術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
魚の厭穢は彼女を完全に敵と判断する。
群れは渦の様に旋回していき、嵐の様に激しさを増していく。
標準を定めた厭穢が九重花久遠へと向けて飛び出て行く。
九重花久遠は恐れない。
焦燥も無く、ただ涼やかに懐から種を取り出すとそれを宙に向けて投げると同時。
「対策、済みで、す」
手を叩く。
その音と重なると撒いた種が発芽、蜷局を巻く様に彼女の周りを覆う。
薔薇茎の様な棘が生える樹木は魚群の衝突にも動じる事が無い。
彼女を傷つける所か木の皮を削るのが精一杯の様子だ。
水を泳ぐ魚群は再び空中に浮かぶそれを見越した九重花は更に種を撒き散らかして神胤を流して発芽させる、それが皆殺しの術式であった。
「花弁、舞い、目を、奪われ」
「そして、花毒に犯され、地の養いと、成す」
複数の種が発芽して天井一杯へと延びていく。
地面に根を張り出して、木の根が濁水を吸収する。
そして生まれる樹木は魚群よりも高く聳え立つ。
それを見た東院一は、その木を見てある種を連想させた。
「(…………なんだこれは、桜か?)」
その樹木は、紫色の花弁が散っていた。
華やかであり、可憐であり、そして何処か儚い。
夢幻の如き木から朽ち落ちる花弁が、魚群に接触すると同時。
花弁は溶けて、魚群の肉体へと侵蝕していった。
そして、それが生命の終わりであり、皆一様に、魚は泡を吹いて浮遊力が失われていく。
「〈鏖煽《おうせん》・歿萼《ぼっかん》〉」
この巨大な木々に実る花弁は致死性の高い毒を宿す。
それに触れるものは死に絶えてしまう。
九重花は種を発芽させて木製の傘を作り安全帯を製作。
ぼたぼたと地面に落ちていく魚を果てしなくどうでもよい存在として見ていた。
その目に生気は無く間人胤護と出会った時の様に冷めた表情を浮かべていた。
東院一は減滅術式で身の回りを削除していた。
彼の術式は彼に高い場所だと精密性が高いが、遠くになるに連れて雑になる趣向がある。
自らの身を守る分には彼の術式は正確に発動する。
その惨状を絶対安全圏から眺めていた。
「(無差別とはこの術式の事か)」
「(怖ろしいが、大した脅威ではない)」
自らの術式と比べれば此方の方に分があると東院一はそう見越しつつあった。
次々に倒れていく魚の厭穢。
胎からボロボロと魚の卵が零れるが其処から生まれる魚の厭穢は皆苦しそうに体を痙攣させて死に絶えていく。
既に水面には〈鏖煽・歿萼〉の花弁が水を毒化。
其処から生まれる魚の厭穢は死んでいく。
生まれては死に、生まれては死ぬ魚の厭穢はやがて卵を産む気力も無くなったのか、自然と魚の厭穢は消滅していくのだった。
現世へと戻る八峡義弥と花天禱。
八峡義弥の到る箇所から流血している。
「あぁクソ」
「酷ェ有様だ」
八峡義弥は自らの状況を他人事のように口にする。
八峡を担ぐ花天禱は息を切らしていた。
「ハァ……ハァ……」
「や、やっと、ハァ……」
「げん、現世、戻って来れましたね」
息を吐くと同時に八峡義弥を手放す。
体の動かない八峡義弥は受け身も取れずに地面に体をぶつけた。
「ぎッ」
「ぎ、ぎぎッ」
「て、手前、ハナイノッ」
「丁重に扱いやがれッ」
「誰がハナイノすか」
「いや、それよりも」
「此処まで運んだ事に」
「感謝をして欲しいんすけど」
パタパタと衿を動かして巫女服の中に風を送る。
八峡義弥はそんな花天禱の姿を呆然と眺めている。
「……なんすか?」
「私に欲情してんすか」
「胸辺りを見ていやらしい」
「助けたのは愛じゃ無くて情けすから」
「変な感情を抱かないで下さいよ」
「誰が抱くか貧乳」
彼女の胸は一応は晒しが巻かれているが晒しなど無くても彼女の体に余分な肉は存在しない。
「だ、誰がペチャパイすかッ」
「失礼な奴すねッ!」
プンスカと怒る花天禱。
それに対して八峡義弥は面倒臭いと思いながらも。
「冗談だってバカが」
「胸なんざ無くても」
「お前、顔だけは良いからな」
そう花天禱を馬鹿にしたつもりだったが花天禱は固まったまま、八峡義弥を見ている。
「あ、あの」
「なんすか急に」
「煽てても、何も無いんすけど」
「あ?」
「なんだお前……はっ」
そこで八峡義弥は花天禱が照れている事に気が付いた。
幼少の頃より厳しい環境で生きていた彼女は誰かから褒められた事は極端に少ない。
悪意の籠る言葉でも一見して賞賛の様に見える言葉に対して彼女はそれを素直に受け取ってしまうのだ。
その事に気が付いた八峡義弥は。
「いやマジ可愛い」
「煽てとか一切なし」
「俺の体が動いたら」
「お前を口説く為に全力で動くわ」
「それくらいにマジで可愛い」
「この戦いが終わったら結婚してくれ」
これらの言葉は本気ではない。
全て嘘であり、本来ならばそれを真に受ける者は居ないが。
「は、は──っ!?」
「嫌なんすけどー!」
「あーしょうがない女っすねぇ私はぁ!」
「こんなバカに好かれちまいましたよ!」
「まあ、魅力があるのが悪いんすけどねぇ!!」
花天禱はこんな言葉でも簡単に真に受けるのだった。
「(コイツチョロいわ)」
満面の照れの表情を浮かべながらも、自画自賛する花天禱を見て馬鹿にする八峡。
「つか」
「体が動かねぇんだけど」
八峡義弥は依然、地面に突っ伏した状態だった。
体中に流れる毒によって動かないらしい。
「んー? これあれすね」
「毒で体が動かないんすよ」
「最悪死にますね」
上機嫌な花天は八峡義弥の状態を見て軽々しく死ぬと言い放つ。
「マジかよ」
「まだ死にたくないんだけど」
八峡義弥がそう言うと。
「仕方ないすねぇ」
「特別に助けてあげますよ」
彼女はそう言って指先から神胤を放つとうじゃうじゃと、米粒の蟲が溢れ出す。
「うわぁあ! なんだそれッ?!」
「毒を喰う蟲す」
「これを傷口に入れると」
「体内を巡って毒を喰らい」
「そして傷口から出てきます」
「いやどう見たってそれッ」
「蛆虫じゃねぇかッ」
「蛆虫の厭穢すもん」
花天禱が指先を八峡義弥に近づける。
「待て待てッ」
「それ入れんのかマジかマジでッ?!」
「大丈夫すよ」
「人間の肉は喰いませんから」
「ただ、体内を動き回るので」
「滅茶苦茶痛いすけど」
「死ぬよりマシすから」
そう美少女の笑みを浮かべる花天に八峡義弥は首だけを横に振り続けて蟲が八峡の体内に這入る。
「ぎッ痛デででッ!!」
「あああああッ!!」
そう絶叫しながら意識を落とすのだった。