しかし、それはこれから始まる過酷なレースの序章に過ぎなかったのだ・・
まさかまさかのG1レース2連闘が決まり、あっという間にチャンピオンズカップ当日である。
先週のジャパンカップ同様に今日も爽やかな秋晴れだ。
今日のダートコースは気持ちよく走れるな・・。
先週ジャパンカップを駆けたヨシエは、気持ちに多少の余裕が出ていた。
まぁ、先週のジャパンカップはアーモンドアイにコントレイル、デアリングタクトといった化け物揃いだったのだ。
今回はジャパンカップと比べるとメンバーも落ち着いている。案外、善戦できるかもしれない。
気合を入れて頭のハチマキを締めるヨシエの横で、顔を青くしているウマ娘がいた。
彼女の名はメイショウワザシ。
髪型はショートカットで、耳にピンクの耳カバーをしているのが特徴だ。
彼女は、今日がG1レース初参戦であった。
勝負服は青を基調色としており、ピンク色のストライプが鮮やかである。
数日前のインタビューでは、「初めてのG1レースなんで頑張るッス!逃げて逃げて逃げまくるッスよ~♪」なんて豪語していたが、今やどこ吹く風といった感じ。
「あ~ヤバいッス、昨日食べた刺身がマズかったのかな~。レースまで持ってくれ!私のお腹!!」
体調が優れない中、スターティングゲートに向かうメイショウワザシなのであった。
そして、ゲートが開き、チャンピオンズカップが始まった。
最後の直線、300m。2人のウマ娘が争っていた。
ヨシエとメイショウワザシだ。
ちなみに先頭ではない。最後方だ。そう、"ビリ争い"である。
「負けてたまるかー!!」
「アタイだって、ビリはイヤッスー!」
ヨシエとメイショウワザシは、ほぼ同時にゴールした。
写真判定の結果、メイショウワザシがわずかに先着、ワザシ15着、ヨシエ16着であった。
ゴール後、メイショウワザシはスピードを保ったままトイレに直行した。
***
チャンピオンズカップから数日が過ぎたある日のこと。
「ヨシエ、次は障害レースに出てみるのはどうだ?」
トレーナーの岩本が、練習場で巨大タイヤを引いているヨシエに提案する。
「・・・は?何を言ってるの?」
トレーナーの突然の提案に、ヨシエは"鳩が豆鉄砲を食らった"ような顔をした。
最近、自分が出走するレースの内容に驚いてばかりである。
これってアスリートとしてどうなんだろうか。
「えーー!!ヨシエ!障害レースに出るの!?いいじゃん!出てみようよ~!」
巨大タイヤの上に乗っていたオジュウチョウサンが大声をあげる。
尻尾がピョンピョン跳ねており、テンションが上がっているようだ。
言わずもがな、オジュウチョウサンは障害レースが大得意であり、その圧倒的な強さから「障害の絶対王者」と評されている。
「うん、ヨシエは頑丈な身体が取り柄だろ?そんで根っからの負けん気と根性。障害レースでも、いい線行くんじゃねぇかと俺は思うのよ」
岩本がヨシエをおだてる。
「えぇ・・そうかな・・」
褒められて、まんざらでもなさそうなヨシエ。
「そうだよ。それに隣りにはオジュウチョウサンという障害レースの大師匠もいる。これは、挑戦してみる価値あるだろ!!」
「ヨシエ~、あんたなら飛べるよ~。やってみようよ、障害レース!」
トレーナーと親友にこうも推されては、なかなか断り辛いものだ。
「じゃあ・・出てみようかな」
ヨシエは障害レース出走をあっさりと承諾してしまった。
「良し!そうと決まれば、明日から障害レースの練習だ!今日はもう帰っていいぞヨシエ、あとは俺たちが片付けとくから!(巨大タイヤを)」
「ヨシエ!明日から一緒に練習だね!!」
そう言うと岩本とオジュウチョウサンは、そそくさと練習場の後片付けを始めた。
ヨシエは2人のテンポの良さに何か妙なものを感じないでも無かったが、お言葉に甘えて帰ることにした。
ヨシエがいなくなった後、岩本とオジュウチョウサンはお互いハイタッチを決めた。
「イェーイ!作戦成功!!」
すべては2人が仕組んだ作戦であった。
