時はエンデヴァーと脳無が交戦した時から一か月半程前に戻る。
ヴィラン連合は黒霧の手引きによりギガントマキアに遭遇していた。黒霧本人はグラントリノに捕まってしまい、ギガントマキアも警察に存在が知られたという失態を犯したが、ギガントマキアに死柄木の下へ向かうようにという指示だけは達成していたのだった。
しかしギガントマキアに一蹴されたヴィラン連合。ドクターの手引きによりマキアは止まり、オールフォーワンが使っていた泥ワープの個性でドクターの居城へと転送されていた。
そこにあったのは大量のカプセル。脳無と呼ばれる化け物が培養液の中に眠っていた。
「ここは……」
「なんだこれ」
そしてそれだけではない。脳無のような姿ではあるが、手術痕もなければ脳がむき出しになっている訳でもない。一部異形が混じっているが人間にしか見えないものもカプセルには入っていた。
その奥から声は響く。老人のような声だった。
「ハイエンドじゃよ!よりマスターピースに近づいた傑作じゃ!凄いじゃろう!これまでとは違うんじゃよ!」
姿が見えるのはドクターだけ。ただ人の気配は一つだけではなかった。
「死柄木弔。それにトガさん……あと荼毘、トゥワイス、Mr.コンプレスね。ようこそ」
声をかけた主はカプセルの上。足を組み、興味深そうにヴィラン連合を見つめていた。
面影はMs.ダークライにも似て……しかしどこか優し気なものにも見える。その瞳は全く笑っておらず、心を揺さぶり、見た人に配下に置いてほしいとねだらせる雰囲気を纏っている。まるでかつてのオールフォーワンのように。
ヴィラン連合の中でも知る者は弔とトガだけ──奪姫の姿がそこにあった。
「お前たちは」
「ほほほ!お前の妹弟子、Ms.ダークライの堕とし子じゃよ!もっとも彼らはMs.ダークライを主として見ておるがな」
妹弟子。Ms.ダークライと弔との関係をヴィラン連合の面子は知っているが、手下がいるのは知らない。トガも話には聞いていたものの、会うのは初めてだった。
「ガキが、何でここに」
「Ms.ダークライからの指示。そろそろ表舞台に見せてもいいって」
「少し雌伏したいとMs.ダークライが言ったらしいのでな。実質奪姫がトップじゃの」
つまりMs.ダークライの組織のNo.2。Ms.ダークライの戦力が突出しているのは分かっているものの、堕とし子という関係があるとドクターは口にした。
Ms.ダークライと奪姫の関係を弔とトガは薄々察しており、それ以外の面子は感心するだけだった。何せ中学生程の見た目なのだ、侮るのも仕方ないことだった。
「私と電花姉はとっくに表に出てるけど、他の
「勝手にすれば」「いいじゃねぇか!」
さらに姉というワードから誰かの妹であると奪姫は口にした。見た目と相まり、トゥワイスは軽く声を返してしまっていた。
どれだけの力を持つのかも知らずに。
「奪姫一人でもお主ら全員相手にできる程の戦力じゃ。それがここに合わせて
トガは奪姫を既に信頼していいと判断し警戒は解いていたが、弔も荼毘も、トゥワイスもMr.コンプレスも警戒していなかった訳ではない。だがそこに二人の人影はあった。
ヴィラン連合を挟み込むように両脇に位置取り、いつでも制圧できたと言わんばかりだ。
「いつの間に」
「ポニテの方が
「「俺に?」」
待てという声がドクターから飛ぶ。奪姫は作られた側であり計画を知る側ではない。
しかしほんの欠片ほどの情報を溢したことはドクターにはあった。何せ奪姫の父親が父親だ。ドクターが崇拝するほどの感情を持っている男なのだ。
奪姫のことだから忘れはしないと予想したが、まさか今のタイミングで口にするとはとドクターは冷や汗をかいていた。
「その計画はまだ駄目じゃ。それはオールフォーワンとわし、そしてMs.ダークライだけの秘密じゃ」
「じゃあいつか教えてくれよ」
弔が考えるのはMs.ダークライが関わっているというだけで碌なことじゃなく、何かしらに利用されただけということだ。
Ms.ダークライが会わないからとヴィラン連合に人を送ってこないように、Ms.ダークライはヴィラン連合に悪質な行為はしない。
オーバーホールとの交渉の時にいたが、あれも結局交渉決裂するのが目に見えていた。やったことは決裂を早めただけに過ぎない。
