癖で朝早く起きてもすることが無かったため退屈を持て余していたところを、ランニングが劇薬としてぶち込まれたことにより私の中に芽生えたウマ娘の本能ともいえるものが走ることへの欲を駆り立てるようになっていた。

 以前はどちらかといえばインドア派だったので、この変化は確実にそういったものだろうと信じている。

 しかしまあ、それでも河川敷を走っている人々の気持ちはよく理解できた。

 

 今日は休日なのでコースのほうへは走りに行かない。

 前世とは形は違えど、想像通りというかコース上には走りに来た子供たちだったり、練習をするために来たウマ娘などが集まったりして混雑気味なのだ。

 

 そのため今日は河原のサイクリングコースをジョギング気味に走ったり、時には自転車を追い抜かしたりしながら延々と走ってみることにした。

 

 

「はっ、はっ」

 

 

 この河原、走ろうと思えば東京湾から奥多摩まで行くことができる絶好のジョギングスポットなので、上流へ向けて進路をとり、人がまだ多くない歩道を事故が起きない程度の速さで疾走する。

 

 速く走ることも楽しいが、持久力の必要なエンデュランスもいざやってみると楽しいものだとわかる。

 ……というか苦手意識を持っていたのは体力がなくて最低限も走ることができなかったからだと痛感する。

 そんなこんなで一時間近く走っていると前方に紅白のジャージを着たウマ娘を目に入れる。

 

 

「おはようございます!」

 

 

 元気な声で挨拶してくるウマ娘の子に自分のできる限りの笑顔で受けごたえするとなんだかうれしそうな様子で走り去っていく。……多分絶対確実にシンボリルドルフ氏と勘違いしたな。

 

 走っていると時々出くわすのがウマ娘だ。

 自分も言えたことじゃないけどよく走ってるなと感心する。

 中身がアレな私とは違って多分素で走りに来ているのだろうウマ娘たち、彼女らとは走り始めてから十数キロ地点当たりの地点でよく出くわすのだ。

 しかも全員同じジャージを着ているので多分学校があるんだと思う。

 あ、また来た。

 

 

「あっ!! カイチョー!!!!」

 

 

 今度のウマ娘の子は尋常じゃないテンションの上がりようで押しかけてきた。

 鹿毛で前髪には白い流星があるポニーテールのその子は様子から見てシンボリルドルフ氏と顔見知りのように見える。

 

 

「──っ、よく、聞いてほしいんだが」

「なーに? カイチョー?」

「この世にはそっくりさんが三人いるらしいんだが、お互いがお互いを認識したら……そう不吉な事が起こるらしい」

「……それが、どうしたっていうのさ……?」

「私が会長に視えているかもしれないが、すまないけれど、私は会長じゃないんだ……」

「……うっそだあ! じゃあなんだっていうのさ?」

「…………平社員」

「えっ?」

 

 

 緊張感が無くなる感覚がした。ドッペルゲンガーで若干怯えさせて緊張感が漂い始めていたけれど平社員の一言でそんな空気は消散した。

 

 

「会長が言いそうにない事を言うからそれで信じてくれるかな?」

「ええー、じゃあ、言ってみてよ」

 

 

 考えろ……、考えろ……とりあえずこの場から抜け出すためには何をすればいい……? 

 少し気まずくなり、シンボリルドルフ氏はウマ娘界のカリスマ的存在なんだろうと踏んだ私は咄嗟にそんなイメージから逸脱した一手を繰り出す。

 

 

「……先日きゅうりの漬物をたくさん食べたんだが、そしたら倒れてしまって誰かが救急車を呼んでくれたんだ。急患だー! ってね」

 

 

 親父ギャグだ。渾身の一撃を繰り出した私はこれで信じてもらえるだろうと確信し、若干どや顔になりつつもこの子を見つめる。どうだ……? 

