ヴィラン連合とオーバーホールが接触した少し後、それら二つの組織は提携するとして協力関係となった。その際トゥワイスとトガがオーバーホール側へと貸し出すこととなったが、彼らであってもオーバーホールがたくらむ計画の中枢である壊理には触れることすらできなかった。
結果としてヴィラン連合の誰もMs.ダークライと接触できず、情報が遮断されることになった。オーバーホールも情報を渡す気はさらさら無かったため、Ms.ダークライの方からヴィラン連合へと確認しにいかない限り状況が分からない状態になっていた。
ただMs.ダークライは何の情報も持っていないわけではない、転送の個性がトゥワイスとトガの場所が近いと示していたのだ、ならば同盟でも組んだのだろうと予想を立てるには十分だった。
そして今、それらのことよりも遥かにイレギュラーな事態が起きていた。Ms.ダークライがあり得ないだろうと判断していた、完全なイレギュラーが。
久々に壊理ちゃんを連れて外出していた時だった。いつも手を繋いで歩いているのだが、突然壊理ちゃんは手を振り払い頭を抱えてしゃがみ込んだ。表情が一瞬だけ見え、異常なほど怯えていることだけは分かった。
「壊理ちゃん?」
「成生お姉……ちゃん?……どうして?
どうして私に光を魅せたの?」
壊理ちゃんに洗脳がバレた。即座に現状把握までは及んだものの、どう対応したものかと悩んでしまう。
「あー……ごめんね?」
「嫌!」
とりあえず謝ってみたが間違いだったみたいだ。対応ミスも仕方ないことではある、何せバレるとは考えてなかった。
個性を使いこなせばあり得ることだとは考えていたのだが、二ヵ月も経っていないのだ。それ程早く習熟できるなど考えすら無かった。
子供だから伸びが早いのは分かる、身体能力が伸びるのも分かる、個性が伸びるのも分かる。ただ限度というものがある。今回の件は明らかに限度を超えていた。
「壊理ちゃーん、ごめんってばー」
「嫌!成生お姉ちゃん嫌い!電花ちゃんも嫌い!」
大通りの端でうずくまっていた壊理ちゃんが、少しだけ移動し裏通りに入りうずくまる。嫌だといってもすぐにどこか遠くまで逃げ出すことはしないのは何より。
ただ限度を超えた成長、という意味なら身に覚えがある……私自身の個性がそれを翳すものだからだ。言い換えると私の個性の影響を受けている者ならばこんな成長をしたとしてもおかしくない。電花だってそうだし。
問題は壊理ちゃんは私の子供でもなければ身体を移植した訳でもない、生物的に私の関わりようが無いのだ。それなのに影響を受けたとなると……どこかで私の髪の毛でも口にしたのかな?
「おかーさん何したのー?電花も嫌われてるー」
「うん……ごめんね、電花」
付随して常に一緒にいる電花も壊理ちゃんに嫌われることになっていた。私の子だからだろう。私と違って何もしてないのだから、壊理ちゃんも嫌わなくていいのに。
などと思っていたら道も分かっていないのにどこかへ壊理ちゃんは逃げ出すように走り出した。あのままでは迷子一直線だが、追う必要はない。
「っ!」
「待ってよー!一緒に行こう!」
電花が勝手に追いかけていったからだ。今は周りに合わせているみたいだが、電花の身体能力はオールマイトと比較して劣らない程なのだ。見失うことはまずない。
……前言撤回。電花は天然気味なところあるから、もしかしたら見失うかもしれない。そうなったら私が転送で追いかけるだけだけど。
「かなり助かってたんだが……こうなったか」
オーバーホールの口から嫌味染みたお小言が零れる。外出する際は相変わらず監視として付いてくるのだ。お陰で周囲からは兄妹みたいな目で見られることになっていた。
それ自体は構わないし、監視も気にしていない。利害関係が成立しているからか、オーバーホールも私に敵意を向けてる気配は無い。オーバーホールに対して分かることはそれだけで十分なのだ。
