Errors:World Connected   作:御代川辰

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No.00-5 月夜(つきよ)の闇

《カルネアデス藩国北部 廃鉱山入り口の廃屋》

[[統一暦302年 8月1日]]

 

カイン(Kain)!何故セトに黙って進言を奨めたんだ!」

 

 安倍晴明(あべのはるあきら)は淡い光を放つ水晶球に向かって怒鳴り付ける。通話相手のカインは、怒鳴り声に萎縮しながらも弁明した。

 

『申し訳ありません…………ただ、とにかく早め早めに伝えた方がいいとティラス(Tiras)に急かされて仕方なく…………』

 

 と、カインからティラスの名を出され、晴明(せいめい)は怒りを呆れに変える。

 

(全く、ティラスのせっかちが裏目に出るのは久し振りだな…………)

 

 晴明(せいめい)は大きくため息を吐いた。身内の失態で組織の活動に悪影響が出るのだから当然だ。軍備拡張政策の最中に藩邦の王族を危険に晒し、彼らと朝廷皇族の交渉が失敗に終わったことでモーセ(Mose)の兵力分散案は却下された上、南方で内部問題が発覚したことでオルミーヌを予定より早くオルテに戻らせる羽目になった。

 完全に踏んだり蹴ったりである。

 

「モーセとは連絡が着いているのか?」

『はい。すでにハイリヒ(Heilig)藩邦とルベリオス(Le Belliose)藩邦の国境近くまで移動していると、同伴しているレウマ(Leuma)から連絡がありました』

 

 晴明はモーセの現状を知ってほっと胸を撫で下ろした。

 

「同じような失態は二度としないことだ。わかったな」

 

 呆れを隠さないまま最後に二言(ふたこと)だけ伝え、カインとの通話を終える。時刻は正子(しょうし)*1、上には満月が輝く夜空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アマナス大陸西部 ハイリヒ(Heilig)藩邦とルベリオス(Le Belliose)藩邦の国境線付近 迷宮(ラビリンス)モールテ(Morte)洞窟 通称“死神(グリムリーパー)の隠れ家”》

[[統一暦302年 8月1日]]

 

 ハイリヒ藩邦の都からそう遠くない洞窟の奥深くに作られた、懐中灯(ランプ)の明かりがなければとても様子のわからない真っ暗な書斎。書斎の(すみ)(しつら)えられた簡素な寝台(ベッド)に、十月機関(オクト)の制服を着た一人の男が巨大な鼻提灯(はなぢょうちん)を立てて眠っていた。

 

「Zzzzzzzzz……………………」

 

 洞窟全体に響き渡るほどの大きないびきが、“なぜか”洞窟内にある穴だらけの扉を通して空間に広がる。いや、この洞窟内での音の反響と透過性は非常に強く、この洞窟を住み処としている魔物(モンスター)たちは実際に音の発生源を目指し、煌々(こうこう)と燃える松明(たいまつ)を手に迷宮(ラビリンス)内を動き回っている状態だ。

 

「Zzzzzzzzz……………………」

 

 呼吸の度にいびきをし、その度に大きな音が響く洞窟内。音源をつかんだ魔物・怪異は次第に群れを成しはじめ、瞬く間に大規模な軍団となり獲物を目指す行進に変貌した。

 

「Zzzzzzzzz……………………」

 

 わずか数分で迷宮内に蔓延る三千体近い魔物たちが大軍を成し、ついに音源への入り口を発見した。横列を成せないほどに狭い筒状の通路の先頭を歩くのは魔物と呼ばれる存在の中でも一際強い力を持つ(ヘッド)首長(チーフ)と呼ばれる魔物である。

 

「ギギッ!」

 

 我先に突撃しようとする下位の魔物たちを、先頭に立つ怪異(クリーチャー)の一匹、黒精憎魔長(インプ・ヘッド)が手を伸ばして制止する。

 

「ギギ!ギグウ!」

 

 黒精憎魔長(インプ・ヘッド)の指示に不服を感じた小黒精憎魔(リトル・インプ)が武器を振り回しながら抗議する。

 

「ギリャ!ギー!」

 

 手下の抗議を押さえつけるのを傍目で見ながら、一匹の鼠鬼(ゴブリン)が扉を開けようとドアノブに手をかけた。

 

「ギギャア!」

 

 刹那、後方から魔物の悲鳴が響く。前方の魔物たちは何事かと振り返るが、ここは日の光が入らない洞窟であり、松明(たいまつ)の明かりだけではとても後方の様子はわからず、混乱は広がるばかりである。

 が、肉を斬る音と共に何かが近付いて来ていることは確かだ。

 

「ギャアッ!」

 

 そして、()()の正体は。

 

ミシェル(Michel)さまあああ!いつまで寝転(ねこ)けているのですかあああ!」

 

 洞窟を崩さんばかりの大声を張り上げ、身長の半分もある大太刀を振り回し魔物を斬り伏せながら例の扉に近付くのは、男物の(はかま)(ころも)、そして簡素な青銅製の(よろい)(まと)った少女であった。