岩本は、前からヨシエを障害レースにも出走させたいという気持ちがあり、トレーナーとしても障害レースを経験したかった。オジュウチョウサンは、世間での人気に今ひとつ欠ける障害レースをもっと普及させたいという自身の想いがあり、親友のヨシエにも障害レースの魅力を前から伝授したいと思っていた。
つまり、今回は2人にとって"WINWIN"な作戦だったのだ。
「よーし、オジュウ!明日からヨロシク頼むぞ~」
「へへっ!ガッテンですぜトレーナー!」
この2人、意外と良いコンビなのかもしれない。
次の日、ヨシエとオジュウチョウサンは早速障害レースの練習を始めていた。
「いいかヨシエ、障害レースで大切なのは・・"飛ばない"ことだ!」
「・・・はぁ?」
障害レースで飛ばない・・。意味が全く、全く分からない。
「飛ぶというより、跨いだ方がいいってこと。ほら、こんなふうに」
オジュウチョウサンのジャンプは、他の選手に比べて異様に低い。
重心が低く、飛ぶというより、跨ぐと言った方が表現としては正しい。
レースでは、障害の生垣を上手に利用して跨いでいる。
なんというか、障害の生垣に飛び込んでいるといったカンジだ。
そのせいで、オジュウチョウサンの足は生キズが絶えない。
飛んでるようで、全然飛んでない。
それが、オジュウチョウサンの強さの秘訣なのである。
ただ、彼女のアドバイスは、ヨシエにはあまり参考にならなかった。
オジュウチョウサンのジャンプは、類まれなる飛越センスと素晴らしい心肺機能を兼ね備えたオジュウだからこそ出来る芸当である。
今まで平地で走っていたヨシエが、これをすぐに出来るようになる方がおかしい。
岩本トレーナー、オジュウチョウサン、ヨシエの3人は、来る小倉レース場の障害未勝利戦に向けて、試行錯誤を重ねながら練習に励んでいた。
ヨシエは、朝から晩まで障害を飛んだ。時にはうまく飛べずに転倒するなんてこともあったが、へこたれなかった。岩本トレーナーはヨシエに見合ったジャンプのやり方を研究し、オジュウチョウサンは夜遅くまでヨシエの練習に付き合っていた。3人とも、本気で勝利を目指していた。
そんなこんなで、小倉レース場の障害未勝利戦当日である。
「まさかヨシエが障害レースに転向するとはな、斜め上の展開だぜ」
「陣営は何を考えているんだろうな」
「小倉レース場障害戦は距離2860m…そもそも完走出来るのか?」
「完走も心配だが、怪我だけはしないでくれよ・・」
ヨシエの障害レース初挑戦を心配するファンが2人、ご存じ小林と岡崎である。
今回も鳥取から小倉まで、はるばるやってきた。
「あら、お二人さん、久しぶり。ヨシエのことは心配無用ですよ♪」
小林と岡崎の横に、いつの間にかオジュウチョウサンが立っていた。
「オ、オジュウチョウサンさんッ!!」
小林は前回のジャパンカップ以来、すっかりオジュウチョウサンのファンである。
「心配無用ってどういうことです?」
岡崎が自慢のメガネをクイッと正しながらオジュウチョウサンに問いかける。
「フフフ・・なにせこの"オジュウチョウサン"がヨシエを障害レース仕様に鍛え上げたんだからね。障害レース絶対王者のこの私が!」
「おぉ!それは心強い!!」と岡崎。
「さすがオジュウチョウサン!痺れるぜ!」と小林。
…とは言いつつ、オジュウの内心は不安でいっぱいだった。
障害レースは平地のレースより事故が多く、大怪我で引退してしまうウマ娘も少なくない。
オジュウチョウサン自身も怪我をしたのは1度や2度ではない。
(ヨシエ・・どうか怪我だけはしないで。無事に走り切ってね・・)
障害レースとは、障害を飛越する技術から長距離を走り切るスタミナまで、スピードだけでは語り切れないタフさが要求される舞台である。今回出走するウマ娘達も身体が大きく筋力があり、平地の選手より頑丈でたくましい印象の者が多い。
そんな選手達と比べると、ヨシエは身体は小さめである。だが、気迫は誰にも負けていなかった。
オジュウチョウサンと岩本のおかげでヨシエの身体は最高の状態に仕上がっていた。
ヨシエの目は、紅く燃えていた。
全てのウマ娘がゲートインを完了した。
ガシャコン!!
スターティングゲートが開く。小倉2860m障害未勝利戦のスタートだ!
