学生の夏休みが終わり数日が経った頃、とある廃工場に数人の人影があった。そこにいたのは
「話してみたら意外と良い奴でよ!
「……とんだ大物連れてきたな……トゥワイス」
ペストマスクを着けたヴィラン、オーバーホールの姿がそこにあった。Ms.ダークライの姿は見えず、単独でトゥワイスに連れられてきたのだった。
「大物とは……皮肉が効いているな
オーバーホールがそう言うのも当然のことだ。
何せ今の世間では、最も大物と呼べるヴィランはMs.ダークライであり、次いでヴィラン連合だ。妹弟子という関係上、戦力としてはMs.ダークライと同格程度と見られており、世間からの見方は潜伏してるかどうかの違いしかないのだ。
対してオーバーホールは30人にも満たない程度の小さなヤクザの若頭。知名度という意味では圧倒的なまでに差があった。
「何!?大物って、有名人!?」
「”先生”に写真を見せてもらったことがある。いわゆるスジ者さ。死穢八斎會、その若頭だ」
弔も当然知っている。何せ先生……オールフォーワンは裏社会の支配者だ。裏社会の、強個性を持っている者を知らないはずがなかった。
「極道!?やだ初めて見たわ、危険な香り!」
「私達と何が違う人でしょう?」
トガの疑問ももっともなものだ。ヴィランであり、危険な存在。そういう意味では同じような存在とも言える。違うのは年季というただ一点だけだ。
「よーし中卒のトガちゃんにおじさんが教えてあげよう」
トガに視線を向けられたMr.コンプレスが軽い態度で答える。
Mr.コンプレスはかつての強大なヴィランの子孫だ。裏社会の住人と言っても過言では無い。なれば事情も詳しく知っていた。
「昔は裏社会を取り仕切る恐ーい団体がたくさんあったんだ。でもヒーローが隆盛してからは摘発・解体が進み、オールマイトの登場で時代を終えた。
シッポ掴まれなかった生き残りは
「まぁ、間違っちゃいない」
特に何とも思っていないと、説明に対し態度だけでオーバーホールは応える。
物理的に地下にいなければマトモに行動することさえ出来ない。それを世間という目線から見れば、天然記念物と言われても否定できない事実だ。稀に現存し、姿を現さないという意味では的確な表現と言える。
「それでその細々ライフの極道くんがなぜ
「いや、
マグネの疑問にオーバーホールは否定と別の答えを返す。昔から存在するヴィランであるからこそ、見えている現実は連合のものとは違うものだ。
オールマイトの時代に生まれたヴィランと、その前時代に生きるヴィラン。視点が違うのも当たり前だった。
「裏社会の全てを支配していたという闇の帝王……俺の世代じゃ都市伝説扱いだった。
だが老人たちは確信を持って畏れてた。死亡説が噂されても尚な」
分かりやすく違うのはオールフォーワンという支配者が見えていたかどうかだ。支配者がいれば畏れ、ヴィラン的行動も邪魔しないようにしなければならない。
また、支配下に入れば恩恵にあずかれることもある。それが目に見えて形になるのを知っているというのは、思想から変わる者も多い程に有効なことだった。
そしてそれだけ大きな存在であるとも言える。であれば──
「それが今回実体を現し……
──その椅子が空いたともなれば、野心を抱くヴィランなら誰でも着きたがるのは間違いない。
しかも今は支配者になった者には象徴たる王妃が如き存在、Ms.ダークライもいるのだ。以前にも増して社会への影響は大きくなるのは間違いなかった。
その言葉に反応したのはマグネ。世間の動きを敏感に感じ取るマグネは、世間から見たら既にその立ち位置にいる人物がいると疑問に感じていた。
「成生ちゃんはいいのかしら?」
マグネの言う通り、Ms.ダークライもヴィランである以上、支配者になりたがるのは予想できることだ。
しかもデビュタント時の彼女の言葉を鵜呑みにするならばオールフォーワン直々に同格であると言っており、弟子であることを含めれば後継のように思われても仕方のないことだった。
