本当はここまでを3月末までに書きたかった
再臨祭から一週間が経った。世間に伝えられたのは「泥花市で20人程のヴィラングループが計画的犯行を行い引き起こした事件。市民による決死の抵抗にてヒーロー到達まで時間を稼ぐことができた」というストーリー。一から十まで出鱈目なものだが、解放軍は情報操作を専門とする部隊すらあった。なんならこの手のやり方は得意中の得意ですらあった。
世間に隠された真実……「解放軍とヴィラン連合の激突」。勝者であるヴィラン連合はある屋敷に招かれて寿司を食べていた。理由は簡単、皆寿司を食べたかったから。
「雨降って地固まるとはこのことだね」
「お前は何もしてなかったろ」
「逃げ回ってたさ」
「寿司喰わねぇなら貰うぞ」
「魚嫌いなんだ」
荼毘とMr.コンプレス、スピナーが軽い口調で話す。山場を越えた後で安全も保障できているためか、前のようにピリピリとした緊張感は薄れていた。
他の面子はと言うと……
「トガちゃんごめんよぅ……」
「それ止めてください。死んでないので」
トゥワイスはトガの写真に向けて謝っていた。死柄木から崩華のことを知らされたトゥワイスは、トガを守り切れなったと自責に苛まされていたのだった。
「成生ちゃんが守ってくれた。それでいいです」
「……そっか!」「そうだっけ?」
好き勝手行動する五人。ここにいるのはヴィラン連合に属している者だけ。灯火やマキアはいなかった。
灯火は戦いの後に奪姫と崩華に気づき、すぐ現れたのだ。そこまではよかったのだが……灯火は崩華がいることを知っていたため、怒った奪姫に引きずられていったのだった。
マキアはというと、別の場所にいた。所属そのものはヴィラン連合になったが、扱いは五人とは違うのだ。……何より、マキアは役割が違った。
今から行うことの、言われる側の人間なのだから。
「時間だ」
ドシドシと音を立てながら部屋に入ってきたMr.スケプティックが五人に告げる。準備ができたのだと、付いてこいという意味もつけて。
「だいたいその寿司はウチの金で買ったものだが?」
「あぁ?ハゲが今も無事なのは何でだっけ?」
「止めましょうスケプティック」
五人に加えMr.スケプティックに花畑。敵対していたために今日から仲良くしましょうとは出来ない。それができるのはMs.ダークライや死柄木というカリスマを持っているものだけ。
下には下の苦悩がある。組織が一つになる時などその最たるものだ。
「指導者……いえ、リ・デストロが決めたことです。リ・デストロの言葉がデストロの言葉であることに変わりはありませんが」
花畑が先導して歩いていく。屋敷の何でもない壁、そこが花畑の腕時計のスイッチでだけ反応する。壁が変形し奥にある通路へ繋がり、通路の先には階段があり……二回ほど分岐し、エレベーターに辿り着く。
その一番下に、死柄木、リ・デストロ、ギガントマキア、解放軍の全構成員がいた。
「解放戦士諸君!リ・デストロである!
これより!異能解放軍は生まれ変わる!!!」
演説。10万を超える組織となれば指導する者もそういった技能を持つようになる。リ・デストロも当然できる……どころか得意中の得意だ。
しかし死柄木はそうではない。そのためリ・デストロが代わりに演説の大半を口にする。
「デストロの遺志を啓蒙するにあたりヴィラン連合は障害であると信じて疑わなかった!私の目は狭窄であった!
私はあそこで真の解放を見た!
これは降伏ではない!」
「この死柄木弔こそが真の解放者であると!畏敬の念に打たれたものであり、必然の譲位である!
かの方!Ms.ダークライの兄弟子でもありその才覚は同等以上のものであった!」
「今より解放軍は死柄木弔を最高指導者とし再臨を果たす!
より深化した解放の道を辿るに至り、異能解放軍並びにヴィラン連合は!融合し新たな名を冠す!
