灰被りー元ウマ娘、現競走馬だけど質問ある? 作:パンダコパンダ
『さて、続きまして、笠松競馬のサンドリヨンについてのニュースです。本日行われた、名古屋競馬場での名港盃。まさに横綱相撲と言ったレースでした』
テレビに映るキャスターがサンドリヨンを紹介し、映像が昼間の競争に切り替わる。
『史上初、中央クラシックを制した地方馬であるサンドリヨンは、名古屋競馬、G3の名港盃に出走。12頭立、6枠8番、一番人気を一身に受けたサンドリヨン。競走前、パドックではかなり汗をかいている状態で、体力が不安視されましたが……』
『流石に今回はダメかなと思いましたが、そんなことはありませんでしたね』
ゲートから飛び出た芦毛馬は、スルスルと前の方へと飛んでいく。
外側から出ていったサンドリヨンが、やや行き過ぎではあるものの先行集団の先頭についた。
『コーナーを曲がり最後の直線。アップアンカーを交わし抜け出したサンドリヨンはそのまま一気に差を広げて行き、最終的には2着アップアンカーとは7馬身差。これに対して、騎乗した安堂ジョッキーは、着差ほど良いレースはできて居ない。
『このレースでも不完全。やはり中央を制した馬、底が見えませんね』
コンコン、と、ノックされ厩舎の一室に一人の男が入ってきた。
「お疲れ様です。先生」
「お疲れ様ですアンカツさん。今日はありがとうございました。これで毎日王冠に進めます」
「あんな状態でも勝ててしまうサンドリヨンがすごいだけです。今日の私は斜行しないように見張るだけのリュックでしたよ」
そんなことありません。とサンドリヨンの主戦騎手である安堂さんとソファに座ると、早速本題を聞き出すために、口を開いた。
「レース後話があるとおっしゃってましたが、いかがなさいました?」
「単刀直入に言うと、騎手引退を考えておりまして、早くて今年いっぱい。遅くても、来年には……」
話は、まさかの引退の話。どうにかなりませんか? と言おうと思うものの、安堂さんも50歳を超えている。となると、体に鞭を打っている状態。
「先生の目標的に、中央のG1に出走するのは前提。そして、笠松関係者の騎手でってなると、推薦できるジョッキーがいます」
資料として渡された用紙に記載されてるのは、「
彼は元笠松競馬所属の騎手であり、名前の売り込みのためにもローカル競馬に出走し勝ち星を積み重ねるほど真面目な性格。
「私としては、サンドリヨンを御すことができるのであればそれが竹騎手だろうが河田騎手だろうが誰だっていいんです。馬の背に乗ることどころか、競馬のことですら素人ですから、そこは調教師たちの判断に任せます。ただ、私として思うのは、引退時期を明確に決めて、やり切って欲しいと言うことだけです」
我々も引くに引けない側ではあるが、アンカツさんだってそうだ。
正直、サンドリヨンがここまで走るとは思っていなかっただろうし、サンドリヨンに乗ってくれたのも、オグリキャップとライデンリーダーの血が流れているからだ。
「そうですね。サンドリヨンがどこまで行くのか、行けるのか。背中に乗って確かめたい気持ちはあります。そして、その最後まで付き合えない自身の体に悔しさを感じています」
ここで止めることが無責任であると捉えられてもおかしくないんだ。
年齢を理由にしても、サンドリヨンが中央G1で勝てていない事実に変わりはない。これで、次サンドリヨンに乗る騎手がG1に勝ったなら、安堂はサンドリヨンから逃げたと捉えられる可能性もある。
叶うなら、サンドリヨンの引退まで共にいて欲しい。シンデレラに出てくるフェアリーゴッドマザーのように、彼女を戦う舞台へと連れていって欲しい。
「固いんですよね」
「……はい」
沈黙が流れ、私は一口お茶を啜る。
カチカチと壁掛けの時計が時間を刻む音がして、少し。私は考えさせてください。とだけ呟いた。
安堂さんは頭を下げ、部屋から出ていく。
「どうしようか……」
一人しかいない部屋の中、俺は天井を仰ぐことしかできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
毎日王冠。
中山のオールカマーや京都大賞典と同じく、天皇賞・秋へと続くステップレース。東京の1800メートルで競うことになるが、天皇賞・秋だけでなく、マイルチャンピオンシップ に出走する馬も秋初戦として選んでくるレース。
その2枠2番がサンドリヨンだった。
G1馬は、3勝馬であるサンドリヨン。昨年天皇賞・秋でジェンティルドンナに勝ったスピルバーグ。オーストラリアのG1に勝利したリアルインパクト。マイルチャンピオンシップのダノンシャーク。
そして、同期の皐月賞馬であるイスラボニータ。
一番人気は、パドックで汗をかいていたのもあり3番人気。それでも3番人気にいるのは、今日よりもひどい汗をかいていた名港盃で7馬身差の圧勝劇を見せたから。
休み明けの競走馬だっていることが、こんな状態でも人気になった要因だと思われる。
そんなサンドリヨンの走りは順調なスタートから始まった。
いや、思い切りのいいスタートの得意な普段のサンドリヨンから比べると、無難にも程があるスタート。
すぐさま押さなくても前の方へと自ずと進み、ポケットから抜け出し向正面に入る頃には、9番手あたり。ちょうど馬群の真ん中に着く。
悪くない展開。内内を通ってロスを減らしつつ、タイミングを伺う展開。
先頭にいるエイシンヒカリが速く抜けている状態なのかペースは早いものの、何も悪いところはない。安田記念や名港盃の時のような、暴走に似た走りもしていない。
向正面を抜け3、4コーナーで徐々に内側から進出していく。直線に向いて、先頭はエイシンヒカリが調子良く馬群を引っ張る展開。その内側からサンドリヨン。外からイスラボニータが迫るもの、残り400になってまだ先頭はエイシンヒカリ。
後に、サンドリヨンを語る上で、2015年の毎日王冠は語種となる。
ゴールまで残り300程。
安堂が鞭を振るおうとした時、サンドリヨンは内ラチを駆け抜けた。
低い姿勢から生み出される規格外のパワー。文字通り、馬力が違うことで生み出されるあまりの加速力に安堂は振り落とされかけ、鞭を振るうことなく手綱を握り締める他なかったと言う。
外から急襲をかけるイスラボニータの鼻先がエイシンヒカリより少し前に出た時、サンドリヨンは自らスパートをかけ、既に1馬身先にいた。イスラボニータが完全にエイシンヒカリを交わした時には、イスラボニータとの差は2馬身に広がっていた。
この日のことを振り返った竹騎手が、サイレンススズカはサンドリヨンに差された。と口にした、規格外の末脚。
瞬きをすれば広がるイスラボニータとの差。
サンドリヨンのタイムは1分44秒7。二着イスラボニータとのタイム差コンマ8秒。着差にして5馬身に届くかと言う差。
芦毛の怪物は、あの日史上最高のG2と呼ばれた日の勝ち時計を、コンマ1上回る速さで駆け抜けた。
『サンドリヨンがイスラボニータを突き放す! 最も強い馬! これは菊花賞馬の意地なのか! 別次元の強さを見せて、堂々の1着!! 堂々の1着です!!』
陣営は暴走と呼び、ファンはポテンシャルというこのレースを経て、ネット記事や評論家は、騎手が要らない馬と言うことが増える。
安田記念の負けから2戦。少なくとも陣営にとって一度も理想の展開には至らないまま、11月1日、天皇賞・秋を迎える。