───ヒーロービルボードチャートJPの更新来たぞ!
───やっぱ一位はオールマイトだな!
───おい待て、こんなヒーローいたか?
───バッカお前しらねぇの?
ここ最近じゃこいつ結構有名なんだぜ?
───この人作曲もしてなかった?
へーぇ、ヒーローもやってたんだ。
───にしたってとうとうNo.8かよ!
やべーなこの〝Lucid〟ってヒーロー!
───
『───本日でアストラル・シンドローム症候群の流行から五年が経過しました。回復した患者達の社会復帰は未だ問題となっています。
また、依然としてアストラル・シンドロームの原因はわかっておらず、神野大学附属病院の見解は───』
田等院。大規模ショッピングモールに着いた、大型街頭モニターから流れるニュースを一人の青年が眺めている。
青年は片目を覆うような髪型で、灰色を基調としたシャツを羽織っており、胸元には黒い水晶が飾られたトーチジンジャーのブローチがついていた。
ニュースを眺めた後、男は携帯へ視線を落としたと同時に、街頭のモニターがCMへ切り替わる。
人通りは雑多を極め、多種多様な声が飛び交う。世間の流れは止まることなく続いている。
そんな社会を、青空と太陽が見下ろす。
個々人の心情や後悔に関係なく、平等に。
現実は厳しいなと、青年は囁く。
それと全く同時に───巨大な人影が、田等院駅の方から飛び出した。
青年は瞠目しつつも、その巨大な人影へ向かう。
多くの人々がその場から離れる人の大流に逆らって、巨大な人影───現代の個性社会でいう
近づくにつれ、青年の体に赤黒い炎が走る。
まるで彼の身を焼くように、その炎は彼の体を透明に、頭を真っ黒な髑髏へと変貌させていく。
衣服もまた、それに準じて変貌する。
黒いコートに、中折れハット。バツ印の付いた白いマフラーに、垂れ下がったサスペンダー。
最後に、黒い2丁拳銃をどこからともなく出現させる。
「オイ! アレLucidじゃん!」
「うっそマジだ!じゃあ何か流れんのかな!?」
「俺cradle流して欲しいんだけど」
その姿こそ、ヒーロー〝Lucid〟に他ならない。
色めき立つ人々の声に応えず、透明髑髏は
それを皮切りに、街頭モニターにノイズが走る。
次には髑髏が笑うようなシンボルが一度だけ現れ、その後に幾多もの十字架が落ちていく映像が、叫ぶような音と共に流れ出す。
「逃避」以外考えられん OH-OH-OH-OH-OH-OH
早々見つかってた弱み 飄々と責めるエネミー
もうこれ以上躱せない OH-OH-OH-OH-OH-OH
〝Runaway…Runaway? Runaway!〟
「『Lucid 』! 楽曲も人気な正体不明のヒーロー!!」
「聞いといて解説かよ兄ちゃん!!」
緑の髪の少年が、透明髑髏を語る。
その声を背に浴びながら、Lucidは宣言した。
「───ヒーロー、活動開始だ」
『来るんじゃねぇええええ!!!!!』
叫び立てる巨大な男へ
体格によるものか、彼の持つ個性には身体強化も含有しているのか、効き目は薄い。怯ませる程度。
かと言って、全力で技を放つわけにもいかない。
ヒーローはあくまでヒーロー。
敵を殺すことは業務違反───やってはならないこと。
どうしたものかと悩む彼の前に、樹木の網が広がり足場が出来上がる。Lucidの知る中では、これを可能にする個性の持ち主は二人。
それでヒーローであれば、一人のみが該当する。彼はその方向を見ることなく、声だけを投げた。
「シンリンカムイ、ちょうど良かった」
「相変わらずの曲だな、Lucid」
シンリンカムイ───個性:樹木による捕縛を可能とする、着実に実力を上げ続けるホープ。
「俺の個性に関わるからな。…一つ頼まれても?」
「皆まで言うな。分かっている」
「本当に頼りになる」
最小限のやり取り。それが合図。
体をしならせ、二丁の銃をそろえて構えるLucidと、その間に網を走り敵の背後へと周り出すシンリンカムイ。
敵は、どちらを狙うべきか躊躇する。
その一瞬を見逃さず、Lucidは銃弾を放つ。
「今!!」
「承知! 先制必縛 ウルシ鎖牢!!」
先よりも力が込められた弾丸は、敵の巨体を後方へと吹っ飛ばし、バランスを崩した。
倒れ込もうとする巨大をシンリンカムイが捕らえる。
流れるような捕縛に、ギャラリーが湧き立つ。
