汝、新橋の皇帝の神威を見よ   作:アあゝ

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蹄鉄

 

 会長に走りを誘われてからは物事があれよあれよと進み。

 走るためのジャージや靴類のサイズを測ったところやはりというか全てが会長と一致したため、スペアの練習着一式を貸してもらえることになった。

 

 シンボリルドルフから紺色のトレーニングシューズを受け取った瞬間、想像していたよりも重いその靴によって体が少し前かがみに屈してしまう。

 いかにもスポーツ用のシューズだという外面をしているのにも関わらず、その実、体感で感じられる重さはずっしりとした革製の靴のようだ。

 

 

「このシューズ、重くないですか…?」

「…? これは長距離用シューズでトレーニング用の物の中でも軽いほうだぞ、特別製の蹄鉄を付けているわけでもないはずだが…」

「蹄鉄…ですか?」

 

 

 あまり耳にしたことのない言葉につい聞き返してみると会長はそうだが、と怪訝そうな様子で答えてきた。視線の先の今自分が履いているシューズの裏へと足をひっくり返すと、そこにはしっかりとした金属製の蹄鉄が取り付けられている。

 不思議なことにそれは馬の蹄につけられているそれと同じ見た目をしていた。

 

 

「うわっ本当だ」

「…普段走るときはどんな靴で走っているんだ?」

 

 

 馬の蹄には蹄鉄を付ける。馬にそこまで詳しくなかった自分でも知っていることだが、それがまさかウマ娘にもこういった形で使われていることなど知る由もなく、私は近所のスポーツショップに行ってヒト用の靴を買っていたのだった。

 今思えば店員の人が不思議そうな顔をしてしきりに間違いないかどうかと尋ねてきたが、その理由をようやく理解した。

 

「ランニング用の靴です、ヒト用の…」

 

 言葉にしてみると、なんだか申し訳なさが立ち上ってくる。クリスちゃんが目を輝かせてくれた走りも、松岡さんが見てくれた走りも何もかもが嘘だったような気がしてくる。

 そしてあのウマ娘。

 ギンシャリボーイに追いつくまでの道が前までは朧気ながら見えていたはずが、今はとても遠くに感じるのだ。

 

 

 

「…だったらまずは一度足を慣らそう。軽く一周走れるか?」

 

 

 無意識で耳が絞られたのか、はたまた別の要因か、気が沈んだのを察知した会長は私にウォームアップを提案してくる。会長のチームが貸切っているのかコースの中にはほぼ人はいない。しかもチームメンバーのウマ娘たちもコースの外に出ているようだった。

 貴重な機会を足が重いからなんてくだらない理由で無駄にするのは嫌だ。走りたいというこの思いは変わらないはずだと心の中に強く言い聞かせ、返答を待っている様子の会長へと向き直る。

 

 

「行けます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長と並んでスタートダッシュを切る。

 といってもウォームアップと足慣らしを兼ねたものであるためにそこまで速度は出ていない走り。

 ちらと隣を走る会長を見ると事もなげに走る会長がいる。それも自分の履いているシューズとは別のものをだ。

 

 重い。

 

 その言葉一つがしきりに脳内をよぎる。人だったころの全身からやってくる無力感とはまた別の重みが足を振り上げるたびにやってくる。…でも決して走れないわけじゃない。

 考えてみればこの状況はおかしいのだ。本来ウマ娘にとってこの程度の重さは、走りにはさした影響を出さないはずだ。現に隣を走る会長は今自分よりも重い蹄鉄がついたシューズで私よりも軽やかに走っている。

 …会長は三冠ウマ娘だから、というのもまああるだろうけど、ほかのウマ娘だろうと大なり小なり自分より走ることができるはずだ。

 そう、これは自分だけの問題なのだ。人間として生きた記憶があるだけにどの程度手を抜いても走ることできるのかがわかってしまう私が、如何に力をセーブしながら回転数を上げることによるスピードアップを狙うか、そんなあのウマ娘の猿真似をした走りを無意識のうちに採用していたせいか、ペースが乱れる。

 

 時折ちらりと会長が見せるこちらを見る目が期待を孕んだものから別の感情へと変わる。そのことに自信が気が付いた頃、会長は私に向けて声をかけてきた。

 

 

「シンバシ、あんまり気負わないで走ってほしい」

「ッ? それは…」

 