その名を──」
リ・デストロがそこで言葉を切り、死柄木の方へ視線を向ける。後はあなたが口にしなければならないと目だけで伝わっていた。
「超常解放戦線。"
まぁ、名前何て飾りだ……好きにやろう」
スピナー、荼毘、トゥワイス、トガ、Mr.コンプレス、Mr.スケプティック、花畑、外典が壇上に立ち、死柄木の言葉に歓声が上がる。
頂点に君臨した死柄木の言葉だ、狂信者にも近い解放戦士が求めていた言葉でもある。喜ばない訳が無かった。
死柄木は右手を向け、そのまま掌をピタリと止める。「静かにしろ」のジェスチャーだ。
「そしてもう一つ」
りデストロや元解放軍はは聞いていないこと。組織運営としては間違いだが、死柄木と
「ある組織と同盟を組むことにした。
組織構成人数は数人だけ。それでも対等とした同盟だ」
不安と不満が元解放軍に一瞬だけ走る。対して元ヴィラン連合の面子は皆笑顔だった。
それも当然。元から彼らは手を組んでいたのだから。
「来い」
十人という組織と呼ぶには少ない人数。しかしその雰囲気、圧力は10万人すら凌駕する程に大きなもの。
戦闘に立つ少女──奪姫。電花がリーダーだが実行隊長としては奪姫だ。リーダーである電花の判断で演説は奪姫が行う。
リ・デストロが演説の大半を行ったのと同じ形だった。もっとも、こちらはリーダーは口すら出さないが。
「私達は「ナイトメア」。依光成生を頂点とし、彼女直々に作られた近衛」
存在感だけで奪姫の言葉が真実だと分からせる。同時に向けられる視線は、羨望。
解放軍が求めてやまなかったMs.ダークライという存在。彼女が作ったともなれば、羨ましいと真っ先に考え……同時、自分達では役不足だったのではと思わせる。
「かの方からのお言葉です」
奪姫が告げた言葉は、そんな思いを抱く解放戦士を明確に求めるという言葉だった。
奇しくも、Ms.ダークライが行っていた活動と同じ『背を押す』こと。求めていた者達にはこれ以上なく突き刺さる。
『認めましょう。あなた達の刃は私に届くと
認めましょう。あなた達の光は私に近いと
交わることは無くとも、向かう方角が同じならば同志と呼びましょう』
Ms.ダークライが創った組織と手を組んだ。解放戦士の間ではデストロの体現者とすら呼ばれていた彼女と。
一瞬の間の後──地下空間に、割れんばかりの驚喜の声が響いた。
■■■
解放戦線の幹部と死柄木は会場を離れる。堕とし子達も転移で既に移動し、残ったのは半分の五人だけ。
荼毘は灯火、トガとトゥワイスは崩華、死柄木は電花、奪姫、そして艶羽と話し込んでいた。
「おい……さっきのあれは本当にあいつの言葉か?」
「ええ、一度目を覚ました時に言っていたとのことよ。ねぇ艶羽?」
既に一度Ms.ダークライは目を覚ました。極秘とすら言える情報を軽い口調で奪姫は渡す。先に聞いていた電花も、奪姫同様に上機嫌に笑みを浮かべていた。
「うん。そう言ってた」
対して嬉しく無さそうに死柄木はケッと口に出す。
「そうか。……どうせ二度寝でもしてんだろ、起きたら連絡寄越せ」
それだけ告げるとこれ以上話すつもりは無いと死柄木は離れていく。他の面子も離れていき、残ったのは電花と奪姫、艶羽の三人だけ。
そこにいるだけで電波障害を明確に引き起こすことができる、三人だけ。
最も小さい姉が、この場で最も大きい妹を案じて声に出す。直感が最も優れているが故に、奪姫だけを連れていくために。
「ねぇ艶羽。何かあるのは分かってるから……無理には聞かない。艶羽にも過敏な時期ってあるって安心したくらい」
「ちょっと電花姉!私はそんなの無かったから!」
「え?あはは……そうだっけ?」
「無かったから!」
「強く否定するのは逆効果って……わわわ!奪姫止めて!」