ヨシエは好スタートを決めた。彼女はスタートは割と得意な方なのだ。
早くも1つ目の障害が目の前に迫る。
ヨシエは、オジュウチョウサンと岩本との練習を思い出し、落ち着いてジャンプした。
「「ヨシエ!!ジャンプゥ!!」」
観客席のオジュウチョウサン、小林、岡崎が叫ぶ。
少し高めのジャンプではあったが、ヨシエは1つめの障害を無事に飛越した。
その後も、障害レース初挑戦とは思えない位軽々と障害を越えていった。
最後の直線に入る。
先頭はエイシンクリックだ。2番手を大差で突き放しているので、1着は確定だろう。
ヨシエは中段の位置にいた。悪くない位置だ。掲示板圏内ならばいけるかもしれない。
「ヨシエー!行け行けー!!」
オジュウチョウサンが観客席から身を乗り出す勢いで応援する。
「すごいな。障害レース初挑戦でここまで追い上げるなんて」
岡崎が思わず感嘆の声をもらす。
「あぁ、全くだ。オジュウチョウサンでさえ初障害戦は14人中14着だったのに…」
小林がボソッと言う。
小林の発言に対して、オジュウチョウサンの耳が反応する。
「あ"ぁ"!?何か言ったか!!」
「スイマセン!何でもないです!」
小林が嬉しそうに謝る。
「・・・・・」
岡崎はその様子を呆れて見ていた。
ヨシエの着順は5着であった。初めての障害レースとしては大健闘だと言える。
地下バ道を歩いていると、1人の男が立っている。岩本トレーナーだ。
ヨシエが岩本に近づくと、岩本がヨシエに対して自身の拳を向けた。
ヨシエも岩本に対して、拳を向け、お互いの拳を合わせグータッチを決めた。
「良かったぞヨシエ、久々に掲示板に乗れたな」
「障害レースも悪くないですね、トレーナー」
「おっ、言うようになったな。これからもよろしく頼むぜ」
そう言うと、岩本はヨシエにタオルを渡し、地下バ道を去って行った。
去りゆく岩本の背中が見えなくなるまで、ヨシエは深々と頭を下げていた。
ヨシエは岩本だけでなく、レースに向けて協力してくれたオジュウチョウサンにも感謝していた。
***
| あなたの「推し」は!?アイドルウマ娘オーディション開催決定!! アイドルウマ娘のぬいぐるみをファン投票で作っちゃいます!この機会を見逃すな! ──Presented By URA 京都レース場 |
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ある日、トレセン学園の学内掲示板に、このようなポスターが張られていた。
URA京都レース場主催のオーディションであり、ファン投票上位3位までのウマ娘はぬいぐるみ化される。
この情報はインターネット上でも告知され、全国のウマ娘ファンが自身の「推し」に積極的に投票するのであった。
トレセン学園のウマ娘達は、投票結果が発表されるまで皆そわそわしている。
学園の誰もが「もしかして自分が選ばれるのでは」と、期待していた。
ヨシエはというと、まぁ選ばれるのは実力と人気を兼ね揃えたアーモンドアイやコントレイル辺りだろうな~と考えていた。自分が選ばれるなんてことは、微塵も考えていなかった。
しかし、オーディション投票結果は、まさかまさかまさかの結果であった。
「おいヨシエ!!信じられねぇことが起こってるぞ!!」
部室のドアが勢いよく開き、トレーナーの岩本が興奮しながら入ってきた。
彼の右手には、新聞紙が握られている。
「えっ・・なになにどうしたの?」
トレーニングの準備をしていたヨシエは突然の状況に戸惑っている。
「これを見てみろ!!」
岩本は握っていたスポーツ新聞を広げる。
新聞の一面には、アイドルウマ娘オーディションの投票結果が発表されていた。
| お待たせしました!! URA京都レース場主催 アイドルウマ娘オーディション結果発表!!
