仕事が命がけすぎて死んだふりして逃げたいんだけど………   作:じゃがありこ

12 / 17
第12話

「さて、これで任務の8割は完了だ」

 

倒れ伏す夜光を尻目に、軍服を纏った男が剣を鞘に納めた。

 

「任務だと?」

 

「そうだ。吾はあの方から3つの指令を受けた。一つは、貴様の捕縛。もう一つは、『開祖の筆』の奪取だ」

 

「なッ!?話が違うぞ!?お主を手伝えば、『開祖の筆』を返す約束だったはずじゃッ」

 

声を荒げる玲奈に男は静かに首を振って応じる。その様子を見て、夜光は玲奈と男の間にある協力関係は、一方的なものだと判断した。

 

「フッ、それは嘘だ。受けた指令には、貴様の殺害も含まれているからなッ!」

 

男が再び剣を抜く。それに反応して、玲奈は呪符を懐から放り投げ文字のままに事象を捻じ曲げる。

 

「『雷鳥』『煙』『解毒』『結界』急急如律令!」

 

橋の上を煙幕が包み、空中に現れた電気で出来た怪鳥が男に牙を剥く。さらに、玲奈は自身と夜光を不可視の障壁で包み、夜光に解毒を施す。

 

展開された無数の雷鳥。その威力は、苛烈の一言に尽きる。縦横無尽に立体軌道を行い、突っ込んでくる雷鳥を男は鼻で笑いながら斬り伏せた。否、これは正確ではない。男の振るう刃に触れた瞬間、雷鳥は影も形も残さずこの場から姿を消した。

 

「素晴らしい。ワンアクションでこれほどの事象改変を起こせるのか。実に素晴らしい武器だ。実に脅威だ………それ故に残念だ、出来損ないがそれを使っている事実がな」

 

「なッ」

 

呆然とする玲奈に男の刃が迫る。狙われたのは首。一瞬で距離を詰められた彼女に、回避行動をとる余裕はなかった。

 

「ッ!」

 

攻撃が届く寸前で、毒から解放された夜光が割って入った。短刀が男の一撃を受け止める。しかし、その顔に余裕はなかった。

 

「チッ、その傷でよく動く」

 

男は夜光の短刀を切り払い、さらに斬撃を繰り出し夜光を吹き飛ばした。

 

体勢が悪かった。傷を負っているという現状も要因の一つだ。だが、夜光はそれは本質ではないと断言したかった。純粋に、目の前の男の技量が凄まじく卓越しているのだ。

 

重たい一撃を喰らった夜光は呻き声をあげる。咄嗟に受け身の姿勢を取った彼は、そのまま後方に吹き飛ばされた。それだけでは止まらずに、その場でバウンドする。

 

夜光は、そのままぐるりと一回転することで勢いを殺し、地面へと足を着けた。もっとも、それだけで威力を殺すことはできず地面を削りながらの着地となった。口内に溜まった血の塊を吐き捨てる。

 

「実に惜しい。その身のこなしであれば、吾から逃げることなど造作もないだろう。この出来損ないの足手まといさえいなければな」

 

男は玲奈を見下ろし吐き捨てた。それに眉をひそめて夜光は返す。

 

「お褒めに預かり光栄だが、佐伯が足手まといってのは流せない発言だな。そいつに負け続けてる俺の立つ瀬がないだろ」

 

「…どうやら、何も知らぬらしいな。この女のことを」

 

「………ッ」

 

玲奈が顔を上げる。先ほどから彼女にいつもの自信は存在していなかった。顔色は真っ青で明らかに怯えていた。

 

「どういう意味だ?」

 

「この女はな、出来損ないであると同時に罪人なのだ」

 

「よせ………」

 

「この女は「やめるのじゃ!」」

 

一瞬静寂がこの場を包む。そして、弱弱しく泣きそうな声で玲奈はこぼす。

 

「もうしゃべらないで…」

 

夜光は目を見開いた。ここまで弱った玲奈を初めて見たからというのもあるが、完全に口調が普通に戻っていたからだ。

 

「この女はな、己の欲望に取り憑かれ兄を殺したのだ」

 

ひゅっという小さな音を玲奈は立てた。それが自分の口から出た悲鳴だと気づくことはない。

 

震えが止まらなかった。ここから立ち上がりたくないと本能が叫んでいるようだ。

 

「この地では3年前に——————」

 