 先ほどの快活な表情から一転、信じられないものを見たからなのか表情は固まり、耳がべったりと潰れているが一瞬のうちに再起動を果たす。

 

 

「いつものカイチョーじゃん!!」

 

 

 違った、いつものようにギャグを聞いて凍っただけだった。

 え……? シンボリルドルフさんってそんなウマ娘なんですか……? 

 勘弁してほしい、私の中でのシンボリルドルフ像が崩れ始めてきた……。

 

 

「すまないけど、用事があるから……じゃ!」

 

 

 待ってよカイチョー!! という声を耳をへなっとさせて聞き流し、一目散にもと来た道を逆行する。

 ……もしかしたらついてきているんじゃないかと悪寒を感じながらも全力疾走する。

 

 

「待ってってば~!」

 

 

 やべっ憑いてきてる。気づけば自分と横並びになって走っている。さすがに専門的にやっている人とは地力が違うか……

 

 

「ーっ、そういえば」

「なーに? カイチョー?」

「今日は約束があったんじゃないか? 準備をしといたほうがいいと思うぞ」

「あっ! そういえばマックイーンと遊びに行くんだった……」

 

 

 じゃあねカイチョー! と言い引き返していくウマ娘の子。ありがとうマックイーン。いや本当に切実にありがとう……。

 九死に一生を得た私はとぼとぼと河川敷を歩いて帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ! いた!」

 

 

 とりあえず自宅のほうへ戻ろうかと見慣れた道を歩いていると、前方のコースの方向から小さなウマ娘の子がこちらへ向かって走ってくる。

 

 振り返っても誰もいない。向き直して再びその子を見ると確実にこちらへと一直線に突っ込んできている。

 ……あ、これ絶対私が標的だ……。

 またか、今度はもしかして走っているのが噂になってシンボリルドルフさんのファンが来たとか……? 私は内心冷や汗が止まらなくなっていた。

 耳をピンと高く上げて、如何にもウキウキとした様子の栗毛の幼いその子は呆然と立ち尽くす私の目の前に立ち止まると

 

 

「あの!! 握手してください!」

 

 

 と声を掛けてきた。

 ああ、やっぱりそうか……。また私はシンボリルドルフさんと間違えられているのか……。

 屈んで目線を同じにし、握手に応じてから答える。

 

 

「ごめんねお嬢ちゃん、多分なんだけど人違いだと思う」

「え? でもこのまえそこのコースを走ってましたよね?」

「……え?」

 

 

 この子の指は模擬レース場へと向いている。

 確かにいつもあそこで走っていた。

 

 

「とても自由に、たのしそうに走っててかっこいいなっておもったんです! それでお名前を聞きたいなと思って」

 

 純粋なその瞳に心を揺さぶられた。

 この子は『私』を見ている。

 

 

「……シンボリルドルフじゃないけど、自分でいいのかな?」

「……シンボリルドルフさん?」

「ああ違う違う、私の名前はシンバシルドルフだよ」

 

 

 そうだ。今の私はシンバシルドルフ。本物だとか偽物とかは少なくともこの子には関係ない、この子は『私』を見てくれた、その事実がどうしようもなく嬉しい。まるで自分がこの世界に存在してもいいといわれたような感覚は心の奥底にある鬱屈としていた内心を浄化していった。

 

 

 

 

 

おーい

「あっ! パパ、居たよ!! シンバシルドルフさん!」

「ーーっ、うちの子がすみません、もしかして貴女が?」

 

 

 幼かろうと足は速かったからか、やや粗い呼吸をしながらこの子の父が遅れてやってくる。

 

 

「松岡です、ほら自己紹介したか?」

「クリスです! よろしくお願いします!」

「シンバシルドルフです、よろしく」

「えっ、シンボリルドルフさんではなく……?」

シンバシルドルフです」

 

 

 

 

 河原の模擬レース場へと向かう道。

 せっかくだから模擬レース場まで行こうということで、クリスちゃんと手をつないで歩きながら自分は松岡さんと会話に講じていた。

 ……なんというか保護者になった気持ちになる。

 

 

