普通少女のヴィランアカデミア   作:火ノ鷹

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奪姫がいい子過ぎてイレギュラー


烈怒頼雄斗デビュー戦

 デクがオールマイトからナイトアイや予知についての情報を聞くほんの数時間前、成生はドクターの研究所にいた。奪姫に会い、連れ出して社会見学させたかったからだった。

 

「むぅ……しかし」

「既に調査は終わっているでしょう?あなたからしたら大切な宝かもしれませんが私の子です。問題など無いでしょう?」

 

 だがドクターが渋っていた。既に数日経過しており調査は完了している、しかしドクターは奪姫という至高の存在を世に放つならもっとタイミングを図って出したかった。

 

 もちろん成生も分かっている。だが未知を恐怖に変えるには相応の結果を示さなければならない。オールフォーワンの娘がいると言われても無個性であり力も無いなら脅威にならないのだ。

 ゆえに表に早く出し、どんな世界に出るのかを示したいのだ。自分の瞳で見たものでないと何なのか分からないモノなど、数多く存在するのだから。

 

「Ms.ダークライよ、奪姫は知性が予想外にまで発達しておる。計画とズレておる」

「それは嬉しい限り。知性が十分にあればできる戦術とかあるんですよね」

 

 奪姫を渡したくないドクターの言い訳と、成生の指摘が続く。成生は電花から情報を受信する形で遠くにいながらも奪姫のことを知っていた。

 電花はドクターに聞かれた事しか返さないため、成生の方が奪姫に詳しいのだった。

 

「個性が暴走する」

「活力譲渡・吸収と聞いてます。使わなければいい、知性があるのでしょう?」

 

 十分過ぎる知能・知性を持ち、個性も慣れてきている。自らの身体能力も動かし方を電花から聞いて動かし学習も進んでいる。連れ出さない理由はどこにもなかった。

 

「身体能力の操作が覚束ない」

 

 それでもとドクターは足掻く。崇拝する神の子なのだ、宝石よりも貴重に扱うのは当然だ。

 

「電花と遊んでいたなら大丈夫でしょう。あの子は力加減を知っています、ねぇ電花?」

「うん!難しいって言ってたけど一時間くらいでやってくれたよー!」

 

 その言葉で成生は電花から情報を受け取っていたとドクターは察する。同時に情報は筒抜けになっており、食い下がるのもほぼ不可能であることにも気づいた。

 だが、まだ最後の(ふだ)はあった。

 

「……さて、連れ出してはいけない理由とは?」

「安定してないと言ったなら?」

 

 身体の安定具合。ドクターにしか分からないはずのそれだが、Ms.ダークライは様子を見ただけで見抜く。おおよそどれくらいまで到達しているのか、何をすれば解決できるのかを直感していた。

 もはや『第六感』という個性と呼んでもおかしくないほどの勘。天然のマスターピースであり社会の天秤である彼女だからこその天性。血という意味で関わりがあるものにしか繋がらない感性であり、ドクターやオールフォーワンには決して手に入らないものだ。

 

「ふむ……まぁ大丈夫でしょう、こちらに渡してくれれば解決できると思います」

「理由は?」

「勘です」

 

 勘、だが根拠はそれだけで十分。何せ相対しているのはあのMs.ダークライなのだから。

 

 観念したドクターはベッドに眠っていた奪姫から機材を外していく。カプセルは最早いらず投薬だけでいい状態になっており、すぅすぅと眠っている奪姫がそこにいた。

 

「仕方なし、か」

「ではまずはっと。……っ!」

「おかーさん!?」

 

 電花が驚くのも無理はない、成生は手首を切り、動脈まで届かせたのだ。ブシャという音と共に血が流れ、準備して置いていたビーカーに流れていく。パッシブ発動するはずの超再生は成生自らの意志で操作し、抑えていた。

 50mlの目盛りが見えてきたところで個性を発動させ、パッシブ発動するはずの超再生を元の状態に戻す。すると一瞬で元の手首に戻っていた。

 

「これくらいでしょう。奪姫を起こしてください」

「うむ。……そういうことか、飲ませて安定させるのじゃな?」

「流石にバレますか。どうやら私の身体は随分と個性に影響を与えやすいようで……私の子なら、身体的・精神的な安定剤となるでしょう」

 

 奪姫の眠るベッドの横まで移動し、成生は奪姫の耳元で囁く。子をゆっくりと起こす優しい母の声、子からすれば頭が蕩けるような劇物だ。

 

「起きて、私の奪姫」

 

 優し気な表情で眠る子を起こす母親。ドクターは見えていなかったが、見ていた電花には思わず足に抱きつくくらいには揺さぶられるものがあった。

 奪姫は薬物投与等で起きるにしても数時間はかかるはず、ドクターの願望も混じってこそいるが正しい予想は簡単に裏切られた。奪姫の目はすっと開き、少しずつ焦点が合っていく。

 

「おはよう奪姫。私が分かる?」

 

 ニコリと笑う成生に奪姫はボーっとし……思いっきり抱きついた。

 

「おかーさんだ……おかーさんがいる!」

「わっ!?」

 

 スペックで言えば膂力も電花並みか、体格の都合でそれ以上に高い奪姫だ。ただのハグでさえ相応の身体能力が無ければ死んでいた可能性すらある。

 今の成生は身体能力が発揮できてない奪姫と同等程度のスペックだ。ワンフォーオールで言えば50~60%であり、今や空気地面化が無くても歩くことができる。だがそんな成生と奪姫は身体能力が互角だった。

 