男は無慈悲に冷酷に玲奈の過去を暴いていく。じっくりとじっくりと、玲奈の精神を嬲る様に男は、過去を語っていく。それは夜光が虚無僧から聞いていた話とほぼ同じだった。しかし、虚無僧の話では玲奈はただ事故に巻き込まれて生き残っただけなはずだ。だが、玲奈の反応を見るに男の語っている過去こそ事実なのだと認めざるをえなかった。

 

男が玲奈の過去を語り終える頃には、玲奈は正常な精神状態とは言えなくなっていた。

 

自分の震える身体をぎゅっと抱え込み、泣きじゃくっている。誰がどう見ても限界だった。

 

「先に、貴様を片すか。兄と同じ傷で殺してやる」

 

男の刃が動く。狙われたのは玲奈の腹部。そのまま内蔵を抉りださんと凶刃が振るわれる。夜光は無理やり玲奈と男の間に割って入り、玲奈を抱え、跳躍し空中にて体をひねって回避する。ナイフは玲奈の股の下、少し長めのスカートを切り裂いた。

 

「荒田さんッ!」

 

夜光の叫びと共に虚無僧が男の背後から現れた。完全な不意打ち、虚無僧の丸太のような腕は鞭のようにして男を薙ぎ倒した。

 

「ハヤクニゲロッ!ジカンはカセグ」

 

夜光は玲奈を抱えて駆け出した。平気そうな顔で立ち上がる男を視界の端にとらえながら。

 

 

 

 

 

 

鳥居をくぐり神社まで戻ってきた夜光は地面に背をつけたまま空を見上げて、ひとまず逃げ切ったことを確認した。夜光も玲奈もお互い肩で息をしている。

 

だが呼吸が乱れた原因は別だった。夜光の理由は肉体的な疲労であるが玲奈は精神的なものが要因だった。

 

玲奈は自分を見失っている。こちらが何を言っても耳に届くことはないだろう。それを理解していたうえで、夜光は敢えて気を使わなかった。

 

「なあ、お前の兄は何で死んだんだ?」

 

「………」

 

「答えろ、佐伯玲奈」

 

呆然自失の玲奈の肩を掴んで石畳に押し倒す。そして、床に手をついて床ドンを行った。完全に心が折れかけている表情の玲奈と目が合い、息が詰まる。

 

「ヒッ!」

 

「答えろ」

 

目をそらすことを夜光は許さない。顎を掴んで向き合わせる。

 

「わ、私が…兄さんを見殺しにしたから」

 

「何故見殺しにした?」

 

「兄が死ねば開祖の筆を受け継げる人間が私だけになると思ってしまったから…」

 

「兄を殺したいほど憎かったのか?」

 

「そ、そんなことはないッ。私だって…見殺しにするつもりはなかった。私だって、助けようとした!」

 

「だが実際にお前の兄は死んだ」

 

「…私が、私にも開祖の筆を使えると思い上がって、行使に失敗したから。時間が無駄になり兄は死んだ」

 

「そうか、だが不思議だな?お前の兄が死んだ直接の原因は、継承式の事故だろ?なぜそうも責任を負おうとする?何故、当主になったんだ?こんな重責に捕らわれるのはきついだろ?開祖の筆を持って逃げ出すことなど、造作もなかったはずだ。違うか?」

 

「そ、それは」

 

「痛感するだろ?自分と兄との才能の差を。祖父が背負ってきた重責と歴史の重さを。自分の罪の重さを」

 

虚無僧の話だと玲奈は当主になることを放棄することができたのだ。だがしなかった。

 

「兄のしてきたことが無駄になるから」

 

なるほど、それは嘘ではないのだろう。だが、それだけではないはずだ。

 

「私が殺したようなものだから、私が責任を放棄するなんてできない」

 

その声には色がない。ただただ、刷り込んだような古いテープを再生しているような台本通りの声色。

 

ギリっと夜光は歯軋りをし怒りの感情を吐き出した。

 

「そんな言葉が聞きたいんじゃない!お前だ!お前の言葉が聞きたいんだ!兄への罪悪感は嘘ではないんだろう。お前の真面目さが責任を放棄させなかったこともわかる。だが、それは本質ではないだろ!?」

 

その言葉はスレ民に言われたから出てきた言葉ではない。あの地獄のような学園で何人もの仲間が死んでいく中無理やり折り合いをつけていく仲間たちが、彼女に重なって仕方なかったのだ。

 

「罪の意識から逃げたかったの………誰かに許してほしかったの………償いたかったの………胸を張っていきたかった………何より」

 

少しづつ声に色が、熱が乗っていく。

 

