《ルベリオス藩邦北北西 廃牢街カルルシィ 通称“灰黒”の都》
[[統一暦302年 8月6日]]
今は魔物が跋扈するダンジョンとして存在しているが、ここはルベリオスという国ができるより遥か昔に滅びた都市国家の残骸である。宮殿を思わせる高層建築が多く立ち並ぶ、とても数千年の建築技術で造られた都市とは思えないもので、現在でも保存状態の良い多くの古代遺物が発見されている。
その廃牢街と化した大都市の広場には、
「ぷはああっ~!疲れたああっ!」
上半身が隠れるほど大量の荷物を抱えた岩谷尚文が、疲れきったとばかりに手頃な石にどっかりと座って叫んだ。疲れきったとは言っても人の足で半月かかる道のりを、早馬を使って5日、更に徒歩で丸一日かけて移動したのだから当然ではある。
「お疲れ様です、ご主人様」
尚文の額に張り付いた汗を拭いながら、狸の擬獣人の少女【ラフタリア】が労いの言葉をかける。
「しかし、こんな丸一週間も徹夜で移動させられるとは思わなかったぜ……」
息を切らしつつ背負う荷物を地面に置きながら呟く。その様子を見ながら、尚文達をここまで案内した冒険者の男、【ポックル】が話しかける。
「悪いなイワヤ、急ぎの用で俺も焦ってたんだ」
が、一週間近く行動を共にしていたにも関わらず名字の読みは正確に覚えていない様子だ。
「イワタニだっての。いい加減覚えろ」
あまりにもふざけた態度を取った男に、尚文は思わずドスの籠った言葉で返す。対してポックルは平然とした態度を崩さない。
「同じ文字にいくつも意味や読み方があるなんて頭がこんがらがるのが普通だろ」
至極当然な言い訳である。これを出されては漢字文化圏出身の日本人である尚文も、尚文から日本語を教えられたラフタリアも納得するしかない。
「もう名前で呼んでくれ…………」
「わかった。改めてよろしくな、ナオフミ」
尚文はポックルの返事を聞きながら、なかなか漢字を覚えられなかった小学生時代を思い出した。しかし記憶に浸っていたところ、すぐにポックルが言葉をかける。
「後、疲れてるだろ?今のうちに仮眠をとっとけよ。見張りは俺がするからさ」
「ああ、ありがとう」
「お、来た!」
正午過ぎ頃、安全地帯の中にある物見櫓から廃牢街を見渡して魔物を警戒していたポックルが、大声を張り上げて櫓の真下で仮眠をとっている尚文とラフタリアに呼び掛ける。
「ナオフミ!ラフタリア!依頼者の代理人が来たぞ!」
ポックルの見る先には十月機関の制服を着た二人の男女と、その二人とは明らかに違う服装の少女がおり、その三人全員がポックルたちのいる廃牢街の安全地帯を目指して走っているのがわかる。
「わかった!すぐ準備する!」
声が聞こえると共に目覚めた尚文は、ポックル呼び掛けに応じるかのように凄まじい速さで身支度を整え始めた。
「おい!ラフタリア起きろ!」
「あぎゃあ!?」
突然起こされたことで慌てているのか、寝惚け眼ですらないラフタリアを渾身の力を込めた拳で叩き起こす。
「ナオフミ様、痛いです……」
「お前殴ることはないだろ!?」
頭を力一杯殴られたラフタリアは、頭にこしらえた特大の瘤を涙目になりながらさすり、理不尽な暴挙を目の当たりにしたポックルは思わず尚文を非難する。
「あ、悪いつい……」
涙目のまま自分を睨むラフタリアの恨みの籠った視線とポックルのゴミを見るかのような視線に同時に当てられ、尚文は自分の軽はずみな行為を改めて悔いた。
(うわ~やっぱこいつらバカップルだ~)
一方のポックルはちらりとラフタリアの方を見て疑問を確信に変えていた。そこへ、
「いやいや!待たせてすまないねポックルくん!」
ちょうど、ミシェルと弟橘、そして随伴の十月機関員の三人が到着した。が、弟橘と機関員は凄まじい怨念を込めた目でミシェルを睨んでいる。その様子に疑問を感じたラフタリアは、耳打ちをするように機関員と弟橘に問うた。
「(あの、何でそんなに窶れているのですか?)」(服装の違和感もあるけど……)
「(あの人ミシェルさんって言うんですけど、かなり好奇心旺盛な人で…………)」
「(朝には到着する予定だったのですが、如何せん無茶な移動をしたもので…………)」
そう言う二人の顔を良く見ると、目元には真っ黒な隈があるのがわかる。
「…………なるほど…………」
ラフタリアはミシェルがポックルと談笑する様子を見て思わず納得してしまったのであった。
その後。
「それで、俺に会いたかったってどういう事だ?」
昼間の騒ぎが落ち着き日が沈んだ後、ラフタリアをポックルに任せた尚文は改めてなぜ十月機関が自分と接触しようとしたのかを問い質す。彼のちょうど対面に座る機関員ケドルラオメルは、力なく答えた。
「統一帝国が異界侵略を計画しているのはご存知ですね?」
「…………それがどうした?」
男の回答はあまりにも無責任なものだった。
「ナオフミ様にこの計画を中止するよう働きかけて頂きたく…………」
「何でお前らが知ってて止めないんだよ!俺は戦争はもう御免だって知ってるだろうが!」
ケドルラオメルの答えに尚文は思わず声を荒らげ、その場から立ち上がる。
「全くとんでもない骨折り損だ!一週間不眠不休で走り回らされた挙げ句に無茶な頼みをされるなんて思わなかったぜ!」
ケドルラオメルら三人は反論しない。
「おい、何とか言えよ!何で戦争計画を知ってて止めないんだ!」
尚文が言葉に込めた覇気に気圧されるも、ミシェルも声を張り上げて答える。
「もちろん止めたいさ!」
が、すぐ声細々に続けた。
「だが、計画に気付くのが遅すぎた」
弟橘は懐から一枚の紙を取り出す。
「すでに開く予定の門は最後の一つを残して完成しています。恐らく私とあなたの故郷に繋がるでしょう」
ミシェルの言葉を拾って説明する彼女から渡された紙には、正円と正三角形を一つずつ描くように並べられた完成した八つの門と造られている途中の門の基礎と支柱が描かれている。尚文は弟橘の言葉とこの絵から、帝国の侵略目標は一ヶ所だけではないと悟った。
「……………………何万って人間が殺されるんだよな」
少しだけ落ち着きを取り戻し、三人に問い直す。
「彼らにとってはあなた方有色人種も、異世界人であれば同じ白肌の人族でも亜人です。放って置けば皆殺しの目に遭います」
ケドルラオメルの言葉は尚文を決起させるに充分な引き金となった。
「ふうぅ~っ…………今度こそこれっきりだ。報酬は耳揃えて払ってもらうぞ」
憎まれ口を叩きながらもその目には力が宿る。
「万一説得が失敗して計画が実行に移されたらどうするつもりなんだ?」
「あなたが召喚者である以上身の安全は我々十月機関が保障させて頂きます」
そう言うミシェルに尚文はうんと呆れたように頷いた。
そしてしばらくの話し合いを経て一時的な協力関係を結び、翌朝一同は各々の目的地に向かうため“灰黒”の都を後にした。
静かな夜の出来事であった。