だがMs.ダークライのことを知っている人間程、それを否定できる。弔もオールフォーワンも、オーバーホールもそれは分かっていた。
「Ms.ダークライは支配に興味が無い。彼女は支配者の横にいるべき者であって支配者じゃない」
弔はオーバーホールからその言葉が出てきたことに少し驚きつつも、次の支配者への野心を隠さずに返答した。
「……よく知ってるな。あとウチの”先生”が誰か知ってて言ってんならそりゃ……挑発でもしてんのか?」
「次は、俺だ」
「今も戦力をかき集めてる、すぐに拡大していく。そしてその力でこのヒーロー社会をドタマからぶっ潰す……当然、Ms.ダークライの力も借りてな」
ヴィラン連合を率いる弔は言葉の通り、戦力を集めているのは間違いなかった。
一つだけ言えることがあるとすれば、現状の戦力を鍛えるだけでも十分に強大であることだろう。個人レベルならプロヒーローと戦っても勝てる人材が勢揃いしており、彼らが幹部のように扱われる組織が作れればそれで十分に「社会を潰す戦力」と成り得る。
オーバーホールもそれを分かっており、
月日が経てば膝を折る立場になるのは間違いなかった。故に今、ヴィラン連合を下に着かせなければいけなかったのだ。
「計画はあるのか?」
「計画?おまえさっきから……。……仲間になりに来たんだよな?」
そしてオーバーホールの優位性は現在であれば年季や戦力が上であることだ。組織力や明確なリーダーシップ、そういった面であればまだ上だった。
弔に欠けている部分、そこを指摘することで優位に立つ。それがオーバーホールの交渉だった。
「計画のない目標は妄想と言う。妄想をプレゼンされてもこっちが困る。勢力を増やしてどうする?そもそもどう操っていく?どういう組織図を目指してる?」
「ヒーロー殺しステインを始め、快楽殺人のマスキュラー、脱獄死刑囚ムーンフィッシュ。どれも駒として一級品だがすぐに落としているな?使い方が分からなかったか?」
指摘した彼らが落ちた理由は弔には使いづらいだろうとMs.ダークライが放置したからなのだが、弔もオーバーホールも知ることは無い。
問われた弔はというと、返事などより苛立ちが先に出ていた。ステインはムカつくやつだ、活躍を潰してやろうとした。二人はイカれてるなと思いながら投入した。だがそれを指摘され、落としたと言われるのは腹が立った。
「イカれた人間十余人もまともに扱えないのに勢力拡大?コントロール出来ない力を集めて何になる」
「目標を達成するには計画がいる。そして俺には計画がある。今日は別に仲間に入れてほしくて来たんじゃない」
オーバーホールはここに来た目的を話し出す。Ms.ダークライから遠慮するなと言われ、ヴィラン連合では善良な方であるトゥワイスに誘われ、危険性と可能性から「使う」予定だった目的を。
「トゥワイス……ちゃんと意思確認してから連れてこい」
苛立つ弔へ顔を向けるトゥワイス。その視線はどこか、すまねぇと言っているようだった。
「計画の遂行に莫大な金が要る。時代遅れの小さなヤクザ者に投資しようなんて物好きは中々いなくてな。ただ名の膨れ上がったおまえたちがいれば話は別だ。
俺の傘下に入れ、おまえたちを使ってみせよう。そして俺が次の支配者になる」
野心を隠さずに表に出すオーバーホール。次の支配者という椅子を狙うヴィランという意味では弔と同じ。ライバルというより、競争相手なのだ。それも裏社会での競争相手だ。
「帰れ」
目的の人材でなかった以上、弔からすれば交渉は決裂だ。何より、ヴィラン連合を支配しようとする人物という時点でヴィラン連合からすればNGなのだ。
ヴィラン連合は自由を求めて集まった者たち。再び碌でもない支配を受け入れることなどできはしないのだから。
そこを揺さぶるように、オーバーホールは口を開く。ジョーカーとなるはずだと思っているカードを切るために。
「
流石にこの言葉には弔とトガを除く全員が目を見開いた。
Ms.ダークライ、依光成生はヴィラン連合の協力者だ。弔の妹弟子兼先生という意味でも信頼を置いており、トガのように親密になっている者もいた。