「ん、全部吐き出せ」

 

ひどく残酷で優し気で甘く苦い夜光の声に、背中を押されて玲奈は傷を零した。

 

「私は、誰かに認めてほしかったんだッ!祖父は誰よりも強かった。兄は誰よりも優秀だった。だから、()もそうあらねばならない。だけど、それ以上に誰かに責められるのが怖かった。誰かに求めてほしかった。自分でもみっともないってわかっている。虚勢を張って強がって、使いこなせない力を振るって傲岸不遜に振舞う。この生き方は、一番祖父や兄から遠い生き方だとわかっている。死のうとしたことだってあるよ。だけど、だけどさ………」

 

処理限界を超えた感情が雫になって地面を黒く染めていく。夜光は何となく、玲奈が他人に対して攻撃的な理由はこれだったのだと理解した。祖父の真似をするのも、屋敷に来た人間を攻撃するのも、一種の威嚇なのだ。だって、夜光が初めて玲奈に負けた時、彼女は言ったのだ。「儂と主の実力差が理解できたじゃろ」と。

 

「誰かに認めてほしかった。小さなころから、否定しかされなかった私のままで終わりたくなかった!」

 

決壊したダムのように泣きだす玲奈を見てようやく、安堵の表情を夜光は見せる。ずっと、その言葉が聞きたかったのだ。

 

「お前は強いよ、佐伯玲奈。虚無僧とあの男の話から武器の性能は大体理解した。あんなチート装備を使っても俺に手を焼いているのが、お前の才能を示してしまっている。確かに、お前にサバイバーとしての才能はない。だが、それでもお前は強い。俺はあの学園で何度も見てきた。死という恐怖が迫ってくる中、それでも諦めに支配された奴らを。諦観は人間にとって最も厄介なものだ。だから、それを乗り越えてここまで歩いてきたお前は強いんだよ」

 

「………わ、私は」

 

「誇れよ、お前は強い。誰よりも強い!俺は知っているぞ!部屋に入った時お前の傍らに積まれていた書籍の量を。運動も勉強も学校では負けなし?私は才色兼備の美少女だから?違うな、お前が学校で負けなしなのは努力しているからだ!あの日に使いこなせなかった開祖の筆を今は使えてんだろ!?お前が諦めずにここまで歩いてきたからだッ」

 

夜光は本心の中に耳障りの言い言葉を並べて玲奈の心を無理やり直していく。だが、玲奈は激しく首を横に振る。

 

「だけど、どれだけやっても私じゃ兄さんにとど「関係ない!」」

 

「関係ないんだ!そんなこと!お前の兄がお前より優れていたという事実は3年前のものだ。今、現段階でお前が兄にあらゆるもので劣っているかどうか確認する手段がないんだ。もし、仮にお前が劣っているという結果だったとしても、お前にはこっから追いつく時間がある。いいか?お前に重要なことを教えてやる」

 

夜光は玲奈の上半身を起こしキスをする。突然唇を奪われた玲奈は熱に浮かされたような表情をしていた。キスが終わるころには、完全にストッパーが外れていた。

 

「佐伯玲奈じゃない、俺が認めているのはただの玲奈だ。ここまで頑張ってきたお前を認めている人間がいる。少なくとも、俺は!俺だけはお前を認めてやる。それじゃあ、不満か?」

 

曇っていた空から僅かに月が顔をのぞかせる。暗闇しかなかった世界に再び月光が差し込んだ。

 

「私は………お主を騙して殺そうとしたんだよ?」

 

その言葉に夜光は軽く笑って、玲奈の肩に手を置いた。

 

「気にすんな。俺は生きてる。いい女の嘘を受け流してやるのが、いい男の条件だろ?」

 

夜光は不敵な笑みを浮かべて見せる。かつて、自分の先輩が自分に笑いかけてくれたように。

 

 

 

 

 

 

 

「よお、遅かったな」

 

「ああ、目撃者の処理に時間がかかった。お陰でもうそろそろ夜が明けそうだ」

 

夜光は刀身が赤緑に輝く一振りの刀を持って、鳥居の正面に仁王立ちしていた。周囲に、玲奈の影はない。男は、軍服を血で濡らしながら剣を引き抜く。

 

「武器を手に入れたか、だがそれでどうなる?貴様と吾の間にある力量の差は、そんなものでは埋まらんぞ。加えて、貴様はかなりの手負いだろう」

 

夜光の瞳と男の眼光が交わる。両者の間にあるには純粋な殺気だ。問答など必要ない。それを証明するかのように、二人の武器が交わった。

 