奪姫もそうであるかは分からないが、話した内容はそうであると言っていた。
「私も実は知らないの、聞いただけ。個人に聞いて予想する分は構わないけどね」
「いいんですか。成生ちゃんのことだからなんとなく分かりますけど」
「後で教えてくれよ」
トガは変身の個性で成生になったことがある、何度もだ。身体に馴染むのか、少しずつ直感が鋭くなってきている。成生に変身すれば分かる、トガの直感はそう告げていた。
トガの様子を見もせずドクターは話題を変える。バレても問題は無いのだ。堕とし子に制御装置はある
「まぁ奪姫らは護衛に過ぎん。話を戻そう……」
ドクターは告げていく。弔は何を為したいのか。何も為していない社会のゴミが、ドクターの献身を捧げる人であるのかと。弔を見極めたいのだと。
「俺は、先生とあんたと会う以前のことをよく覚えていない」
「よく知っておるよ」
弔は告げていく。オールフォーワンと会った時のことを、家族の残骸として手を渡された時のことを。脳裏によぎったことと──正体不明の苛立ちを。
手を身につけると落ち着くが、何故か常に怒りが噴き出している。心の奥底に鉛が落ちていて、そこから噴き出しているようだ。何を為したとしても消えない。弔はそう続ける。
「俺はきっと全部嫌いなんだ。息づく全てが俺を苛つかせる
じゃあ──もう壊す、一旦全部。あんたは世にも美しい地平線が見れるよ。だから手を貸せドクター。地獄から天国まで見せてやる」
イカれた答え。子供の戯言。しかしドクターの琴線に触れていた。
「はははは!まるで子供の絵空事、狂人の戯言!だがしかし!ヴィランとは戯言を実践するもののことじゃ!
力を貸そう。何より……元々協力する予定じゃったよ」
「てめぇ……ふっかけやがったな」
「慌てるな、この子らもじゃが……お前の為の
ドクターの言葉に弔の目が見開く。オールフォーワンに向けられていた視線が少しだけ向けられたからだ。
一人の為に研究を行う、ドクターがオールフォーワン以外の誰かに行う訳が無い。しかしその禁を破ると言うのだ。単純に驚いていた。
「しかし!後者はまだ渡せない。お主らは弱い!堕とし子一人に負けるようでは話にならん!
──最低限の格は付けてもらう」
一呼吸間を置き、ドクターは条件を示す。相応に困難な条件を。
「ギガントマキア、あれを屈服させて見せよ。あれはここにいる三人同様に純粋。故に認めるかどうかは分かりやすい。
その時先生が継がせようとした全てを渡そう」
「全部じゃねぇのか」
「そうしたいのはやまやまなんじゃが……知らん間に何もかも皆殺しにするバーサーカーなどいらんじゃろう?」
「そりゃぁな」
弔含めるヴィラン連合の全員がうんうんと頷く。ドクターも全員が危険性を分かってくれたことに頷いた。
「問題はあれどお主らに覚悟があれば……程度のものなら渡すとも。覚悟があろうと関係なしにワシや先生ですら危ういものなど封印しておくべきじゃ、違うか?」
「貰えるもんなら貰うだけだな、いらんもんはいらん」
最終確認もできたと弔から言葉を貰い、ドクターは膝の上に乗っている脳無に刺さっている電極をいじる。
「では戻って貰おう」
「まったく、長いチュートリアルだったぜ」
脳無の個性『泥ワープ』が発動する。泥ワープの個性でヴィラン連合の荼毘を除く全員が転送されていく。
残った荼毘もハイエンドの様子をもう少し見たいと離れていった。灯火と崩華も監視のために荼毘を追っていく。
残ったのはドクターと奪姫だけ。少しの沈黙が、二人の間に温度差を生じさせていた。
「お主も行っていいぞ。護衛はもう十分じゃ」
「なら行きますね。……あれ、私は何も思いませんけどおかーさんは知ってるんですか?」
奪姫が顎で示す先にあるのはカプセルに入った人間。ドクターは奪姫には何も話していないが、奪姫はあれがどういったものなのか分かっていた。
一言で言えば……同胞なのだと。
「当然じゃろう。そういえばお主ら何をしておるんじゃ?好き勝手して、ワシはいいがMs.ダークライは怒るのではないか?」
「怒りませんよ、それが指示ですから。信者は十分集まりましたので、今は──
奇しくもヴィラン連合に武器を提供している義欄がデトラネット社に捕まったタイミング。図った訳ではない。奪姫と兄弟姉妹も母に憧れてコスチュームが欲しかっただけであり、都合よく動き始めたのがデトラネット社なだけだった。
