とても励みになります!
春も終わりを迎えて、初夏の陽気を感じるようになってきた今日この頃。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
トレセン学園はいつも以上の活気を見せています!!
あたしの名前はアグネスデジタル。どこにでもいる一般ウマ娘。
あたしは今……
「むふふ……っ! 初々しいウマ娘ちゃんたちサイコー!!!」
楽園……、いやッ! 天国にいます!!!
少し前の入学シーズンに推しがたくさん生まれたのにもかかわらず……まだ見ぬ新たなウマ娘ちゃんたちがまたやってきたんです!!
そうっ!!! 今日はオープンキャンパス!!!!!
憧れや夢や希望を詰め込んでやってきた小さなウマ娘ちゃんたちからしか摂取できないエモみがあります……!
特に憧れのヒトに出会ったウマ娘ちゃんたちが屈託のない笑顔とキラキラとしたまなざしで話しかけている光景は……最の高!!!!
そんな風景を少しでも多く見るためにあたしは今日、案内係に立候補したんです……とはいっても眩しすぎて話しかけるのは恐れ多いので片隅から観察しているんですが……
……? あれは、会長さん?
「……日本ウマ娘トレーニングセンター学園、かあ……!」
通称トレセン学園、目の前の校門から広がる景色に私は何だか感慨深い感情を覚える。
東京競馬場から走って割とすぐにあるこの学園は本日オープンキャンパスで一般公開されている、……さすがに今日は河川敷を走ってきたわけじゃない。
私が立ち尽くしている間にも横から後ろから見学しに来たウマ娘たちが追い越していって先に学園内へと入って行っている。
この先に私が求めてやまない施設があるのか、と高揚感を覚えながらも、後に続いて中へと入っていった。
「……?」
パンフレットを配っている子から受け取り、とぼとぼと道なりに進んでいると、どこかから視線を感じる。
はは~ん、また会長と勘違いされてるな。
『え? シンボリルドルフに勘違いされるかもしれないって?』
一応間違われないようにと事前に父さんに相談してみたのだが『だったらこれを持っていけ』と言われ渡された父のサングラスは付け方がわからなくて鞄の中で肥やしになってしまっている。
つまりいつもと特に変わりはないので勘違いされるのも仕方ないのだが、だが!
やっぱり生徒の人くらいは気付いてほしいなと思ってしまう。 私は私服で来ているから当然制服を着ていないし、まず耳飾りをしていない。なぜか知らないけどウマ娘の子たちはみんな耳に飾りを付けているが、自分はおしゃれに気を使うことなんて必要最低限しかなかったので付けてないのである。
……どうしようか……、案内している子に交じってついていこうとも考えたものの、せっかくの機会なのだから無駄にするのはいけない。
数舜の間の逡巡のうち、松岡さんと連絡を取るために携帯を取り出す。
先日河原のレース場で毎週の日課になったクリスちゃんとの走り終わりにオープンキャンパスに参加することを伝えたところ
『え!? オープンキャンパス来るの!? 先に言ってくれれば俺が案内したのに~』
と、ありがたい一言を言っていたことを思い出したのだ。
ついでに言えば、彼は『それって6月の奴だよね! だったら楽しみにしといてよ、準備しとくから』と言っていたので多分今日松岡さんは何かしようとしている。
「……」
懐から取り出した携帯の家族と松岡さんしか記載のない電話帳欄から松岡さんの電話番号へとコールを掛ける。
癖で耳のあったところにかざして何も聞こえなくなったり、今度は聞こえるようにウマの耳に当てて声は聞こえるものの、逆にこちらの声が聞こえなくなったりと何だか最近になって携帯に苦手意識が芽生えたような気がしなくもない。
そんな携帯のビデオ通話でかけたコールは少しの間をおいて繋がった。
「もしも《シンバシさん!!》し……クリスちゃん!??」
てっきり松岡さんが出てくると思った画面にはでっかくクリスちゃんが映っている。
《私シンバシさんからギンシャリボーイって名前を貰ったんですけど~!》
「はは、そうそう急に呼び方は変えられないよクリスちゃん」
《おっ? 誰と電話してんだ?》
見知らぬ声が聞こえると同時に見知らぬ顔がぬぼっと出てくる。銀髪のウマ娘だ。耳あてと帽子のようなものを付けているがそれが似合っている。
《会長か? いやちげーな、じゃあおめーが噂の日暮里か》
「えっ、シンバシです……」
《なあなあキンバリ~養殖派? 天然派?》
「シンバシです……天然派かな」
《だよな!》
……切れた。
切れた瞬間「あっ、ちょ! 」って声が聞こえた気がする。
何だったんだあの子? というかまだ話を聞いてないので再び電話を掛けてみるものの、出てこない。まるでバッテリーが切れたかのように無反応だ。どこかからドドドドと走っているような音が聞こえるような気がしなくもない。
唯一の合流するための手段が絶たれた今、できることは一つしかない。
人に聞く。
松岡さんはサブトレーナーだから知っている人が少ないかもしれないが、チームの主任トレーナーをしているらしい沖野さんならば知っている人もいるかもしれない……!