 

剣による鋭い残線がいくどとなく振るわれるもそのすべてを夜光は刀で捌く。先ほど受けたダメージと疲労で体が鉛のように重く感じている夜光であったが、生存本能と意地が彼を極限まで集中させる。

 

「あの女は逃げたのか。男に守ってもらい、身を隠すとは随分といい身分だな」

 

「さあな?だが、お前よりはまともな人間に見えるぜ?」

 

30秒ほど打ち合った後、いったん距離を取り再度距離を詰めた。

 

「随分と調子がよさそうだな。その傷で」

 

「ハハッ、安価の力ってやつだ」

 

そう答える夜光の顔に余裕はなかった。疲労がたまっているのだ。

 

剣が振り下ろされる。そう読みづらいわけではないただの大振りだ。速度も破壊力も尋常ではないが、かろうじて避けることだけなら難しくはない、そのはずの一撃だ。しかし、それはあくまでも夜光がそれまで通りの動きを続けていたらの延長。傷の痛みとまだ手に馴染まない武具、崩れた体勢と散逸したばかりの集中力では、かわしきることは不可能。

 

それは両者ともに理解していた。生け捕りを指令として与えられた男は、なんとか剣を引こうとするものの間に合うことはない。

 

夜光は直撃すれば死ぬと予感した。それと同時に、尋常ではない全能感が体を襲った。全身が軽くなるような、どんな動きでもできるような。誰かに正しい動きを教えられて、動かされているような錯覚を受ける。そして、自然と笑みがこぼれた。獰猛で凶暴な笑みが。

 

「ハハッ」

 

ありえない体勢から、足の裏が大地を噛んだ。身を捩り感性と遠心力を無理やり生み出した。無雑作に振るわれた刀が男の剣の刀身に横から触れた。体を動かしていたあらゆる力の方向を歪め束ね刀身から解き放つ。瞬間、凄まじい衝撃が両者を吹き飛ばした。

 

「なッ!?」

 

男は完全に虚を突かれ、地面に転がった。それはサバイバーの戦いでは十分状況をひっくり返すトリガーになり得る。

 

夜光は刀身を翻す。繰り出されるのは剣戟の嵐。男とて、一方的にやられ続けていたわけではない。片腕ながらも、懸命に剣戟を凌ごうと試みる。その選択は、少なくとも悪手ではなかった。むしろ、正解に近い最適解であった。現状は夜光の方が優勢だ。しかし、夜光には傷と疲労というハンデがある。斬撃を五回、剣で弾き三回を身をよじりかわして見せたところで限界が来る。

 

「おおおおおおおお!」

 

男の気迫と共に、空高く引き上げられた赤緑の刀がくるくると回りながら夜空に小さな弧を描く。カランっと軽い音を立て刀が転がる。打ち合いを制したのは、男だった。先に限界が来たのは夜光だった。だが、それは想定の範囲内である。

 

 

「行くぞ!」

 

 

夜光が体を滑らせる。男は瞠目した。丸腰で挑んできた夜光にではなく、夜光のその瞬発力にだ。ありえない。負傷した人間の動きではない。

相手の剣が稲妻の軌跡を描いて、その空間を制圧する。その全てをすり抜けて完全に距離を詰める。

 

右肘が相手のアゴを、左の拳が脇腹を狙う。それを回避した男の剣刃が夜光の肉を切り裂きながら腹の奥へ沈んでいく。

 

それを知っていた夜光は掌底を放った。夜光の掌底が相手の胸部に押し当てられる。

 

「儚い一撃だったな」

 

軽い衝撃を受けつつも、男は夜光の体力の限界を悟った。

 

「知ってるか?人間が魔物に勝っている点は高い知能だが、同時にそれは油断を呼ぶんだ。お前、何で俺以外に意識を向けてないんだ?」

 

血を吐いた夜光は、不敵に笑った。

 

「ッ!?」

 

男は自身の胸部に視線を向けて、驚愕を露にした。男の胸部には呪符が張られていたのだ。

 

(さっきの掌底はこれを吾に付けるためか!?)

 

男の視界に巫女服を着た玲奈の姿が飛び込んできた。

 

「クソ!?放せえええええええ」

 

「放すかバーカァァァァ!」

 

男は剣を振るおうとするが、夜光が離さない。血が噴き出る。肉が飛び散る。だが、夜光は剣を放すことはない。

 

「急急如律令」

 

静かな玲奈の声が戦場に響いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。