そんな人物が裏切る可能性など、考えることすらなかったのだ。
もっとも、弔はあり得ないと分かっており、トガも成生ちゃんなら好きにやってるだけという信頼をしていた。
そもそもMs.ダークライはヴィラン連合を裏切るなどあり得ない。Ms.ダークライは気分次第でヴィラン連合に遊びに来るという関係であり、ヴィラン連合を放置しているというのが正しいのだから。
何より──弔にはそれを否定できる根拠がこの場にあった。
「無いな、Ms.ダークライは誰の下にもつかない。先生にすらついていないくらいだった。
……だろう?、Ms.ダークライ」
「──へぇ、随分と勘が鋭くなったね」
弔は天井近くで透明化して隠れていたMs.ダークライへと声をかけた。ただの直感だけだったが、返事が来るとも思っていた。
何せこういう「弔が関わる面白そうなこと」には必ず姿を現すのだ。姿が見えないなら見えないだけであり、必ずどこかにいると信用していた。
弔の予想は正しく、そこにいた。ドレス姿ではない上、服装や髪形も変わっておりパッと見では分からないが、声や個性は変わっていない。何よりその象徴足る深淵色の瞳が、一瞬だけこの場にいる全員に重圧をかけていた。
「成生ちゃん!」
「面白そうだったから来たよー」
重圧を消し、軽い言葉でトガへと返答するMs.ダークライ。姿を現すというだけで全ての注目を集めていた。
オールフォーワンやオールマイトのように圧倒的な存在感があるのではなく……注視しなければ儚く消えかねない雰囲気がそこにあったのだ。気分次第で全員を殺せる戦力が見えなくなるなど、危険以外の何ものでもなかった。
「今日は、私が目をかけている人が多いからね」
「……お前、こんなやつを?」
弔はMs.ダークライがどう行動しているかを知らない。考えすら分からない人の行動なんぞ知るかという指針からだった。が、Ms.ダークライの人を見る目は信じれるものがあった。
元々勘が鋭いやつだと分かっていることもあるが、Ms.ダークライが背を押す者達は弔の下には来ないことを確認できたことが大きかった。
Ms.ダークライに背を押されたものをスピナーとマグネが一人とっ捕まえて聞いたところ、求めているものが違うからだと答えており……そして確かに求めていたものは違ったのだ。
戦力的にも求めていない者であったこともあり、Ms.ダークライが送ってこないのも理解できるものがあった。そしてオーバーホールはMs.ダークライが背を押す者として戦力的に例外だったが、Ms.ダークライはヴィラン連合へ送ってこなかった。
つまりMs.ダークライが目をかけていながらヴィラン連合に送ってこない時点で交渉が決裂するのは当然ではあったのだ。
「私には私の目的がある。その一環ってやつかな」
それを教えろと弔とオーバーホールは問いただしたかったが、口にすることは無い。どうせ支配云々には関係ないのだろうと言葉にして機嫌を損ねたら、戦闘状態のMs.ダークライは殺しにきてもおかしくないのだから。
「アンタと戦いたくないんだが」
オーバーホールの言葉にMs.ダークライはニッコリと笑みを返す。
──違和感。弔が抱いたのはそれだった。
弔は飄々として好きに笑っていた依光成生という存在を知っている。もしこいつに頼れば深淵の底無き場所まで落ちる、そう思わせる性格を知っている。弄ばれれば一生こいつが脳裏に浮かぶようになる、そうさせる精神的な酷さを知っている。先生が、頼れば恋に落ちるような感覚になるだろうと評した人格を知っている。
だが今の笑みは、先生を思わせるような邪悪ではあったが……見つめられたら底無き深淵に落ちるようなものではなかった。
「もちろん私は戦わないよ。私は弔の”先生”と同じ枠だもの、参加したら面白くもない」
気分次第で参加することや、弔自身に関わることを避けるといった以前からの行動に変わりはない。行動だけを見れば弔にもMs.ダークライは変わってないと言える。
「アンタにとっちゃゲームか」