手が空いてそうな人を探しに未知のトレセン学園構内に旅に出たのだった。
。。。
学内を散策しながら歩いているが中々暇そうな人は見つからない。
見学者たちを案内している子に声をかけるのは勘違いが発生しそうで憚られるし、かといって本当に暇そうな人は多くない。
何せここは学校なので、授業はあるため大半は教室内で授業に参加しているし、ジャージ姿でトレーニングをしているウマ娘の邪魔をするのも申し訳ない。
……河川敷で見かけた紅白ジャージ、やっぱりここのだったのか。会長と盛大に勘違いしてくれたあの子には何か詫びを入れたいな、多分今頃事実確認をして恐怖を感じているかもしれない。
途方に暮れて、正門の先にある噴水の前のベンチで座っていると、ふと目立たないところに一人のウマ娘の姿が目に付いた。
明るいピンク色の髪色をしたその子は……なんだか私を見ているような気がした。見学者……じゃないな、トレセン学園の制服も着ているし……
じっと見続けているとこちらと目線があった。どうやら気付いたようで固まってしまっている。
今が声のかけ時だろうと判断してベンチから立ち上がり一直線に向かう。
「少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
勘違いしてしまって緊張してしまっているのか頭につけてある大きなリボンの裏に隠れてしまうほど耳を後ろにずらして、おぼつかない様子で受けごたえしてくる。
「ひゃいっ!! かっかか会長さん!? あたくしめに一体何の御用でしょうか……」
「ああ、勘違いさせてしまってごめんなさい、私は見学しにきたシンバシというものです」
ひょっ? と素っ頓狂な声が目の前の小柄な子から漏れ出てくる。彼女はシンバシさん.と数秒ほどフリーズした後「ちょ、ちょっとまってください!」と私に言っているのか自分自身に言っているのか定かではないつぶやきをした後、ぐるっと一周私の周りをまわると口を開けた。
「……そういえば制服じゃないし耳飾りもしていない……不覚ッ!!! ごめんなさい!! 不肖ながらこのわたし、すべてのウマ娘ちゃんたちのファンであろうといながら勘違いして気付くことができませんでした……」
「ファン……?」
全てのウマ娘ちゃんたちのファンとしてシンボリルドルフ氏のことも応援していたのだろうか、似ている自分を別人だと気づけなかった事をこの子はとても後悔しているみたいで、「遺灰は海に流してください……」なんて滅相でもないことをのたまっている。
「あの……、良かったら案内をお願いしてもいいですか?」
「あんない……? ああ、案内! ハイ! 是非ともこのアグネスデジタルにお任せくださいッ!!」
じゃあ行きましょう!!! と若干テンションがおかしくなっているような気がするアグネスデジタルちゃんに先導されて私はトレセン学園内部へと本格的に見学することとなった。
。。。
「ここがカフェテリアです! 今はお昼じゃないのでやってませんがランチはとっても美味しいんですよ! みんなで談笑しながら美味しそうにご飯を食べている光景はとっても眼福なんです!!!」
「そうなんだ」
「オグリキャップ先輩の食べっぷりは見ているだけでも幸せになりそうなんですけど、タマモ先輩やクリーク先輩と一緒に食べているときは食べる速さがゆっくりになっているところなんて嗚呼……思い出すだけで尊い……」
「そうなのか……」
。。。
「ここはトレーニングジムです!! トレーニングで悩むことがあったらメジロライアンさんに聞いてみてください! 優しく的確なトレーニングを教えてくれるかもしれませんよ」
「なるほど……」
。。。