「最初は誰だって走るのが得意なわけじゃない。アスリートとしてウマ娘を育成する施設がここだ。君の今の走りに期待していなかったと言ったら嘘になるが、九年面壁、本気で競い合うのは君が学園に入学して成長した後にとっておこう」

 

 

 そう並走しながら息も切らさずに告げてくる会長。

 確かに今の自分じゃあかなわないだろうなと納得しかけるも、しかし胸のどこか奥深くから強い憤りを覚えて強くこぶしが握られる。

 自分自身敵わないと納得しているはずなのに、強い対照的な想いが込み上げてくる。

 取るに足らない存在に思われたと感じたからなのか、シンボリルドルフにぎゃふんといわせたい、シンボリルドルフの中に強く印象を根付かせたいといった気持ちが溢れてくる。

 まるで私のものではないような想い。

 それがここまで流されてきた私自身の勝負心へと変換されていく。

 

 

「そうですねっ、でも会長、油断大敵ですからね!!」

「! そうか!」

 

 

 負けたくない、勝ちたい。新たな芽生えた思いを胸に秘め、最初よりも強く踏み出すようになる。

 気が付けばコースを走りだして半周ほど、観覧席だろうか、椅子の並んでいるあたりまで来ていた。

 少しでも足の感覚の違和感をなくそうと、そちらには目をくれずに走っていると私にとって聞き覚えのある声が右耳の方向から聞こえてくる。

 

 

「シンバシさん!!!」

 

 

 聞きなれた声につい足を止めてしまう。右を見ると観覧席のあたりにできた人だかりの中に見知った顔が幾つもある。

 

 

「クリスちゃん!? それに松岡さんに沖野さんも……」

 

 

 ……そういえば待ち合わせしていたことを忘れていた。会長に目配せするとクリスちゃんの顔を見て納得した様子で。

 

 

「私がついていったら混沌とするだろう? 行ってくるといい」

「ありがとうございますっ!」

 

 

 私は会長に軽く手を合わせて会釈してから足早にクリスちゃんたちのところへと向かった。

 

 

 

 

「今日は合流できなくて本当にごめんなさい……!」

 

 

 顔を合わせて早々に私は予定を開けてくれていたのにもかかわらず合流できなかったことを詫びる。そんな姿を見て、沖野さんは苦笑しながら

 

 

「シンボリルドルフに声かけられちゃあ仕方ないさ」

「えっ……」

 

 

 確かに今会長と走ることになっているが……いったいどうしてそれを知っているのだろうか…? 

 

 

「もしかして……学校中に噂になってます?」

「え? いやあ違う違う……違わねえけど、そこのアグネスデジタルが教えてくれたんだよ、それに連絡できなくなったのはうちのゴルシのせいだから気にすんなって」

「えっ」

 

 

 沖野さんの目線の先、生徒たちの山の中に桃色の髪と大きなリボンがひょっこりと顔を出している。

 そういえばいつの間にやらデジちゃんはどこかに消えていたのだった。自分自身のことで精いっぱいだったとはいえこんなところにいたとは。

 

 気を利かせてくれたデジちゃんに感謝の意を込めて拝む。

「そ、そっそそそそそんな恐縮です!!!!」とは言っているが今日一番頼りになったのは紛れもなく彼女だ。

 

 

「ねえねえカイチョー、今日っていったい誰とレースするの? …もしかしてボクだったり??」

「あっ」

 

 

 見覚えのある顔が沖野さんの後ろからひょろっと出てくる。青い瞳のウマ娘、どこかシンボリルドルフに近い印象を感じる明るい茶髪と白い三日月が、少し前に遭遇して誤魔化したあのウマ娘だと気づかせてくれる。

 

 

「……ドッペルゲンガー」

「…………ㇶェ」

 

 

 大粒の汗をだらだら流しながらありえないものを見る目で見つめてくる。しばらく固まると、マックイーン! と叫びながらササっと横にいた薄く紫色を帯びた白いウマ娘の後ろに隠れた。その子の耳が後ろに向いていることからどうやら何か伝えられている様子だ。うろたえながらじっと見ていると納得した様子で近寄ってくる。

 

 

「随分と親切なお化けでしたのね、先日はありがとうございました。危うく約束をすっぽかされるところでしたわ」

 

 

 当時の記憶もおぼろげになってきたため少し思い出すまでに時間を要する。約束…? 