「電花姉と言えど許さないよ!」
活力すら奪おうとしてくる奪姫から逃げ出す電花。肉体強度に任せて高速で移動し始め、奪姫も追いかけるように走り始める。
電花が何かを察していた、でも何も言わなかった。
「ありがとう……でも、ごめんなさい……。……嘘だよ……あれは
────おかーさんじゃない」
苦痛の表情。唇からはギュッと音がし、血すら垂れる。堕とし子の中では誰よりも自由な艶羽が一番するはずがない表情。誰にも見せないように、耐えていたのだ。
艶羽が思い返すのは、数日前のことだった。
■■■
Ms.ダークライのアジトには必ず誰かが残っている。アジトにもしものことがあったらという可能性もあるが、何より成生がいるからだ。
眠っている成生の様子を見て、起きたら皆を集める。堕とし子の誰もがそれをできるように個性をコピーしたりと訓練し、成生が眠ってから数日後には全員ができるようになっていた。
そして数日前の当番は艶羽。誰よりも好き勝手に行動する艶羽と言えど、母親の安否が関わってくるとなれば無視出来るはずも無かった。
まさか、自分の番で母親が起きるなど信じられないことではあったが。
「おかーさん?」
「艶羽……だけ?他の皆は?」
艶羽は母親のことだから電花か奪姫がいるときを狙って起きると考えていた。未来予知でもできるのだと勝手に考えていたからだが、ある意味で間違っていない。
早速広範囲電波で他の兄弟姉妹を呼ぼうとするが、どうせなら少しくらいは独り占めしようと思考を変える。役得、数分くらいならいいでしょと自分に言い聞かせる。
「今は出かけてる」
「残念。居たなら助かったのだけれど」
残念。居たなら助かった。艶羽はその言葉に違和感を抱く。
よくよく見てみればベッドから上半身だけ起きている母親は雰囲気と存在感や圧力がおかしい。いつも通りの優しい母親ではない感覚……
警戒心を最大まで引き上げ、艶羽はベッド際からじりじりと後退する。翼を広げ展開、即座に扉から出られるように、一部の羽を分離させ母親の指を抑えるように操作して。
「……おかーさん、なの?」
「何かしr……まだ、全部は無理か」
ベッドから聞こえる声色が変わる──同時、翼が動く。扉が開き艶羽は扉近くまで飛び、母親の指は押さえられ身体の関節が抑えられる。
艶羽の翼は羽一枚一枚まで操作でき、一枚だけでも大人一人封じ込めるだけの力を持つ。鎮圧するには十分な力だ。
「──あなたは、誰?」
「流石は艶羽ね」
もっとも、相手が悪いのは仕方のないことだった。
拘束を意にも介さず艶羽へ指を向ける。抑えたはずの羽はまるで意味を成しておらず、障害にさえなっていなかった。
指を向けられる。Ms.ダークライが示すその動作は、本来なら生殺与奪権を奪われたに等しい。
ただ艶羽にも『超再生』はある。粉微塵にされない限りは死なない上、この場所を壊すことはMs.ダークライと言えどあり得無いため死ぬことは無いと算段は付けていた。
向けられた────
「っ!?その目は!」
「私はMs.ダークライ、ヴィランの頂点にして女王。紆余曲折あったけれど……
母親の瞳は純粋な
何より、話している会話が自らを母親ではないと宣言していた。
「いったい、なにが」
「そうね、一つ……昔話をしましょう。依光成生という少女の昔話を」
Ms.ダークライを名乗る母親の姿をした者は語る。母親の歴史を……母親の『個性の』歴史を。
「かつて自らの個性を最大限使えた依光成生は自分自身をこう言ったの。『普通の親の子供』だと。
彼女が持っていた個性は周囲の環境や人間関係すら含めたあらゆる方向に変化を引き起こす個性、『なりたい自分になる』個性。その個性は自らに枷を強いたわ、だって『普通の親の子供』よ?そんなバカげた個性を持つ訳がない」
