『崩壊』する。ガラガラとタワーが瓦礫となって降り注ぐ。その中にはトゥワイスと義欄も含まれていた。
「生きてる……」
「死柄木ならやると思ったぜ!」
複数のトゥワイスがクッションとなり溶けていく。だがトゥワイス一人分と義欄は無事であり、五体も崩れていなかった。
タワーから落下して他に助かったのは一人だけ。その一人、リ・デストロは個性により巨大化した姿に変貌していた。
「こんなデカかったか?」
「……」
軽口を叩く死柄木にリ・デストロは口を開かない。開けないのではない、自らの個性を効率よく使うために今は、
「なぁデトラネット、今どんな気持ちなんだ?
11万何人だかだったかに襲わせて、高みの見物。格は近いとか言いながら下に見てたくせに、わざわざリンチの場ぁ設けてさ。
その挙句がこれだ。なぁ、どんな気持ちだ?」
地面に五指を触れさせ、死柄木の個性『崩壊』が地面を伝播していく。触れたモノを連動させ崩壊させていく……『崩壊』は正しく扱えばこうなる個性だった。
最大で使えば自らの身すら崩れ壊れる諸刃の刃。しかし今はまだ覚醒しきってはいなかった。
「うぉっ!?触れるなよ義欄!」
地面を触れる都合上指向性が向けられず敵味方問わない『崩壊』。逃げるトゥワイスにすら向けられていた。
ただそれはあくまで余波。円状に放たれる崩壊が真っ先に向かうのはリ・デストロだ。
──
「怒ってるよ」
死柄木には目にすることすらできない一瞬。たったそれだけでリ・デストロの姿が残像を残して掻き消える。
同時に、死柄木の目の前に巨体は現れていた。
「私は怒りを溜め込む
既に振るわれていた、巨大な拳と共に。
「悪いことをするのはこの手か!?」
一瞬で近づいて拳で指を千切る。増強系の個性ならば可能な『人体を千切る』行為。リ・デストロの個性『ストレス』はそれを可能なレベルまで自らの肉体を強化できるものだった。
『ストレス』は自らの感じたストレスを肉体強化やエネルギーそのものに変換しぶつけることができる個性。我慢したのも自らの個性をより強固に扱うため。
その片鱗を見せつけただけで死柄木の力は文字通り削られた。
左の五指の内、三指を千切られるという欠損だった。
「っ!」
「『個性で人を判断するのは止めよう』、学校教育ではそう教えられる。
しかし個性は人格に直結するものだ。Ms.ダークライも言っていた言葉……『個性とはその人そのもの』。まさしくその通り
では君はどうだろう!?死柄木弔!『五指で触れ、あらゆるものを崩壊させる』」
「先程は聞いていなかったな。君はどんな想いでどんな理想を体現する!?
Ms.ダークライが示したのは我々に寄り添い進むべき道へ導いてくれる光そのもの!そしてそのための力!
兄妹弟子である君も理想を示せるはずだ!それとも理想もなく虚ろな壊すだけの獣か!?」
バキバキと指が砕けていく。力の差を見せつけるために溜め込んだストレスは、確かに目の前の死柄木であれば格の差すら見せつけていたことだろう。
ただ死柄木の象徴足る『指』、それが壊されていくことは風化されていっていたはずの想い出を浮かび上がらせていた。
『華ちゃんの手』
(まただ、
『お母さんの……おばあちゃん、おじいちゃん……お父さんの、手』
『怒りや悲しみといった負の感情は時間と共に癒されていく。
(先生、あんたが俺にしたかったことは分かりつつある。だから、だからなのか)
『また怒られたの?』
(華ちゃん)
『馬鹿だねー黙ってればいいんだよ。■■■■になりたいなんて言わずにさ、私もお父さんには「およめさんになりたい」って言ってるもん』
(俺の姉ちゃん。そっか、そうだったっけな)
『ホラいこ?』
(メソメソしてると俺の手を引っ張っていってくれて。ちゃんと口にして、ちゃんと伝えてくれたのは華ちゃんだけだった)
死柄木の抜け落ちていた記憶が戻っていく。そして完全に風化されたはずの大事な記憶が戻っていく時に、一年前だったか程度だったために忘れていただけの記憶も帰ってくる。
『なりたい自分になればいいんだよ。私みたいにさ』
(そういやいつだったかに、お前も言ってたな……本当に今のお前がそうなのか、俺は知らないけど。ただお前も手を伸ばそうとしてたっけ)
どこか姉に似ているような気もする。きっとそれは間違いで、あいつの個性がそう見せているだけだろう。
死柄木の鋭くなってきている感覚がそう示し、それでも縋ってしまいたくなると感情が動く。
『ヴィランのためのヒーローが私だよ』
(分かる。だから俺はお前を仲間にしたかった。横に居てほしかった……どうせ触れても崩れないだろうから、尚更いて欲しかった)
『離れるのが、正解かな』
(華ちゃんじゃない。分かっていたのに、心に棘が刺さった気がした。仲間だから、辛かったんだと今なら分かる)
『……早くここまで届いてね?』