 既に予想以上にMs.ダークライの脅威が世間に晒されたことで胎児脳無計画の目的は少しずつ変わっていながらも、生み出される子のスペックだけは変わっていない証左だ。

 

「会いたかった!ずっと会いたかった!夢にずーっと見てた!」

「奪姫は甘えん坊ね。どっちにも似てない……起きてすぐで悪いのだけれど、これを飲んでくれないかしら?」

 

 起き上がった奪姫にさっき血を入れたビーカーを渡す。受け取った奪姫の顔は困惑に満ちていた。

 

「え……何これ……血?」

「大丈夫、鼻つまんで飲んでみて」

 

 何の疑いも持たず勧められるがままにえいっと奪姫は血を口にする。一口つけただけでその味に目を見開き、一気にゴクゴクと飲み干していく。

 

「美味しー!」

 

 一気に全部飲みきった奪姫は頬を綻ばせヘタリと喜んだ表情を隠さない。そしてドクンと身体の調子が一気に上がってきたのを感じていた。

 

「あれ、何かすっごく……調子が良くなってきた!おかーさん何したの!?」

「さっきのは私の血。私の子なら飲ませれば安定剤にはなるかと直感したの」

 

 直感どころではない勘に奪姫はキラキラと目を輝かせる。姉が言っていた、勘が根拠になるという行動も母のようだというのも事実だったこともあり、目の前の存在が母なのだと信じさせるのも十分だった。

 

「すごーい!」

 

 女三人寄れば姦しい、今から更にうるさくなっていくのが目に見えたドクターは溜息を一つ吐いて三人に声をかけた。

 

「会えたところ悪いんじゃが……他所でやってくれんか?」

 

 ■■■

 

「大阪まで来れば怒りもしないでしょう」

 

 ドクターから追い出され京都から大阪まで転送してきた。ここまで来れば足もつかないし、何より奪姫たちに世間を見せるのに丁度いい場所だ。

 ただその肝心の奪姫はと言うと……

 

「……で、奪姫。ずっとくっついてると困るのだけれど」

「やだ、離さない」

 

 左腕をずっと掴んで離してくれなかった。嫌という訳ではないし、戦闘の予定も無いから困りはしないのだが……違う側面では問題がある。

 

「困ったわねぇ」

 

 奪姫は電花と行動させようと思っていたのだ。自分が横にいると甘えん坊が過ぎて困るような性格になるかもしれないという危惧からだ。

 こんなに離れようとしないとなると危惧は正解だったらしい。甘えてもいいが、時と場合に依るということを教えなければならない。

 

「電花、受信したら教えてね」

「分かったー!」

 

 Ms.ダークライとして行動するためにいつも通り広範囲受信を電花に頼み、奪姫からの相対位置へ転送して無理やり離れる。とはいえ転送位置は目の前、単純に拘束を外すためだけの転送だ。

 

 再び抱きつこうとした奪姫の目の前に指先を向け、催眠光を発生させる。動きを少しだけ止めるという催眠だ。

 

「奪姫、いい?お母さんはやることがあるの、付いてきてもいいけど邪魔したらダメよ?」

「付いていくだけならいいの?」

「もちろん」

 

 納得した奪姫は身体を動かせるようになる。抱きつくことは止め、代わりに肌が当たるくらい近くまで近寄る。

 けれど甘えん坊なのは変わっておらず、個性を発動していた。

 

「ん?これは……私に活力吸収使った?」

「だって見ながら追いつくの難しいもん。……うぇ、すっごい量と質」

 

 離れたくないのは変わっておらず、成生を無理やりにでも動かせなくさせようとしていた。

 が、そこはMs.ダークライと呼ばれるヴィランだ。効いてはいるものの致命的でも何でもないものだった。むしろ吸収した奪姫が気持ち悪くなるくらいだ。

 

 活力吸収は奪姫のキャパシティという限界がある。プロヒーロー10人くらいを殺し切ってもなお余裕があり余る程だが、プロヒーロー10人程度一瞬で消すMs.ダークライが相手ではどうしようもなかった。

 

「そこらのヒーローなら即死……私なら1~2割やる気減ってところかしらね、困りはしないか」

 

 その言葉に奪姫は肩を震わせる。自らを軽く超える母の姿に、感激に震えて言葉も出なかった。

 

「おかーさん!前に話してた切島って人がいる!」

「うん?……緑谷がインターン行ってたことから予想するに……まさかデビュー戦!?見に行かないと!

 

 が、そんな母は電花の言葉に一人の女の表情になって目を輝かせる。そして転送を即座にパチンと指を鳴らして発動させた。

 一気にテンションが上がり思わずそんなアクションをとっていたのだ。成生は一言だけ二人に告げ姿を消す。

 

「探しておいで~かくれんぼしましょう、たまにはこういうのもいいでしょ?」

「「おかーさん!?」」

 

 余りにも唐突に始まった母親とのかくれんぼ。電花と奪姫は困惑と動揺が表情に出ていた。

 

「一瞬で消えた!?」

「転送だよ!おかーさんは一人だと一瞬で移動できるんだ!」

 

 ただ電花は冷静だった……というのも、こういった唐突な行動は割とよくあるからだ。直感が鋭すぎるという特性が共通しているため理解できる感性であり、電花も好き勝手行動しようとして止められることも起きていた。

 もちろん奪姫には初めての経験だ。まして、外に出るのも初めてであり涙目になっていた。

 

「でもどこに……こんなところ初めてだし、分かんないよぉ」

「大丈夫!こんな時の為の個性だよ!だっきも使ってみて!吸収した活力はどこから来てる?」

 