「いやあ……よかったです。この子がここが気に入ったみたいで」

「……? どこか遠くからいらしたんですか?」

「ええ、実は僕の仕事の都合で北海道から出てきたんです。広い土地で育ったのでこの子に満足に走らせてやれる場所がないかと探して見つけたのがここなんです」

「いいですよね、ここ。すぐ近くに繁華街もありますし、東京とは思えないほどのどかですし」

「はい、でもそれだけじゃないんですよ? この子、ここに初めて連れてきたときにルドルフさんの走りを見てから、それからここに来ると『今日はいるかな?』ってそこら中走り回ってたんです」

「えー」

「どうやら走ってる姿に惚れたみたいで、家でもいつも話してましたよ」

「……それは光栄です」

 

 

 自分の顔が心なしか少し熱くなった気がした。

 自分なんかに憧れを抱いてくれる子がいるなんて前世含め覚えのないことの為、年甲斐もなく照れてしまう。

 微笑まし気に見つめてくる様子から見るに耳としっぽが乱舞しているんだろうな。

 

 

 

 

 

「あの! いっしょに走りませんか?」

 

 

 気付けばレース場にたどり着いており、クリスちゃんが話しかけてきた。

 早朝から河原にいたから忘れていたが、太陽もとっくに頭上に上って頭頂部を照らしている。

 

 

「併走ってことか、いいね。……いいですか?」

「もう昼なので一周だけでお願いします」

 

 

 松岡さんの了承を得て、昼時になり昼食を食べに人がまばらになったターフへと足を踏み入れた。

 今ならば走っても特に問題はないだろう。

 

 

「じゃあいこうか」

 

 

 構えを取り、「はい!」という声を聞いて走り出す。

 

 ここしばらく走ってみて実感したのは、自分の脚質には一歩一歩での踏み込むパワーを強めることよりも短い間隔でより多く足を回転させること、つまりストライド走法よりもピッチ走法が向いていることだった。

 人として生きてきたころの名残なのか、どこかでパワーをセーブしてしまっており、速く走るためには回転数を上げるしかないという考えに至ったのだが、所詮素人の考えなので、プロだったらもっといい走法を編み出すのだろうけど今の私にとっての最速はこれだ。

 多分傍目から見ると相当変な走りだと思う。

 

 今日も午前中にたくさんの人々が走ったためダート同然のターフを駆ける。

 

 

「っ」

 

 

 心拍への負荷は当然高い。午前中の出来事でスタミナが尽きかけているため最高速を出すのは無理だが、しかしそれでも盛り上がった土を踏み鳴らしながら前に進む、風の抵抗を減らすために体は自然に前傾姿勢になっていく。

 しかしそれでも力を無駄にしないようにと確実に足は大地を踏みしめる。

 手への注意は薄れていた。ただバランスを保つことを意識している。

 

 ……コースの内側を走るクリスちゃんからの熱視線を感じる。

 思わず視線をそちらに向けてみると……感心した。クリスちゃんは体の扱いがうまい、体幹が強いのか私の走りを見ながら走っているのにもかかわらず走りにブレがない、それに歩幅が違うにも拘らず食いついてくる。

 どうやらピッチ走法が得意なのはこの子も同じようだ。末恐ろしいほどに足が回転している。

 これは将来凄いウマ娘になるんじゃないかと素人ながら感じさせる走りだった。

 

 一周走り終え、コース外へ戻り一息ついて考える。

 短い時間ながらとても有意義だった、この子の走りは今後の自分の成長のヒントになるかもしれない。

 

 

「シンバシさんと走るの、とっても楽しかったです! また走りたいです!」

「私も楽しかったし、得るものも多かったよ。多分いつもここら辺で走ってるからまた今度ね」

 

 

 寿司を食べに行くという二人と別れを告げ、一人自宅へ歩き出す。

 朝食べてなかったので母の手料理に思いをはせながら、また今日の出会いがこれからの自分に大きな影響を与える予感を感じながら……

 

 

 

 

 

 




幼名は会長みたいに母馬の名前から来てます。
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