今はそんなことより壊理ちゃんだ。個性の制御が上手くなり、暴走の可能性が無くなりつつある。世話係の私としては死ぬ可能性が無くなるのは喜ばしい限りだ。
使い方も私が考えなかった意外なところ。このまま成長してほしいね。
「いやー、忘れてたね。まさか自分自身の
「お前のせいだけどな」
オーバーホールの言う通り、私のせいだ。個性を制御できるようさせたのは私であり、制御が上手くなったことで可能になったことだ。
ただその恩恵は私や壊理ちゃんだけ貰ったわけじゃない、オーバーホールだってそうだ。
「まぁね、個性が上手く使えて暴走しなくなったのは私が催眠したからだね。でもおかげで作りやすくなったんじゃない?」
個性破壊弾、その材料が壊理だった。正確には「壊理の個性因子」が材料の大半だ。個性因子がより強くなれば、材料としてもより優秀になっていた。そしてそれは成生もオーバーホールも分かっていた。
オーバーホールはコクリと頷き、懐から箱を
「元々が五発分予定だったのが十発できたのは間違いなくそのおかげだな。もし何かあった時の保険として……半分いるか?」
一瞬だけ空を見上げ、貰って意味はあるかと思考する。
多分使わない。でもオーバーホールが失くした時だとかのために保険として貰っておいた方がいい。それに壊理ちゃんにはそれなりに時間をかけたのだ、記念として貰うのも悪くはない。
「うん、頂戴。何かに使えるかもしれないし」
片方をポイッと成生へ投げ渡すオーバーホール。未練も特にない、ただビジネスの関係がそこにあった。
そしてビジネスはまだ終わっていない、まずは目の前で起きたアクシデントへの対応をしなければならない。
「ほらよ。で、壊理が逃げたんだが、どうしてくれる?」
オーバーホールも壊理が逃げ出したのは見ている、その上で何もしなかった。成生に世話を任せているのだから自分は手出ししない、ビジネス的な信頼だ。
それにMs.ダークライの強大さは知っている。たかが子供一人逃げ出したところで逃げ切れるはずもない。
「ん?私の個性忘れた?いつでも捕捉できる私から逃げることはできないよ」
当たり前と言うように成生は口に出す。それでもオーバーホールは不安が拭いきれない。壊理に何かあれば最も被害を被るのは彼なのだからそれも当然の不安だ。
「ヒーローに捕まったら」
「電花が一緒にいるけど」
オーバーホールが最も警戒すべき懸念を語るも、成生の答えで一蹴される。
壊理と電花はだいたい同い年の子供だ。壊理が逃げて電花が追いかけるならただの子供のじゃれ合いにしか見えない。そうではないと判断できるヒーローが真っ先に現れるなら一瞬で駆け付けるだけだ。
そして仮に壊理が強硬に保護されても電花ならヒーローを倒せる。Ms.ダークライの堕とし子という称号は伊達ではないのだ。
「……ならいいか。あのガキ、俺からでも逃げられるくらいだしな。だが帰ってくるか?」
「衝動的に嫌いって言っても冷静になったらごめんなさいって言う。子供によくあることでしょ?」
昔の経験か、電花という子供を得たからかは分からない。でもいつの間にか子供の扱いは多少得意になってきていた。行動も理解できるし、その後もおおよそは分かる。
それを抜きにしても怖いから逃げる、というのはどんな人間でも最初に遭遇したなら不変の行動ではあるけど。
「確かにな」
オーバーホールも分かったのか、コクリと頷いた。壊理の逃走を糾弾するのも、失態などと思ってもいない声色で話しながら。
□□□
走る、走る、ただ走る。小さな身体で安全な場所を求めるために。
裏通りが危険だと分かっていても、元々居た場所よりは安全だと分かっているからこそ、壊理はただ走る。
(だれか……だれか……!お願いだれか…………!誰か…!)