 奪姫の個性は吸収した後も返せるように、奪姫にしか見えない糸のようなものが繋がっている。死ねば消えるが、吸収すればどっちの方向に活力を吸収した人物がいるのか分かるのだ。

 

 電花も個性を発動し母の電波を確認する。が、成生は既に透明化を発動していた。成生の指先の光で覆う透明化は、自らから発生する電波すらシャットアウトしていた。

 

「ん……えっと、あっちの方?」

「あ、あれ?何でおかーさんが受信できないんだろ……だっき、そっちに行こう!」

 

 しょうがないと電花は奪姫に道案内を促し、二人はビルの屋上を跳び空を駆ける。滞空している中下を見下ろす奪姫は、見たことのない光景ばかりで目をキラキラさせていた。

 

「わぁっ……!人がいっぱい……!」

「私も最初はビックリした!私とおかーさんとドクターとマキアしかいなかったから!こんなにいっぱいいるなんて!」

 

 電花が初めて世間を見せられた時と同じように目を輝かせる奪姫に姉も同じ思いだったと告げる。そして電花も思った質問が飛んできた。

 電花の時は母が答えを返した質問に、代わりに姉が返すのだった。

 

「何でこんな跳んでいくの?壊していった方が速いのに」

「壊すとおかーさんが怒るから」

「分かった!」

 

 数分飛び回りながら移動する二人。奪姫も電花から何故最短距離を移動しないのか聞き、母に嫌われないための行動だと教えられていた。

 他にもいろんな疑問を電花にぶつける奪姫と応える電花だったが、先行して跳んでいた奪姫が一度足を止めた。母との距離が近くなってきていたからだ。

 

「ちょっと大きなところに登りたいけどダメ?」

「だっきが言うならいいよ」

 

 まるで導線のように吸収した活力の糸は繋がっている。しかし大きく距離が離れているならともかく、近ければ少し移動しただけで移動する方向が変わる。

 だから一度Z方向……すなわち見える高さまで上がり、導線を直線にして移動すれば一気に近付ける。奪姫はその程度を瞬時に考えられるくらいには知能は育っていた。

 

 ただ感性は別の話だ。100mを超えた高さから見下ろす都市の姿は、見たことのない世界にいるのだと錯覚させるほどに美しい光景だった。

 

「わぁぁ……!」

「広ーい!」

 

 電花も似たように驚く。高い場所には成生が寄り添いいくらでも見た事はあるのだが、場所によって光景は違うのだ。目の前の光景は似たものをみたことはあるが、同じものではない。

 電花はそれが分かるから驚くのだった。

 

「おかーさんは見えた?」

「うん!あそこ!」

 

 高さのお陰でようやく詳細な位置が分かった二人。が、そこからの考え方は分かれていた。

 

「じゃあ一回降りて」

「それじゃ一気に飛ぶよ捕まって!」

「え?おねーちゃん!?」

 

 電花はガシッと奪姫の手を握って引っ張り空を跳ぶ。さらにそこからオールマイトのように素早く空を蹴り、何もないところで空をピョンピョンと跳ねて行った。

 奪姫はまだできない身体の使い方だが──電花も慣れていないという意味では同義だった。

 

「わっ!?着地地点にっ!?」

 

 着地地点に誰も飛び込んでこないから大丈夫、そう判断して下りたのだが……飛び込んできた人がいたのだった。

 

「逃げる逃げたる!捕まってたまるかアッ!あっ!?」

 

 着地の衝撃を抑えるつもりが失敗し、ドォン!という音と二人は降り立つ。足元にヒーローと戦っていたヤクザを置いて。

 

 周囲はしん……と静まっていた。熱い攻防が起きていた中、どこからか飛んできた子供二人が決着をつけたのだ。何が起きたのか理解が追い付いてなかった。

 

「「えっと、その……ごめんなさい?」」

 

 電花も奪姫も拙いが、空気を読むスキルは持っていたのだった。

 

■■■

 

「探しておいで~かくれんぼしましょう、たまにはこういうのもいいでしょ?」

「「おかーさん!?」」

 

 二人から転送し、透明化して転送する。位置は切島くんの近くの3mくらい上。相対位置に移動するのはいいのだが、気づかれないような場所となれば中々難しいものがあるのだ。

 

「さーて、切島くんどこかなー?」

 

 下にいるはずだが服装を知らない。ジッと人混みを見て、思考加速して一人一人の顔を見ながら判断する。今や増強系の個性すら打ち破る程の強化が出来ているのだ、視覚も強化されている。

 そしてすぐに見つかった。ヒーローのコスチュームをした切島くんと、二人のヒーローが話していた。

 

「いた!あのヒーローは確か……ファットガムだっけ?」

 

 プロヒーローファットガム、身長2mはある大男……のように見えるが実際は個性で大きくなっているだけだ。脂肪に触れたモノを吸着させる『脂肪吸着』だが、脂肪を溜め込む特性もある。

 武闘派のプロヒーローであり、マトモに殴り合うのは私でも面倒とは思うくらいだ。私との殴り合いで時間稼ぎが出来てしまう程度にはファットガムは強いのだ。

 

 ……まぁ私が得意とするのは近距離物理戦ではなく中遠距離殲滅戦闘だけど。

 

「ケンカだぁ!誰か!」

 

 など成生が状況を認識していると5人のヤクザが暴れ、逃げ出していた。

 切島、ヒーロー名烈怒頼雄斗(レッドライオット)とファットガム、そしてファットガムの下にインターンでやってきている雄英生徒三年生、サンイーターも悲鳴に気づき即座に行動を起こす。

 

「バカがウチのシマで勝手に商売始めやがって!」

「ちくしょうついてねぇ!せっかくこれから一旗揚げようって時に!」

「一旦バラけるぞ!」「おぅ!」

 

