励みになります!
和気あいあいとした雰囲気が漂っていたカフェテリア内が騒めき始めている。
それはスペースの一角に発生した緊迫した空気が原因だった。
比較的近くの席に座っていた生徒たちは現場で起こっている光景に目を輝かせて観察に徹している。
「……どうぞ」
事前からシンボリルドルフと出会う可能性は十分に考えていた。もし出会ったのならば騒ぎを起こしてしまったことの詫びを入れようとも思っていた。
しかし……、何だこのすさまじい威圧感は……。
何か獣に狙われているような威圧感を彼女から感じる。
河川敷で会ったあの子が言っていたように駄洒落を言いそうな雰囲気は感じないのだが……。
「すまない、他の席は埋まっていたんだ」
無言を貫くのは好ましくないと思い、声を絞り出す。
するとシンボリルドルフは机の対面に周り、アグネスデジタルちゃんの隣に座った。
バランスの取れている和食が載せられている。
「知っているかもしれないがシンボリルドルフだ。生徒会の会長をしている」
「ぬ、ぬふふ……!! あたしの灰色の脳細胞が沸騰しちゃいそう……!! 」
そう言ってシンボリルドルフは右手をこちらに差し出す。
「シンバシ、シンバシルドルフです。よろしくお願いします」
それに私も応じる。名前を告げる際、少し躊躇してしまったものの両親との会話を思い出してはっきりと答えた。
自分は自分だ、気を強く持っていこう。 「!?? 絵面が良い……!! 良すぎるぅ……! ンン゛ッ」
シンボリルドルフは私の名前を聞いてもあまり驚くといった反応はせず、納得をしたかのように頷いている。
何か話を切り出さないと思索に耽っている私の傍らにもう一人の来訪者が訪れた。
「すみません会長、お待たせしました」
「エアグルーヴはそこに座ってくれ」
私の隣の席を手で指し示すシンボリルドルフ。プレートを持っていることを確認すると咄嗟に椅子を引く。
すると
「あぁ、ありがと……う……?」
背後からやってきたこともあって私の顔を見ていなかったからか、唖然とした顔を晒してしまっている。
会長と同じく昼食をプレートに乗せたエアグルーヴと呼ばれた彼女はとりあえず座ると、私と対面にいるシンボリルドルフを交互に見て、訳が分からないものを見ているかのような表情になった。まるで宇宙を視たかのように固まるとしばらくしてから「ハッ」と再起動してこの状況を飲み込んだからなのか、自分の持論が正しいのか縋るような表情で
「会長は双子だったんですか!?」
と言う。「普段キリっとしてるエアグルーヴさんの慌てる姿……まさにギャップ萌え! ────良き……」
そう思うのも無理はない。私が違う旨を説明しようとするよりも先に眼前のシンボリルドルフさんが
「どちらが姉に見えるかな?」
と揶揄う様子で問いかけたことによって場は混沌な様相を見せる。「─────スッ……」
……いつの間にか感じていた威圧感は消散した気がした。
エアグルーヴさんのみならず周りから見ていたほかの生徒たちからもどちらが姉か妹か論争が聞こえてくる。
『あっちの制服じゃないほうの会長さんがお姉さんじゃないかな? ……だってくたびれてるし』
『いや~、案外しっかりした姉を持ったからああなったのかもしれないよ?』
くたびれてる印象なのか……。
論争の中、エアグルーヴさんも真面目に考えてくれたのか、恐る恐ると自分の考えを告げる。
「……雰囲気が落ち着いているこちらの方がお姉さんですか?」
そう言って自分のほうに顔を向けるエアグルーヴさん。
少し見ていただけでも真面目そうな雰囲気を感じただけに、耳を絞ったり不安そうな顔をして訊いてくるその姿を見ているとなんだか可愛らしくて笑ってしまう。
シンボリルドルフさんから感じた威圧感と似て異なるものが自分自身も流れ出ているのか、比較方法がフィーリングのひとばかりだ。
「……一体どっちなんですか?」
ジトっとした眼差しで見つめられた私は、そろそろ種明かしをしたほうがいいのでは、とシンボリルドルフに目線を送る。
シンボリルドルフは分かったというように頷いて見せると
「すまないエアグルーヴ、これは冗談で私とこちらのシンバシルドルフは初対面だ」
カフェテリアにいる話を聞いていた生徒たちがアグネスデジタルちゃん一人を除いてフリーズ状態になる。
双子のほうがまだ信ぴょう性がある情報だったのだろう。わかる。
『……?』
「初めまして、シンバシルドルフです」
「…………?」
だめだ、完全に思考が止まっている……。
復活まで時間がかかりそうなエアグルーヴさんを尻目に、そう言えばさっきからアグネスデジタルちゃんが固まっているような気がして声をかけてみる。
「デジタルさんはどう思いますか?」
「エ゛ッ アッハイ!? あたしですか!? ……あたしは普段は気を詰めている会長さんが姉妹だけになった時にだけ気を緩ませて『姉さん、偶には甘えさせてほしい……』となるシチュエーションがいいと思います!!!」
……?