(ここまでの
成生の記憶がフラッシュバックする。そのどれもが違うシーン。直近のものから古い記憶まで。
消えていた記憶は余りにも膨大。成生のように思考を加速することができない弔の脳には耐え切れないものだ。
さらに現実にはリ・デストロによって指が潰されていく最中ですらある。
故に弔は──本能だけで動く。
「っ!」
リ・デストロが掴んでいた弔を放り投げる。弔は勢いを殺せず砂ぼこりを上げて地面に叩きつけられる。
危険であるとリ・デストロが感じ取ったのは一瞬の痛み。潰されて行っていた指から感じ取った、皮膚が
「誤情報を……?いや、Ms.ダークライの影響か」
Ms.ダークライは誰にでも影響を与える。親しい者程影響は大きく、兄妹弟子と言われているのだから当然と言えば当然。
リ・デストロの考えは間違っていない。ただそれは弔には当てはまるが、当てはまらないとも言える。
弔に対してMs.ダークライの影響は0ではない。影響自体はしているが、それよりも依光成生の影響の方が馬鹿でかいのだ。
何故なら弔が知っているのは成生がヴィランの産声を上げる前から。さらに言えば弔からすればMs.ダークライと言う名乗りを上げている時期の方が短いのだ。
故に、知っている。普通の少女と言っている依光成生を。最も個性が動いていたのは幼少期である少女を。そしてその少女を知っているが故に──
「頭がっ……!割れるっ!」
──思い出すと共に力も増大し、負担ものしかかる。ただでさえ家族と過ごしてきた記憶が蘇ってきているというのに、力そのものが増す成生の個性も加わりマトモに動くのも難しい程にさせていた。
『目の周りまた酷くなってきちゃったねぇ……お薬お薬』
(お母さん!)
弔の頭の中は記憶を思い出すだけ。しかし身体は動いていない訳ではなかった。
ギガントマキアとの戦いで弔は限界まで何度も追い込まれた。灯火がフォローしてくれたこともかなり多かったが、死にかけたのは0ではない。疲労によって行動できなくなって……なんてこともあった。
死にかけた経験と身体の反応。頭が今にも割れて死にそうであると誤認していれば、身体は勝手にその時を思い出して動き出す。
「速い!」
予備動作も無く身体が勝手にリ・デストロへ向かっていく死柄木。意識は無く──かつて依光成生がよりみつせいとなった時のように──ただ身体と個性だけが動いていた。
思考が入らない分反射速度も格段に向上。今の弔は正しく獣そのものだった。
「覚醒の最中、というところか。私も『ストレス』を鍛えてきた……!だから分かる。
同格と認めよう。ダメージから消えないところを見るに君は本物。ならば──!」
リ・デストロの身体が黒色に染まっていく。『ストレス』には使い方が大きく分けて二つある。一つは身体強化であり増強系のそれだ。戦いの最初から使っており、生半可なプロですら圧し潰す力を誇る。
そしてもう一つの使い方は「ストレスの放出」。ストレスをエネルギーそのものに変え、形を変え指向性を与え周囲に破壊そのもののエネルギーとして放出する。
「祭りを終わらせよう」
エネルギーの塊が死柄木に向けて放たれる。傍目には棒立ちであり、エネルギーは直撃していた。直撃した死柄木は勢いよく吹き飛ばされ、周囲の建造物に激突していく。
『負荷塊』はリ・デストロの持つ最大の切り札。制御できる限界の威力で放たれたそれは、ビルの一つや二つは軽くなぎ倒す程の破壊力を秘めている。直撃すれば、人体など肉塊となり原型を留めることなど無い。
つまり。今の五体満足である死柄木の姿はあり得ないはずだった。
「今のは……。……壊した、のか」
『ホラ転狐!おはぎ好きだろ!?おいしいもの食べると悲しい気持ちがふっとぶんだ』
『泣かないの、おばあちゃんまで泣きたくなっちゃうわ』
(優しかったおじいちゃんとおばあちゃん……けど違う、違うんだ。あの時僕が、言って欲しかったのは──)
倒れていた死柄木が立ち上がる。フラフラと安定しない立ち上がり方だが戦意は明らかに高揚しており、戦いはこれからだといいたげなそれだった。
「全部思い出した」
吹き飛ばされたことで距離をとらされた。距離をとればリ・デストロの負荷塊の餌食となる。一度受けて分かった死柄木は、これならば問題ないと結論付けていた。
初見で受けて致命傷足り得ない。なら何も問題にはならないのだと。
負荷塊に対処してくる覚醒する死柄木という脅威。リ・デストロは戦いに集中せざるを得なかった。少なく見積もって対等。それ程の脅威と見なしたのだ。
──その集中を削ぐ、最大の一手があることをリ・デストロは知らない。ヴィラン連合と解放軍の戦いはここで決着したと言っても過言ではなかった。
『リ・デストロ!大変です!』
「どうした」
『こいつら!隠してやがったんだ!あの脅威!奪姫様と組む力の権化!
