術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
八峡義弥は自らを無価値な存在だと認識している。
だから、少なくとも自分よりも価値の高いものを優先する。
その様に考えていた。
例え東院が死亡していてもその遺体に生える臨核に価値がある。
だから、八峡義弥は無価値な自分を犠牲に。価値あるものを救おうとしていた。
その様な感性に至るのは八峡義弥が五十市依光を見捨て、彼を祓ヰ師の道へと引きずり込んだ男の言葉が起因していた。
『お前に価値は無い』
『お前では無く五十市が生き残れば良かった』
『あれは将来、国宝にも成り得る存在だった』
『だがお前が潰した』
『お前が死ねば良かったんだ』
『誰もお前など』
『必要とされず』
『大切にすらされない』
『そこらの石や草よりも劣る』
『無価値な存在だ』
その言葉を口にしたのは贄波阿羅教師である。
だからか八峡義弥は贄波阿羅の事が苦手だった。
「生きてたんだなお前」
八峡義弥が上を見上げながら言う。
東院一は減滅術式によって重力を微調整ながら削る事で空中浮遊が出来る。
「この様な雑魚に」
「俺が殺される筈が無い」
魚群から掌程の魚が飛び出ると東院一に向けて超速で泳いでくるが指を振るうだけで、魚は削れて消滅した。
「ハッ、相変わらず」
「チート能力なワケだ」
心底羨ましそうに八峡義弥は言う。
八峡義弥は東院の様に強い術式は持ち合わせていない。
「凡人如き」
「この能力を持ち合わせても」
「使いこなせるワケが無いがな」
知ってるよと八峡は諦観する様に言う。
どれ程努力を重ねようと八峡義弥が術式を得る事はあり得ない。
殆どの祓ヰ師が持つ術式は家系からの継承によるもの。
それ以外でも、幼い頃から鍛錬を積む事で術式を発現させる事が出来る。
祓ヰ師として修業してまだ半年、一般人の彼に植え付けられた人工臨核がようやく馴染んできた頃合い。
八峡義弥が術式を発現させる為には最低でも三年以上は掛かる。
「(それでも悲観になる事は無ぇ)」
「(術式が無くても士柄武物で戦う術師も居る)」
それでも八峡義弥は祓ヰ師で居る事を願った。
自分の価値を得る為に無価値な自分を捨てる為に。
「しかし解せねぇな」
「そんな無敵な術式を持つ東院くんが」
「なーんで雑魚を倒しきれないかね?」
舌打ちをする東院。
痛い所を突かれた様子だ。
「(俺の術式は精密性に欠ける)」
「(あの大量の雑魚に対して術式を発動しても雑魚共は分裂する)
(最悪な事にこいつらは一匹でも生き残れば卵を産んで急速に成長し、再び魚群を築く)」
「(精密操作は今後の課題だな)」
冷静に東院一は自らの術式の欠点を判断。
今後の訓練に必要なものを探り出す。
そして、この魚の厭穢に対してどう攻略しようと考える。
「(東院がこの魚群を撃破しないのは)」
「(①魚を攻撃すると何らかのデメリットがある)」
「(②魚を攻撃しても意味がない)」
「(①は無いな、さっき東院は魚を攻撃したしよ)」
「(なら選択は②か)」
「(攻撃しても意味は無いか、攻撃が効かない……はさっき東院が攻撃してみせたから無い)」
「(なら再生能力がズバ抜けてる可能性ってのは、東院の減滅術式なら、魚群なんて即座に祓う事が可能だ)」
「(けどあんなに沢山居るって事は、あの魚は再生能力を持つから東院の減滅術式が追い付かない……そんな所か?)」
ピクリ、と。一匹の魚が反応する。
その魚は八峡義弥を見ていた。
「(ようやく反応したか)」
「(俺の臭いによ)」
魚は八峡義弥に殺意を覚えつつある。
それは、八峡義弥に染み付く同類の臭い。
先程喰らった、八峡義弥の食べ物。
焼き魚の臭いに、魚の厭穢は反応していた。
それは決して、魚が臭いを判別出来るのではなく、八峡義弥に食われた魚たちの怨念。
それに魚の厭穢は反応しているに過ぎなかった。
「(もしも東院がやられたら、魚の厭穢が俺を向く様にしたけど、返って裏目に出たな)」
苦々しく笑う八峡義弥。
次々と八峡義弥に向けて魚が顔を向ける。
「…………」
「やっぱ入るんじゃ無かったわ」
そう言うと同時に。
魚の厭穢が八峡義弥に向けて飛んで来る。
その速度は目で微かに追えるかどうかの速さ。
八峡義弥は逃げる事が出来ずに両手で顔面を覆う。
魚の群が機関銃の様に八峡義弥に向けて突っ込むと八峡の外皮が削れていき、血が噴き出していく。
「(ッ、この魚、ワザと外してやがるッ)」
「(魚の皮膚、鱗が下ろし金見てぇになってんだッ)」
「(直接当るよりも削る事に重心にしてんのかッ)」
体が削れ痛みを感じる八峡義弥。
灰色の水底に体を沈み込むと鋭い激痛が走った。
「ぎ、ぐッくそッ、は、あッ!」
「(痛ェ、畜生ッ! こりゃ、早々に逃げた方が良いッ!?)」
ぐらり、と意識が歪む。
起こそうとした体が思う様に動かない。
「(なん、だこりゃ、手足が、痺れてやがるッ)」
「(傷口から痺れ……魚の副次効果ッいや、違う、耳が怪我してるが痺れている様子はねぇ、傷口……この濁った水の効果かッ)」
体を濡らす灰色の水。
その水が肉体の制限をさせる効果を齎すと八峡義弥は確信した。
「(クッソお決まりの足が、使えねぇ)」
「(東院……には期待出来ねぇ、ここに来たのは俺の責任だ)」
(俺の命は俺が大事にしなきゃならねぇ、あいつは助けはしねぇだろうよ)」
「(……ケッ、こんな所で終わりか、俺は、無価値のまま、死ぬのか、俺はッ)」
「(オラッ、動けよ、体ッ、まだ、死ねねぇ……無価値のままじゃ、死ねねぇ)」
強大な意志によって八峡義弥の鈍る体が動き出す。
ゆっくりと立ち上がり持ち前の気力で動く八峡義弥だが。
「(……おいおい)」
「そりゃ、ねぇだろ」
再度。
魚群が八峡義弥を狙う、今度は防御する事が出来ない。
このまま攻撃を受ければ、死に果てる。
「……なーぁ東院くんよ」
「助けてくんね?」
八峡義弥が東院一にそう言うが。
「お前の責任だ」
「お前がどうにかしろ」
八峡義弥の想定通り東院一はそう言った。
高い場所から八峡義弥の様を見定めている。
(……だよな)
八峡義弥はそう思うと歯を食い縛って体を動かそうとする。
何とか逃げようとする八峡だったが魚群は八峡の逃走を逃しはしなかった。
八峡義弥に向けて魚群が飛んで来る、その体を削り切ろうとして。
八峡義弥の体は
八峡が出て来た洞窟の路から。
木の根が生え出すと八峡義弥の体を覆う様に守ったのだ。
魚群は木の皮を削るだけで八峡義弥に被害はない。
その術式を発動した者は。
濁る水に触れぬ様に木の橋を作って、洞窟の奥から登場する。
その姿を見て、八峡義弥は声を漏らした。
「くお、んッ……」
消え入りそうな声を出して彼を救った九重花久遠は。
「は、い」
「八峡、さま」
彼の名を呼ぶのだった。