 通りから散らばって逃げようとするヤクザ達だったが、目の前に壁が立ちふさがった。ファットガムの脂肪という名の壁が。

 

「させへん!」

 

 壁にのめり込む4人。吸着されれば力だけでは簡単には抜け出せない。Ms.ダークライのように増強系でも容易く屠れる程度まで強化されてでもなければ抜けられないのだ。

 

 そこらのヤクザ程度にそんな力はなく、4人は脂肪の中に沈んでいった。

 

「って何やエッジと個性被ってるでおまえ!」

 

 ただ一人だけはファットの股下から抜けていた。身体を紙のように扱える個性だろう、ファットの言う通りエッジショットと同じ個性だ。隙間さえあれば移動ができる個性であり、一人だけ逃げればいい状況なら面倒な個性にもなる。

 

「ファットに……えっと誰だっけ?サイドキックじゃないし、切島くんの先輩?」

 

 様子を見ながら随伴しているヒーローに頭をひねる。数瞬ほどかかっていたが成生も彼の正体をようやく思い出した。

 

「雄英の三年生だ、サンイーターだった」

 

 サンイーターの手がアサリに変わり、逃げ出した一人は思い切りビンタされ一撃で沈む。ビンタ一つだけてもプロヒーローと一般人では身体能力に差があり十分に鎮圧できる。まして紙の個性は防御が弱くなりやすいのだ、倒れるのも止む無しだった。

 

「おー……やるねぇ、でもあれ私素でできそうな気がする」

 

 身体の変化はMs.ダークライもできる、別の生物になるというのも一応出来なくはない。

 ただ今の言葉は成生も何も考えず口にしただけだった。頭ですら考えず脊髄反射で声に出しただけであり、自分でも首を傾げる結果になっていた。

 

 最近おかしくなることが稀にある。たまに何も考えず口に出すこともあるし、思考が黒く染まることもある。弔とオーバーホールが話してた時が最初だった記憶であり……極々稀にしか起きてないけど、何かが自分に起きてることくらいは分かる。

 私自身に異常が起きてるかもしれない……けど今はただ目の前のことを見ていたい。自分が……ヒーローとして好きだと言える人を見ていたい。

 

 だから、誰よりも早く気づけた。

 

「切島くん!」

 

 烈怒頼雄斗とサンイーターに向けられた銃口。成生は弾丸が放たれる前に気づき、思考を光速に遷移させていた。

 

 このまま撃たれれば致命になる可能性がある。けれど止める訳にはいかない、銃弾程度弾けない硬化の個性なんてヒーローとして表に出るべきでないからだ。

 問題は弾丸が何かだ。もし貫通系に特化したモノならマズい……文字通り頭を打ち抜かれて死ぬ可能性が高い。

 

「あかん伏せ」

 

 ファットガムも気づき、二人に声をかけるも遅い。既に銃弾は放たれていた。と、同時に成生は判断した。

 

 問題ない、このまま切島くんに受けてもらおうと。あの弾丸が何か、成生には見当がついていたからこその判断だった。

 

「サンイーター!レッドライオット!」

 

 ファットガムが撃たれた二人に大丈夫なのか声をかけ、元気のいい返事が返ってきた。

 

「捕らえます!」

 

 硬化で完全に銃弾を防ぎ切り、傷の一つも負っていない烈怒頼雄斗の姿がそこにあった。

 

「思ったより痛くない」

「先輩!大丈夫なんすか!?かっけぇ!」

 

 サンイーターも無事であり、致命傷なんてものは誰にも無い。無駄なことをした、撃った本人もそう思っていた。

 

「なんやこのポンコツはぁー!」

 

 致命傷ではない、だが無駄どころか捕まったヤクザ達を助けようとするという意味なら最善手ではあった。もっとも、それが分かるのは成生だけだったが。

 

「来んなボケェ!」

 

 撃ったヤクザが逃げ出す。銃も放り捨てて自らの保身のためだけに走り出していた。

 同時に烈怒頼雄斗も追いかけていた。二人の静止が聞こえない程に彼の熱は高まっており、何より先輩が撃たれた事実が足を動かしていた。

 

「待て早まんな!下手に追うと噛まれるぞ!サンイーター無事ならここ任すぞ!すぐ他のヒーローが来る、協力しろ!」

「無事だけど、発動しない!」

 

 ヒーロー二人の様子を確認した成生……否、Ms.ダークライは透明なまま空を歩き、烈怒頼雄斗のすぐ上を移動する。あの弾丸が何かを理解した時、成生の瞳はヴィラン(Ms.ダークライ)へと変わっていた。

 

「あれがオーバーホールの弾……の劣化品ですか」

 

 周りの喧騒にかき消される程度の声でボソリと呟く。オーバーホールが何をしているかは知らないが、壊理のことと何を作っているかは知っている。そこから計画を予想することなどMs.ダークライには容易い。

 オールフォーワンの計画すら看破したMs.ダークライなのだ。オーバーホール、壊理、個性破壊弾、そして劣化品をヤクザが持っていること……情報は十分だった。

 

「──!?イレイザーでもおんのか!?」

 

 答えを知っているのはMs.ダークライだけ。だがこの場にいる誰もヒントすら無いのだ、ファットガムのような反応をするのがせいぜいだった。

 

 驚いているファットガム達を他所に烈怒頼雄斗とヤクザの追いかけっこは続く。透明になり気配を消しているMs.ダークライには気づかずに。

 

「来んなぁ!追わんといてや!」

「そっちが逃げんな!せめてなぁ!仲間助ける姿勢貫けよ!」

「どこにキレとんねん!?」

 