 少女の名は【弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)】。暗号名(コードネーム)レウマ。

 弟橘媛(おとたちばなひめ)は慣れた剣捌(けんさば)きで男のいる方向を目指す魔物たちを斬り殺し、ぐんぐんと先頭へと近付いて行く。首を斬り落とし、喉を裂き、心臓を貫き、脳髄を破壊し、確実に敵を絶命させつつ突貫するその様は、まさしく武者。

 対する魔物たちは司令塔との距離が離れすぎていることもあって完全に混乱しており、次々と殺されてゆく同胞たちを前に恐慌状態のまま戦おうとする者すらいる始末だった。

 

「はっ!?しまった敵襲か!」

 

 一方少女の大声と共に目覚め、同時に鼻提灯(はなぢょうちん)を割って寝台(ベッド)から飛び起きる男、名を【ミシェル(Michel)(De)ノートルダム(Notredame)】。またの名を【ノストラダムス(Nostradamus)】。

 

「いかんいかん!プランセス(Princesse)タチバナに夜警を任せていたことをすっかり忘れていた!急いで荷物を纏めなければ!」

 

 一方のミシェルは思わず声に出しながら崩れた服装を綺麗に整えると、寝台(ベッド)の枕元に置いてある濃い緑色の革と金や銀による豪奢な装飾が施された一冊の魔導書(グリモア)を手に持った。

 

「{囲いの外に満ちたる物よ、魔導書(グリモア)の囲いの内に還れ}」

 

 魔導書(グリモア)を手に呪文を唱えると、決して狭くない空洞に設置されていた大量の本棚や箪笥(たんす)が光とともに本の中に吸い込まれてゆく。そして数秒後には綺麗さっぱり、空洞の中の異物は(ちり)一つ残さず消え去っていた。

 

(長いこと魔法を使ってると、自分が人間じゃなくなってきてる気がするな)

 

 ミシェルは懐中灯(ランプ)魔導書(グリモア)に近付けながらページを二、三枚ほどめくると、すぐさまに呪文を唱えながら扉を蹴り倒して洞窟の通路に出た。

間抜けなことに群れの長たちは突如として蹴破られた扉の方に注目し、動きが鈍って指示が遅れてしまった。

 

「《{Grandes flammes cramoisies(真紅に煌めき燃え盛る大いなる炎よ),consumez tous ceux osent violer ma vie(我が命を侵さんとする敵を燃やし尽くせ)!!}》」

 

 呪文の詠唱が終わると同時に、手のひらから異界の文字、複数の円、幾何学図形によって形作られた光の魔法陣が浮かび上がる。

 

「ギギャギャ!」

 

 危機を察した群れの長たちは慌てて命令を出して手下たちを逃がそうとするが、すぐ近くにいる下位の魔物たちはミシェルの魔法陣を凝視するばかりで完全に動きが固まっていた。

 

「《Mort au genre du diable(くたばれ悪魔の手先め)!!》」

 

 魔法陣の前に蓄えられた魔素(Mana)とミシェルの手のひらから放出される魔力(Magoy)が反応し、赤く燃え盛る炎が産み出された。

 

顕現する煉獄(リエール・ピュルゲトゥア)!〕

 

 一気に炎が膨張し、ミシェルから見て前方の魔物たちを通路ごと焼き尽くす。

 身動きが取れなくなるほどに集まっていた魔物は、何も理解しないまま消し炭に変えられていった。

 

大瀧之帳(おほたきのとはり)

 

 無論、魔法陣の光が見えた際に攻撃を感知した弟橘(おとたちばな)も意識を集中し、文字通り無から大水を呼び出して怪異たちを煉獄の炎へ向けて押し流し、同時に鎮火も施す。

 こうして2709匹もの魔物のうち143匹もの個体が斬殺・刺殺、およそ900匹が溺死、ほぼ同数が焼死、残りは水と炎から逃げようとしたために圧死、および急激な酸素濃度の低下により窒息死する結果となった。

 

「ぶはぁっ!死ぬかと思ったぁ!」

 

 魔法の炎が多量の二酸化炭素を作ったことによる酸素不足の影響で一気に低酸素症に襲われたミシェルは、深く息をしながら水の張った地面に座り込む。

 

「死ぬかと思ったのは私の方です!こんな狭くて酸素の薄いところで炎の妖術(あやし)を使うなんて正気ですか!?」

 

 ミシェルの声は弟橘(おとたちばな)にも聴こえていたようで、彼女は再び大声で向かいにいる男に向けて叫ぶ。

 

「いやあすまんすまん!私も焦ってしまってな!」

「笑い事じゃないと言ってるでしょうが!」

 

 大雑把なミシェルと生真面目な弟橘(おとたちばな)は、しばしの間口論を続けたのであった。

*1
現在の午前0時に相当する時刻




ミシェル・ド・ノートルダム(Michel De Notredame)\西暦1503?~1566?
占星術師、医師、詩人。
今日ではラテン語名のノストラダムスの通称で知られる。
実在が疑われるため漂流者として登場させた。
史実では死因不明のまま1566年にこの世を去ったが、本作では病床に臥していた所を紫に呼び出され、そのまま漂流者となる。
同時期に漂流物として異世界に飛ばされた安倍晴明ら五名の漂流者と共に十月機関を組織した幹部の一人。
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