仕事が命がけすぎて死んだふりして逃げたいんだけど……… 作:じゃがありこ
「センパーイ」
放課後の教室で帰ろうとしている夜光を甘い匂いが包む。同時期に転校してきた後輩、リナが抱き着いてきたのだ。
「あー、リナとりあえず離れてくれない?君が可愛いのはわかったから」
「わかりますかぁ?慧眼ですねぇ」
体を密着させ不敵に笑う少女は、ふふんと得意げに胸を張る。リナは確かに可愛い。ピンク色の髪を揺らし、挑発的に微笑む。
香水の甘い香りが頭を突き抜ける。
昔、あざとい子は可愛いのか議論をしたのを思い出した。つい笑ってしまった夜光に、少女が怪訝な顔をした。
「いや、リナはやっぱりかわいいなーって思ってた」
「そうでしょう。わかればいいんです!わかれば」
夜光からするりと腕を離し、彼女が教室の外へ歩き出した。クルリと反転し、リナは廊下まで聞こえる声を出す。
「この後、デートしませんか」
後ろ手を組んだまま少女はわずかに上体を傾け、薄く笑う。 わざわざ上目遣いをする。
「いいけど、別の場所で誘って欲しかったな」
校内がざわつき出す。山に死体を埋めに行こう、魔物に食わせれば証拠は大丈夫だと囁く声が微かに聞こえる。口元に手を添えて、クスクスと笑うリナ。
やっぱりあざといなと夜光は思うのだった。
夕暮れ時、放課後のチャイムから解き放たれた学生が磁石に吸い寄せられるように街のメインストリートへと流れ込んでいく。ここは、色とりどりの看板と甘い香りが充満する食べ歩きエリアだ。
ビルに挟まれた通りは、オレンジ色の西日とネオンの光が混ざり合い独特の熱気を帯びている。すれ違う制服の集団からは、テストに対する愚痴や推しのアイドルの話、週末の予定といった断片的な会話が楽しげな笑い声とともに溢れ出していた。
店先から漂うソースの焦げる香ばしい匂いやクレープ生地の香りが鼻をくすぐり、空腹を容赦なく刺激する。
「制服で買い食いすると青春しているなって思うけど、慣れるもんなのかな」
焼きたてのクッキーを口に含みながら街を歩く。周囲は学生で溢れていた。
「センパイ、その発言は友達がいない人の言葉ですよー」
「俺が女たらしのクソ野郎だと噂されて、誘われてないんだ」
「ってことはわたしってセンパイの初めてを手に入れた感じですか?」
「何言ってんのかわかんね」
少し食べ歩きエリアから離れて散歩をしているのだが、廃れている様子はない。雑多な街並みだが、それなりに栄えている。
「ここのクッキー1回食べてみたかったんですよね。有名みたいだし、地元にはあんまりこういうのなかったので」
「地元は東京エリアじゃないんだっけ?」
「わたしは関西エリアの出身ですねー」
都会の街並み、前世と比べても遜色がないレベルだ。これを維持するためにどれだけのサバイバーが日々、戦いに身を投じているのか。今ここにいる人間たちは誰一人として理解していない。しかしそれでもいいと思う。ここにいる人間たちはただ知らないだけ。それは決して免罪符にはならないけれども、何も知らずに平和に暮らしてほしいと願ったサバイバーがいることを夜光はよく知っているから。だから、きっと。
「夜光センパイあーんです。食べさせてあげますー」
リナがクッキーを目の前に差し出してくる。
にこやかな瞳には、悪戯の光が宿っている。
昔、凛にやられた時は、完全にフリーズして動けなくなったが、今の俺は違う夜光はそう心の中で余裕を捻り出す。
「じゃあいただきます」
差し出されているリナの手を右手で包みパクリとごく自然に食べる。何が起こっているのかわからず目を丸くするリナにお返しする。
「どうした?こっちも食べたいのか?」
クッキーを差し出す。完璧な笑みを浮かべるとまだ握られている手を見て、少女は間違いなくうろたえた。しかし、経験の差だろうか。
すぐに切り替えて、パクリと差し出されたものを口に含む。