でもさっき聞いた時、眼の色がよく分かんない色になってた。怖そうだけどなんていうか……食べられちゃいそうだった。
嫌いて言っちゃったけど違う、勢いで言っちゃっただけ。本当はごめんなさいって言いたい。でも今は、離れたかった。
(
来てくれた後で知ったことだけど、成生お姉ちゃんはMs.ダークライって呼ばれてた。
でも来てくれた時に言ってた、ヒーローじゃないと助けられないって。
「壊理ちゃーん!!どこに行くのー?」
「電花、ちゃん」
電花ちゃんが後ろから追いかけてきて、壁を駆けて横で走る。きっと心配してきてくれたんだ。嬉しいし分かるけど、今は助けてくれそうな人以外と歯誰とも話したくない。
「おかーさん達から離れちゃ迷子になっちゃうよー?」
ちょっとだけ振り返って顔を見たけど眉をひそめてた。いつも一緒に遊んでるから、ごめんなさいって言いたい。でも今だけは……ごめんなさい。
なんて思って前を見てなかったら誰かに勢いよくぶつかった。
「きゃっ!?」
ぶつかって、跳ね返って、お尻が地面につく。電花ちゃんと遊ぶ時にたまにあるくらいの痛み。いつもならそれだけ。
でも今日は、違った。
「ごめんね、痛かったよね」
差し伸ばされた手。電花ちゃんや成生お姉ちゃんとは違う感じがした。電花ちゃんは何も考えずに手を取れて、成生お姉ちゃんは優しく手を取ってくれる。まるでずっと一緒にいてくれるみたいに。
「……あ」
「立てない?大丈夫?」
手は取ってない。でも二人とは違う感じがするのはなんとなく分かった。もしかしてこれが、この人が──
「壊理ちゃん。ダメじゃない、ヒーローに迷惑かけたら」
──ヒーローと呼ぶよりも前に、成生お姉ちゃんが後ろにいた。その横には……
「あ、おかーさん!」
「追いかけっこしてくれてありがとね、電花」
電花ちゃんが成生お姉ちゃんに抱きついてる。あんな風にできたら嬉しかったのに……。
「成生、お姉、ちゃん」
返ってきた言葉は、いつものおんなじ感じのこえ。
「帰るよ、壊理ちゃん」
「帰るぞ、壊理」
びっくりしたのは、ヒーローのお兄ちゃんから聞こえたこえが、
「せ……い……?」
□□□
「うちの娘がすみませんね、ヒーロー」
オーバーホールが気さくな雰囲気で壊理を抱き留めたヒーローへ話しかける。と、同時に気づいた。
緑谷じゃん、何でこんなところにいるんだか。横にいる人は見たことないヒーローだし、他のA組はいない。
確か……インターンだっけ。緑谷だけ横にいるヒーローのとこのインターンに来たのかな?
「遊び盛りでケガが多いんですよ。困ったもんです」
壊理ちゃんと私に視線を行ったり来たりしてる緑谷。それだけで随分と困惑してるのが分かる。
私=Ms.ダークライだから壊理ちゃんと一緒にいるなんてイメージがつかないからかな?私を目の前にしてると分かってない?じゃあ気づくまで誤魔化そう。
「あの、あなた。成生って」
「私が外で遊んでるのが原因だから、私にも少し刺さるなぁそれ。ああ、有名な人がいますけど……同名なだけですよ」
「同名、ですか」
納得したみたいだ。今の個性社会なんてアホみたいな名前が大量にある。成生なんて名前だって何十人といることだろう。
「お前は壊理を振り回し過ぎなんだ。自重しろ」
オーバーホールからちょっとだけ睨まれる、完全に素だ。ヒーローが目の前にいるってのに大胆なことだ。
……いや私に向けてどんだけ恨み溜め込んでんの?心当たりしかないけども。実験回数は減らされる、壊理ちゃんとのスキンシップは横取りされる、その気になれば逃げだされるストレスもあるか。私ならぶん投げるレベルだな!