「うん?違うよ。私は私のやりたいことをやってるだけ。ゲームに見えるって言うならそれだけ隔絶した実力差があるってこと」
視線を向けられた弔は頭を掻いて仕方ないと返事する。Ms.ダークライのことを考えるのは、目の前の人物をどうにかしてからだ。
「まぁ……そうだな。今は、俺もMs.ダークライには勝てない」
隔絶した実力差があるのはその通りだ。弔であろうとオーバーホールであろうと、ヴィラン連合であろうと死穢八斎會であろうとMs.ダークライとの実力に差があるのは間違いない。
利用できはするが、Ms.ダークライは気分次第でしか動かない。今も、これから先も、それは変わることは無い。
弔の思考をよそに、Ms.ダークライは視線をヴィラン連合全員の方へと向ける。Ms.ダークライが協力しているのはヴィラン連合だ。弔だけではない。
「そんなことより、誰の下にもつかないのは私も弔たちも同じ。ならやることは決まってるでしょ?」
その一言でヴィラン連合側の面々がオーバーホールへと顔を向ける。Ms.ダークライは気分屋ではあるがヴィラン連合は協力関係であり、言葉や行為に起こした後なら考えが分からないわけではない。
Ms.ダークライの言葉の意図を真っ先に汲み、声に出したのはマグネだった。
「そうね。ごめんね極道くん、私たち誰かの下につく為に集まってるんじゃあないの」
マグネの個性が発動し、オーバーホールの頭部に磁力が付与される。同時にマグネは持っている大きな磁石の布を剥ぎ、吸い寄せる極を向ける。
N極へと寄せられていくS極が、磁石へ寄せられるオーバーホールという形で引き起こされる。相当な実力者でなければ、この不意打ちだけで脳震盪を起こさせただろう。林間合宿を襲撃した時の、ピクシーボブのように。
「!」
吸い寄せられるオーバーホールは即座に左手の手袋を外す。オーバーホールの個性は手で触れることで発動する。手袋を外すというのは、臨戦態勢に入るという意味だった。
「こないだ、友達と会ってきたのよ。内気で恥ずかしがり屋だけど、私の素性を知っても尚友達でいてくれた子。彼女言ってたわ、「常識という鎖で繋がれた人が繋がれていない人を笑ってる」」
ヴィラン連合は各々が好きに生きるために集まった集まりだ。ステインの影響を受けて集まった面はあるが、「ステインのような考えの者も集められる集まり」といった側面も大きい。
弔の下に集まってこそいるが、その側面を最も体現していると意味では成生の方が正しいのだ。ヒーロー社会の弾かれ者という方向で、成生はヴィラン連合と軸がズレているからリーダーではないだけだ。
そしてその側面をもっと簡単に言うならば──何にも縛られずに自由に生きたいということだ。
「成生ちゃんと同じ、何にも縛られずに生きたくてここにいる
私たちの居場所は私たちが決めるわ!!!」
マグネの一撃が決まると同時に──オーバーホールの左手がマグネの右腕に触れる。それで、終わりだった。
バツン!!!
殴った音でも切った音でもない音が響き、マグネの上半身は弾け飛んだ。そのまま下半身は膝から倒れ、血だけが流れていく。
「先に手を出したのはお前らだ」
「マグ姉ぇー!!?」
余りにも簡単に殺されたマグネにトゥワイスが叫ぶ。オーバーホールは正当防衛だと言わんばかりであり、起き上がりながらヴィラン連合を軽く睨む。
「ああ……汚いな…!これだから嫌だ」
触れた左手を汚いと言い、服の二の腕あたりでゴシゴシと拭く。オーバーホールの悪い癖が出ていた
あんなタイミングで拭くなんて潔癖症だなぁとMs.ダークライが呑気に見ていると、危険を察したのかMr.コンプレスが即座にオーバーホールへと飛び出した。
「待てコンプレス!」
(こいつやべぇ、おれの圧縮で──)
弔の静止の声も無視し、オーバーホールを圧縮すべく手を伸ばした。今ならマグネの攻撃によるダメージを引きずっているはず、判断は間違っていなかった。