右手を口元に押し当てながら、もごもごと口を動かす少女に夜光は目を細めた。
「なんかセンパイ、手慣れてません?」
「これでも精一杯の虚勢を張ってるんだ。初心な少年だから」
「初心な少年は間接キスに抵抗を持ちますけど?」
「…実は俺ってモテるんだよ」
「それはないですね」
断言するとリナはクルリと回転しながら夜光の進路を遮るように躍り出てで、どこからか取り出したベレー帽を被る。そして、唸りだす。
「何でベレー帽?」
「探偵っぽくないですか?」
「ぽくない」
夜光の意見をスルーしてリナは考え込む。
「先輩は女の子の扱いに手慣れてる。明らかに可愛い女に慣れてる反応でした」
「おい」
「でも変なとこが童貞なので、ズバリ仲のいい女友達はいたけど一線を越えることはできずうやむやになったと、この美少女名探偵ちゃんは推測しますよぉ」
「ライン越えだ。ぶっ飛ばすぞ」
恐ろしい精度の推測に驚愕をする。これが女の勘なのだろうか。
「で、なんで俺を誘ったんだ」
無理やり話題を変えようと急激に舵を切る。
「………嫌だなーセンパイと遊んでみたかったからですよぉ」
信号が赤から青に変わり、クッキーと一緒に購入したアイスコーヒーを片手に夜光が道を渡りだす。
「東京エリアを堪能するのに付き添ってもらうにはそれなりに条件があったので。あとは、まあセンパイのことを理解したかったので」
「理解、ね」
「告白っぽいです。今の。ドキドキしました?」
何かを誤魔化すように笑う少女。ストローでアイスコーヒーをぐるぐると混ぜながら、その様子を見続ける夜光。
リナは楽しげに夜の街を眺めているが時折、悲し気に唇を噛んだりしている。知っている仕草だ。何かに葛藤しているかのようだと漠然と思った。
「センパイはこの街が好きですか?嫌いですか?」
稀に陰をちらつかせるリナがどういう人間なのか少し気になってきていた。この時点で少女の術中にはまっている気がしているが、相手が美少女なのだから何も問題はないだろう。
「たぶん、嫌いじゃない。この平和には意味があると思うからな」
リナはその言葉を許容しがたいといった表情をしつつも、納得しているようにも見えた。
「マジで秘境だよな、ここは」
「そうっスね」
「あたり一面、緑ですもんね」
「めんどくさい任務だな」
計正たちを含む捜索隊10名は、栃木県唯一の街から5Kmほど離れた白根山の登山道を歩いていた。登山道と言っても、獣道と同義でありサバイバーでなければ身体能力的に上ることは困難であっただろう。
メンバーは、計正を含めて10人を超える大所帯である。計正と波風を中心として、戦闘員数人と連絡係、治療担当や調査員などが編成メンバーにいた。特に連絡係は重要であり、電波が存在しない都市部外では重要な役割を果たす。それを理解しているからだろう。連絡係である竜胆という少女は、計正の元まで小走りで追いつき袖をつかんで上目遣いで声を上げる。
「せんぱぁ~い、僕ぅ、疲れちゃったんですけど~そろそろ休みませんかぁ?」
「却下だ。黙って歩け、竜胆」
甘えた声で囁く竜胆に毅然とNOを突き付けた彼は、視線だけ竜胆に向ける。自分が可愛いと知っている女子は最高にそそるというのが、夜光と彼の共通見解だ。竜胆という女子生徒は、それに合致している後輩だった。
「そもそもこの部隊の指揮官は俺っスから計正がOKしても却下っスよ」
「波風、察してやれよ。竜胆は休みたいんじゃなくて計正に構ってほしいのさ」
「それ大声で言うのやめてあげませんか?」
笑っている貝崎と苦笑いでフォローを行う蠣崎を見て、波風はため息を吐いた。
騒がしくも楽し気な時間は計正と波風の指示で終わりを告げた。
「蠣崎止まれ」
「竜胆と治療係は後ろに下がれ」
「ヒッ!」