「おいおい、まーたフードとマスク外れちゃってるぜ。サイズ調整ミスってんじゃないのか!?」
緑谷のフードを被せながら横にいたヒーローが声をかけてきた。その行動だけでヴィランとそれなりにやり合ってきているヒーローだって分かる。
向こうからみれば目の前にいるのは死穢八斎會というヴィランとそのベビーシッターだ。動揺を見せず、何でもないように動くのがベストであり、そういう風に確かに動いている。騒ぎは起こさずに壊理ちゃんを取り戻せればそれでいい私からすれば好都合だ。
「こっちこそすいません。その素敵なマスクは、八斎會の方ですね!ここらじゃ有名ですよね、あなたは……この子のお姉さんですか?」
「ええ。マスクは気になさらず……汚れに敏感でして。こちらはこの子のベビーシッターですね、随分と懐いてしまって……」
「子供は元気に遊ぶのが仕事ですからね。ね、電花」
「うんー!」
こういう時に電花がいるのは助かる。ピリついた雰囲気がちょっとした会話だけで一気に穏やかになる。
ただその雰囲気を望んでいなかった者もこの場にいた。
「お二人とも初めて見るヒーローだ。新人ですか?随分と若い」
オーバーホールがヒーロー達を探ろうと口を開く。壊理ちゃんを見られたから、保護されるという危うい可能性を排除するためだろう。
ヒーローの方へ顔を向けるも、バイザーのようなもので顔を隠しているので表情が見えない。でもオーバーホールの言い方からして探られていることには気づかれたかな、露骨な聞き方だったし。
「……そうです!まだ新人なんで、緊張しちゃって!。さ、立てよ相棒!まだ見ぬ未来へ行こうぜ!」
「どこの事務所所属なんです?」
早く去ろうとするヒーローへ更に疑問を放り投げるオーバーホール。事務所が分かれば襲撃が可能になる、壊理ちゃんに繋がる者を消せるし情報戦としても間違ってはいない。
「学生ですよ!所属だなんておこがましいくらいのピヨッ子でして……職場体験で色々回らせてもらってるんです」
誤魔化した。警戒していると言い換えてもいい。ヴィランに対してヒーローは警戒から入る、正しい当然の対応とも言える。
だが会話に応じた、それも日常会話のような会話だ。これは今は戦いたくない意思表示だ。
なるほどなるほど……つまりオーバーホールは、
だが緑谷がインターンにいる、その余裕がある。調査を行っているのに余裕がある。それが示すのはヒーロー達から見た私達の調査は全く手がかりが無いか……詰み、どちからということだ。
となるとどちらなのかだが、まだ分からない。おそらく二人のインターン先のヒーローが何かしらの個性を持っていると見た。そしてそれが、それだけで確信に至るレベルの個性持ちなのだろう。
何せオールマイトの後継者・緑谷がインターンに来る程のヒーローだ。それくらいだと想定するのが妥当だ。
「お兄ちゃん、ヒーロー?」
「わ、元気だな。そう、ヒーローさ。……では我々昼までにこの区画を回らないといかんので!行くよ!」
電花が学生の周りをぐるぐる回りながらコスチュームを触ったりしていた。電花も知らないことばかりの子供だから極々自然な行為だ。
……まぁ、私も振り回されるくらいだしね。
「はいっ……」
緑谷が学生の言葉に応じ、壊理ちゃんが抱きついているのを離し立とうとする。が、止める声があった。
「いかな……いで……」
壊理ちゃんの声だ。小さな手が緑谷の服を掴み、助けてと言いたげに引き止める。
ああ、それはダメだ壊理ちゃん。そんな言い方や表情を見せたら、生粋のヒーロー体質の緑谷は離れられなくなる。
「あの……娘、妹さん?……怯えてますけど」
案の定だ。オーバーホールのため……っていうか壊理ちゃんのために今は身バレしたくないんだけど、あんまし詮索されると衝動的に身バレしそう。
「叱りつけた後なので」
「お父さんが怖いから私がいるんですよー」
誤魔化しを口にしたけど、どうも緑谷の表情が変わらない。これは見逃すつもりは無さそうだ。
まぁオーバーホールは遠からず詰みっぽいし、そこで区切りとしてはいいかもしれない。心残りは壊理ちゃんくらいか。
(デクくん、余計な勘繰りはよせ!)