それと同時にLucidの曲も終わりを告げた。
シンリンカムイは、ギャラリーに応えようとしたが、それよりも早くにLucidが彼に言う。
「助かったよ、シンリンカムイ。
この後用事があるから、報告とかは任せた」
「えっ」
「それじゃあ」
「ちょっ待っ───もういない!?」
脱兎の如く駆け抜け、姿を消すLucid
本当に光のように消えた彼を、誰もが追えない。
だからこそ、一部を除いて誰も彼の正体を知らない。
ヒーロー名『Lucid』
申告個性───
人から向けられた感情が多いほど身体能力が上がり、心を実体化させた武器を発現させることが出来る。
心の武器、カタルシス・エフェクトの持続時間は向けられた感情の多さ・強さに比例する。
───
神野大学附属総合病院。
面会受付に、一人の青年がいる。
青年は片目を覆うような髪型で、灰色を基調としたシャツを羽織っており、胸元には黒い水晶が飾られたトーチジンジャーのブローチがついていた。
「水口茉莉絵さんに、面会希望です」
「カードの提示をお願いします。…はい、譜楽
「ありがとうございます」
受付にはLucidの正体である青年─── 譜楽光裏が、面会の手続きを済ませていた。
「…水口の容体は?」
「………あまり、芳しくはありません。回復の傾向は、現在のところでは薄く、今後に期待としか」
「…ありがとうございます」
落胆ではなく、やっぱりかという声色。
憂いを帯びた顔のまま、光裏は廊下を歩く。
病院なだけあってか、青年の鼻腔に薬の匂いが入る。
現在時刻は午後3時40分ちょっと。十分な時間だ。
もう何度も足を運んだ病室へと、光裏は向かう。
院内は、静かだった。だからだろうか、人の動く音、自然の動く音が鮮明に聞こえる。
廊下の方からは、台車が動く音や紙が擦れる音が。
中庭の方からは、鳥と風の音が。
もう何度も味わった静謐だが、光裏はこの静けさがあまり好きでは無かった。
「…っと、ここか」
とある一室の前で、青年は止まる。
個人病室の扉に着いたプレートには『水口茉莉絵』と記されており、青年はそれを確認して迷いなく扉を開けた。
ノックの一つもないその行動に、普通の人ならば目を剥くであろうが、この場にそんな人間は誰もいない───それが例え、病室の中であってもだ。
最初に言ってしまうと、水口茉莉絵という女性は脊椎を損傷している。それも重度のもの。脊椎は損傷すると、脳からの命令が届かない状態となる。
当然、それによって身体の運動機能は失われる。
そして、一度壊れた脊椎は再生もしない。
だからこそ、寝台には呼吸器をつけた一人の女性が横たわっているのだ。
「また来たよ、水口」
彼はシーツに投げ出された水口の手を取る。
もう何度もやって来たのか、当たり前のように。
「……馬鹿にしたような顔、してるんだろうな」
心無しか、水口の血色は良い。
初めて面会に来た時と一緒だな、と微かに青年が笑う。
それきり、彼は無言を貫いた。
辛気臭い顔で、ただひたすらに沈黙する。
恐らくは、時間の終わりがやってくるまで。
譜楽光裏は、何度も水口茉莉絵の面会に訪れている。
彼女の親族とは面識もあるが、お互いにあまり顔を合わせない。精々既に終わった手続きのために同席した程度、「親しい」からはかけ離れた関係にある。
本人は、それに対して特に思うことは無い。
ただ、関わるなと言ったし言われた程度。
そんなことを思い返したりいたら、夕焼け色が室内に差し込み始めていた。
もうこんな時間かと腕時計を見やれば、時刻はとっくに16時。そろそろ行かなければならないかと、青年は名残惜しそうに席を立つ。
「───さて、と」
長い沈黙が明ける。
青年は懐からデフォルメされた爆弾の小物を取り出し、寝台側の小机に置いた。
悪趣味だと言われそうだが、彼女にはこれがあつらえ向きだから仕方ないと、青年はもう一度苦笑する。
手早く身支度を終えて、躊躇しながらも手を離し、丸椅子を片付けた。
あとはもう、この部屋から出るだけだ。
だがその前に一つ。
「また、夢で」
そんな一言だけをこぼして、青年は去った。
譜楽光裏…Lucid兼「帰宅部」部長。苗字は楽士→楽譜・譜面から。名前はLucid(光)が帰宅部を裏切ることからもじったもの。
ヒーロー業をやりつつ楽曲も製作している。稼ぎは悪くなく、水口茉莉絵の入院費は現在彼から出ている。