ヴィラン連合における最強の戦力は死柄木ではない。破壊力の一点においてだけが死柄木が最強でこそあるが、それ以外の全てはある一人に負ける────ギガントマキアという生ける災害に。
ギガントマキア、生ける災害、そして……大の父親となる存在。
「リーダー足る君を倒せば解決だ……っ!」
リ・デストロの額からタラリと汗が流れる。
大と同等と言う存在。それがリ・デストロへ与えるのは焦り。判断を間違える原因となる感情だ。優秀な大人となれば焦りを抑えるのが上手いのだが、覚醒する死柄木と生ける災害ギガントマキアという暴虐には流石のリ・デストロも対処しきれていなかった。
再び放たれる負荷塊、違うのは指向性の方向。吹き飛ばす方向では時間を稼がれるだけ……故に、地面に押し付けるように放つ。さっきと同じ対応をしても地面に圧し潰されて肉塊と化す。仮に崩壊が使えたとしても余波で同じ結果になる。
そのはずだった。
「全部壊せば問題ないな。成生の理想の姿が導く光だって?何も知らなければまぁそう見えるよなぁ」
負荷塊は直撃した。直撃するとほぼ同時に、崩れて壊れた。負荷塊はエネルギーの
一瞬だけの触れるタイミング、しかも直撃すればミンチと化す塊、必然として防衛本能が働いてたにも関わらず、死柄木は壊した。壊せる程までに覚醒していた。
「俺は壊すだけだ。
欺瞞に満ちた世界も、仲間と歩む道を邪魔するやつも、泣いてる顔を見せないで変わり続ける馬鹿も。
そんな世界は全部壊してやる。俺も結局のところ
『リ・デストロ!止まらない!止められない!そちらに向かってます!』
悪過ぎる情報だけがリ・デストロの耳に入る。本気の一撃は覚醒した死柄木に通じず、時間をかけた戦いにすれば大と同等以上の存在が迫ってきている。
短期決戦でも、長期決戦でも勝ち目が無い。額に流れる汗は、限界を超えたストレスをリ・デストロに与える。
「ならば、最後の一手だ」
ポケットからスマホを取り出し、スイッチを押す。リ・デストロがスマホで呼び出したのはリ・デストロ専用の武器、ヒーローで言うところのコスチュームに該当するモノ。
その名を──負荷増幅鋼圧機構”クレストロ”。掌を除く全身を覆う鎧であり、ストレスを与える塊。鎧の一部が杭となっており、自らの身体に打ち込まれているのだ。
周囲から部品が集まっていき鎧と化す。しかしクレストロは鎧でありながら、最大の用途は別の場所にある。
「これで決着にしよう」
「プラスウルトラってやつだな」
両の掌だけは生身のまま。そしてそこには、さっきまでとは比べ物にならない程のストレスの塊があった。
負荷塊の威力の最大化、それこそがクレストロの最大の特徴だ。限界以上のストレスがリ・デストロに更なる力を与え、力そのものを敵に叩きつけることができる。
「こっちも全力だ。
────ぶっ壊れろ!!!」
死柄木は地面に手を触れさせ……個性を、覚醒した個性を全力を超えて行使する。巻き上げられた土砂が負荷塊との壁になるようにある程度の指向性を持たせた上で。
負荷塊と崩壊が激突する。破壊するエネルギーと、破壊そのものの激突。威力そのものは同じだった。
勝敗を決めたのは──格の差。
「─!」
「ははは!!!」
死柄木は崩壊していく地面に更に崩壊を重ねていく。溜めて放つという個性の都合上、一度しか放てない負荷塊は止まり、塵へと崩れていく。
死柄木は成生の後ろに居たくなかった。同じ景色を見たかった。手元に置きたい訳じゃない、対等で居たかった。
リ・デストロは成生に下に付きたがった。心酔してしまった。対等など求めていなかった。
その差が、自身の
崩壊に崩壊を重ね、ただでさえ覚醒したばかりの個性を
全方位の地面の破壊。触れた場所から伝播していく『崩壊』は、衝撃波の如く波及していく。
「っ!」