「個性を数段階ダウングレードし、さらに自らが使える個性すら極限まで削いだ。自らの個性を最大限使えたからこそそれができた。鍛えてないからこそ、まだ自らの操作できる身体能力の範囲だったからこそできた」
「そうして『なりたい自分』として『普通の少女』依光成生が生まれた。五歳になる前だったかしらね……けれど『普通の少女』であるなら、『普通の少女』であることを否定したがる」
「だって秀でるものが少ないということだもの。抑圧されていると言ってもいい。だから彼女は『なりたい自分』として『誰よりも目立ちたい』と強く意志を抱いた」
「そして彼女は願いに従って……『
私は依光成生という人間が『なりたい自分』として描いたからこそ生まれた存在で……いずれ依光成生が到達する者よ」
Ms.ダークライへの変貌秘話。何より母親の個性が『なりたい自分になる』個性である事実。個性がどうなっているかなど分かりもしなかったが、艶羽でも疑問はすぐ出る。
『なりたい自分』とはいったい何だ、『なりたい自分』になるのをどうやって決める、なった後はどうなる。即興でも聞きたいことは山ほど出てくる。
そして、疑問の答えが目の前にあることも分かってしまうのだった。
「あなたは……!」
「『普通の親の子供』、『普通の少女』。前提とした『なりたい自分』によって『Ms.ダークライ』は雁字搦めにされた。そのせいでマトモに私は動けなかった。
まぁ彼女には皮肉もいいとこよねぇ……自分の選んだ道がとっくの昔に既に決めたことで変えることなぞ出来ないなんて。その
Ms.ダークライが本来の力をまるで使えていなかった。それだけでも恐るべき事実。ヒーローやヴィランを蹂躙した力でさえも片鱗ですら無い、欠片未満程度のものだった。
艶羽はよりみつせいと戦ったから分かる。母親の力とよりみつせいの力は圧倒的なまでによりみつせいの方が上だ。ただ力そのものが上であり、練度は圧倒的に母親の方が上。
目の前の存在は、どちらも使えると言っているようなものだった。
艶羽の恐怖の感情が膨れ上がる。よりみつせいの力で依光成生の使い方をされれば誰が何をどうあがこうと止めることなど出来ない。
だが目の前の存在は母親でもあるのだ、口を出せない訳ではなかった。
「動けていたじゃない!」
「依光成生という少女の中でね。悪事も個性も大したものではなかったでしょう?せいぜいがヒーローを失墜させる程度。
少女は成長するもの……さらに成長を促進する
Ms.ダークライが告げるのは依光成生という少女が面倒だったこと。『なりたい自分』が成長するものであり、邪魔をしていたこと。
動けないようにされていたヴィランは、さらに縛りが強くなり封印すらされていたようなものだった。
問題は、封印は解かれてしまったことだった。
「前提の自分が成長すればいくら『
感謝してもしきれないわぁ」
ニタァリィィと邪悪な笑みを浮かべるMs.ダークライ。本能に拒否感を抱かせ、逃げるかひれ伏してしまいたくなる感覚。正しくヴィランの女王と呼べる姿がそこにあった。
ただヴィランの女王ともなれば……敵対する者も、相応に強大なものになる。
「ごぶっ」
「っ!」
唐突に口から血を吐き出したMs.ダークライ。個性による拒否反応が明白に身体に起きていた。
そんなことは知らない艶羽は、Ms.ダークライの圧力に震え、演技かと警戒していた。
「まだ、壊れた枷は生きてるわね……完全に壊さないと。私一人でも可能だけれど、時間がかかる。思考速度操作が向こう側にあるのが厄介ね。
前にAFOに貰った個性を作りましょうか、中にAFOの意思があったようだけど……好都合」
そう言葉を言い残し、ブツンと電源を切るようにMs.ダークライはベッドに倒れ込む。さっきまでの雰囲気や圧力も消え去り、残ったのは脂汗が滲み出ていた艶羽のみ。