「……いやいやしかしながら双子だから出来るシチュは尊いものが多くて……、じゅるり……」
ウソでしょ……、無からシチュエーションを想像してやがる……!
「って口に出ちゃってましたか!? あ、あははー……ゴメンナサイ……」
。。。
「全く……、戯けたことを……」
暫く経ち、再起動したエアグルーヴが呆れる。
一時大混乱に陥ったカフェテリアだが、暫く時間がたったことにより落ち着いた光景を見せていた。
授業や活動をするために人が減ったことも要因だろう。
「……そういえば私の事をどうやらご存じのようですね」
「ああ、噂の件もあるんだが、先日の日本ダービーでね」
日本ダービーでのことは心当たりがあった。私と合流する前にクリスちゃんと松岡さんが出会ったという誰か、もしかしたらとは思っていたがやはりシンボリルドルフ本人だったのか……。
「へえ、会長さんも会場にいたんですね……」
ピクリと一瞬、シンボリルドルフの耳が反応する。
意図せず偶然韻を踏んでしまっただけだったが、なるほど、察しがついた。
「会長、噂というのは一体?」
「エアグルーヴは知らなかったか、ここ最近行った覚えのない場所で私に会ったという報告が多くてね。私のドッペルゲンガーがいるんじゃないかってテイオーが広めたんだ」
「あたしはてっきり会長さんのファンサ力が天元突破して分身できるようになったのかと思ってました」
どういうことだ……?
「その正体がこのかいちょ、ではなくシンバシだったということですか……」
「そういうことです。────そういえば、新橋での事は結構大きな噂になったでしょう? それをお詫びしたいなって思ってたんです」
「ああ、その件だったら問題はないよ、君こそ噂の通りなら倒れたと聞く。異状はなかっただろうか」
「ええ、あの時は異常な状況にあったので情緒不安定な状態だったんですけど介助してくれた人がいたので何とかなりました」
今のコンディションは上々です。と続ける。
顔を伺うとこいつ分かってやがると得心のいった顔をしているのが初対面であるのにも関わらず分かった。
売り言葉に買い言葉、会長も新しく話を切り出してくる。
「──スキーは、好きかな」
「「!」」
「?」
唐突に投げかけられたシンプルな吹っ飛ぶレベルのわかりやすいダジャレだ。アグネスデジタルちゃんとほぼ同時に会長の言葉に反応する。
この会長、試している。
咄嗟に私も頭を回転させて応える。
「同じウィンタースポーツのスケートに傾倒しているんですけど、スキージャンプ・ペアは面白そうですよね」
「! ああ、ペアで飛んでみたいな! 甥っ子はいるか?」
スキージャンプ・ペアは二人で飛ぶスキージャンプだ。特例で三歳以下の甥っ子ならば三人目も認められている。
生憎甥はいないのだが……。これはダジャレのキャッチボールだ。そうと分かれば言うことは一つ。
「甥ですか……まあそれは追い追いですかね……」
「!!」
シンボリルドルフは手をこちらに再び差し出してくる。「今のやりとりは一体どういう意図が……? 」「まさかこんな間近で会長さんのダジャレの応酬が見られるなんて……徳を積んでてよかった……! 」「……そういうことなのか!? 」
それは先ほどの空気ではなく、自分の同志を見つけた感無量な気持ちを押し出したかのような様子である。
ありがとう河川敷の子!!
「オープンキャンパスに来てくれたということは、このトレセン学園に入ってくれるのかな」
「忘れていたが……そうかオープンキャンパスか。入るとしたら高等部に編入になるのか?」
知りたいことがあれば気軽に聞いてくれという二人に
「はい、多分編入する形になります。でも三人共先輩ってことになるんですかね」
「!? あ、あの~ちょっとお聞きしてもいいでしょうか……?」
先ほどまで固まってしまっていたアグネスデジタルちゃんが再起動して年齢を問いかけてくる。
それに答えると、三人は驚いた顔を見せる。私の姿はシンボリルドルフに似ている。自分自身顔を合わせて運命的、というか作為的にさえ思える奇妙な感覚を感じるほどだ。そしてシンボリルドルフは高等部であり、常識的に考えても中等部に入るようには見えないだろう。
「も、モシカシテ、あたしよりも年下なんですか!???」
「本来なら今年中等部に入学する年です」
「……なんだそれは……たまげたなあ」
とてつもなく驚いた姿を見せているアグネスデジタルちゃんとたまげているエアグルーヴさんとは対照的に、ルドルフさんは納得している。
「つい最近まで噂を聞かないと思ったが、そうか、本格化か……。私自身、本格化を迎えたウマ娘たちは多く見てきたが、こんなにも外見に作用したものは初めて見るな。急な体の変化には戸惑うこともあったんじゃないか?」
「一挙手一投足すべてリハビリしなおしましたよ……あと、たくさんのヒトからあなたに勘違いされることが一番堪えました。自己の確立に多大な影響を受けましたし」