リ・デストロはクレストロの緊急脱出機構により崩壊の波から逃れる。真上に何枚ものパーツを噴出、ブースターにて更に遠くへ逃がすシステム。
が、絶対に逃さないと言わんばかりに崩壊は届いていた。崩壊が伝播している小石が右足にコツンと当たるという形で。
「──」
敗北。リ・デストロはその感情を抱く。それもただの敗北ではなく完敗。
決定付けたのは物理的なこともあったが何よりも
崩壊の中心でありながら、眼の前の戦場すら窮屈だと笑っている少年を。今だけは、誰よりも解放されている自由な姿を。
崩壊が鎮まっていく。クレーターのような地形となった中心に、二人の姿はあった。
「右足切り離したか、賢明な判断だな。なぁ……何でやり合ってんだっけ俺ら」
「……」
「お前が喧嘩売ったからだよな?」
死柄木が指を指す。足を潰されたリ・デストロは立ち上がれず、ただ死柄木を見ることしか出来ない。
満身創痍。りデストロがそうなれば、軍の者が救出に動き出し──
「待て」
──止められる。軍のトップであるりデストロの言葉は絶対。目の前の状況が何を示しているのか分かっていても、屈するのは間違いだと言いたくても、絶対なのだ。
「ここまでだ、認めよう。我らの負けだ」
姿勢を変え、謝罪の態勢となるリ・デストロ。日本に伝わる伝統的な謝罪の姿勢だ。
「解放軍はお前達についていく」
土下座。これ以上ない謝罪を示す姿。
これにて明確に勝敗は決する────ヴィラン連合の勝利。そしてもう一つ、死柄木個人の勝利が
「後継……!」
ギガントマキアもクレーターの外縁部にいた。野生の嗅覚が足を止めなければならないと叫び、死柄木から
自分を付き従えるならば自分よりも強くなければならない。ギガントマキアが死柄木と最初に相対した時に示した言葉だ。
そして今、ギガントマキアは死柄木の力を恐れて離れた。野生の戦いで言うなら……ビビッて逃げたとも言える。目の前の光景が畏怖したくなるものだったことも加わり、ギガントマキアは死柄木を認めていた。
マキアが認める、それが勝利の一つ目。もう一つは、かつての死柄木なら気づくことすらできないものだった。
「……これで満足か、ガキ共」
「気づいてたんだ」
光学迷彩の個性により、透明になって見えていなかった奪姫が死柄木の背後にいた。
「トガの近くでウロウロしてるやつがいたからなぁ……透明になってまでだ、視線感じたからな」
「崩華?気づかれちゃダメって言われてなかったの?」
「言われてないけど」
いつの間にか奪姫の横にいた崩華が軽い口調で返す。崩華のトガ護衛は母親から託されたモノ。奪姫は関係ない上に詳細も知らされていない。
不満気な奪姫と当たり前のことをしただけと飄々としている崩華。死柄木は崩華の方だけを見、直感的に感じ取った言葉を口に出す。
「お前……俺か」
「……随分直感良くなってる。ようやく起きたってとこ」
「なら分かんだろ……あのバカは何処だ。自慢してやらねぇとな」
あのバカ。そんな言い方ができるのは死柄木くらいだが崩華には伝わっていた。
親子だからか、それとも単純に
「……ダメ。でももしも弔おにーさんが望むなら考えるって言葉は聞いてる」
「ちっ」
崩華はトガ護衛を頼まれた時に言われたのだった。死柄木が自らに近づけば必然と自慢しにくる時が来ると。その時に一番近くに居るのは奪姫か崩華か、もしくは電花の誰かになるはずだと。
その時なら、表に出てもいいと。そう……倒れる前の
だからこそ、崩華は一つだけ条件を付ける。きっと母親ならそうすると信じて。
「あとおかーさんは目立つのが好きだから。自分の味方にくらい、知らしめてよね」
目立つこと。誰よりも目立つことは許さないが、自らに近い人が目立つことは喜ぶはず。
崩華の考えは間違いではない。兄弟子である死柄木が目立てば成生は笑顔を浮かべて喜ぶ。
……依光成生という、普通の少女ならというifの話だった。