「ほほほ!面白いことをしておるな」
「弔おにーさんに何かあるかもですが私は知りませんよ。それでは」
一瞬で姿を消す奪姫。転送、それも母親がかつて使っていた瞬間移動の個性だ。堕とし子達は脳無改造によって複数の個性を持てる特性を持っていた。
しかし取得方法が脳無とは明確に違う。脳無はドクターによる改造で移植するように個性を受け取るが、堕とし子は自ら喰って手に入れる。かつて依光成生が女性ヒーローの髪を食って個性を得たように。
当然、母親の髪を喰えば
ドクターはかつて母親が新たに個性を手に入れた状況を知っている。故に個性移植はしなかったが、予想通りではあった。
だがその強大さにドクターは、かつてギガントマキアに抱いたように恐れ──同時に欲しがった。
「……言えぬのう。あれらはMs.ダークライから貰ったものではなくMs.ダークライのクローンを使っておるなど。Ms.ダークライの許可など得ておらんことも」
禁忌そのもの。Ms.ダークライの存在自体がそれに値するのだが、ドクターの行動は更に数歩踏み込む。オールフォーワンの指示ではなく、戦力を増やすべきならと思って行動したものだ。理念自体は邪悪ではあるが思想は純粋だった。
ドクターは知らない。既に奪姫の目の奥は冷たくなっていたことを。電花の受信範囲は一地方を超えて東日本全域程まで広がっていることを。電花の受信範囲に、既に研究所が入っていることを。
奪姫も、広範囲電波の個性を持っていることを。
■■■
弔たちがギガントマキアのところに戻り戦い始めた頃、荼毘は未だ研究所にいた。ドクターと脳無について談義したり、自らの出自について話したりと終わった後だ。
テーブルに着き、灯火と対面していた。崩華は監視のためかかなり離れた位置から見ている。
奪姫から直々に関係があると言われたのだ、知りたいのは当然の欲求だった。
「で、灯火って言ったか。お前と俺の関係って何だ?」
「兄と妹」
完結過ぎる言葉に流石の荼毘も声に詰まる。しかしそれも仕方のないことだった。
何せ荼毘の出自──轟燈矢、エンデヴァーの長子であるのは秘密どころか関係者であるドクターやオールフォーワンしか知らないことなのだ。知っていること自体が想定外だった。
「……轟炎司の、新しい娘だと?」
「そこはどうでもいい。大事なのは
荼毘はその言葉に驚愕から理解に進む。
オールフォーワンを超える災厄、Ms.ダークライの子供だ。Ms.ダークライの情報網を使えるのだろう、そう予想した。
Ms.ダークライはオールフォーワンの弟子でもある。知っていてもおかしくない。ならばそこから灯火の言葉に筋道を立てて考えていく。
辿り着くのはすぐ。荼毘は結論に笑うしかなかった。
「ははは!これはお笑い種だ!まさか勝手に種を盗られて!しかもこんな子を作られるなんてな!」
荼毘はエンデヴァーの息子だ。だからエンデヴァーの虐待に等しい訓練を知っている。エンデヴァーがそれを求めた理由も、訓練が対象を変えて現在も続いていたことも。
それがエンデヴァーから離れたことでエンデヴァーが求めた
「ドクターの脳無改造を加えられて、今はこんなこともできる」
「わ」
「面白いでしょ?」
軽く腕を振るっただけ。それだけで荼毘に風圧が当てられる。オールマイトが使っていた身体増強に近い身体能力だ。それも併せ持っているとなると先ほどまでドクターと話していた能無よりも優秀なのではと考えてしまう。
灯火の能力、スペックは彼女自身の口から告げられた。
「脳無の完全上位互換って話。私は脳無の身体能力と複数個性持ち可能特性と再生能力にエンデヴァーの炎、それらをおかーさんの力で
「……マジか、そりゃ頼れるな。お前みたいなのがまだまだいるのか。一大勢力ってレベルじゃないな」
事前に風圧を浴びせられてなかったら間抜け面を晒していたと荼毘は悟る。
Ms.ダークライというトップだけでも化け物染みた戦力だ。が、彼らは一人一人で最低でもトッププロヒーロークラス複数人レベルの戦力がある。しかも生まれたてとくれば途方もない成長の余地があるのだ。国堕としすら容易。荼毘の頭によぎるのはそれほどの戦力。
さらにもう一つ、荼毘は気になったことがあった。
「奪姫……奪う……オールフォーワン?
