《アマナス中心部 聖帝都 太陽門》
[[統一暦302年 7月32日]]
聖帝都。
言わずと知れたアマナスで最も栄えている場所であり、最も守りが堅い要害の地。
その聖帝都の正面、皇宮と向かい合わせにある南大通りの入り口に、中隊規模の護衛部隊に囲まれる豪華な装飾がなされた竜車があった。
「全く田舎者の兵隊は愚図で敵わん」
蜘蛛絹などの貴重な被服の材料がふんだんに使われた、もはや一流ホテルの一室とさえ錯覚する竜車の中。その両脇に備え付けられた椅子に腰掛ける不満げな表情を隠さない壮年の男、ファルマート藩邦皇帝モルト・ソル・アウグスタス。
17歳で初陣を飾って以来数十に渡る対外戦争で軍功を立て、わずか22歳で皇帝に列せられたことでファルマート藩邦内では才人として知られる彼だが、天は二物を与えずのことわざを体現しているかの如く礼節と言えるものは最低限しか持ち合わせておらず、今この時も神聖皇帝との謁見前だと言うのにグラス(無論、ガラス製で金や宝石の装飾もある)の中の葡萄酒を呷っている。
このあまりの不敬ぶりに緒藩の元首たちからは馬鹿呼ばわりされている。
「調教された蜥蜴竜一匹を目にしただけで怯え震えておる。情けないものよ」
しかも酒を飲んでいながら素面のまま吐き出す不満は神聖皇帝との謁見・直訴の目的とは明らかに無関係なもので、完全に侮辱の意図があると来ている。
「父上、いい加減酒は片付けてください。都の前ですよ」
兎の耳を生やした半獣人族の女性、腰から下が魚の尾鰭である女人魚族と共にモルトの向かいの席に座る若い男は、ファルマート藩邦第一皇子ゾルザル・エル・カエサルである。
今この場では誰よりも真人間だが、彼は統一帝国随一の化け物として恐れられる男であり、帝国最強の将は誰かという議論が始まれば必ず名が上がるほどの有名人である。彼自身は実際に戦に駆り出されたことがあるが、指揮する軍は敵を尽く圧倒し、初陣を飾った戦では自ら敵兵を切り刻みながら突っ込んで行く様子が恐怖を誘ったことで敵味方両方の戦意を奪い、現状最後に参加した戦争であり、唯一独断で計画・決行した首狩り兎に対する民族浄化戦争では、首狩り兎の人口を単身で三分の一以下にまで減らす程に暴れ回っている。
あまりにも人間離れした逸話を持つためにこちらもある種の馬鹿と噂されているのが彼の現状だ。
「何を言うかたわけ!酒ぐらい自由に飲ませろ!」
子に対する態度もあまり良くはないようだ。ゾルザルを怒鳴り付けつつ葡萄酒を再びグラスに注いで呷り、結局大瓶一本分の酒を空にした。
「全く、今代の神聖皇帝も実にうるさい奴だ。辺境僻地の小競り合いにすらいちいち顔を出す」
モルトはグラスを長卓に置きながら神聖皇帝への文句を付け足すと、やおら椅子から立ち上がった。そして車の後方にある両開きの扉に向かう。
「どちらへ?」
「都への参勤はこれで最後かも知れんからな」
ゾルザルの問いかけに振り替えって答えると、そのまま車から出る。
「外の空気を吸うついでに見納めておこうと思っておった所だ」
車の扉を閉じる直前、名残惜しげに言葉を続けた。
都の城壁の前に止まる車の後ろから姿を見せる彼の姿を確認した門の警備兵は、高濃度の魔力が込められた結晶でできた携帯無線機を通して砦に連絡する。
『《Reut Falmart Patoriche Hec Mort Vajurcto Regza oud jug Lia Zolzal Carnf Precpt tavilha uz caftus mogbjoe!》』
その言葉を合図に門番の警備兵たちは門から離れた。
その高さたるや実に300m、山で囲まれているかの如く巨大な防壁に備え付けられた同じく巨大な門が、蝶番の重厚な音と魔法による動力機関の軽快な音と共にゆっくりと開かれる。しかしその扉は都の大通り側ではなく入り口側、来客を拒むかのように外側に向けられていた。
「この光景はいつ見ても飽きん」
大扉が開き切った時、モルトは小さく呟いた。
場面は変わり、夕暮れ時の皇宮の一部屋。来客用の小さな部屋に三人の男の姿がある。
「ファルマート皇帝モルト、皇太子ゾルザル。貴殿らは何故聖戦の直前に参勤したのだ」
夕日の日差しに照らされる長机を挟み、神聖皇帝ガーユシスは向かい合う二人に問う。窓側の席に座るモルトは平然としているが、その隣に座るゾルザルは緊張からか顔が強ばっており、わずかながら冷や汗を流している。
「単刀直入に申し上げます。この度の戦は兵を分散して実行すべきです」
ゾルザルは意を決し、堂々と発言した。
「何故だ?」
当然ガーユシスは笑顔を見せない。が、余裕のある表情で聞き返しゾルザルの緊張を逆撫でする。
「十月の予言では、兵が侵略先の文明に殲滅される未来が見えたと…………」
「漂流者の予言者か。異界亜人種にしてはまだ信じられる男だ」
ガーユシスは「それも白色亜人種だからな」と続けながら椅子から立ち上がり、窓に向かって歩く。
「しかし大軍をわざわざ分散せよと?」
演説をしていた時のように言葉に力が込められ、場に居る二人を威圧する。
「帝国全軍の損害率90%」
ゾルザルは臆しながらも答えた。
「動員可能兵力全てを敵の懐に突っ込ませることで六割が確実に戦死、捕虜にされる者は一割。さらに帰還した兵の半分は恐慌状態で使い物にならず、残りの半数は逃亡して野盗になり、都市部の暴徒等の鎮圧で一割が消耗を強いられる計算になります」
具体的、かつ機械的に説明を続ける。
「まともに動かせるのは一個軍集団がせいぜいと言うわけか」
窓の外の景色を眺めながら応じた。
「確かに避けたいことだ。味方に抱えている漂流物の故郷と戦うかも知れないからな」
ゾルザルはガーユシスの威圧感の変化に気付いた。
「だが、今言った通りだ。決して忘れるな」
そう言って振り向いた瞬間、彼から放たれる威圧感が更に強くなる。ゾルザルは思わず固唾を飲み込み、モルトはため息を吐いて椅子から立ち上がった。
「《Ba jug feolle annicm ao Ene-Demis》」
────────言い切った瞬間。
(これは…………俺の見間違いか?)
────────否、確かにゾルザルは見た。
「朕の目が気になるか?」
────────勝ち誇ったかの様に笑うガーユシスの瞳孔は。
「いえ、失礼…………父上、代わりに続きを」
────────黒墨で染められたかのように。
「ふんっ。今さら臆病風か、たわけ者めが」
────────真っ黒に開き切っていた。