3位 キセキ
(URA担当者コメント) トレセン学園の宴会部長の異名を持つキセキがランクインです。 勝ち鞍の菊花賞の印象が強いですね。 泥だらけでボロボロの状態になりながらも、死力を尽くして勝利し レース後ファンに向けて天高く人差し指を挙げたキセキを見て、 涙しない者はいなかったと言われています。 えぇそうです、当時私も号泣しました。
2位 メロディーレーン
(URA担当者コメント) やはり彼女の人気はホンモノだった!! トレセン学園最小、身長130cmのメロディーレーンちゃんです。 小さい身体で頑張って走る彼女の姿を見るため、彼女が出場する レースの観客は重賞並みとなるほどです。 そして彼女は、ただ小さくてかわいいだけじゃありません。 距離適性は長距離であり、常に闘志を漲らせています。 そういう所が人気をさらに上げてるのだと思います。
1位 ヨシエ
(URA担当者コメント) まさかまさかのヨシエが1位となりました。 少し失礼ですが、予想外の結果となり本当に驚いています。 番狂わせとは、まさにこのことです。 ヨシエはファンから「もう走らないで!」と言われる位出走回数が多いウマ娘で 勝利の数は少ないですが、一度も故障を起こしていない。とにかく身体が丈夫なんです。 さらにジャパンカップとチャンピオンズカップの連闘、その後の障害レース参戦は 話題を呼びました。まぁ、勝利は出来なかったんですが…。 そんな健気に走り続ける彼女を、ファンはしっかり見ていたんですね。 ジャパンカップは最下位だったヨシエですが、"愛される”という1点においては 彼女は一等賞を取りました。 これは、G1レースを勝利することより、案外難しいことなのかもしれません。
今回のオーディションは、自分が好きなウマ娘を応援したいという トゥインクルシリーズ本来の醍醐味を思い出させてくれました。 皆さま、たくさんの投票ありがとうございました!
この3人のウマ娘ぬいぐるみは、近日販売予定です! 全国のURAレース場やURA通販クラブにて購入可能です。
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「・・・・え?これマジ?夢じゃない?」
岩本がヨシエの頬をつねる。
「ホラ、夢じゃないだろ?」
「トレーナー・・生きてたらいいことってあるもんだね・・」
ヨシエが涙ぐみながら、岩本を見つめる。
岩本は突然のヨシエの涙に面喰らい、後ろを向いた。
レースで負けても涙なんか見せたことがないヨシエが泣くなんて・・
「まぁ・・アレだ・・ファンの皆さんに、感謝しねぇとな。仲川も、きっと天国で喜んでることだろうよ」
岩本も岩本で、涙を流して鼻声になっているのだった。
レースは、勝つことだけが全てじゃないんだ。
仲川を、ヨシエを、そして自分自身を、信じて良かった。
この結果は、一定層にとっては大ニュースだった。
ここは、鳥取県鳥取市にある鳥取県立農林水産大学校のウマ娘トレーナー養成学科研究室である。
「見ろ岡崎!例のオーディション!なんとヨシエが1位だぞ!!信じられねぇ!」
興奮した小林が岡崎にスポーツ新聞を見せる。
「おぉ!本当だ!ヨシエに投票する物好きは俺らくらいかと思ってたよ、良かったなぁ・・」
岡崎が自慢のメガネを正しながらスポーツ新聞を確認する。
「いやーすごいな。奇跡って起こるもんなんだな」
小林は、しばらく何か考え込んだ後、岡崎に語り始めた。
「・・なぁ岡崎、進路だけどさ、やっぱり中央のトレーナー目指さないか?倍率とか難易度とか考えると、地方のトレーナーの方が現実的なのは分かってる。けど、オーディションの結果を見て気が変わった。出来るところまでやってみたくなったんだ」
「・・うん、俺も迷ってたけど、これで決心がついた。自分がどこまでいけるか試してみてぇわ。俺も、中央目指すぜ!!」
「よっしゃ!やるか!岡崎!」
「おうよ!小林!」
2人の男は、熱く握手を交わした。
「・・っと、忘れるとこだった。ヨシエのぬいぐるみ予約しとかなきゃな~♪」
つい先ほどまで熱く夢を語っていた小林がぬいぐるみを予約する。
岡崎はその落差に唖然としてしまう。
「・・・・・。小林、俺のも予約しといて」
アイドルウマ娘オーディションの上位3人には、共通しているものがあった。
3人とも、レースでは勝ちが遠いながらも、懸命に走り続けているところだ。