が、どこかから飛んできた針のような銃弾がMr.コンプレスへ突き刺さる。その効果は即座に現れた。Mr.コンプレスの手がオーバーホールに触れ、圧縮された玉になるはずが……個性が発動しなかったのだ。
「触るな」
触れられたオーバーホールは切れ気味に左手で振り払い、個性を発動させMr.コンプレスの左腕を分解した。
「ってええええ!!?」
ヴィラン連合はオーバーホールの個性を知らない。どうしても後手後手にならざるを得なかった。唯一例外は
その代償がMr.コンプレスの腕一本と、マグネだった。
だがその理屈はオーバーホール側にも適用される。Mr.コンプレスに気をとられたオーバーホールへ、Mr.コンプレスより遅れて動き出した弔が、五指を触れさせようと手を伸ばしていた。
間に合わない、そして弔の個性は危険極まりないものだと予想がつく。オーバーホールの判断は早かった。
「盾っ!」
オーバーホールが大きく声をあげる、同時に天井からオーバーホールと弔の間に割り込む影が一つ。弔の五指は割り込んだ男に触れられ、崩壊の個性により身体は崩れていく。
「うぐっ…!」
「危ないところでしたよオーバーホール」
ヴィラン連合とのやりとりに割り込んできたという意味なら、現れたのは一人だけではなかった。隠れていたのがさらに二人。そして現れたのはそれだけではない。
「なるほど──…」
「ハナからそうしてりゃ幾分か分かりやすかったぜ」
壁を壊してさらに二人が現れる。2m近い巨体の男と、その頭の上にマスコットのような小ささの男が一人。
オーバーホールを除いた4人全員が実力者。一目でそう見抜いた弔は一旦動きを止めた。
何せ今ここにいるヴィラン連合は弔、トガ、トゥワイス、Mr.コンプレスの四人。オーバーホール側は五人だ。Mr.コンプレスは片腕が吹っ飛ぶ負傷もしており、数という意味での戦力では劣っていた。
「待て、どこから!?尾行はされてなかった!!」
「大方どいつかの個性だろう」
さらには個性も分かっていない。ともなれば今すぐ戦うのは分が悪い賭けになる。そんな弔の思考を他所に、オーバーホール達はヴィラン連合を視界に入れつつ口を開く。
「遅い」
「一発外しちゃいやした……しかし即効性は十分でしたね」
睨み合うヴィラン連合とオーバーホール達。天井近くではMs.ダークライが人差し指を顎に当てながら「うーん」と悩んでいた。
今はオーバーホール側にいるから……ではない。Ms.ダークライが気に掛けているのは壊理であってオーバーホールではないのだから。その気になれば壊理だけ連れて逃げ去ることだってできる。
そうしないのはヴィランだから、連れ去った後どうするか面倒だから、壊理がヒーローという概念を知らないせいでヒーローに助けられたいと言わないからだ。そもそも希少過ぎる個性であるため、仮にヒーローが保護しても適当な孤児院に送られ、再びオーバーホールの手の中へ……ということもかなりの確率であり得ることなのだ。
それでもMs.ダークライが保護すれば解決する話ではある。電花という友達もいるのだ、それが自然ですらある。
故にMs.ダークライが今気に掛けるのは、弔の方だった。
「マグネと、Mr.コンプレスの腕一本。高い授業料だったかな……?」
ヴィラン連合として見た場合、損失はかなり大きい。マグネは真正面からならプロヒーローの虎と対等な近接格闘ができたのだ、他の面子だと弔か武器持ちのトガちゃんくらいになってしまい、戦闘の幅が大きく狭まってしまうことになる。
そこまで考え、Ms.ダークライは頭をブンブンと横に振った。思考が間違っていたと反省するためだ。
「むしろ丁度いいか」
近接格闘技能が必要なのは個性を封じられた時だ。具体的なところだとイレイザーヘッドが戦闘に混じってる時だ。そこまではどれだけ個性を上手く使いこなしているかが全てなのだ。ならば近接戦闘技能は一旦捨てた方がいい。
個性同士の戦闘が基本なのだから、個性を鍛える方向に薦めた方がいいんじゃないか?黒霧やドクターが何かしてくれるはずだ。きっとそうした方が弔も器として成長するだろう。
……今の、何?
