風景を見る蝸牛   作:kodai

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 まわる、まわる。丸い窓のうちがわで、衣服たちがまわっている。コインランドリーの丸椅子に座って、僕はぼんやりとそれを眺めていた。そもそも僕は、あまり昔のことは考えない。いやなことばかりだから、考えないようにしてる。しかし今となっては僕も立派にこの世の使い物であるからして、たまにはいろいろ振り返るのもいいかもしれない。仕事だって順調で、丸い窓の内側でまわる衣服が詰襟でないことがその証左だ。結局、あの頃の僕というのは本当に付ける薬のない大馬鹿で、金は取るわ人は刺すわで最低だった。しかも、あいつには自分のトラウマばかりを重ねて、ちっともあいつ自身を見てやろうともしなかった。せいぜい盗み見たのはタンスの中身くらいなもので、そのなかに有ったエロ本の一冊すら見ないふりをした。けれどそれも、今となってはいささかどらまちっくすぎる淡い恋と形容できる。たまに、あいつがどうしてるかなんて考えていたのも高校の頃くらいまでで、ネコちゃんと付き合い始めてからというもの、昔のことなんてまるっきりどうでもよくなってしまった。もちろん、サトノのことだってそれは変わらない。今の僕が考えるのは、帰ったときに「乾燥は40分って言ったじゃん」とネコちゃんから叱責を受けないよう、100円玉を追加投入したあとの気怠さに耐えることくらいなものだ。

 それにしたって、人生とは奇妙なものである。あんな半ぐれ通り越してがっつり犯罪者だった僕がほぼほぼ、お咎めなしでいられたのも奇妙だし、あんなにいい養母さんができたのも奇妙だし、ふつーに高校生をやれたのもやっぱりどっか気味が悪い。いま安定した職業につけていることも、ネコちゃんとの奇縁もどうしたって偶然の域を逸脱してる感じがする。本来、誰かからの恨みで突然後頭部を殴られて死ぬべき人間なのだ、僕みたいなのは。けれど、こんなことをいうとネコちゃんは例のカミサマを持ち出すから、僕はネコちゃんの前では極めて無神論者でいる。

 そう、奇妙と云えばもうひとつあって、それは今現在コインランドリーないで進行中の奇縁なのだ。というのも、僕がまわる衣服を眺めるのには理由がある。ふつーこんなぐるぐるをまじまじ眺めたりはしない、目がまわるから。人がなにかを眺めるときはたいていの場合が逃避であることを、僕はよくよく知っている。そして僕のこれはやはりまたしても逃避だった。何から逃げているといえば、そう。背後にひとり、いやな人物がいるのである。それは女で、長髪で、よく知っている顔なのに、実際、なにひとつを知らない女……。

 女は僕が缶コーヒーなぞやりながら鼻歌をうたい、乾燥が終わるのを待っている折ふいにランドリーに入店せしめた。一瞬目が合って、僕はハッとしてすぐさま視線を切ったのだが、それ以降ずっと背後から視線を感じるのだ。それ以降ずっと、まわる衣服に釘付けなのだ。ああ、かわいそうな僕……。未だ僕の背中、或いは後頭部に視線を刺す女は間違いなく、本物の里乃で違いなかった。

「……あなた」

 ああ! 声をかけられる。不運なぼく、不幸なぼく……。

「……な、なんでしょうか」

「あなたのせいで、わたしの“マイ”が消えちゃったの」

 す、と得心がいく。僕は薄々気付いていた。あの日、あのバス停でこの女が僕から逃げるように駆けだしたその理由について。

「……へえ、奇遇。そういえば、僕の“サトノ”も消えちゃったんだよね」

「あら、そう。それで、あなた知らない? わたしのマイと……それからあなたのサトノが、どこに行っちゃったのか」

 僕は返答に窮する。視線はまわる衣服をじっとみている。目がまわってきたような、意識がまわってきたような、とにかく窮して窮して、適当に、思ってもない言葉を吐いてしまう。

「……さあ。案外、どっかでふたり仲良く、やってんじゃないかなぁ」

 あら、そう。と、女は二度目のそれをまったく同じトーンで吐いて、ランドリーを出ていったようだ。ようだ、というのは、僕は未だに動けずに、窓にくぎ付けでいたから、足音だけしか聞いていないから。実際のところはわからない。けれど心は単純で、あの女との対話が終わったというだけで、緊張の糸をぷっつり切断せしめて、僕にふかいため息と脱力を与えたもうた。脱力のままうなだれて、丸い窓に頬をつける。なかなか、安心する暖かさだった。そして、僕は当たり前のことを考える。

 でも、でもやっぱり。あの女は里乃だけれど、僕の里乃じゃなかった。僕の里乃ならきっと、いまに僕の頭をこつんと叩いてきっと言うんだ。ばかね、舞ってば。なんて……。

 そして、自嘲気味に笑う僕の後頭部に、鈍い衝撃が走った。こつん、或いはガツン、と。振り向いたとき、そこに立っているのが希望か絶望かなんてわからない。結局人生なにがあるかなんてわからなくて、今後、僕がどのように振り返ってもそれは変わらない。だけどひとつ何かを云うのなら、それはやっぱり。

 

 かみさまかみさま――

 

 

 

 ――僕はあんたがだいっきらいだ!

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