そんな彼女たちが人々に与えてくれる感動は、もしかしたら想像以上に大きなものなのかもしれない。
***
・・・時が過ぎて、現在。
ヨシエはトレセン学園を卒業し、今はURAが運営する世田谷区の公園施設に勤めている。
岩本トレーナーは何故か色々な所にコネクションを持っており、岩本の推薦等もあり、ヨシエはURAに就職した。就職面接では、ヨシエのオーディションでの優勝経験や、レースでの勝利は少ないながらもファンから愛されている点が有利に働いた。
この公園はウマ娘の走行技術向上及び一般の方々との交流を目的として設立された施設であり、遊具施設、散策路、レストラン、お花畑に加えて、競技施設やトレーニングルームを有している。
さらに一帯は芝生や雑木林に囲まれており、広大な園地となっている。
ヨシエはここで様々なことに関わっている。
普段の主な業務は園内の管理・清掃等であるが、イベントが行われる際は出店を任されたり、時にはウマ娘のショーに参加したりしている。
お客さんの中には当時のヨシエのレースのことを話される方も多くおり、ヨシエはよく声を掛けられる。ヨシエのぬいぐるみを持って来られるお客さんもいたりする。
特にジャパンカップ、チャンピオンズカップ、その後の障害レース参戦は人々の記憶に強く残っているらしく、いつも話題にされる。そのたびにヨシエは少し恥ずかしくもなるが、お客さんが笑顔で帰っていく様子を見て、あの日々にもちゃんと意味があったんだなと感じる。
ヨシエはレースの道からは遠のいてしまったが、今でも皆に愛されるウマ娘として、その長所を存分に生かしているのだった。
今日は、久々に"友人たち"と会う日である。
「よーう、ヨシエ!」
昔と変わらない元気な声がした。
オジュウチョウサンである。
彼女はトレセン学園を卒業した後、障害レース専門の中央トレーナーとなった。
障害戦での輝かしい実績から、トレーナーとなるのに時間はかからなかった。
「オジュウ!久しぶり!」
ヨシエがオジュウチョウサンとの再会を喜んでいると、息を切らしながら2人の男が走ってきた。
「オジュウさん、早すぎっすよー」
「俺たちの体力のこと、考えて走ってくださいよー」
小林と岡崎である。
彼らは晴れて中央トレーナーとなり、現在は障害戦のトレーナーとして、オジュウチョウサンに指導を受けながら日々汗水流して働いているとのことだ。
「あんたら、もっと体力つけなさいよ。トレーナーは知力に加えて体力もないと。担当するウマ娘に舐められちゃうよ」
オジュウチョウサンが養豚場のブタでも見るかのような冷たい目をして、小林と岡崎に言い放つ。現役時代よりも凄みが増したように感じられる。
「「ひどいっすよー」」
そうは言うが、笑顔の小林と岡崎。
「ハハ・・あんたら、相変わらずだね」
昔から変わらない皆のノリに、なんだかホッとするヨシエ。
「オッス、みんな来てるな!どうやら俺が最後のようだな」
岩本トレーナーだ。
以前より、白髪が増えたように見える。
担当するウマ娘の人数が増え、最近は疲れ気味らしい。
ただ、裏では何を考えているか分からない穏やかな笑顔は顕在である。
再会の後、皆で世田谷区を散策した。
街並みを見て歩いたり、喫茶店に立ち寄ってそれぞれの近況を報告し合ったり、談笑したりと、ささやかなものであった。
そして、最後に故人である仲川トレーナーの墓参りをした。
線香に火をつけ、みんなで墓前に手を合わせる。
ヨシエは世田谷の生花店で買ってきた花をお墓に添える。
岩本はお酒のワンカップを墓前に置く。
「いやしかし、俺がヨシエのトレーナーになってから本当にあっという間だったな。色々あったけど、人生、何とか見合った方向に流れ着くモンだな」
岩本が今までのことを思い出しながらしみじみと話す。
「あれ~、岩本トレーナー、なんか今日は格好いいこと言いますね~」
「ただな、オジュウ。お前が俺の同僚になることだけは、マジで想定外だったわ」
岩本とオジュウチョウサンが睨みあっている。ま、いつもの痴話げんかのようなものである。
ヨシエは墓前で手を合わせながら、心の中で仲川トレーナーにメッセージを送っていた。
(仲川トレーナー、今まで辛いこともあったけど、色んな経験をして大事なことをたくさん学んだよ。レースはあまり勝てなかったけど、尊敬する恩師、大親友、私を応援してくれるたくさんの人に出会えて、私は今、幸せだよ。)