「行こう」
学生がオーバーホールの警戒を悟ったか、離れようとしている。けれど緑谷は離れる様子はない。
見逃すつもりが無いのだから当然か。緑谷と壊理ちゃん以外は全員困ることになりそうだ、構わないけどね。
「いやぁでも、遊び盛りって包帯じゃないですよね」
「あー、それは電花と遊んだ時のやつですね。この子は力加減が苦手で」
これは本当。電花が手加減できるようになったとはいえ、こないだの出来事だ。日常レベルまで抑えたり、全開にしたりとしていると混乱することがある。
オーバーホールの世話になり回復したが、電花に覚えときなさいってことで壊理ちゃんには包帯を巻いてもらっていた。
「うん……たまにちょっと……えいって出ちゃうもん……」
響いたのか、電花がしょぼんとした表情になっていた。友達の腕へし折ったなんて、下手すればトラウマものだろう。
でもそこは私の子だ、力加減を間違えたところにショックを受けている。壊理ちゃんの腕だったから、というのはそこまで気にしていないらしい。
そんな電花の自慢が思考を走っていたからだろう。上機嫌だったのがきっと悪かった。
「こんな小さい子が声も出さずに震えて怯えるって、
緑谷の言葉は、悪夢の
「普通?」
その声色は、神野の戦いと同じものになっていた。
■■■
瞳の色が変わっていることにも気づかないままに、成生は口を開く。思考した理性ではなく感情で動く、珍しい姿がそこにあった。
「あなたの普通って、何ですか」
「え」
デクは壊理を抱きしめながら突如変わった声色に反応する。余りにも唐突に変わったため思い出せないが、間違いなく聞き覚えがある声だった。
「……少なくとも、子供が震えて怯えることは普通じゃないんじゃないかな?」
デクの様子がおかしいとルミリオンが代わりに返答するも、声の向きは変わらない。デクへと向けられたままだ。
ルミリオンも声色が変わったことには気づいていた。だがなぜ今変わったのか、変わったから人柄も変わったのか、その予測はできていなかった。分かることは一つだけだった。
テレビで聞いたことがある声。けれど声だけであり姿は知らないし、目の前の人物はテレビで見たことが無いという事実だ。
「他所の人にあなた方の価値観を、押し付けないでくれませんか?」
「おい」
様相が変わった成生にオーバーホールも肩を掴もうとして引き止めようとする。が、掴むタイミングで一歩横に移動され掴むこともできない。
そんな中、壊理が成生へと顔を向けた。壊理自身が助けられたと感じた人が、そこにいた。
「壊理、あなたなら分かるでしょう。そろそろあなたも自覚ができてきたはず。……あなたの力が、どんなものなのかを」
「っ!!」
ときたま成生が買ってくる玩具に壊理は個性を使ったりしていた。その結果が、バラバラになったり溶けたり……消滅したりと碌な結果になっていない。
自身の個性が危険なことを、壊理自身理解してきていたのだ。使い方は成生によって教えられてきているが、個性をどこに向けるかは教えられていなかった。それは、成生が教えることではないと教えることを否定されたのだ。
力を持ちつつある目的の無い少女。少し転べば善にも悪にもなる力。成生は気づいていないが、かつての自分自身を壊理に見ていた。
「この子に!何をしてるんですか!?」
デクが周囲に気づかれない程度の強い声で成生とオーバーホールへ問いかける。オーバーホールは目を合わせていたが、成生は目を瞑っていた。