 関西人だからか、それとも予想しない答えが返ってきたからかツッコミを入れるヤクザに、烈怒頼雄斗は声を上げる。

 

「人撃って自分だけビビッて逃げるなんて──漢らしくねぇよ!」

 

 それが、ヒーローでもない弱いヴィランには突き刺さるとは知らずに。

 

「行き止まりだ観念しろぉ!」

「やかっ!ましいわ!」

 

 行き止まりで逃げ場はないこと、そして烈怒頼雄斗に挑発されたことを引き金にヤクザは右腕から刃を生やし振るう。

 

 しかし刃は烈怒頼雄斗の硬化した肌に通らず、逆にカウンターの拳をもらい一撃で倒れ込んだ。

 

「加減はした、大人しく捕まろうぜ、テッポー野郎!」

 

 少し離れた観客の上で見ていたMs.ダークライだが、瞳が少しずつ通常へと戻っていっていた。烈怒頼雄斗というヒーローの姿に、成生という少女が目をキラキラと輝かせていたのだった。

 

「う……うぅ…」

「泣いてる?」

 

 ヴィランと言ってもピンキリがある。一般人程度から極悪人まで。個性を鍛えてもいないヤクザなら暴力を振るわれるだけで動揺もするのだった。

 

「ズルやで……こちとら『刃渡り10cm以下の刃が飛び出る』やぞ、カッターナイフと同じくらいやぞ……ズルやん……そらアニキら助けたいわアホンダラ!でも怖いやん……むしろ撃った勇気褒めてや……!」

「やだよ!つーかそんなベソかいて怖いとか言うなら、悪ぃ事に加担すんなよ!」

「うぐぅ」

 

 流れ弾が成生にも突き刺さる。怖い怖いと言いながら悪いことをするくらいならするなと言われると、心当たりが山ほどあった。

 別に成生は怖がっていない訳ではない。オールフォーワンと会った時、弔との特訓、マキアとの激闘、デビュタント、どれも恐怖だった。ただそれ以上の決意か力があったからねじ伏せることが出来ただけだ。

 

 それを相対してはいないが好きな人に言葉に出されるのは辛いものがあった。

 

「強い男に……なりたかったんや……強い人らとおれば、強くなれるから」

「その気持ちは分かるけどよ……」

 

 同情する烈怒頼雄斗に聞いちゃダメだと口が出そうになるも、成生は両手で自分自身の口を塞ぐ。

 素直過ぎる。ヴィランは真実と嘘を混ぜて話すか、真実を散りばめて話す者が多い。例外はオールフォーワンや私のように強大な力を持つ者ではあるが、私でも誤魔化すことはある。要するに言葉をそのまま受け取るのは間違いなのだ。

 

「アニキらについていけば……力を貰えるんや。

 ヒーローなれる奴が軽率にわかるとか言わんといてや……」

 

 こういった、自らの強化のための時間稼ぎに使われることだってあるのだから。

 ヤクザが自らの首筋に打った薬は個性を強化する薬だろう。オーバーホールからヤクザにはどんな薬があったのか雑談的に聞いたことがあった。

 

「何してんだ!?何打った!?オイ!大丈夫か!?」

 

 心配して近寄った烈怒頼雄斗に、ヤクザの全身から刃が生え襲い掛かる。さっきまでとは比べ物にならない威力、そして長さだ。

 10cmしかなかった刃は5mはあろう長さまで伸び、さらには伸縮速度は遥かに上昇していた。そして速度が上昇したことで威力も上がり、素早く切れることで切れ味も鋭くなっていた。

 

 それでも烈怒頼雄斗の硬化を破ることはギリギリ出来ていなかった。全方位に伸ばした刃だ、攻撃というより防御のために放ったため威力が低く助かっていた。

 

「皆さん下がって!こいつの刃が届かないところまで…っ!」

 

 周囲に叫んだ烈怒頼雄斗へヤクザの太ももから生えた数本の刃が飛び身体を切り裂く。烈怒頼雄斗の硬化していた身体から少しだけだが血が流れ、硬化が威力に負けていた。

 

「慢心したなァガキィ!偉そうに正義ごっこしとるからや!アニキらが言ってたで、ヒーローの時代はもうじき崩れるってなぁ!」

 

 薬物による副作用で気分が上がるヤクザ。成生にはここまでの展開は予想できていた。いくらヤクザとはいえ個性を鍛えてない、強個性でもなければ雄英生徒の鍛えられた守りを貫けるはずが無い。

 それでも戦いを挑むならドーピングでもして、明確に殺意を向ける必要がある。しかしそこまでいけば貫けるのだ。

 

「……お手並み拝見」

 

 そこらの木っ端程度のヤクザだ……ヒーローが勝つことを疑っていないが、どうやって勝つのかは分からない。成生の楽しみはそこだった。

 

「次は俺達みたいな日陰者の時代や言うとったわ!なんかめっちゃハイになってきた!どけガキ!今ならお前の言う通り……アニキら助けられそうや!」

 

 さっきの牽制染みた刃ではない。ヤクザは烈怒頼雄斗を明確に殺す威力と本数の刃を放った。さっきまでの硬化であれば確実に死に至る刃だ。

 

 思考を加速し注目して見ていた成生は、結果がどうなるかよりも先に烈怒頼雄斗が何をしたのか理解した。

 

「……すごいね。分かるよ、切島くんが頑張ってること」

 

 刃が当たる前、烈怒頼雄斗は最大の硬化である現状の限界点安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)を発動していた。身体も心も硬め誰にも打ち破れぬ壁と化す、烈怒頼雄斗最大の硬化だ。