「さぁーて、墓参りも終わったことだし、夕飯でも食って帰るかぁ。オジュウ、何食いたい?」
「肉食いたい!焼肉行こう!!」
「お、いいねぇ!けどお前、なんか前より腹が出てきたんじゃねぇか?」
岩本がデリカシーの欠片も無い発言をする。
「テメェ!人が気にしてることを!!」
オジュウチョウサンが岩本にドロップキックを放つ。
岩本はそれを咄嗟に回避する。
「あぶねぇ!お前、今の本気だったろ!?小林、岡崎、逃げるぞ!」
「岩本さん、待ってくださいよ~」
「置いてかないでくださいよ~」
岩本、小林、岡崎が逃げ出す。この3人、逃げ足だけは早い。
「あっ待て!ヨシエ、追いかけるよ!!」
オジュウチョウサンが3人を追いかける。
「ちょっとみんな待ってよ~!仲川トレーナー、また来るからね!」
ヨシエは仲川の墓に一礼をし、駆け出していった。
──運命に翻弄されながらも、彼女は前を向いて走り続けた。
そのひたむきに走る姿に、人は動かされた、愛さずにはいられなかった。
丈夫な身体と折れない心・・
──そのウマ娘の名は・・
〈ドントクライ ヨシエ 完 〉
【登場人物】
・ヨシエ
一般女性のような珍しい名のウマ娘。
凡才だが、負けん気と根性は誰にも引けを取らない。
頑丈な身体が取り柄であり、一度も故障をしたことがない。
キツめの性格だと思われがちだが、根は優しく、世話好きである。
何故か熱狂的なファンが多かったりする。
主な勝ち鞍:響灘特別、下総S、ジャニュアリーS
・仲川トレーナー
ヨシエの過去の担当トレーナー。故人。
普段はおとなしめの男性だが、レースや担当のウマ娘には並々ならぬ情熱を注いでおり、学園内でも有名なトレーナー。
ヨシエのG1レース勝利が自身の目標だったが、交通事故によりこの世を去ってしまう。
・岩本トレーナー
ヨシエの現在の担当トレーナー。
一見どこにでもいそうな穏やかな男性だが、一発逆転を狙った大勝負をかけたがる一癖ある人物。
生前の仲川トレーナーとは旧知の仲であった。
もちろん、ギャンブルは大好きな模様。
・オジュウチョウサン
学生寮でのヨシエのルームメイト。
ヨシエと同じく2浪してようやくトレセン学園への入学が叶った苦労人。
中等部の2年間は負け続けていたが、障害レースに転向し自身の才能が開花した。
現在では障害レースでの圧倒的な強さから「障害の絶対王者」と評される。
名前が長いため、ヨシエからは"オジュウ"と呼ばれている。
主な勝ち鞍:中山グランドジャンプ(V6)、中山大障害、東京ハイジャンプ、阪神スプリングジャンプ、東京ジャンプステークス
・小林&岡崎
だいたいのレースに出没する2人組。
ヨシエの大ファンであり、鳥取県立農林水産大学校の学生。
所属する学科はウマ娘トレーナー養成学科であり、小林の卒論テーマは「ウマ娘と人類の共存における歴史的考察」、岡崎の卒論テーマは「ウマ娘関連事業による農林水産業に与える経済効果について」である。
進路は2人とも中央のトレーナーを志望している。
・メイショウワザシ
「~ッス」と言うのが口グセ。
少しアホの子気質があり、レース前に調子に乗って痛い目を見ることがある。
ただ、"火事場の馬鹿力"なるものを発揮することもある。
これからの活躍に期待したい。脚質はやっぱり逃げ。
主な勝ち鞍:薩摩S、総武S
・キセキ
コテコテの関西弁を話すウマ娘。トレセン学園高等部1年。
文化祭などの行事を盛り上げるのが大好きであり、「トレセン学園の宴会部長」と呼ばれている。
一方気性が荒い面があり、スタートダッシュが苦手。
勝ち鞍の菊花賞は台風の接近でとんでもない不良バ場となったが、最後の直線で先行した各ウマ娘が力尽きる中、キセキは外から力強く進出し、2バ身差をつけGⅠレースの座を手にした。
死力を尽くして掴んだ一冠、まさに「菊花賞は最も強いウマ娘が勝つ」と言われる所以であろう。
主な勝ち鞍:菊花賞(GⅠ)
・メロディーレーン
あのニシノフラワー(135cm)より小さく、身長は130cm(トレセン学園最小)。
しかしその小さな身体に似合わず、長距離戦を得意とする。
小さな身体に秘めたる闘志、それが彼女の魅力である。
主な勝ち鞍:海の中道特別、古都S
【あとがき的なもの】
コロナも落ち着いてきたことだし、久々に競馬場行きたいですね
引退したヨシオにも、いつか絶対会いに行きます
あとpillowsのライブにも行きて~