「穏便に済ましたかったよ
そうだな……戦力を削り合うのも不毛だし、ちょうど死体は互いに一つ……キリもいい。頭を冷やして後日また話そう。腕一本はまけてくれ」
クルリと背を向け、話は終わりだとオーバーホールは行動で見せる。だがより少数精鋭であるヴィラン連合の損失はオーバーホール達とは比較にならない。それは親密さという意味でも同じ。
トゥワイスとトガが衝動に駆られ、殺意をむき出しにしていた。
「てめぇ殺してやる!」
「弔くん、私刺せるよ。刺すね」
二人は弔の言葉があれば即座に戦いに入る。そう言い切れる程の怒り心頭っぷりだ。後先も、戦闘力分析も考えなければ弔もそう指示を出したことだろう。
だが弔が出した指示は真逆のものだった。
「……。駄目だ」
弔の言葉であっても、二人には受け入れたくない指示だった。特にトゥワイスはオーバーホールをここに連れてきた張本人だ。責任があると、自覚していた。
「責任とらせろ!」
トゥワイスは戦う気満々だったが、既にオーバーホールは出口の方へ歩いており他の面子も戦意を無くしつつあった。そして弔も今は戦う意志が無い以上、組織同士のぶつかりはこれで終わりという扱いだ。
マスコットのような男が頷き口を出し、オーバーホールも別れ際の言葉だと弔へと声をかける。
「賢明だ、手だらけ男」
「すぐにとは言わないがなるべく早めがいい。よく考えてみてくれ……自分たちの組織とか色々……。
冷静になったら電話してくれ」
オーバーホール達が廃工場から出ていき、残されたのは弔たちヴィラン連合とMs.ダークライ。Ms.ダークライは既に姿を隠す必要も無いと、透明化を解除して地上に降りて来ていた。
弔たちに背を向けたまま、Ms.ダークライは腕を組んで立ちつくす。その背中はどこか悩んでいるようにも見えた。
「Ms.ダークライ……いや、依光成生」
弔に声をかけられ、Ms.ダークライはハッと頭を起こす。動揺したような動きに、弔も、トガも、トゥワイスも、Mr.コンプレスも何か不穏なものを感じ取る。
動揺したという事態があり得ないのだ。Ms.ダークライは動揺しても動揺したように見せない。思考能力が加速できる以上動揺は即座に収められる、できないとすればMs.ダークライに何かが起きているとしか考えようがない。
「私も行こうかな」
まるで隠すようにMs.ダークライはほんの少しずつ歩き始める。だがその歩みは目に見えて遅かった。四人には、止めてくれと言っているようにしか見えなかった。
けれど声をかけられない、Ms.ダークライにはMs.ダークライの考えがあるのだ。それを止めろというのはMs.ダークライと敵対しかねない。
数歩歩いたところでようやく声をかけたのは、弔だった。
「お前は、何をしてるんだ」
そこでようやくMs.ダークライは自分に声をかけられたと認識した。
頭に霧がかかったような感覚。記憶にあるのに感情に無い。ふわふわと、どこでもないどこかにいたような感覚がしていた。例えるなら夢の中だろうか。悪夢でもない、ただ現実が夢のように見えてた。
何をしている、か。その前に訂正しないといけない、相変わらず弔は私のことをその場に対応した名前で呼んでくれないんだから。
「……弔、私はMs.ダークライだよ」
「知ってる。その上で言った」
振り返り、弔達へ瞳を向けてニコリと笑う。深淵色の瞳が、その奥に邪悪な気配を纏った視線が、弔達の全身を貫く。オールフォーワンの死んだと思わせる殺意を含んだ重圧ではない、ただ吞み込まれ……そのまま死んでいくとしか言いようがない圧力だった。
そこでトガも気づく。これは昔浴びていたMs.ダークライの圧力ではない、と。
「私は私がやりたいことやってるだけ。Ms.ダークライは闇の宝石にしてヴィランの女王。だから……早くここまで届いてね?」
転送の個性で消えていくMs.ダークライ。その表情は、邪悪な笑みとしか言いようがないものだった。
オーバーホール達が消え、Ms.ダークライが消え、残ったのはヴィラン連合の四人。頭の中に渦巻くのはそれら二つのこと、どちらもだった。
オーバーホールにマグネを殺されたこと、Mr.コンプレスの腕を吹き飛ばされたこと。いつか代償を貰うことにすると決め、どうするかを思考に回さなければならない。
Ms.ダークライの変化。かつてはただ吞み込まれるだけであり、その強大さを見せつけるだけの圧力だったものが、まるでオールフォーワンの影響を受けたかのように変わっていた。既にデビュタントから時間が経ちオールフォーワンと接触することは無くなっている。トガに至っては先日仮免試験で会っていて変わってなかったことを知っているにもかかわらずだ。
「……お前は、誰だ?」
「成生ちゃん……?」
言い知れぬ不安、それでも二人は依光成生という人物を知っている。何か起きても自分自身の力で何とかできると豪語する性格を、実際にそうしてきた力を、変化すら自在に受け入れる自由奔放な姿を。
長い付き合いがある弔は拳を握る。先生やドクターを除けば最も付き合いのある者に何か不穏なことが起きていると分かっていても、手が出せないのは言葉にできないものがあった。