 

 成生の知覚速度は硬める過程すら見える。硬化という個性だ、個性を鍛えれば鍛えるほど硬くなる。だが瞬時に変わる硬度がどれくらいか、最大硬度はどれくらいかといったものがある。

 それで言えば烈怒頼雄斗はまだ一瞬で最大硬度の安無嶺過武瑠に到達してなかった。だからこそ成生には分かった、限界を超え硬め、さらに限界を超えて硬めを繰り返したこと、それがどれほどなのかも。

 

「いでぇー!」

 

 ギシギシと軋む音が烈怒頼雄斗から鳴る。硬化によって一つの塊になっている訳ではない、関節や筋肉、肌と分けて硬化しなければならず、しかもそれら全てに最大硬度の硬化をかけているから起きる音だ。

 できない仮定だが仮に姿を全く変えずに最大硬度になれれば鳴らない音だが、硬化は硬くなることであり密度といった数値も変わっている。最大の硬化であるが故必ず起きる現象だった。

 

「なんやこの音……軋んでんのか、全身が!」

 

 ヤクザからすれば一瞬で変わった姿だ、驚くのも当然。ましてさっきまでとは別人──人から離れた姿という意味でだ。警戒どころか容易な一手を打ってはいけないと思わせるには十分だった。

 

 そしてその考えや躊躇は烈怒頼雄斗からすれば救いでしかない。烈怒頼雄斗はヒーローであり、周りにいる人を助けるためにここにいるのだ。ヤクザの注意を引きつけるのが役目だった。

 

「俺を見ろぉ!」

「見てるよー」

 

 もっと注意を引きつけるべく声に出して鎮圧に動く烈怒頼雄斗に、目を輝かせる成生はつい声が出てしまっていた。幸い誰にも聞こえていなかったが、純粋なファンの成生の姿がそこに現れていた。

 

「ううう……!押し飛ばしたるわぁ!」

 

 烈怒頼雄斗の狙い通り一点に集中させ刃を放つヤクザだが、安無嶺過武瑠には当たった跡が残るだけ。傷は一つも付いていなかった。

 

 バキンッ!と刃を殴り砕き、油断したヤクザへ一足飛びで近づき腹へと一撃を喰らわせる。

 

「必殺!烈怒頑斗裂屠《レッドガントレット》!」

 

 硬化された拳の一撃。鍛えられた身体から放たれたそれは増強系個性ですらないヤクザを倒すには十分だった。

 

「若いのに……なんちゅう怒気よ」

「すげぇ」

 

 周囲から感嘆の声が漏れる。成生はと言うとフンスと息を荒くして烈怒頼雄斗を見ていた。カッコイイ、もっと応援したい、そんなファンとしての姿だ。

 

「げほっ!うわぁぁぁぁぁぁぁ!来るなぁ!」

 

 薬によるおかげか一撃で失神まではいかず、ヤクザにはまだ立ち上がる余力があった。それでも戦いにすらならないのは分かり切ったこと、もはや言葉で時間稼ぎするくらいしかない。

 ただ、一瞬でも油断すれば逃げ出せる力は残されていた。

 

 成生は行き止まりの入り口側に陣取っている。もし跳んで来たらこっちくるかもとは思っていたが、手を出すつもりもない。ファットガムが近づいてきているから捕まっておしまいだ。

 

 その予想が壊されることになるとは、思いもしなかったが。

 

「強くなりたかっただけやねん……頼むよ、逃がしてくれ……!俺は力が欲しかっただけの哀れな人間や!」

「ダメだ先輩を撃った。気持ちは分かるぜ俺も昔は」

「てめーの話なんぞ知るかボケェ!」

 

 臨戦態勢から解除された烈怒頼雄斗の横を自らの背中から勢いよく伸ばした刃で推進力をつけ抜け出す。まだヴィランとの戦闘になれていない烈怒頼雄斗だ、詰めが甘かった。

 

「バカか俺は!」

「素直!素直すぎやで助かったわ!」

 

 烈怒頼雄斗から逃げ切り、ファットガムが近づいてきていることを知覚している。波乱はなくこれで見物はおしまい──のはずだった。

 

「ここまでかなー……ん?」

 

 透明な光を放ち周囲を知覚できる成生は超が付く程の速度で近づいてきている二人を認識できた。方向も、着地する場所も間違いなくここだ。

 

 そして転送できるため誰なのかも分かっていた、電花と奪姫だ。かなり離れていたのにもう追いつけたことには驚きもあった。

 

「逃げる逃げたる!捕まってたまるかアッ!あ!?」

 

 着地の衝撃を抑えるつもりが失敗し、ドォン!という音と二人は降り立つ。足元にヒーローと戦っていたヤクザを置いて。

 

「「えっと、その……ごめんなさい?」」

 

 周囲はしん……と静まり返っていた。そして成生は、手のひらを額に当て困った顔をしていた。

 

 ■■■

 

「遅うなった!ってえーと、お嬢ちゃんたちは?」

「電花だよ!」

「奪姫です」

「ええ返事や飴ちゃんあげよう……っとちょっと待っててな」

 

 二人が着地してきた数秒後ファットガムが到着した。周囲に粉塵が少し舞っていたが、二人が粉塵の原因と思っていないファットガムはその中心に容易に近づき軽い態度で接する。

 

 ファットガムから飴を貰った二人はきょろきょろと周りを見回す。そして電花が気づき、指を指して周囲の目をそちらに向けた。

 

「あ、おかーさんいた!」

「ん?」

 