「ステージですね! ……あ、アレはファルコちゃん……、少し行ってきてもい『ファル子が逃げたら~?』追うしかなーい!」
「あっ、行っちゃった」
。。。
アグネスデジタルちゃんの学校案内は順調に続き、次は練習用トラックを見に行こうかという話になった。
そこで流されて忘れていた目的である沖野さんのチームのことを思い出したので聞いてみる。
「沖野トレーナーさんのチーム……ですか?」
「知ってたら何処にあるか教えてほしいんですが……」
チーム名ではなくトレーナーの名前から考えてもらうのは少し申し訳なく思っていると、合点がいったのか手をポンとして
「あぁ~! スカーレットちゃんとウオッカちゃんがいる"チームスピカ"ですね!!」
と頷いた。
「スピカ?」
どんな子を担当しているのか聞いておけばよかったと後悔先に立たずを実感して聞き返すと、ご存じないのですか!? ととんでもなく驚愕している。
「チームスピカはスズカ先輩とスペシャルウィークさん、ウオッカちゃんとスカーレットちゃん、ゴルシ先輩にマックイーンさんとテイオーさんと存在が尊みの塊で出来てるチームなんですよ!? 特にマックイーンさんとテイオーさんの二人の活躍は近代エモのエモの最有力候補として私の中で注目されているんです!!!」
「そうなんだ……」
この子をしばらく見ていてウマ娘たちに対する熱い思いを感じ取った。先ほど言っていた通り、すべてのウマ娘たちにその思いがあるのならば、間違えたことに対する自戒の気持ちが強くなるのも仕方ない事なのかもしれない。
ふと、気になった。
「あの……」「ハイ?」
「なんでアグネスデジタルさんは沢山のウマ娘たちのことを推してるんですか?」
一瞬の間。
「尊さが、推しを、作るんです!!!!!」
「尊さ……ですか」
すごい熱量でもってその思いをアグネスデジタルちゃんは吐露した。
「ウマ娘ちゃんたちの御姿はただ見ているだけでも尊いものですがより強い感動すなわちエモを感じるにはウマ娘ちゃんたちの日常を見ることが必要なんです……! 競い合うウマ娘ちゃんの友情が、思いが、夢がレースという場で喜怒哀楽を飾るんです!!!」
「……ここじゃあなんだしカフェテリアにいきませんか?」
「アっそうですね」
彼女の熱意はすさまじい。
一日中語ることもできそうな気がしてくるので、いったん区切って場所を変えることを提案した。彼女の思いは自分に新たな価値観を与えてくれるような気がして、どこか落ち着けるところで詳しく聞いてみたいと思ったからだ。
カフェテリアにはいつの間にやら授業が終わったからなのか、たくさんの生徒が思い思いに昼食を楽しんでいた。
その中の一角にまだ誰も座っていない四人テーブルを見つけ、アグネスデジタルちゃんとは対岸の方向に座った。
「お水どうぞ! 「お水どうも」 それで推しの事ですけど~」
彼女の話を聞きながら、その考えを自分の身近なものに当てはめてみる。
言っていることには納得できるものがあった。
自分と縁が深いクリスちゃん、いやギンシャリボーイがいつか大きくなってレースに勝ったとしたら自分はどう思うだろうか……
年甲斐もなく大泣きするような気がしてならない、親心みたいなこの気持ちが尊いということなのか…。
なんてことを考えているといつの間にかアグネスデジタルちゃんはまた最初にあった時のように固まっている。
その視線は自分と自分の後ろの何かを交互に見ているように見えた。
「……?」
そう言えば何か重圧のようなものを背後から感じる気がする。そんな違和感を感じて振り返るとそこには
「やあ、相席してもいいだろうか」
『シンボリルドルフ』その人がそこにいた。