「……ふぅ、ヒーローは、人の機微に敏感だな」
成生にあてられたのか、オーバーホールも口調を変える。喧嘩腰ではあるが、まだ頭は冷静だった。オーバーホールの目的は成生と同じく壊理の保護。成生が戦いになってもいいと判断したなら従うだけだ。
が、次の成生の言葉で動きを止めることになった。
「ヒーローの仕事で有能とされる人材ですから。それより私にこの場は貸しなさい、
「ほぉ?」
手袋を外そうとしていた動きを止め、付け直すオーバーホール。成生が場を貸せと言うなら従うのは当然だ。実力や性格からして任せれば壊理を確実に取り戻せるのだから。
オーバーホールが目線を外したと同時に、デクへと成生が視線を向ける。深淵が染みた瞳を以て。
「知っているでしょう?ねぇ……緑谷」
ゾクリとした感覚がデクの全身に走る。声も、視線も、今は取り戻せた大事な親友を……奪われたあの時に知っていた。
デクの異変にルミリオンは気づいていたが、何故そこまでというところに気づけていなかった。成長した成生には周囲に重圧はかからず、デクにだけかけるということが可能になっていたからだ。
「おま、えは」
とはいえルミリオンは優秀なヒーローだ。デクのたった一言で、目の前の人物が強大なヴィランと認識するには十分だった。
「この子は私達の下にいます。何をしているのかは……調べてみなさい、ヒーローでしょう?」
「この子を傷つけるヴィランなら戦って保護するだけなんだけど」
デクを庇うように間に立つルミリオン。視線の間に入ったことでデクにかけられていた重圧がルミリオンにもかかり、背筋が凍っていく。雄英のトップと言えど、冷や汗が止まらない程に強大なヴィランが目の前にいた。
割って入った学生に首を傾げて成生は疑問を口にする。相対したならまず話すべきことを。
「……?、名前は?」
「ルミリオン。百万の人を救うヒーローだ」
拳を握るルミリオンに成生は深淵色の瞳を向ける。ルミリオンの瞳にはテレビで見たことのある、Ms.ヴィランと呼ばれる存在が映っていた。
対して成生は溜息を一つ吐き、戦う気は無いというように言葉を翳す。
「はぁ……ルミリオン、藪をつつくなら場所を選びなさい。ここは場所が悪過ぎる、分かるでしょう」
「──戦う気かい?」
挑発するような声に、成生はニッコリと笑う。まるで笑えていないルミリオンとは、対照的ですらあった。
「出てくるのは悪夢どころではないですよ」
無理だ、勝てない。ほんの少し視線を合わせただけでルミリオンはそう感じ取った。
成生が強大な力を持っているからではない。それを行使してなお何も思わないことが感じ取れてしまったからだ。どんなときでも十全に力を発揮できる強大なヴィランなど相手にしたくない。力があるだけなら怖いだけだが、精神に揺らぎが無いなら恐怖の象徴だ。
そこまで分かりながらも、ルミリオンはヒーローだった。
「……そうだね。でも君がやるってんなら止めるだけさ!」
勝てないと分かっている戦いでも、市民のために止めなければいけない戦いなら戦う。ヒーローとして在るべき姿に、ふふふと成生も笑っていた。
馬鹿にしているのではない、優秀だと認めているのだ。敵として見ないなら視線すら向けない有象無象として見るだけなのだから。
数秒だけ笑った後、再び口を開く成生。その先は壊理に向けられていた。