波風の視線の先には大量の死体があった。頭部が消し飛ばされている死体の山。どうして気が付かなかったのか、慣れているはずのサバイバーが顔を顰める惨状だ。
「何かいるぞ…」
「魔物か?」
「計正盾を構えろ」
「貝崎、少し下がれ」
視線の先にそれはいた。
「Gaaaaaaaaaaaaa!」
身の毛がよだつその雄叫びに、音が消えた。培われたサバイバーとしての本能が、逃げろと叫ぶ。戦慄の風は一瞬だった。薄らと浮かび上がっていた深紅の眼光は、闇を引き裂いて掻き消えた。断末魔さえ聞こえなかった。一瞬だった。深紅の軌跡だけを残し、仲間の頭部が赤く染まっていた。
「貝崎!?」
計正たちは目にする。人型のその魔物を。異様に足と腕が長く不気味な笑みを浮かべる灰色の怪物だった。人間にも見える。しかし、その顔にある深紅の眼は単眼と呼ばれるものであった。何より、不気味な笑みと人間では再現できない動きは骨格からして人間のものではないと悟らせていた。
計正の思考は止まっていた。波風の顔は青ざめており武器を構えてはいるが他は別だ。竜胆は完全に恐怖で固まっていた。田中や蠣崎も同じである。他のサバイバーは、呆然としている。一方、魔物は動き出している。膝が屈伸した瞬間だった。それが起きたのは。
魔物の姿が掻き消える。衝撃が盾を通して計正を殴りつける。ありえない速度。サバイバーの中でも上位の位置するはずの計正をもってして残像を見ることしかできなかった。
「———————展開、『メギド』」
盾が輝く。白い光が周囲を包み、盾を中心として立方体のバリアが展開される。しかし、それに守護されているのは計正と付近にいた竜胆と波風だけだった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!」
殺戮は終わらない。怪物の拳は蠣崎のメイスを貫通し吹き飛ばす。田中が抜刀した時には、怪物の腕は田中の腕を引きちぎっていた。影が一過すればサバイバーたちは鮮血を飛ばし、防具や武器が宙を舞う。竜胆たちを逃がさないための残線が引かれ、その上にいた人間はほとんどが殺されていった。戦いにさえなっていない。誰が見ても言うだろう。これは戦闘ではなくただの蹂躙だったと。竜胆は数秒間で散乱した死体を見て、完全に恐慌状態になっていた。
計正は、仲間の死体を見て感情が爆ぜた。盾を展開したまま、計正は咆哮を上げブレード一本でバリアから飛び出した。
「ま、待てバカッ!?」
「あああああああああああああ!?」
波風の制止を振り切ってブレードを握る。これ以上は殺させない。
計正はそれだけを思って走り抜ける。
バリアを展開した状態であるため、竜胆たちは安全である。そう確信し、計正はブレードを躊躇いなく振るった。
彼の武器は盾とブレードで別々の魔物が使われている。ブレードは劇毒を持つ大蛇の魔物から作られた一振りである。一撃でも当てれば魔物であろうと、動けなくなるだろう。弱い魔物であれば確殺できるのだ。しかし、それは魔物を斬れるという前提が必要になる。サバイバーを襲っている際に一瞬動きが止まる魔物を奇襲し、殺す。それが計正の意図だったわけだが、怒りと恐怖が判断を鈍らせる。
鈍重な音が響き渡る。それはブレードが魔物の硬質な外皮を斬れなかった証拠。僅かに罅が入ったことから、魔物の外皮はそれほど固くないことがわかる。攻撃を当て続ければ必ず、斬れる確信が計正には持てた。
魔物の眼光がぐるんっと彼を捉えた。戦闘が継続すれば彼らが勝てる可能性は十分にある。
戦闘が継続すれば、だが。
「?」
衝撃が計正を捉えた。次には彼の左肩が異様に軽くなっている。
「あ—————」
それは計正の腕だった。
自分の性癖でキャラを作ってるので、リナと竜胆のキャラが被ってしまいました。まあすぐ退場するので問題なしです。
忘れてる方もいるかもしれませんので、補足。計正は夜光の友人でイケメン眼鏡です。