 ファットガムの驚きを他所に、地面に降りていた成生はところどころで残っていた瞳の色や雰囲気を通常に戻し切る。バレてないなら欠片でもMs.ダークライの雰囲気を見せたくなかった。

 

「……まぁいっか、見たいものは見れたし」

「誰や!?」

 

 誰もいない場所から声が聞こえたことに周囲はざわつき、ファットガムと烈怒頼雄斗は臨戦態勢に入る。

 

 三秒ほど間を空け、市民が離れたと見た成生は透明化を解除した。そこには、まるでいつかの雰囲気と同じ姿形をした女子の姿があった。

 

「私だよ切島くん。覚えてるかな?」

 

 変わっていない声。ファットガムは警戒を強めながらも烈怒頼雄斗へ視線を向け、烈怒頼雄斗──否、切島鋭児郎はその声に警戒を解いた。

 むしろ嬉しそうな顔をして、友達に声をかけるように声に出していた。

 

「雰囲気変わったけど……依光成生だよな?」

「なっ!?」

 

 ファットガムは烈怒頼雄斗の言葉に驚く。最大最悪のヴィランと同じ名前なのだ、警戒を更に強めるも、烈怒頼雄斗が知り合いであることにも驚いていた。

 

 しかし目の前の女子はまるでヴィランとはかけ離れた存在だった。私服で隠れているが身体は鍛えられていると見えるも、雰囲気はヴィランっぽくない。だがテレビで見たあの最強のヴィランと似ている身体のパーツはところどころある。歴戦のプロヒーローであるファットガムでさえ判断できていなかった。

 

「あはは、分かってくれるんだ。ありがとう」

「そりゃヒーローとして好きだって言ってくれた女の子を忘れる訳ないだろ。それにファンレター貰ったのって、成生だろ?」

 

 切島は仮免試験の時に手紙を貰ったことを忘れていない。内容が「応援してます、皆を守るヒーローになってください」というような内容だったことも。励まされたことで授業にも気合十分になれた。見惚れた笑顔も思い出して五割増しだ。

 

 成生はふふふと微笑む。悪戯が成功したような表情だった。

 

「バレちゃったかー……知り合いに頼んでね、お願いしたの」

「やっぱりか」

 

 うんうんと納得する切島は……だったらこういうことなのかと、単純な感想と疑問を口にする。渡された時のことだ。

 

「士傑の人に渡されたからビックリした。まさか士傑に知り合いがいるとは思わなかったけど、アクティブなんだな」

「そうだよ?私は好きな人が居れば追いかけて捕まえるからね」

「ははは、じゃあ俺は追いかけられてるけどどうなんだ?」

 

 うーんと口に手をあて考える成生。気分屋な成生は追いかけることは多いが、捕まえることは早々ない。理由は簡単、相手が成生のことを知らないからだ。

 

 成生はMs.ダークライというヴィランであり、自らが行動すれば必ず欲しいものは手に入る。無理やりに、という注釈が着くが。それは全国にも知られている程だ。

 しかし強大過ぎるヴィラン、Ms.ダークライというフィルターを取り払った成生の人柄を知る者はほぼいない。目の前の男の子と弔くらいであり、オールフォーワンですらMs.ダークライに目が眩んでいるのだ。

 

 そして手に入れるものはMs.ダークライとして行動して手に入れてきたため、Ms.ダークライというフィルターを除いた成生が欲しいものを手にしようとした時、自らの行動がどうなるか分かっていなかった。

 

「捕まえたいよ。でも、私が捕まえるのは私のことちゃんと知ってる人じゃないと嫌」

 

 成生の出す結論はこれだった。自らのことを知ろうとする者でなければ突き放す。が、知ろうとして知ってくれた人なら捕まえる。

 ただし、自ら=Ms.ダークライであることも分かった上で知ろうとしてくれる者という問題はあるが。

 

 考えて口に出した成生の言葉は、素直に受け取る少年が受け取っていた。

 

「そりゃ恋人って言うんじゃないのか?意外に我儘なんだな」

「あ、あれ?恋人……なのかな?」

 

 ちゃんと知ってる=友達、捕まえようとする=友達より上の仲。切島からすれば分かりやすい等式なのだが、成生は顔に出る程困惑していた。

 

 そんな様子の成生を見て切島は苦笑していた。笑顔が可愛いどこか不思議なところのある高校生という印象だったのだが、抜けているところもあると知ったのだ。

 

「可愛いとこあるじゃん」

 

 思わず口に出てしまい、成生が顔を赤くするのも必然だった。

 

 さっきまでのヴィランが暴れた危険な雰囲気を、二人の少年少女の甘酸っぱい風で吹き飛ばされた──はずだった。ファットガムのたった一言が、和やかな雰囲気に一瞬で緊張の糸をピンと張らせた。

 

「なぁ嬢ちゃん、アンタまさか……ヴィランか?」

「はぁ?」

 

 切島の呆れる声。何を言っているのかとファットガムの方へ視線を向けた切島は、汗を垂らし最大限の警戒をしているヒーローの姿を見た。

 何故そんな警戒をするのか、する必要なんてないと否定の言葉を口にしようとし──

 

「そんな訳」

「そうですよ」

 

 ──当人から肯定された。

 

「……え?」

「Ms.ダークライって呼ばれてます」

 

 困惑を超えて理解不能まである言葉に、切島の動きは固まる。

 そしてファットガムは軽い口調をしながら、怒らせないように慎重に言葉を選んでいた。

 

「……堪忍してほしいわ、藪もつついとらんのに出てこんでほしいわ」

「え?ファンが好きなヒーローを見に来るのに理由が要ります?」

 