「やるのは、壊理次第ですね」
壊理がビクッと反応する。だが首を振ったりと、嫌だという様子はなかった。
代わりに、言葉があった。
「あれは、もう、しない?」
「あなた次第です。もしあなたが求めるなら喜んでやりましょう。そうでないなら……私にできることをやるだけです」
成生の返答と同時に壊理はデクを振り払い成生の方へと寄っていく。その表情は、成生にだけ見えていた。
「あっ」
デクの驚く声も、壊理から離れたのだから当然だった。手を取ったにも関わらず、自ら離した。成生からみたデクは状況が飲み込めていないのが丸わかりだった。
「おかえり、壊理」
しゃがみ、壊理の頭を撫でる成生。俯いてはいたが、嫌だと言う壊理はそこにいなかった。
その様子を一瞬で判断し、壊理をオーバーホールの横へ渡す。オーバーホールは一瞬首を傾げたが、すぐさま頷いた。
「オーバーホール、先に行きなさい」
「あー……知り合いなら話もあるか。分かった」
路地裏の闇へ二人が消えていく。電花もついていき、残ったのは成生とヒーロー二人だけとなった。
「エリちゃんをどうするつもりだ!?」
デクの声に応えることも無く成生は変わらない声色で会話する。今の彼女にあるのはただ感情のままに動くことだけだ。
つまり、全て本音で話しているだけだった。
「オールマイトの後継者に、雄英のトップ……二人とも、強大な個性を持っていますね。雄英でなければ、事を起こしかねない程の強い個性を」
「何が言いたい?」
ルミリオンが疑問を返すも、成生は変わらず言葉を続ける。おしゃべりが好きという本質が露わになったかのように。
「あの子の個性はそれよりも希少で、未知なもの。……私と同じように」
「おまえ、と?」
情報は聞き出せる程助かる、ルミリオンの判断は間違っていない。だがジョーカーの如き情報は全容が分からなければ危険も伴うものだ。
未知の個性ともなればどんな落とし穴があるか分かったものではない。使い過ぎたら爆発するなんてことだって考えられるのだ。故に何が起きるのか、デメリットは何かを全て把握しなければならない。
成生と壊理の個性についてヒーロー側はまるで分かっていない。下手に触れれば足元に落とし穴が透けて見えるようですらあった。
「あなた達が壊理を保護するのは結構なことです。ですが、あなた方が保護した先を考えてない以上壊理を渡すことはできません」
これこそは成生の本音。助けることは推奨しても、その先が見据えていない者に渡すわけにはいかない。
自らを、オールフォーワンに渡していないように。無意識にだが壊理に自分自身を投影しているからこその言葉だった。
「準備でもしろって?」
「優しいんだね!意外とお話好きかな!?」
幸いにもヒーロー側にも言いたいことは伝わっていた。特にルミリオンは話好きなところまでバレており、優秀極まりないことが感情を優先している成生にでも理解できていた。
「ええ。ヴィランの私を知らない人はいないと言っていいですが、本当の私を知っている人はいませんから」
話好きなのが興に乗ったのか、成生は自らのことを話していた。ヒーローには滅多に話さない、自らのことを。
「本当の、依光成生?」
「あなた達のヒーローネームと本名は違うでしょう?それと似たようなものですよ。ヒーローなんていう社会的地位と自らの生命活動に使う呼称を同等に扱うわけはないでしょう?