圧力から解放され、息を整える艶羽の耳に再び何かを吐き出す音が届く。さっきまでの感覚は無く、在るのは安心するようなざわつきだった。
「がふっ!!!」
血を吐き、起き上がる母親の姿。さっきまでとは違い、ふらつきを見せている……
「艶羽……?」
「おかーさん!」
声色も元の母親と同じもの。変わっていない姿が、今は余りにも嬉しかった。
起きたばかりの成生に抱きつく艶羽が震えている。状況が掴めていない成生だが、思考加速に時間を引き延ばし……答えの前提に辿り着く。
兄弟姉妹か、ヒーローかヴィランに何かされたからといって艶羽がここまで震えることはない。
あり得るとするならば──
「私、何か言ってた?」
──成生自身の無意識。あり得るとするならばそれくらいだ。
成生がよりみつせいとなった後、ほとんど時間を置かずに眠りについた。しかし個性がおかしなことになっていることには気づいていたのだ。
転送の個性は形を変え、自らの肉体強度はおかしなレベルに。まるで個性が自身の認識しているものではないと思う程に、変わっていた。
『最適化』などではない、もっと大きな……巨大なものなのかもしれないと、考えてはいたのだ。
答えは、長い……長い葛藤の末に艶羽の口から告げられた。
「……。…………、…………っ。…………………………………………Ms.ダークライって人格?が出てた」
人格が出てきた。艶羽の言葉を信用しない程に成生は落ちぶれていない。別の人格が作られて自らの身体を乗っ取っていた、そういうことなのだと理解した。
しかして成生は自らの個性を正しくは知らない。『最適化』よりも遥かに巨大な、別人格さえ作るような個性ともなれば検討も付かない。
けれど、何ができるかは直感が悟っていた。
「……。……艶羽、私の個性は知ってる?」
「知らない」
「悪い、とっっっても悪い感覚がするわ……もし……もしこれが出来るなら……」
既に艶羽はMs.ダークライのことが嫌いになっていた。言っていることを信じたくも無いくらいに。
『なりたい自分になる』個性も真実と認めたくなかった。知らないと答えたのもそれが理由だった。
それが、母親を再び長い眠りにつかせることを意味するとも知らずに。
「おかーさん?」
「艶羽、よく聞きなさい」
諭す声。頼みごとをする時にも近いが、どこか悲壮感すら漂う雰囲気。艶羽には嫌な予感が止まらなかった。
「今から私はある個性を使ってみます。その後、私は倒れる。さらに個性を使ったと言う記憶も消える。
もし、私の近くに何かが落ちていたなら、拾っていきなさい」
「何か……って?」
「多分、本かCDか……
「待って、聞きたくない……嫌だよ、おかーさん」
艶羽は兄弟姉妹の中でも優秀だ。それは会話の仲で勘違いされたりしないと、最も大人の思考をしているからとも言える。故に、言葉の裏に隠された意味も分かってしまう。
縋りつくように成生に抱きつく艶羽。離したくないと強い力で抱きしめる。そこで艶羽はようやく気付く。
成生も震えていた。余りにも強大な個性の行使、初めて使う使い方。自分に何が起きるかも分からない……それでもやらなければならない。かつて親を殺した時のように、やらなければならないからやる。
普通の少女だった時から、変わっていないものだった。
「艶羽」
震えながらも艶羽のために成生は声を出す。安心させる声で、大丈夫だよと言うように。
「私はいなくなる訳じゃない……ううん、ちょっと違うかな。
私達は……いえ、成長する人ってずっと変わり続けるものなの。『今の』自分たちはずっと残されていくだけ、過去と言う形でね。
私はその度合いが強過ぎるだけだから、安心して」