 

 

「…あっ、マックイーンさんですか?」

「ええ、初めまして、わたくしメジロマックイーンと申します。後ろのはトウカイテイオー」

 

 

 半ば強引に後ろに隠れていたトウカイテイオーを引っぺがして横に並び立たせる。

 

 

「ボク、トウカイテイオーだよ」

「シンバシルドルフです、悪ふざけしちゃったせいで余計な心配をさせちゃってごめんなさい…」

「こ、怖くなんてなかったもん」

 

 

 小さく縮こまっている様子のトウカイテイオーを見ていると、どこか会長に似ているような気がする。そんな風に見ているからかナニ!? 何なの…!?? っといったような狼狽え方を見せるのでなんだか可笑しくて笑ってしまう。

 

 

「緊張はとれた?」

 

 

 そう尋ねてくるのは松岡さんだ。

 

 

「この半周の走りを見てて、俺はいつもと違うように感じた。何か気がかりなことがあったら教えてほしい」

「もちろんトレーナーだけじゃないぜ! オレたちもいるからな!」

 

 

 チームスピカの後輩候補だから何でも聞いてくれていいぜ、と鹿毛のショートカット……いやポニーテールの一種のような髪型をしたウマ娘が快活そうな笑顔を浮かべてくる。

 かと思えば後ろからとても長いツインテールのウマ娘に組み付かれて何か揉め出している。

 

 

「…そういうことだから、なにかあれば教えてほしい」

「後ろの二人は大丈夫ですか、それに他の人も……」

 

 

 まだ一言も言葉は酌み交わしてはいないものの、途轍もなく目を輝かせてこちらを見つめてくる子もいる。ショートカットに白い前髪と編み込みの純朴そうな子だ。

 

 

「この後走るんだろう? だったら時間が押してるからね、後はまた今度で」

 

 

 松岡さんの言葉にしゅんとしたまだ名前を聞いてない三人のウマ娘に苦笑を浮かべながら了承の意を見せた。

 

 

 

 

「シューズが重い!?」

「はい……」

 

 

 走って感じたことを聞くとチームスピカのメンバーは顔を合わせて困惑した様相を見せていた。

 

 

「適正距離に合わないからってわけじゃないの?」

「そういうわけではなく……生まれてこの方履いたことがなかったので……」

「こういった場合ってどうなんですの? トレーナー」

 

 

 話を聞いたメジロマックイーンが沖野トレーナーに意見を求める。

 

 

「いいか? 蹄鉄付きのシューズを履く理由ってのは、速く走るためのものだ。 高速で走るレース時にかかる足の負担を抑えるため、コーナーでのグリップ力を上げるため、主にそういった手段のものなんだがな……。だからこれから本格的に走るとなるとその重さに慣れることが今後の課題な訳だな」

「じゃあ、今はただ走りきることを目指せばいいと?」

 

 

 まあ、そうなる、と歯切れの悪そうに伝えてくる沖野トレーナー。自分自身また不安になってきた。自分を信じることができない不安感が心に重くのしかかってゆく、私はこの模擬レースを走りきることができるのだろうか…。

 

 

 

「でも、シンバシさんとても速いよ?」

「…えっ?」

 

 

 思いがけない言葉が飛び込んでくる。その言葉の飛び出た方向を向くとそこにはクリスちゃんがいた。

 

 

「クリスちゃん…、だが、シューズの有無で生まれる差は大きいんだ…」

「でも、いつもわたしより速く走ってるもん」

「クリスちゃん…」

 

 

 訴えかけてくれるクリスちゃんを見てウルっと来ていると、何かに気づいた様子の沖野さんが松岡さんに向けて問いかける。

 何か突っかかった様子の沖野さんは何か思い出しながら口にする。

 

 

「…そういえば松岡、クリスちゃんがこの前ジュニアカップで優勝してたのを話してたよな?」

「はい、先月に」

「…いつも練習しているところってどんなところだ?」

「天候によって環境が良く変動しますが、ダートコースです!」

 

 

 その言葉を聞いて松岡さんはニヤリと笑う。まるで勝機を見つけたかのようなその顔をこちらに向けて

 

 

「この勝負、いけるかもしれん」

 

 

 と、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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