私もMs.ダークライという名前をつけましたが、依光成生という名前があります。同じことですよ」
Ms.ダークライというヴィランネーム。ヒーローにヒーローネームがあるように、同じ意図で付けたのだと成生は話す。
それは、ヒーローが本来見なければいけない「依光成生」という人格を隠すようだった。そして隠そうとする意志に、二人は気づけていた。
「個性と一緒ってヴィランもいるけど?」
「……ええ、私はどっちでしょうね?」
もったいぶるように成生は口にする。
オーバーホールやオールフォーワンのように個性とヴィランネームが一致する者もいるが、弔のように一致しない者もいる。『個性が強大なヴィランである』と魅せるためだが、成生はどちらでもあってどちらでもない。
個性が強大なヴィランだ。魅力的であるのも間違っていない。そして……
成生自身はそれを知っているが……しかし放っておいていた。自身の個性の先、分かっていながら到達するのが止められないとも分かっていたのだ。
脱線しましたねと一言告げ、成生は話を続ける。
「話を戻しましょうか。私がやってるのは遠回りですが壊理に個性を制御させているだけですよ、その後どう転ぶかは壊理次第です。
その気になればあの子一人で死穢八斎會を壊滅させることもできるようになる。それはあの子次第」
ヒーロー達二人からギリッと歯ぎしりが鳴る。壊理という少女に強大な力を据え付けるという意味では何も間違っていない……ヒーローが見逃せない行為だ。
それでもルミリオンは情報を聞き出そうと、動き出したい一心を理性で抑えつけていた。
「……ヴィランを育ててるってことかい?」
「さぁ?ただ、生粋のヴィランを作るならやり方は違うとだけ言っておきましょう。まぁ壊理にはヴィランの素質はあんまりないですが」
その言葉にデクは少しだけホッとする。
Ms.ダークライという存在がどういう行動をしているのか既に知られている。大きく二つであり、ヴィランになりかけている人をヴィランにするか……ヒーロー寄りにするか。
大半が前者なのだが後者もいた。そして今回は狙いは壊理であり、後者だろうと本人の口から出されたのだ。
であれば、壊理が死穢八斎會を壊滅させることは考えられない。
「壊理が個性を制御できるようになりあの子が判断するが先か、あなた達が私達から壊理を奪うか、どっちが先でしょうね」
もちろん可能性は0ではない。成生の言った壊理次第とは言葉通りであり、壊理の判断次第では成生がどう動くかも変わるのだ。
Ms.ダークライは背中を押すだけだ、自ら悪行を犯すことはほぼしない。その「ほぼ」から抜けた事件が大概とんでもない被害を齎すことが多いだけだ。
今回もまた壊理という少女の背中を押すだけ。押せない程に力が育っていなかったから育てた、それだけのことだった。
「最後に一つ忠告です。壊理の個性は指先が触れるだけで人を殺せる個性です。制御すらできずに手を伸ばした先は……どうなるんでしょうね」
「「!!!」」
助けてほしいと叫ぶ手を取る、ヒーローがもっともやらなければならない行為だ。
壊理に対してはそれが生半可な覚悟ではできない。成生や電花は即座に離れられる身体能力と反応速度があるから簡単に触れられるのだ。
もし壊理の個性が一瞬とかけずに巻き戻せるなら成生ですら殺せた。五秒と満たないが、数秒程度のタイムラグがあるから成生や電花が触れられていた。
何にも知らないヒーローなら、手を繋いで保護して数秒経つなど簡単に予想できる。壊理が個性を制御できてなければ死ぬ時間だ。そして助けられたヒーローが死ねば、壊理はトラウマが蘇り成生以外に助けを呼べなくなる。
成生からすれば壊理が依存しようがヒーロー側に行こうが、どっちに転んでもよかった。所詮はMs.ダークライの行動の一端に過ぎないのだから。
「あなた達に伝える情報はそれだけで十分でしょう。どうやら既に足元に近づいていたようですし、オーバーホールももうじきお縄ですかね」
後ろを向き路地裏の闇へと歩き出す成生。成生の中では既にオーバーホールは切り捨てられていた。
後はオーバーホールをヒーロー達を使って弄ぶだけだった。
「待て!依光成生!」
デクの声が成生の耳に届く。と、同時に成生は足を止め言葉を零した。成生の直感が多分そうだと言っている……事実として本当にあったことを。
「ああ、そうだ……私のことはきっとオールマイトが少しは知ってると思いますよ。勘ですが、オールフォーワンと会ったでしょうし」
そう告げると路地裏の闇へ今度こそ消えていった。転送の個性がある以上、追っても追いつけないのは二人には分かっていた。
だがデクには最後の言葉が何よりも突き刺さっていた。
「……オールマイトが?」
デクはオールマイトの後継者だ。最も尊敬し、一時は崇拝にすら近かったヒーローなのだ。そのヒーローが、最も警戒しなければならないヴィランに対して知っていることがあり、隠しているとは信じられないことだった。
公募作品にとりかかるので次回は3ヵ月は先になります。夏休みあたりかな
今年中に解放戦線まで行きたい