消える訳ではない。分かっていても、艶羽には恐怖が残っている。Ms.ダークライという
視るだけで、感じるだけで、聞くだけで、同じ場所で空気を吸うだけで畏怖する存在。母親が持つ魅力的な特性をそのまま恐怖に変換するヴィラン。
恐ろしかった。何かされれば屈してしまう、それが分かってしまうから。
抱きつく艶羽に強く抱き返す成生。もう一人の成生を恐れていると成生には分かる。だからこそ、艶羽だけは逃げられると安心させる。
「
……触れることすら嫌がるけれど燃やせないものになるんじゃないかな。だから拾ったものは、あなたの好きにしなさい」
「電花姉たちには?」
「あなたが渡したいならそうしなさい。……崩華と仁にならいいかしら。
艶羽、私はもう一度眠りにつくわ。多分さっきまで眠ってたのと同じ時間以上はかかる。でも起きる時が来る。
皆、無事でいるようにね」
成生は艶羽から手を放し、艶羽もまた手を放し立ち上がる。泣きそうだった顔は、元の凛とした顔に戻っていた。
「皆にも、伝えるから」
艶羽の言葉に成生は笑顔で返す。もう問題ないと、安心した顔で。
「いい子ね」
成生は艶羽に微笑み、空へ手を伸ばす。そして自らの内側に意識を傾け、明確に意思をもって個性を使う。
「私の個性が認識していたものと違う。なら……『一時的に記憶を失くし、自らの全てを形に残し、残した後に気絶する』」
発動と同時、指から光が走り──部屋を埋め尽くす。誰にも何をしたのか見せないために、あらゆる目を潰す光が発せられていた。
艶羽も目が眩み見えなかった。そして数秒後に光が止み、ベッドに倒れる成生と……本が一冊、成生の膝の上に置かれていた。
「おかーさん!?」
すぅすぅと眠る母親の姿。さっきまで起きたことが夢だったかのように、変わっていない姿だった。
しかし、夢ではない証拠が目の前にあった。
「これは……」
一冊の本。これがMs.ダークライが存在すら許さないが燃やすことさえできないお守り染みたものと成生は言っていた。
何が書かれているのかすら憚られる代物。それを艶羽は……恐る恐るページを開く。
「これは、そんな……嘘……おかあ、さん。本当に、これは、残していいものなの?」
口が、身体が震える。こんなモノを母親が自分から残した事実は、艶羽には信じられないことだった。
信じられない。同時にはたと気づく、これを残さざるを得なかったという母親の判断に。それが示すのは、信じたくない未来。
目の前の一冊の本がある限り、母親が危惧している訪れるであろう未来。燃やせば回避出来るなど艶羽には思えなかった。何せ母親がわざわざ残したのだ、そうそう簡単に回避できるものではない。
「ダメ。電花姉……ダメ、奪姫姉もダメ。ヴィランや勇也兄なんて論外。他の皆だと……今はダメだけどもっと先で崩華か、仁……なら。お母さんのヒーローや壊理ちゃんは……いやダメ、ヒーロー側だもの。
誰にも渡せない、私が、私が守らないと……!」
禁忌そのもの。手にしてしまった艶羽は悩んだ末……数時間後に兄弟姉妹を呼び寄せる。数時間という短い間で一つの個性を身につけて。
絶対に守り通す、その覚悟は艶羽に信念を与える。何を守るのかという一点、それこそが彼女を──成生の子であることを前提として──ヒーロー側かヴィラン側かを定める。
艶羽は────ヒーロー側だった。
禁忌は誰にも破られない。誰よりも速く飛ぶ艶やかな羽を持つ者が持ち去ったから。ヴィランも、ヒーローも、悪夢でさえも届くことは無い。
ずっと身軽だった艶羽はその日からリュックを背負うようになった。そこに背負うのが何であるか、本人以外は知る由も無かった。
艶羽は可愛いですね
これでヴィラン側は一旦締め。次回から時系列が色々前後しますがヒーロー側です