まさか他のやつ、……崩華ってのは俺のボスのガキか?」
「知らない。知ってるのはおかーさんとドクターだけ」
「そりゃそうか」
背伸びしていた口調が少しずつ崩れてきた灯火に、微笑みながら間違いなくそうだと確信する荼毘。あのドクターとオールフォーワンがこんな面白そうなことに口出ししない訳が無い。
母親を依光成生として子を成して自らの手駒とする。倫理観の欠片も無いがMs.ダークライとドクター、オールフォーワンの三人なら笑って実行するだろう。
荼毘は知りたかったことはあらかた聞き終えた。どう扱うか考えようとしたと同時、灯火から疑問が飛ぶ。
「で、脳無使って何するの?」
「何で言わなきゃなんねぇんだ……いや、話すか」
どうせ話してもMs.ダークライがいれば未来予知染みた直感でバレるだけだ。奪姫が纏っていた雰囲気を見ていればその直感が子供に引き継がれてないとは思えない。
加えて荼毘は灯火に少しだけ親近感を持ち始めていた。何せ妹だ。しかもエンデヴァーの被害を受けておらず、子という認識すらされていない子だ。
殺してもエンデヴァーの心身に影響がない兄妹。となれば苦しめる必要もなく、立場的には味方でもある。……悪くない気分だったのだ。
「ホークスが接触したがってるみたいでな。スパイしたいんだろう」
「スパイ!」
子供のように目をキラキラと輝かせる灯火。子供だなと荼毘は呆れ顔をしていた。
「……何だ、やっぱガキだな。まぁそのスパイがうちに入りたがってるから試金石として使うのさ」
「んー……適当なヒーローにぶつけるとか?」
「それでもいいんだけどな、あんまり都心部で暴れさせたくないってのがある。目立ちたい気持ちはあるが今はそこまで求めてないんだ」
むむむと眉を顰める灯火。いくら悪夢の堕とし子と言ってもまだまだ子供。知識や交渉といった面ではまだまだ成長途上だった。
「じゃあどうするの?」
「だから試金石さ」
ただ悪夢の堕とし子なのだ。ヒントさえあれば答えに到達するのは鋭すぎる直感が働き思考を最適化する。
灯火も例外ではなかった。
「いい感じの場所提供してくれってこと?」
「ガキだが察しは良いな、その通りだ。で、脳無が暴れた後に回収するのが俺達の役目だ」
理解できたのか微笑みながらコクリと灯火は頷く。そして微笑んでいた顔は少しずつにやけ顔に変わっていく。
「じゃあ私は燈矢兄ぃの護衛?」
燈矢。捨てた名前だが灯火との繋がりの一つでもある。悪くない気分だが、今の自分には合わないとハッと荼毘は笑う。
「何で知ってんだ、荼毘でいい。まぁ何があるか分からんし頼む」
兄から頼まれる。兄弟姉妹の仲が良い堕とし子である灯火にはそれだけで受け入れるに値する理由だった。
「任された!」
ふんすと鼻息を立てて立ち上がり、灯火は奪姫の下へと走り去っていく。奪姫は既に姿を消しておりもういないのだが……荼毘護衛の許可をもらいに行ったのだ。行動が完全に手間のかかる妹のそれだった。
そんな灯火の去って行く姿に、荼毘の目は珍しく優し気だった。
「妹か……悪くねぇな」
純粋無垢。悪夢の堕とし子、灯火は未だそこから抜け出してはいない。電化・奪姫のように母のために何もかも捨てる・切り捨てる覚悟もなければ、艶羽のように自由に動く欲望も無い。
ただ擦れに擦れてここまできた荼毘には、眩しく……同時に癒されもする存在だった。
灯火は妹なので背伸びして口調がマジメになりますが話し続けると口調が崩れていきます。
奪姫は人数とか言ってないねぇ……何するんだろうねぇ
ここから連絡事項
私事がごたついてまして今後の執筆が怪しくなってきています。
具体的には転職する予定なんで、更新頻度が上がるか激増するか激減するかになります。激減した場合は年一レベルまで落ちるか下手すればエタるレベルです。上がる方ならいいですが、現状だとどっちに転ぶか分かりません。
なので長い目で見てくださることをお願いします