 烈怒頼雄斗のファン。成生の言葉をそのまま受け取ればそういうことだ。だからここにいるというのも理解できる。

 だがヴィランとなれば前提が覆る。本当のことを言っているのかが極めて怪しくなるのだ。事実としてファンレターを貰ったりファンだと言ってくれた切島以外には、そう見えていた。

 

「嘘だろ……本当に……Ms.ダークライなのか?」

「私は切島くんにはその呼び名を言ってないから呼んでほしくないなぁ。成生っていう名前があるんだから」

 

 明確に不機嫌を示す成生に「あ、悪い」と素の言葉がでる切島。その後、頭をブンブンと振り認識を正そうと試みていた。

 ファットガムの緊張状態を目の色も変えていない成生は視界に入れない。戦うつもりもない相手に対峙する必要も無い。

 

 代わりに跳んできたのは、電花だった。

 

「おかーさん!捕まえた!」

 

 さっきのヤクザが逃げる時よりも倍以上は速い速度で成生の胸に飛び込んできていた。衝撃すらも受け流し軽く抱き留め、そのまま地面へと下ろす。

 

 二人にとってはいつも通りのことだが、たったそれだけでファットガムの表情は更に険しいものへと変わっていた。

 

「……そういえばかくれんぼの途中だったっけ。さて、見たいものは見れたし帰りましょうか」

「その子たちは何や!?騙して連れ去った子やないやろうな!?」

 

 せめて情報だけでも聞き出そうとファットガムは声を荒げるも、帰ってきたのはそれ以上に怒っている者の声だった。

 

「私達はおかーさんの子供だよ!血を受け継いだ家族だ!」

 

 奪姫がフーッとまるで威嚇する猫のように怒りながらファットガムと成生の間に割り込む。ヒーローどころか市民までが奪姫と成生の関係性が分かるようですらあった。

 

「奪姫、ありがとう怒ってくれて」

「え、いや……えへへ」

 

 奪姫の横に移動し成生は頭を撫でる。頬を綻ばせて親に甘える子供の姿がそこにあった。

 

 まるで母親のよう。だが、母親である前の一人の成生という人間を見る者がここにはいた。ファンとして思われた者だからこそ、曇りのない瞳で切島は成生を見ることができていた。

 

「成生!本当に、本当にヴィランなのかよ!?何であんな真似をしたんだ!?」

 

 成生は怒られた子供のように眉をひそめる。ヴィランであるのは間違いないのだが、恋する少女であることもまた間違いではない。流石に想っている者から糾弾されるのは堪えるものがあったのだった。

 

 顔を背け、視線を合わせないで成生は切島に言葉を投げる。その表情は想い人に言われた悲しみか、これから想い人と相対する未来がある事実への期待か、自らの罪への贖罪か、入り混じり……苦しい微笑みになっていた。

 

「教えないよ。ただ……これは勘だけど……もし、切島くんが成生って呼び続けてくれたら……いずれ教える時が来るかもね」

 

 成生は何も考えず自らの感覚に任せて口に出す。何も見たくない、何も考えたくない、そんな思考放棄から出た言葉だったが、天然のマスターピースの直感から出た言葉は成生自身の感情を表していた。

 

 私のヒーロー(切島くん)には、私のことをもっともっと知ってほしい、と。

 

「それって……」

「さぁ?私にも分かんない。ただ私の勘はよく当たるとは言っておくね」

 

 泣きそうな表情であり、しかし笑みを浮かべながら顔を向ける成生に、切島は手を伸ばそうとして躊躇する。容易に触れたら壊れてしまいそうな笑みがヒーローの卵には手を出してはいけないものだと悟らせたのだ。

 

 その躊躇が、切島にとってデビュー戦における最大の後悔となるのだった。

 

「じゃあね切島くん。次会う時も近いからまた会おうね」

「成生!」

 

 手を出せなかった。それだけ……それだけで成生の瞳には失望の色が本人すら分からない程極小さくだが混じった。視線を合わせていた切島にだけはそれが分かってしまっていた。

 

 困った表情をした人には話を聞く人、ヒーローの定義にはそれも入っている。それがヒーローのファンなら尚更のこと。

 

 まして、見惚れた者なら……ヒーローとしてではなく、男として当然のことだ。

 

「成生!俺は!」

 

 今度こそと手を伸ばすも、成生はゆっくりと姿を透明にして消えていく。

 

 転送の個性は鍛え最適化したことで瞬時に送れるようになった。が、それはあくまで最適化された使い方であり、範囲を広げたりと正しく使えなければ数秒程だが時間はかかる。本来なら思考加速で上手く使えない状態でさえもコントロールできていた成生だが、今だけは思考も加速できていなかった。既に一瞬で電花も奪姫も転送できていたのに、だ。

 

 手を伸ばし、届いた先には既にいない。その事実にギリギリと歯を食いしばる切島の肩に、ファットガムの手がポンと置かれる。

 

「烈怒頼雄斗……ひとまず今はお前のデビュー戦を祝おうや。市民を守り切った上に、あのMs.ダークライが現れて被害が無かったんや。まずはそれを喜ぼう。

 ……依光成生がお前のファンやってのも……ヒーローからすればその情報だけでも十分や」

「……はい」

 

 ヴィランが暴れたが被害はゼロ。さらにMs.ダークライが現れたがその被害もゼロ。加えてMs.ダークライには家族がおり、電花や奪姫といった情報を得られた。そんじょそこらのプロヒーローすら霞む程の十分過ぎる結果だ。

 

 だが切島の瞳と心には、成生の悲しそうな微笑みだけが焼き付いていたのだった。

 

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