体の動かし方に関しては前世の関係上本格化以前の問題のような気もするが、『シンバシルドルフ』にとっては死活問題だった。私が私としてここにいるのはギンシャリボーイに並び立つという自分の目標だけじゃなく、本来の『シンバシルドルフ』がここに確かにいるということを証明するための手段でもある。
「……そうか……、……すまない」
そう告げて顔を伏せるルドルフさん。彼女にとっての矜持を傷つけてしまったのか、ひどく動揺してしまっているように見えた。隣にいるアグネスデジタルちゃんも何やらシリアスな顔になっている。
「そう重く捉えなくて大丈夫ですよ…… 今は全力全開で走れるこの体が大好きですし、まだレースにも出たこともないですけど自分を慕ってくれる子もいるんです」
「それは良きみがあふれ出してないですか!?」
そうかな……、そうかも。
挫折を応援してくれる存在のお陰で乗り越えるウマ娘というのは確かにアグネスデジタルちゃん……デジちゃんが説いたエモい関係の一つであるかもしれない。
充実している今の日々はとても恵まれていると前世含めて長い間を生きてきたから断言できる。いろいろあったけれど今の生活は幸せだ。
「……そうか、それはよかった。……いい機会だ。私の夢を話しておこう」
「会長、いいんですか?」
エアグルーヴの問いかけに長い付き合いになりそうだからな、と答えると雰囲気が変わった。冗談を言い合っていた時から打って変わり、真剣さが増した表情で語り始める会長。
「私の夢は、デビューした時から終始一貫。────すべてのウマ娘の幸福になれる世界を実現することだ。その為に私はトレセン学園の会長をしている」
トレセン学園に入学してきたウマ娘達が日進月歩、各々が持つ夢に向かって一生懸命に努力ができる環境。どんなに恵まれた環境にない場所で育ったウマ娘でも、どんなに才能が無くても────ただひたすら一念通天、努力することさえできれば夢に辿り着くことができる。そんな環境を作ることを念願に置き活動を続けている。ということだった。
私が走ることに楽しみを見出しているように、他のウマ娘達もそう感じるのだとしたら会長の行動はそれを手助けする大きな役割を持っていることになる。実際そうなのだろう、前に見た日本ダービーやほかのレースでも参加しているのはこのトレセン学園の生徒たちだ。
彼女たちがライバルたちと切磋琢磨して実力を伸ばしあうためにはこの学園は不可欠だ。レースの先で見るかもしれない感動もここでの努力の積み重ねがあってのものだろうか。
そのためにこの人はどれ程の苦労を共にするのだろうか……。私の走ることの喜びを追求したいという夢に比べると、一人ではあまりにも途方もなく難しい夢を持っているのだなと脱帽する。
「あぁ~……。 わかります……!!」
全てのウマ娘の幸福を願っているにも拘らず『私』のような影響を受ける人が出るのは確かに堪えるものがあるなと思っていると、会長の話に思わぬ相手からの同意が上がった。デジタルちゃんだ。
「ウマ娘ちゃんたちを見ているとだれにも負けてほしくないって思うことが殆どです……! それはデビュー前から晴れ舞台まで見送ってきたファンとしての気持ちで……誰かが勝った時に自分、それ以上に嬉しくなるんですけど……ほかのウマ娘ちゃんが勝ったとしたらのIFを考えずにいられなくなるんです……『一着と二着が逆だったかもしれねえ……』とかなんとか……!!」
レースは厳しい舞台だ。勝つのは一着になったただ一人。すべてのウマ娘を推しているデジタルちゃんにとって、トレセン学園の恵まれた環境は勝ったウマ娘にも、負けたウマ娘にも友達と仲間たちと努力してきた幸せな日々を与えてくれてそれを間近で見ることができる尊い場所だ、という意見を聞き何だか会長は嬉しそうに尻尾を揺らしている。
シンボリルドルフとアグネスデジタルは形は違えど同じことを願っているのだ。
「……まさか同じ思いを胸に秘めた同志がいるとは……アグネスデジタル」
「会長さん……!」
パシッと高い音を鳴らし握手をする二人。意気投合できたようで何よりだ。
夢を語ることができる相手を得た二人に温かいまなざしを送っていると隣に座っていたエアグルーヴさんが声をかけてきた。
「そういえばシンバシ、学園の見学は終わったのか?」
「いや、まだチーム棟の方とトラックは見に行ってないです」
「そうか、ならば私たちも同行しよう。実はこの後のトラック練習は私と会長の所属しているチームリギルが貸し切っているんだ……」
ありがたいことに案内を申し出てくるエアグルーヴさん。断る理由もなく、お願いをして席を立つ。気が付けば太陽は傾き始めている。できるだけ早くチームスピカに行って挨拶をしなければ……。
「シンバシルドルフ」
私と同じく席を立った会長は私と向き直り、私の名前を一言呟いた。夢を語った時のような意志が宿った瞳に気圧されながらも
「どうしましたか?」
「────良かったら私と勝負してみてくれないか?」